鬼柳は読書家だ。
といっても、暇を潰す方法が本しかないという話。平屋には前の守が残しただろう、大量の蔵書が一部屋に集められており、これがなければ寝室が作れるのになと思わないでもないけれど。居間があれば生活できるから、問題ないなとも思う。どうせ何処にも行かなければ、荷物も増えることはない。
ということで、膨大な時間を使って鬼柳は本を読む。
歴史書が多く、図鑑もちらほら。小説は少ないし古いものばかり。コラムは一切ない。
おかげで鬼柳は、図鑑を熟読する種類の読書家になった。動物図鑑、人体図鑑。宇宙から恐竜までなんでも読み漁った。
本を読み始めた鬼柳は、その他多くいるだろう読書家の例に漏れず、一切の外的要素から遮断される。たとえ横でクロウが話しかけようが反応しなくなるので、それは相当なもの。飲んでいた珈琲に砂糖を入れようがレモンを入れようが、多分毒を入れると宣言して本当に入れたってそのまま飲むだろう。
叩いても蹴っても不動の鬼柳を、クロウはこの頃放置していた。鬼柳の本に対する集中力は、約3時間。その程度待つくらい、たいした手間でもないから。それに多少のちょっかいはご愛嬌だ。
その日もクロウは、コタツで動物図鑑を熟読している鬼柳に軽い悪戯を仕掛けていた。本と鬼柳
の間に無理矢理入り込み、鬼柳の膝の上にぽすんと座り。みかんと大福、そしてコーラ。みかんの皮は図鑑の前にずらりと並べ、鬼柳が無意識に本を持ち上げる(といっても図鑑だ、重い)さまを笑いながら眺めてみたり。ちぎった大福を、鬼柳の口に放り込んでみたり。後で口の中が甘いと文句を言っても、食べるといったから入れたのだという言い訳が利く。
そんな些細な悪戯以外、クロウは平穏に鬼柳が図鑑の世界から戻ってくるのを待っていたわけで。本を読み終わったら、真っ先にその腕の中から逃げ出そう、危険だから…思っていたくらい。本を読んでいるときの鬼柳は草食動物のように大人しいけれど、普段はちょっと…ほんのちょっと意地悪で。腕の中でぬくぬくと包まれる感触を楽しむことなんて、絶対に出来ないのだから。
そんな、まったりとした時間。多分あと2時間は続くはずだった、クロウにとっても実は至福の時間。
その日はちょっと、読んでいる物が悪かったらしい。そのときのクロウにはそんなこと、知る由もなかったけれど。
「ふきゃっ」
鬼柳の腕の中でまどろみかけていたはず。なのに行き成り身体を持ち上げられ、気付けばみかんの皮が並んだコタツの上。随分と頑丈な、前任の守のご自慢コタツはぎしとも鳴らなかったけれど。
驚いて鬼柳を見れば、彼はまだ図鑑に釘付けで。なのにこれは何?クロウが思う間もなく、前垂れが無遠慮に捲られていた。
「ちょっ…」
鬼柳の目の前に晒された性器。なのに彼は、まるで精密な標本を見るかのように無邪気な顔で。クロウの浮いた両足を肩にかけ、両手で膣口が見やすいようぱかりと開いた。
クロウの混乱がひどくなる。性的な意味で広げられたなら、多少の抵抗もしてみようと思うけれど。鬼柳は何処までも真剣で、無邪気で。
「わっかんねぇ…人体図鑑も持ってくるべきか?」
ブツブツと呟くから。
なんだこの探究心、思うけれど、騒ぐべきでも…
「なあクロウ」
「な、何」
「烏って処女膜ないんだって、凄くね?」
その時クロウは、初めて気付いた。いや、気付いていたけれど気付きたくなかったというか。
ああ、こいつ、本当に、馬鹿だ
「知らねぇよ!つかあったとしても今はねぇ!」
「いやでも、どんな思い返してもそれっぽい感触…ちょ、痛い」
それっぽい感触ってなんだ?!
考える前に頭を殴っていたクロウに、鬼柳が少し情けない顔をする。でも情けない顔をしたいのはクロウも一緒。なんでこんな相手を番に選んでしまったのか…。
……顔か。
「でもあれだよな、宗教は違うけど、処女膜って天使が人間に与えた試練だって説もあるわけだし。御神体までそんな試練負うことないよなぁ」
どんなに頭の悪い事を言ったって、無邪気に笑う鬼柳の顔が好き。若い女性の参拝者が、鬼柳にキャラキャラと話しかける姿を見て、うっかり首を動かしてしまうくらいには。
「まあ、俺的には…処女膜云々より、俺がクロウにとって何人目かの方が重要なわけだし」
「…黙秘」
どうせ鬼柳は気付いている、何人目か。今までの会話だってそれ前提で話しているくらいだから。
だから別に隠すことはないけれど、わざわざ喜ばせる必要もないではないか。少し、癪に障る気もするし。
ぷいと顔を背けたクロウを見て、鬼柳は苦笑を浮かべながらぱたんと図鑑を閉じた。
閉じた、ということは。あと2時間の至福な時間終了を意味している。慌てて顔を戻したクロウの目の前で、鬼柳が少し顔を顰めながらぺろと舌を出して。
「甘…また大福食わせたな」
言いながら、がっちりと腰を掴んだから。もう逃げ場なんてない。
本当は、神通力を使えばいいと。それか、さっさと石像に戻ってしまえばいいとわかってはいるけれど。報復が怖いから…クロウは大抵、そう思う事にしている。
だから、逃げ場はない。
口直しだというように、執拗に舌を差し込まれる。普段から鬼柳が好んで行う行為に、クロウの身体が自然に揺れてしまうのは仕方のない事。
「ふぁ…んんっ」
必死で声を殺そうとはするけれど。鬼柳の舌はいつも巧妙で、こればっかりはどうすることも出来ない。
ちゅるりと嘗め取られ、飲み込まれて。
「ひゃっ!あんんっ」
軽く歯を立てられて。
ずぶずぶと入り込んでくる舌が実は結構長いなんて、クロウは知らない。そんなこと、考える余裕もない。
「ゃ!も、やぁ!」
長い髪をぎゅっと掴み引けば、嫌々をするように頭を振られて。舌が差し込まれたままだから、また変な快感がじわっと広がって。
「きょう、すけ!」
こうなったらもう、これをしないと鬼柳は止めないから。
名を呼べば、口元をしっとり濡らした鬼柳がふいと顔を上げて笑った。
なんていやらしい顔。
「何、クロウ」
やわやわと太股を指が押す。ぅぅと声を上げれば、カプと噛まれて。
「も、う…舌嫌っ」
びくりと身体が跳ねる。舌が嫌といえば、残るはひとつだけとわかっていて促すなんて、なんて性質の悪い守。
「別の、ほしい…っ」
でもそれに答えてしまう自分も、どうかと思う。
言ってからきゅっと唇を噛んだクロウに、鬼柳は心底嬉しそうな顔を見せていた。伸び上がって、コタツの上のクロウの顔を間近で覗き込んで。
「クロウの好きな角度から、好きな方法で、好きなだけ何度でも?」
また促す。本当に、なんて性質の悪い守!
身体を動かしても、コタツはキシとも鳴らない。なんて強固なコタツだろう、考える余裕もなく。クロウはのろのろと鬼柳に背を向け、後ろに垂れる前垂れを捲り上げた。
自分ではあまりわからないけれど、鬼柳はクロウの尻が好き。高く掲げて頂戴と待たれるのが好き。コタツに頬をつけながら振り向けば、案の定凄くいい笑顔。
コタツからもぞと出てきて、項に唇を押し付けて。
「ああっ!ゃ、ちが…っゆび、や!」
「じゃあ、何?」
くちゅくちゅと上に持ち上げるように入り込んだ悪戯な指が、早く早くと先を促す。
本当に…もう考えるのも面倒くさい。
「京介、の…えっ…さ、竿?」
ぶはっと噴出す声がしたけれど、クロウはそれ以外に的確な言葉を知らなかったから。
「もう、早くっ」
自ら性器を指で押し広げ、やんわりと尻を振った。
ククといまだ喉の奥で笑う声がしたけれど、それと同時にかさかさと衣擦れの音。こくんと唾を飲んだクロウの尻を、鬼柳が確りと掴んだ。
「そんな形代溜まってないけど…全部落とそうな?」
「ふああぁぁっ!」
一気に入り込んできた、太くて熱いペニス。
入った瞬間にぎゅうと締め上げた膣に、鬼柳がほっと息を吐く。
「な、俺何人目?」
「あんっふ…ぁ、もく、ひっ!」
「何で?」
悔しいから
なんて、言えるわけがない。御神体のプライドにかけて。
「あぅ…っも、きょ、ついて…っ中もっと、ついて!」
教えるくらいなら、先を促した方がいい。
クツとまた笑みが漏れた。覆いかぶさってきた鬼柳の身体が、服越しに熱を伝えてくる。それどころか、合わせから入り込んできた冷たい手が乳首をきゅっと摘まんで。
「やぅっ」
ぶるりと、クロウの身体に痺れが走る。念の篭った形代をつけられるたびにすぐ落としているから、クロウの身体は何処も彼処も無防備で。
「じゃあ…今までで誰が一番良かった?」
「あっふ…っきょ、すけぇ」
よく出来ました
そんな声が聞こえた気がしたけれど、多分鬼柳は一言も言っていない。
「あん、あっっ!おっき、すご…っすごいぃ!」
そんなことを気にするよりも、激しくなった突き上げと、尻に当たる鬼柳の腹部を感じる方がずっと重要だった。
ぱちりと目を開ければ、また鬼柳が本を読んでいた。袴から浴衣になっているのは、きっとクロウを抱えて風呂に入ったからだろう。この頃では帯も簡単に解いてしまう鬼柳は、簡単に着付けることも出来て中々侮れない。
一応ひっそりと確認して、どこも変なところがないことに気をよくし。改めて見なくても、鬼柳が確りクロウを抱きしめながら本を読んでいることに、更に気をよくし。
クロウを抱きしめているうちに袖がまくれたのか、むき出しになった腕にひっそり頬を寄せる。
普段は冷たい鬼柳の身体は、コタツのおかげでうっすら暖かい。ずっと抱きこんでいてきっと疲れているだろうに、微動だにしない実は逞しい腕。
「な〜んも、心配することねぇのにな」
顔だけじゃなくて、この腕も大好きで。ちょっと意地悪な、でも優しい性格も。やんわり笑うその笑顔も。
「番なんざ、一生に一匹で十分だ」
呟けば、鬼柳がうっすら笑った気がした。
END
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