寄せ集めて。
全部寄せ集めて山にして。
壊れてしまったものはもう仕方がないけれど、それでも大切なものを捨てないために仕分ける。
あまりにも壊れてしまったものが多すぎて、その作業は長い事かかってしまいそうだけど。
大丈夫
何が必要か、俺にはちゃんとわかってる。
『馬鹿!!』
ブン…
ギガントが通信をキャッチし、京介がそれに許可を出し。スクリーンが表示された途端の罵声。
今までにない第一声に、京介は驚き手に持っていたものを取り落としそうになって。それでもどうにか最悪の事態を回避し、改めてスクリーンを覗き込み。
途端に頬が緩むのは、相手が久しぶりに見るクロウだったから。
明らかに怒りから、その柔らかそうな(事実柔らかい)頬が朱に染まり、射抜かんばかりに睨みつけている顔だって凄く可愛い、愛しい。
「クゥ、久し…」
『馬鹿野郎!!』
なのに。極上の笑みを向けてやわらかい声色を使ったというのに、クロウはそれすら腹立たしい様子。
さて何をこんなに怒っているのだろう?
ゆると首を傾げた京介の仕草は、クロウに全てを伝えた。京介は何も、わかっちゃいないこと。
クロウの目が、猫のような大きなつり目がすっと細まる。口がへの字に曲がり、眉間にぐぐぐと皺が寄る。
この仕草で京介は、クロウが心底怒っている事がわかった。それはもう本気で、今後の対応如何では3日間食事抜き(サテライト時代の今はよき思い出だ)くらいの苦行が待っているレベル。
「…クゥ?」
『お前、何で久しぶりだか、自分の胸に、手を当てて、本気で考えろ…』
何で久しぶり?
沸点が最大まで上がり逆に平坦になってしまったクロウの声。こうなってしまったら、言われたとおり本気出して考えないと以下略。
京介は傾げていた頭を反対側に倒す。
クロウの顔を見た途端久しぶりだという言葉が出てきた。ということは、久しぶりなんだ。前の通信はいつだ?3日…いや7…もっとだ、10日?それくらい。そのときのクロウの第一声は…
連絡くらい入れろ馬鹿!!
「……ごめんクロウ、マジでごめん。また連絡忘れてた」
『馬鹿!!』
緩みすぎていると自分でも思う。
今までなら考えられないことだ。クロウから遠く離れ、自分の行動が、指がクロウを繋ぎ止められないと感じれば、その後にやってくるのは底の見えない恐怖だけだったというのに。飄々と構えながら、さして興味のない素振りを作りながら、内情は荒れに荒れていたというのに。
空白の数年。
記憶の中で黒く塗りつぶされた数年がある。その期間の事を、クロウは何も言わなかった。遊星も、ジャックも。何か知っている事は、雰囲気でわかるのに。それでも彼らが言わないと決意したならば、知りたいとは思わない。
そう感じられるようになった。前ならばそんな素振りを見ただけで、怒りと焦燥を感じたというのに。
兎に角その数年を経て自分は見事なまでに緩んだなと、それが京介の自己判断だ。たとえて言うなら、張り詰めた糸が耐え切れずぶちぶちと切れ、その後で誰かが今までより長い糸で補強してくれて、それがあまりにも長すぎて弛みきった感じ。
そしてその誰かはきっと、大切だったチームの仲間達で。当然クロウもその中にいて。糸が長くなってしまったのは、ドライなくせに一部分では物凄く心配性なクロウの、めいいっぱい詰まった愛情なんだと考えてみるともうどうしようもない。
クロウの愛情分緩んじゃったなら仕方ないじゃないか、緩みすぎてクロウの様子を確認するための通信すら忘れちゃったって!
「クゥ大好き、愛してるよ。好き過ぎて大切すぎて、なんかもう俺も自分がわかんないくらい安心しちまってる。どんなクゥだって愛せるから。どんなクゥだって信頼出来るから。でも出来るなら俺を嫌わないで呆れないで、今度からちゃんと通信する」
『………2週間前も同じこと言ったんだけどお前』
…おっと10日じゃなかった。
「今度こそ本気。でも忘れないでくれよ?何があったってお前のこと忘れるわけない。通信忘れてたってその間ずっと、クゥの事しか考えてないんだぜ?」
それは本気で本当。毎日がクロウから始まってクロウで終わっているおかげで、もう曜日感覚がなくなってしまうほど。
たったひとつの感情だけで生きることが出来たら、この世界はなんて楽になるだろう
たったひとつ、一番気持ち良い感情だけで満足できたら、どんなに幸せだろう
そう思っていた時期があったけど。そんなの簡単だった、クロウへの愛情だけ、それさえ大切にしていれば怖いものはない。しかも今回は一方通行じゃないんだから、もう自分は最強だと思う。
「クゥのために危ない事があったら全力で逃げるし、クゥのために3食食ってるし、クゥのために旅先で短期だけど働いてる。デュエルだけじゃなくて、ちゃんと働いて稼いでる。きっと帰ったときには職務経験物凄い事になってるぜ俺、その点安心してくれ」
きっとクロウは、養って欲しいなんて思っていないけど。寧ろ一緒に遊星とジャックを養って欲しいと思ってるけど。
それでもいい、後片付けが終わって帰ったとき、クロウが心配しないように。敵前逃亡だって生活力の向上だってついでにデュエルの腕だって完璧にして。
クロウが誇れる男になりたい。心から、そう思う。
壊れてしまったものは多いけれど。捨てなくちゃいけないものも多いけれど。大丈夫、クロウを壊してしまわないように、自分を鍛えるための大切な旅。
それだけは、見誤ったりしないから。
ふぅと、スクリーンの向こうでクロウが息を吐く。もう顔は怒ってなくて、ただ呆れているだけで。
『…まあ何でもいいけどよ、またお握りか』
指摘されて手元を見る。いつの間にか握り終わっていた5個の特大お握り、炊飯器5合分。
『3食食ってるって、お握りか。相変わらず一食1個か』
「いや、2個は何かあったときの予備で大抵は夕食に2個…」
『今だに予備作ってるって事は、電気すらないギガントから電気貰うのすら躊躇う場所にいるって事か!』
ああ、また怒らせた。
そう、あまりにも行き当たりばったりの旅で、数日間野宿も普通に存在する。手持ちの金をギガントLの補給に全てつぎ込まなければいけないときも。
そもそもギガントはアホみたいに燃費が悪い。無駄に攻撃的な装備がされてる分、軽量化のけの字もない。でもなんでかダイエットをさせる気にはなれない、妙に愛着のあるDホイール。記憶もないのにいつの間にかマスター登録されていた、誰に聞いてもお前のだと言われるバイク。
こいつのおかげで一度食事を怠り、通信してきた(相変わらず忘れていた)クロウにめちゃくちゃに怒鳴られて以来、最低でも常にお握りがあるよう配慮を欠かさなくなった。
クロウは相変わらず怒るけど。
「違うって、後ろ見てわかるだろ?途中で寄ったガススタが物凄く忙しそうだから、飛び込みで数日働かせてもらう事になったんだよ。ここはそのガススタの休憩室。盗難防止にギガント入れる許可までくれて、すげぇいい人達なんだ。てことで、暫く寝泊りさせて貰うから電気の心配ねぇよ。予備はなんつ〜か、習慣?」
本当は食事も用意してくれる事になっているのだが、習慣とは恐ろしい。電気が使えるとわかった瞬間、炊飯器をセットしていたのだから。
それを説明すれば、クロウは眉を潜めただけで、それから暫くして漸く笑った。本日始めての笑みは、クロウのなかで京介の点検が終わった証拠。
『なら食っとけ、食い溜めしとけ。好意ってのは貰えるときに全力で貰うもんだ。好意ついでに洗濯機も借りて洗濯しとけよ?ガススタなら必ずあるだろ洗濯機』
「それはもう終わった」
『寝袋は?』
「一番最初に洗った」
『ギガントの腹は?』
「満腹」
よし!
にぱっと笑ったクロウは、記憶にあるそれよりも大人びていて。だからこそ子供っぽくも写る顔。
満たされている、溢れるほどに。溢れすぎて、緩みきってしまうほどに。
早く帰って来いなどと、クロウは絶対に言わない。多分思ってもいない。
傍にいたくないからとか、そういう理由じゃなくて。京介が何をしているのか、何をしようとしているのかがわかっているから。
信頼されているから。
でもクロウは、帰ってくるのを楽しみにしていないわけじゃない。
『相変わらずギガントの後部に、寝袋と炊飯器くくりつけてんの?』
「ああ、収納場所いっぱいだから」
答えれば、猫のように弓なりに細められる目とむずむずと動く口元。先ほどとは逆の、機嫌のいいそれ。
『そのまま帰って来いよ、絶対外すなよ』
クロウは生活観溢れるギガントLが大好きらしい。なんでかは、わからないけれど。わかりたいとも思わないけれど。
「クゥのためならな」
クロウが喜ぶなら、それでいい。寝袋と炊飯器付きでライディングデュエルしたっていい。
そろそろ通信も終わり。お互い仕事があるから、あまり長くは繋がっていられない。
最後にクロウは毎回同じ事を言う、心配させないようにともう言ってしまったことでも関係なく。
『危ないと思ったら逃げろよ』
「敵前逃亡っていい言葉だよな、大好き」
『飯ちゃんと食えよ』
「俺の炊飯器はバリバリ現役だぜ?」
『あと…別に心配してねぇけど、あんま猫被るな』
「被る猫はもう飼ってねぇよ」
剥がして丸めて捨てたのはクロウだから、もういらない。
『おう、じゃあ…言いたい事は?』
「俺ら何処いたって繋がってる…だろ?」
トンとスクリーンに当てた拳に、クロウのそれが重なる。お互いに全開の笑みで、お互いの気持ちは何も心配しないで。
ああ、なんて充足感。なんて幸せ。
築きあげた王国は瓦礫になって、もう誰も見向きもしない。
瓦礫にしてしまった俺は、風化させることなくそれを片付ける、ひとりで。
でも不必要なものを全て捨て去った後、残るものは決まっているから。わかっているから。
焦らず慎重に、完璧に。もう、待たれていると焦る必要はないのだから。
大切なものを残すための旅を、これからも続けていける。
だろ?クロウ
END
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