事の発端はただ、発音の話をしていただけ。



「クロウって興奮すると、舌っ足らずになるよな」
遊星がそんな事を言い出して、クスクスと楽しそうに笑って。傍で聞いていたジャックが、ふんと鼻で笑う。
「ブラック・フェザー、ちっぷうのゲイル召喚!」
「んなっ!」
「ただ噛んでいるだけだろ、舌っ足らずなんて可愛いものじゃない」
言った、確かに言った。サテライト統一のため、日々行われるデュエル。本日クロウは、一番の山場で思い切り叫んだ。
ちっぷうのゲイル、と
「ぶりゃっく・ふぇざー、とも言うな」
「んなっ!!」
確かに言った、先日!
からかわれているのか?思ったクロウは、ほこほこと和やかに会話を展開させていく幼馴染達に、少し取り残されて。
「デュエルギャング達と決闘しているはずなのに、一気に和むんだ。局地的に花畑まで現れそうなほどな」
「フィールド花畑。効果、鬼柳が萌える」
…少しどころではなく、取り残されて。
「…その効果、別にどうでもよくねぇ?」
「「萌えた鬼柳の引きの良さは異常」」
最後は声まで揃えられて。
「ジェネティック・ワーウルフ召喚!装備下克上の首飾り!」
「更に装備、リボーンリボン!ライフを2000払いスキル・ドレイン発動!」
「下克上の効果で星8のモンスターに対しワーウルフの攻撃力は4000!」
「スキル・ドレインの効果によりフィールド上の効果モンスターの効果は無効化される!」
「例え破壊され墓地に送られても、リボーンリボンの効果でターンエンド時フィールドにモンスターを召喚!」
「下克上は墓地に送られたとき、デッキの一番上に戻す任意効果がある!そして行くぜ…絶対魔法禁止区域!」
バニラ補正カードでも、一番嫌らしい展開だ。…確かにこの頃、鬼柳はここぞというとき必ずこのコンボを決めているけれど。
「それって俺のせいじゃ…」
「「お前の(クロウの)せいだ」」
そうなの、だろうか?たかがちょっと噛んだだけで?
首を傾げるクロウの傍で、ここぞというときジャスティブレイクを発動させた鬼柳の鬼のような笑顔の話しが展開していく。……確かにその展開の前、クロウは『ブラック・フェザー、暁のしりょ…シロッコおおおおお!』と叫んだけれど。
どちらにしろ、ちょっと恥ずかしい話。
「俺、今度から噛まないように気をつける」
眉を潜めてそう呟いたクロウに、幼馴染は口々によせ止めろと言う。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいから。
さて、噛み噛みはどうやって直すのだろう?
こてんと首を傾げた少女に、幼馴染の少女達は少しだけ困った顔をした。チームリーダーがこの事を知ったら、それこそ鬼のように怒るから。





口調は荒くても、格好が女らしくなくても。チーム・サティスファクションは、サテライトが誇る女性デュエリスト集団で。孤児の幼馴染3人と組んでチームを結成した鬼柳は、チェーンを決めたときの壮絶な笑顔がちょっと有名な美人だ。
そんな鬼柳に一番懐き、一番可愛がられているのがクロウで。可愛い可愛いと連呼されてはその豊満な胸に顔を埋められるという、完全に妹ポジション。
大人しくそのポジションに甘んじているわけではないと思っている、けれど何かというと鬼柳に相談するクロウは自覚がないだけだった。










「噛み噛みを直す方法?」
聞き返した鬼柳に、クロウは神妙な顔で頷いた。結局最後は鬼柳に聞くのだから、うっかり舌っ足らずを指摘した他のふたりに、この瞬間お小言が決定したけれど。クロウはそれに気付いていない。
少し傾いたベッドの上でカードを並べていた鬼柳の正面に座り、その重みでカードが崩れるのも気にしない。こんな事で鬼柳が怒るわけがないと、そう思っているから。
「別に直す必要ないだろ?舌っ足らず可愛いし」
勿論鬼柳は怒らず、ひょいひょいと折角仕分けたカードを一塊にし、ベッドサイドに積み上げながら言った。それはもう、あっけらかんと。
実はそう言われると、ちょっとだけ思っていた。だからクロウは、むぅと眉を寄せ不服を現す。
でも、少し興奮気味に詰め寄って、口を開いたから。
「デュエルに可愛いも何もねぇの!それに俺、別に舌ったりゃ…ッ」
盛大に噛んだ。
途端だ。ばふんと毛布を叩いた鬼柳が、口元を手で押さえ呻き始める。確かにその光景、フィールド発動花畑、表現するジャックの気持ちもわかるというもので。
「かわっ!クロウ可愛い!」
満面の笑みで手を伸ばしクロウを抱きしめようとする姿には、デュエル中の皮肉げな様子など微塵もない。
こうしてみると本当に美人、そして巨乳。でも相手はクロウで。
「可愛く、ない!無闇に抱きつくな!嫌味かこの、ちょっと胸大きいからって!」
ぱしんと手を払いのけ、ついでにぱしんと豊満な胸を叩き、キッと睨みつけ。
その少し悔しげな顔がまた可愛いのだと、鬼柳は勿論言わないけれど。
「別にクロウ小さくないじゃん、俺の掌サイズ」
「女の掌サイズって小さい…じゃなくて!俺はこの舌ったるぁ」
本当にどうしようもなく可愛いから、もう表情を隠すなんて無理な話。絶叫するクロウの頭をよしよしするのだって、仕方のない話。
「言えないなぁ、舌っ足らず。なんでだろうな」
よしよししながら呟いても、もうクロウは手を払いのける元気もない。ヴヴと呻いて、頬を真っ赤に染めるだけ。
舌っ足らずがなくなるのは寂しいけれど、完全にふて腐れたクロウの機嫌を取るなら協力するか…そう思ったときの鬼柳は、まだ純粋な好意だった。





「何でだろうな…舌短いのか?」
舌が、短い?
言われて、クロウは口内を舌で弄る。しかし自分では長いのか短いのかなんて、考えた事もなくて。ぺろり、伸ばせるだけ伸ばしてみたら、唇の少し舌くらいまでしか届かない。
「…短い?」
聞けば鬼柳は、少し首を傾げ自分もやってみた。顎の傍までは届く。
「短い、かも。もう一度、全力で」
言われ、何処か意固地な顔になったクロウが舌を伸ばすけれど、先ほどより少し伸びたかな?くらいで。
「…クロウは、舌も可愛い」
どころか、またフィールドをオープンしかけている鬼柳に、不服さが増していく。
だから
舌の長さは本当に関係あるのか?
言おうと、舌を口内に戻しかけたとき。ぺろりと、舌先を嘗められた。勿論、鬼柳に。
嘗められた。その事実は、一瞬でクロウの頭を真っ白にした。
数センチ先には、透き通ったレモンイエローの瞳が楽しげに瞬いている。あまりにも近すぎて、距離感が掴めないくらい傍に。
「舌の練習、しようか」
それは、囁き声よりももっと小さくて。少し掠れ、聞き取り辛いくらいの声。なのにクロウの耳には、くっきりと反響し頭の奥底まで響く。
なのに。驚きすぎて、だろう。鬼柳の掠れた声や、近すぎる顔に見入っていたからではなく。驚きすぎて、身を引くことも文句を言うことも出来ない間に。了解も何もなく、するりと舌が口内に入り込んできた。





くちゅりと、音が鳴った気がした。最初から執拗に絡みついた鬼柳の舌が鳴らす音。
鬼柳の舌が、平均より長いのか短いのかクロウにはわからない。それでもクロウの舌を根元から掬い上げ絡まり、翻弄するくらいの長さはあって。
「ふぅ…ッ」
何で、こんな事に? 思う暇もなかった。咄嗟に鬼柳のジャケットを掴んだ手は、突き放そうともがく隙もなく。ただただ思うまま貪られ、食まれるに任せるまま。
しかし冷たい指がタンクトップの中に滑り込んできた瞬間、ぼやけかけた頭が一気に覚醒した。
いつの間にか閉じてしまった瞼を押し上げると、相変わらず目の前に鬼柳の綺麗な顔。ばちりと音が鳴りそうなほど目が合って。
「ッッ…ぃあ」
フィルターがかかったかのようなぼやけた頭が、まず真っ先に受信したのは羞恥。
顔を背けどうにか伸びる舌から逃れたクロウは、続けて少しの怒りを感じ睨みつけたけれど。やんわり笑う鬼柳は、濡れた唇をもう一度寄せて来た。
「やだ!なん…ッ」
今度こそその唇から逃れ、身を引こうともがく。けれど思うように動かない身体は、容易に押さえ込まれて。とんと肩を押され、簡単に毛布の上。鬼柳の匂いがするベッドの上に押さえ込まれると、小柄なクロウは逃れられない。
「きりゅ…」
「舌の練習だって」
抗議の声も、楽しげな鬼柳のそれに遮られ。
「でもクロウ、別の練習の方がしたいのか?」
「ひゃうぅッ!」
少し大きめのジーンズの隙間。いつの間にか入り込んだ指が、ショーツ越しに性器をなぞる。
それだけで高い声が上がった事に驚き目を見開いたクロウに、鬼柳は悪戯っぽく笑った。
「濡れてるよ?」
濡れる
一瞬何を言われたのかわからず、それでもうまく働かない頭をせめてもの抵抗で振る。嫌だと身体で示したのに、いつもは笑いながら我儘を聞いてくれる鬼柳は、やめる気なんてないようで。
「俺はどっちでもいいけど…クロウどっちがいい?」
舌の練習と、別の練習
それは最終的に同じ事…クロウはその事実に気付かず、ただこの状況から逃れたいと思うだけ。それでも何故か動かない身体と、いつの間にか毛布を握り締めていた手。これでは鬼柳を突き飛ばす事も、逃れる事も出来ないのに。
「あぅっ」
もう一度撫で上げられて、くぷりと何かが溢れてくる。その感触に気を取られ、選択を選ぶ事すら出来なくて。
きゅっと目を閉じたクロウの唇に、鬼柳のそれが触れた。
今度は、触れるだけ。その後喉の奥でクツクツ笑う声がしたけれど、クロウは気付かない。随分前から鬼柳が、虎視眈々とこの機会を待っていた事にも。一度手に入れてしまったら、今後はどうとでも…思っていることも。
ただ、ひとつだけわかりかけた事。
「た〜っぷり、練習しような?」
囁くときの、少し掠れた声とか。まるでデュエル中の、壮絶な笑みとか。冷たい指や、唇に触れるとき一瞬だけ歓喜に震えるそれとか。
間近に見える、本当に綺麗なレモンイエローとか。
それら全部が、嫌じゃないから動けない。
なんで妹ポジションに甘んじたくなかったか、わかったかも…
そんな考えが過ぎった事事態、今まで考えたこともなくて。だからクロウは、浮かびかけた想いを振り払うよう、ぎゅっと目を閉じていた。





事の発端はただ、発音の話をしていただけ。
でも結果、舌っ足らずに改善はみられない。



END




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