なんでこんなに、けも耳パーカーがあるのだろう?
京介は、クロウが持参してきた中型旅行用バックの中をマジマジと見つめ、緩く首を傾げていた。
暫く街に滞在することになったクロウとコクロ用に、余っていた部屋を提供するところまではとんとん話が進んで。ニコとウェストには、どうしようもないのでコクロをクロウの親戚と偽って。
今シティも物騒だから、一時的に預かる事になった
こんな出鱈目も、マーサハウスを知らない子供達には有効な嘘。
ウェストは弟分が出来たと喜んでいるし、チームメンバーのクロウが一緒であることも嬉しい様子。ニコだって小さな子供は大好きだ。
一生懸命世話をしようとしたニコの最初の行動が、ウェストのお古をコクロに着せること。しかしここでコクロの強固な拒否にあい、どうしても着替えさせることが出来なくて。
そのときにクロウが取り出したのが、先の旅行鞄。
一応持ってきたから、つらっとした顔で言ったから。大丈夫だと思うだろう、ニコだって。まさか大人用のけも耳パーカーがみっちり、なんて思ってもいなかったはず。
「クロウ…」
「あ〜?」
喉から搾り出すように名を呼んだ京介への返答は、気も漫ろ。何故ならクロウは、コクロに薄茶色の犬耳パーカーを着せている最中だから。
柔らかいタオル素材の、薄茶色いパーカー。ダックスフンドのように平たい耳が垂れ下がっている。それはもう、猫耳と甲乙つけがたい程の可愛らしさではあるけれど。
でもここは確り聞いておかないと、京介の気分は晴れないので。緩みそうになる顔を引き締めて、ゆるりと振り返った。
「…おまえを萌え系にしたい馬鹿がいるのか?」
だって、あきらかにおかしい。なんでクロウが持っている?服なんて同じものしか着ないクロウが!しかも全部けも耳!
「………いや、バザーで」
「嘘だろ、それ嘘だろ!」
バザーでけも耳パーカーがこんなに大量に売られているはずがない!しかもクロウが買うはずも!
詰め寄った京介に、クロウはけして視線を合わせず。屈みこんでまで顔を覗き込もうとする京介に、最終的に突きつけられたのは犬耳コクロ。
満面の笑みで垂れ下がった耳をくいくい引っ張るご機嫌なコクロで騙そうなんて、そんな…
「にゃ〜っ!!」
「「わんっ!!」」
……騙されそうです。
袖を折っても折っても足りないくらい小さいコクロは、動物の種類が変わったのだと気付くと元気にワンワン鳴き始めた。披露したニコには一瞬悲しげな顔をさせてしまったけれど、ウェストにはなかなかに好評で、学校(一応ある、一応)に行かず一緒に遊びたいと言い出すほど。
世話を焼きたがるニコと、遊びたがるウェストを宥めすかし叩き出したあと、京介は少し寂しげなコクロを抱き上げまじまじと出来栄えを確認していった。
「コクロ、わん」
「わんわんっ」
薄茶色のフードにオレンジの髪はとても映え、ひどく可愛らしい生き物が完成していた。それはもう、京介が頬擦りしすぎてクロウに殴られるくらい。
「なんでおまえ、こんな可愛いの!」
それでもなおぎゅうぎゅうと抱きしめる京介は、まるで親馬鹿だ。親じゃないけれど。でもそれは問題ない。多分端から見れば、呆れ顔のクロウとコクロを抱きかかえる京介は親子に見える。クロウが生物学的に雄である事を、気にしなければ。
「勿論クロウも可愛いけど」
呆れ返ったクロウに向けても、きっちり笑顔でさらっと言うところが京介らしい。
ばっ
クロウが怒鳴りきる前に、ポケットから取り出した飴。コンビニなどで低価で買える棒付きの飴は、小さな子供には少し大きすぎる。そもそもなんで京介が持ち歩いているのかが謎。この街では雑貨屋の片隅にひっそり置いてあるだけ。
多分ニコやウェスト用に買ったものをわたす前に、その目的が変わってしまったのだろう。
「それ、やるのか?」
少し心配げな顔のクロウに、包装とっておけば大丈夫的笑みを見せて。
「コクロ、飴食うか?」
聞けば、ワンワンがぴたりと止まる。零れ落ちそうなほど大きな青灰が、京介の手にある飴にぴたりと視線を合わせた。
「うん!」
食べる気満々。
ぴりと包装を剥がし与えると、ありがとうと元気な声と共に、ぱくりと食いついた。棒を押えているのは京介、でも嘗めているのはコクロ。
「やばい俺、今日用事あんのにどうしよこれ」
手を離したくありません。
「さっさと行け馬鹿!」
街の指導者だというのに、子供に飴を与えるので用事をすっぽかしたい、なんて絶対誰にも聞かせられない。さっさと京介の膝からコクロ、手から飴を奪ったクロウに、一瞬悲しげな顔をしたけれど。京介はそれを振り切るように立ち上がった。
「昼には帰るから」
コクロの頭を撫で、飴に気を取られている隙にクロウの額に唇を落として。
蹴られる前にさっさと部屋を出た京介は、だからその後の惨事など予想もしていなかった。
京介は主に、鉱山で働く人員管理や街の管理を生業にしていた。現場統括者兼町長といったところか。
そもそも鉱山は、最初から国営にすれば問題も起きなかったわけで。その譲渡や労働基準法の適用など、様々な分野で駆け回った功労者というだけで今のポジションにいるだけで、別に好きでやっているわけではない。他に適任がいれば喜んで今の職務を引き渡す気でいるのに、誰もやりたがらないからやっているだけで。
そもそも交渉という点において、京介はなかなかに優秀だった。国から借り受けているという形でダインの販売促進を行う京介は、今のところ数多あるDホイール製造会社の何処とも問題らしい問題を起こしていない。
今まで馬鹿みたいな方法で採掘を行っていたわりに高値で取引されていたダインを、採掘人員を減らし労働基準に乗っ取った形で、それでも無駄に多かった監視者を大幅に削る事でコストダウンと低価での売買を可能にさせ。一時凍結されたマルコムとラモンの財産を国に還元するという形で開放し、それを採掘場で亡くなった者の遺族への慰謝料や、身体を壊した者への入院費などに当てさせた。
それでもなお純利益を今まで通りに維持し、税金とは別に国の財産を肥やしているのだから誰からも文句は出ない。国が文句を言わないならば、労働者の安全やバックアップは保障されたようなものだ。システムを作り上げてしまえば、Dホイールに必要不可欠なダインは特に出歩いて営業をしなくても勝手に流れていく。賃金の保証もこれで問題はない。
国相手に一歩も引かぬ営業をやってのけたのだから、他に適任者などと京介が呟いても、誰も笑って取り合わないわけで。
言ってしまえば公務員、フリーの公務員だ。京介が納得しなくてももう、かっちりと組み込まれてしまったのだからどうしようもない。膨大なリベートがない代わりに、生活の安定は保証され。扶養家族がいる京介にとっては、自分の身動きがとり辛くなった以外に今のところ支障はない。
それでもまだ、京介はかなり自由に動いている。企業との契約や取引は最小限に抑え、必ずやっている事は日に1回の採掘場の見回り。あとは問題があれば家に来てぶちまけろ、のスタンスを一切崩していないのだから、本来は文句を言う筋合いではないわけで。
コクロと遊びたいから企業との会合ばっくれていい?なんて言える筈がない。ウェストの学校休んでいい?よりずっと性質が悪いのだから。
鬼気迫る勢いで会合を終らせた京介は、それでもきっちりと採掘場の見回りをすませ、現場監督から日報代わりの報告を受けて。予定通り昼にはほくほく顔で帰路についていた。帰りに雑貨屋で、コクロに必要なものとクロウに必要なものを買い求め。
しかし、家の前に来た時点で聞こえてきた泣き声に、京介は慌てて家に飛び込んでいた。
ニコの声ではない、ウェストでもない。二人はまだ学校から帰ってくる時間ではない。それ以外に泣き喚くなんて、コクロしかいないではないか。
階段を駆け上がって勢いよく部屋の扉を開けた京介は、しかしそこで一気に脱力した。クロウがコクロを膝の上に寝かせ、パーカーから覗く尻を叩いていたから。
「いたああぁぁ!ごめんなさぁっ!」
それはもう、大絶叫。多分クロウは、3回ほどしか叩いていないだろうけど。
「わかったな!次やったらもっと痛いぞ!」
叩き終わった後コクロを抱き上げ、ギンと睨みつけるクロウは流石に怖い。傍で見ていた京介も怖いと感じるほどには。
でも次の瞬間ぎゅっとコクロを抱きしめる姿は、ちょっとお目にかかれないほど、なんだか神々しくて。
「お前になんかあったら、俺どうしていいかわかんねぇよ…」
少し泣きそうな声まで、自愛に溢れていて。
「え…と、ただいま?」
そんな声をかけること事態、なんだか凄く場違いに感じた。
食べ切れなかった飴を、コクロの手が届かない机の上に置いていたのだという。でもコクロはまだ飴に未練があり、クロウが目を離した隙に机によじ登ろうとし、誤って頭から落ちたのだと。
落ちたときにテーブルが揺れ、上から飴と一緒に小物が落ちた。
「ひやっとした」
眉を寄せてひっそりと呟いたクロウに、京介も同じ顔になる。たいした小物を乗せていたわけではないけれど、ペンなどの尖った物が目に入ったら大変だ。
しかし京介はコクロに特に声をかけなかった。もう十分に叱られた子供は、まだぐずぐず鼻を鳴らしながらも、新しいけも耳パーカーに着替えている最中。飴が服に付着したから。
今度のパーカーは、フードにファーがついた三角の耳。相変わらず薄茶色の、柔らかいタオル生地。
叱らない代わり、コクロを抱き上げて。元気のない子供ににっと笑って見せて。
「おい、これライオンだろ?百獣の王が、しけた顔しちゃいけないんだぞ?」
吼えるんだ、ほら。がおー!って
促せば、真っ赤になった青灰がきょとと京介の顔を見上げる。始めてみる元気のない顔に、甘やかしてしまいそうになる口を必死で閉じて。もう一度、がおー!
「……がぉ」
ククッと笑みが漏れる。京介じゃなく、クロウから。
「声が小さい!」
「がぁお」
「それじゃサバンナ生き残れねぇぞ!コクロ強いだろ!」
「がぁぁおっ!!」
よし!
言って全開の笑みで頭を撫でたクロウに、コクロも漸く笑顔が戻った。いつも掴みたがる京介の髪をきゅっと掴んで、にぱっと笑って。
「ぱぁぱ、おかえりぃ」
言うものだから。
「俺、今死んでもいい…」
呟いて、クロウにぱしんと背中を叩かれた。
昼食後、とろとろと眠ってしまったコクロを飽きることなく抱きかかえ、京介は居間でぱたぱたと動くクロウの後姿をぼんやりと眺めていた。
食器の片付けや洗濯その他、クロウは本当によく動く。それでも時たま立ち止まり、悩む素振りをみせるのはニコに対する遠慮だろう。居候の身でありながら、何処までやっていいものかわからない、といったような。
もうこのままここに住んじまえ
と、京介は絶対に言えない。クロウとコクロが増えるくらい、どうって事ないなんて。
クロウは自立したがるだろうし、シティにいる仲間を絶対に放置することはしない。今回だってきっと、仲間に迷惑をかけたくないがための訪問なのだから。
でもまあ…京介を頼った事は、クロウの甘えなのだと思えば嬉しくないはずもなく。
「クロウ、そういや仕事は?」
「全部ジャックに押し付けてやった。きっと今頃苦労してるぜ、あいつ」
クツクツと笑う顔は穏やかだから。この家にいる間は、全部の面倒をみられる気でいるようだから。それでよしとする、以外の選択なんて、今のところ京介にはない。
「じゃあ暫くは、俺コクロのパパでいられるな」
もしかしたら、明日には消えてしまうかもしれない不安定な存在。それを京介は嫌というほどわかっていて、文句を言わないところをみるとクロウもわかっている。
でもそれがなんだというのだろう。コクロは偶然であり、奇跡だ。永遠になんて、望む方が間違っている事。
ただ少しでも長く、願うくらいは許されるはずで。元ダークシグナーと現役シグナーが同時に願う、稀な存在。デュエルの神様だって少しくらいは、大目に見てくれるはず。
「まともなパパやりてぇなら、職務放棄は絶対すんなよ」
別件で文句を言ったクロウのそれは、ただの照れ隠しだと解釈して。
「じゃあママは、心置きなく家中掃除して回っていいぜ。ニコだってまだ子供だ、もっと遊ばせてやんなきゃな」
言えば、京介の顔面めがけて雑巾が飛んできたから、これはもう完璧な照れ隠し。素で怒ったりはしていない、多分。
京介が雑巾をなんとか掴んだ瞬間、子供達が帰って来た。しかしクロウがシッと人差し指を口に当てたので、コクロが目覚めるほどのただいまが響く事もなく。
「コクロ、寝てるんだ」
少し残念そうなウェストは、それでも気を取り直してぱたぱたと自分の部屋に向かった。勉強道具を置いて、これからすぐ遊びに行くのだろう。多分コクロが起きていたら、コクロも連れて。
外に遊びに行かせる前に、どうにかして短パンくらいは履かせないとな…真剣にそんな事を考え始めた京介は、ニコが鞄の中から取り出した物に気付くのが少し遅れた。
取り出したのは、タオル生地の薄茶色と黒の…紐?
「今日、家政で作ったんですけど…ライオンさんにはいらないかな」
朝は子犬さんだったから…
呟くニコは、少し残念そうで。それを受け取ったクロウは、マジックテープでくっ付ける事が可能なその紐とコクロを見比べ、すぐ後小さく苦笑していた。
京介の腕の中で眠るコクロのフードをそっと外し、その細い首に紐を巻きつけぺたんとくっ付ける。それは、首輪だ。
女の子、発想わからない…
京介とクロウが微妙な笑みを浮かべている間にも、ニコはサイズが調度良いと安心したようで。
「色んな子から端切れを貰って作ったんです。帰りに大きな鈴も買って来たので、今からつけますね!」
やる気漲る女の子に、いやそれは…なんて言える男子がどれ程いるだろう。小刻みにうんうん頷く京介とクロウににっこりと微笑みかけ、ぐるりと部屋を見渡し。綺麗に掃除されている事を確認すると、ニコは本当に嬉しそうに笑った。
「夕食、一緒に作りましょう」
的確にクロウがやったのだと判断したのは、流石。特にありがとうもなく、ただありのままを受け入れたニコはきっと、クロウの心情を理解している。将来大物になりそうだ、京介が思っても仕方のない事。
ニコと入れ違いに居間に戻ってきたウェストは、最終的にコクロの代わりにクロウを獲得した。これからみんなでデュエルするんだ、を餌に。
「…受け入れ態勢ばっちりじゃねえ?」
ぽつんと取り残された京介は、苦笑を漏らし今だ幸せそうに眠るコクロを、一度だけぎゅっと抱きしめた。
因みに、タオル生地の安全首輪は夕食前には完成し。ちりちりと音の鳴るそれを、コクロは大変気に入った様子で。ライオンのままわんわん言っているのはいいとして。
「はい、こっちも完成です」
良い笑顔でニコがわたしてきた、安全首輪。コクロ用にしては大きなそれを見て、京介は一瞬だけまだ帰らないクロウに同情の念を送っていた。
うちの子達、空気読めすぎる…
でも勿論、その安全首輪をそっと捨てる気は、京介にはない。
END
|