「気付いたんだ俺」
唐突に話し始めたマント。顔は見えない。いつの間にか霧の奥からすっと現れ、クロウの目の前に立ち。そして第一声がこれ。
「気付いたんだ、お前のこと」
ひんやりとした声。聞いたことのある声に、カチとクロウの歯がなる。ありえない、絶対ありえないはずなのに。
見たくない、これ以上見たくない。思いとは裏腹に、無常にもマントがひらと舞う。フードが風に飛ばされ、現れた顔は。
ああ、知っている。知りすぎている、その顔。
「きりゅ、う」
鬼柳が目の前に立って笑っている。先ほどまでの平坦な声とは比例しないほど、にんまりと。
「クロウ?」
小首を傾げて、目を細めて。闇の色に染められた、レモンイエローの目を細めて。
赤いマーカーが右目を横切り、クロウが知っている鬼柳とは随分と違う様相。それでもなお、名を呼ぶ声はどこか甘やかで、つい返事をしてしまいそうで。
「俺、気付いたんだよなぁ」
大切なこと
凄く凄く、大切なこと
「俺は全員が憎くて憎くてたまらねぇ」
全員。それは、共に戦った者達全員のことだろう。
多分お互いに、多かれ少なかれ傷つけあって。その中で一番傷ついたのが、憎むほどに傷ついたのが鬼柳だったということか。でもそれに対してクロウは、弁明などない。
「…先にぶっ飛んじまったのは、お前の方だろ!」
自分は悪くない、などとは言わないけれど。憎みたいと思うほどに傷ついたのは、一緒なのに。
気付けば口にしていた、非難の声。それにも鬼柳はまだ笑っていて。ただ笑っていて。
「まあなぁ、ぶっ飛んだよなぁ」
クツクツと、心底楽しそう。
「憎んで憎んで、そん中で一番誰が憎かったと思う?」
誰が…思い浮かぶのは、遊星の顔。必死になって鬼柳を助けた結果、多分一番憎まれているのは彼。
「あ…」
「お前だ、クロウ」
くっと喉が引きつる。
遊星だと、思っていた。なのに返って来たのは、自分。
クツクツと、クツクツ笑いながら、鬼柳がゆっくりと近づいてくる。黒い霧の中、まるで幻のようで、クロウは動けない。
「お前が最初に俺を捨てた」
捨てた
「最初に捨てて、俺の全てを否定した」
全ての、否定
「憎かったぜ?憎くて憎くて、そりゃ頭もぶっ飛ぶだろうが!」
がつと喉を掴まれる。グローブ越しにも、その指先にも一切の熱を感じない冷たい手。
きりと締め上げられ、抵抗したいのに身体が動かない。それはきっと、心のどこかで、鬼柳は本気ではないのだと思いたいから?まだ何かを期待したい想いがあるからか。
こんなに冷たい手で、もうきっと血なんて通っていないだろうに。わざわざ目の前に現れたことへの、期待。
ずいと近づいてきた顔が、クロウのパーツ一つ一つを吟味するように眺め、またひとつ、クツと笑って。
「でもな、俺考えたんだ。すげぇ考えた、なんか違うってな。なんか違う、遊星やジャックに対する憎しみと、お前に対する憎しみは違う」
「なっ…」
声を出そうとすれば、緩やかに締まる喉。けほと咽たクロウの、さらに近く。鬼柳が顔を近づけ、ゆるりと笑った。
視界いっぱいに広がった鬼柳の顔は、穏やかにすら見えてしまうほど。
「でな、気付いたんだ」
すげぇ考えて考えて、気付いた
とてもとても、嬉しそうに。
「俺な、お前のこと好きだったんじゃね?って」
「なっ…ぐ」
何を!
言う前に、先ほどとは違う力で締め上げられる喉。手を振りほどこうともがいた瞬間、額に感じた冷たい感触。
鬼柳の舌だ、気付けば、暴れていた。クロウは暴れて、鬼柳を突き放そうともがく。
いまさら!いまさらそんなことを聞きたいわけがない!
言いたいのに、喉から手は離れない。暴れる子をあやす様に、腰に回された腕も外せない。
「暴れんなって、落とすまで閉めたくねぇ」
腰に回った手が、ぽんぽんとクロウの背を叩く。それで落ち着けるものなら、とっくの昔に落ち着いている。馬鹿にしているとしか思えないではないか。
「っま…離、せ!」
怒り紛れに、どうにか喉の拘束を振り払えば。今度はどうやったのか、両腕を纏めて抑えられて。強く下に引かれ、自然顔が上がった。
そこにまた、舌の感触。今度は頬。
「鬼柳!」
「好きだったんだなぁ、俺。全っっ然気付かなかったけどよ、なんか異常に憎いと思ったら、そういうことかってな…なあ、簡単だよな」
簡単なことだったよな
クロウの声に、一切反応せず。鬼柳はただただ嬉しそうに、それだけを繰り返した。
簡単なこと
凄く簡単なこと
「だから、な?」
一緒に来てくんねぇ?
その声は、あまりにも歓喜に打ち震え。あまりにも、幸せそうで。
きっと鬼柳は、クロウの意思など気にもしない。問われてはいても、これは決定事項だ。
「誰がっ」
お前なんかに!
言わせてなんて、もらえなかった。
開いた口の中にねじ込まれた、冷たい指。そして舌。
慌てて口を閉じようとしても、感じるのは肉を食む感触だけで。強く強く噛もうとしても、痛がる素振りすらなくて。
その間に、舌は何処までも入り込む。クロウの舌を悪戯に刺激して、それから歯の裏まで。最後には、喉まで。
「っっ…あぐっ」
喉の奥を嘗められて、何かが込みあがってくる。しかし寸前で抜かれた舌が、流れた唾液をすいと掬った。
スペース開けれたことに今気付きました!
そしてやりにくいwww
目ww
「ゃ、きりゅ…っ」
「だぁめだって、否定とか、いらねぇし?」
鬼柳はずっと楽しそう。ずっとずっと、楽しそう。
「関係ねぇし。でもそうだな…」
どうしようかな?
まるで考えあぐねているように、かくりかくりと頭を揺らし。まるで今思いついたかのように、にっと笑う。
にっと笑いながら、クロウの口から抜かれた指は、痛々しいほどに歯型が残り、部分的に切れていて。でも、血は一滴も流れてなんていない。
その事実に、クロウは最終通知を突きつけられたかのような衝撃を受けたけれど。鬼柳はそんなクロウなど、関係ないようだ。
関係なく、笑って。関係なく、背から冷たい指を、服の中にもぐりこませ。さわりと一撫で。
くっと引きつった喉に、かぷりと歯を当てて。ゆるく噛み付くまねをして。
「すげぇいいこと思いついた!」
すげぇいいこと
「クロウ?お前一人ぼっちにしてやるよ」
漢字間違えた〜〜〜!!
独りぼっちにして、誰もお前の事なんか知らない世界
誰もいない、声をかける相手もいない世界
そしたらなあ、すげぇいい
俺しかお前のこと、大切にしない世界
「最高じゃね?」
「ひっ」
背を辿っていた手が、ズボンにかかる。
なのに悪戯な手とは別のもので動いているかのように、鬼柳の顔は何処までも優しいまま。
優しいまま、とんでもないことを言っている自覚は、彼にはないのだろう。
「とりあえず〜、遊星とジャック?てかシグナー?ぶっ潰して?」
「やっ、やだ…っ」
「んで?世界?クロウに優しい世界を壊して?」
「いっ…!」
つらつらと、まるで明日の天気でも話しているような声で。言いながら、指は奥へ奥へ進んでいく。
奥へ奥へ、クロウ自身も触れたことがない場所へ。
最後にニィと笑って、鬼柳は滑りもしない穴の中へ、強引に指を二本突き入れた。
「いああっ!」
その行為はクロウに苦痛しか与えない。爪が内壁に引っかかり、ぷつと嫌な感触があって。それでも鬼柳は、止めようともしない。
「最初は、しかたねぇよな?だってこの世界、まだお前に優しいもんな?」
少しだけ眉を下げて、さも申し訳ないというような顔を作っていても。目は爛々と輝き、今にも笑い出しそうな震えた声で。
「全部が終わったら、とびきり優しくするから…だから、ちょっと我慢な?」
「いたっ…抜い、てっやだ…っ」
「ちょっと、我慢」
いい子だから
冷たい舌が、クロウの目じりに溜まった涙を嘗めとる。
冷たい指が、血に染まりながらクロウの中を犯す。
今更
今更そんな、触れ合いとか。異常な優しさとか。そんなもの、貰っても嬉しくないのに。
嬉しいはずがないのに。
「今はいい、今は。でもいつか、お前俺しかいなくなったら…ちょっとは好きになるだろ?なるしかないだろ?」
駄々っ子のように、何度も何度も言われても。答えられるわけがない。答えてはいけない。
「やめてっ…くれ!」
声を振り絞って、否定し続けるしかないではないか。
「今はいい、全然問題ねぇ。ほら、泣けよ、泣き喚け!」
「いああああっ!!」
激しい衝撃と、異常なほどの痛み、圧迫感。引き裂かれる感触や、物凄く楽しそうで…でも少しだけ悲しそうな鬼柳の目。
最初から、初めから…なんて、言っていいわけがない。
どんなに痛めつけられても、どんなに狂っていても。
俺もお前を憎みぬきたいほど、頭ぶっ飛びそうなほど苦しかった、悲しかった
言っていいわけが、ない。
END
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