ぴょこぴょこと緑の羽毛?が揺れる。廃墟と貸した遊園地にはそぐわない、灰色の空には似合わない。それでもぴょこぴょこ歩く本人は気にしていないようで、きょろきょろと辺りを見渡しては何かを探しているようで。
しかし残念な事に、廃墟と化しても遊園地。今まで攻撃に集中し、じっくりと眺めた事のなかった彼には何もかもが目新しい。彼の住む森とは大違いで、興味のあるものに引き寄せられては時間だけがたっていく。
それでも漸くと遊園地の中心、大きな池にたどり着いた彼は、その羽でぴちゃと水面を叩いてみた。
途端。
ぶわっと盛り上がった水面と、突如現れた巨大な顔。
『ぴっ』
全身の羽が逆立つ。彼にとって実は馴染み深い、それはスパイラルドラゴンなのに。この頃説教場でしか活用されていないスパイラルは、彼にとってはご主人が正座する大きな穴という認識しかなかった。
“また襲撃かと思えば、奥方の、鳥…うん、どんぐりか”
永続トラップどんぐり無間地獄を発動した彼に、スパイラルは心底困った顔(かどうか認識できるのは鬼柳だけだ)で、どうしたものかと首を傾げる。しかしすぐに思い至り、長い鰭で水底をさらって。
“海竜兵、お客さんがきてるぞ”
ぺっと。それこそぺっと地上に同属を投げ捨て、さっさと潜ってしまった。何故なら彼が投げるどんぐりは、スパイラルの肌になんの衝撃も与えず反応出来ないからだ。可哀想ではないか、痛くないといったら。
さて、投げ捨てられた暗黒の海竜兵は、もそもそ立ち上がった瞬間ガン見され、一瞬硬直する。どんぐりを振りかぶった体勢で静止した彼はよく知っていて、知っているからこそ困るからだ。
“ゲイル、久しいな”
言って屈んでも、ガン見はそのまま。振りかぶったどんぐりもそのまま。そっと手を伸ばし、頭を撫でてみる。途端顔面に飛んでくるどんぐり。しかしそれで終わりだった。
『……じめっとしてる』
そう、前回泣かせる寸前まで追い込んでしまい、慌てて抱き上げたところ。同じ事を言われたのだ。あからさまに身を引かれもした。
“……すまない”
海龍族なんだから仕方ない、という言い訳を海竜兵はしない。それよりも、この泣いたらアーマードを呼ぶ子供をどうあやすかが問題で。
“…ソウルタイガー!!”
耳のいい獣族ならば聞こえるだろう、思って叫べば、暫くしてソウルタイガーがのんびりと歩いてくる。
“ぴっ”
またゲイルはどんぐりをふりかぶったが、投げられる前に状況を理解したのだろう。ぺたんと伏せ身を低くしたソウルタイガーに、投げる事はしなかった。興味深げにガン見するゲイルを、ソウルタイガーもマジマジと眺める。
“こやつは嫁殿の鳥獣ではないか?”
“ああ、また勝手に出てきてしまったようだな”
“そうか…嫁殿は、来ているな”
“来ているか”
『クロウ?クロウ?』
“ああ、来ているらしい”
途端に嬉しげな顔(がわかるのはクロウだけだ)をしたゲイルに、ソウルタイガーは困ったようにグルと唸る。
“しかし今は…”
“駄目か…”
“駄目だ”
まあ基本的に、遊園地に遊びに来た奥方は大抵駄目だな
それを説明する事も納得させることも、海竜兵には荷が重い。困ってしまいゲイルを見れば、ソウルタイガーに顔面側からよじ登っていた。フリーダム。
“ソウルタイガー…”
“何この程度、問題ない。おい疾風、俺に乗って散歩でもしないか”
ぴっと、今度は柔らかく鳴いたゲイルに、ソウルタイガーはよいしょと身を起こした。海竜兵も、なんとなくソウルタイガーと共に歩き出す。
そうすると、どこからともなくわらわらと原種が集まってくる。ゲイルはソウルタイガーに乗って安心しているからか、特に驚きもせず数々のモンスターを興味深げにガン見していた。
中でも一番ガン見したのはワーウルフだ。チャウチャウ顔がお気に召したのだろう、主に頬のもさもさした毛をガン見している。それに気付いたワーウルフは、ソウルタイガーの背からゲイルを抱き上げ肩にのせてやった。
“クロウを迎えに来たのか、小さいのに偉いな。だがお前には以前弱体化の効果を使われたな…いや別に気にしてはいないぞ、決闘で破壊は覚悟のうえ、使える手は使わないとな。うん、そうか…毛が気に入ったか…”
ゲイルは切々と語るワーウルフの話など聞いてはいない。ただ色の違う毛を逆撫でたり引っ張ったりと忙しなく、海竜兵はそれを見て少し羨ましくなった。
じめっとしているという理由で、今だ抱っこをさせてもらっていない。それ以前に容易く触らせてもくれないのだ。
“…毛か”
つい呟いてしまった海竜兵に、ソウルタイガーが同情的な視線を送った。
暫くするとゲイルは、寄って来たベビードラゴンに興味を移した。ベビードラゴンとは以前、一緒に抱きかかえられた縁で既に顔見知りだ。鬼柳にどんぐりを投げるタイミングを見計らっているうちに飛んでいってしまい、少し残念に思っていたようで。二匹でこちょこちょと何か話し合ったあと、物凄く得意な顔をしたベビードラゴンの背に乗ってその辺を飛んでいる。
…鳥獣族だよね?
という疑問は、原種のほとんどが思ったことだが誰も口には出さない。それよりも、子供が離れたところで大人の相談というやつだ。
“聞こえるかソウルタイガー、今どのあたりだ?”
“どのあたりも何も、何回目かが問題だな…当分近づかぬが吉だ”
“そもそも鬼柳のもとに来たクロウは泊まりだろう…いっそゲイルを泣かせてアーマードを呼ぶ方が早いのではないか?”
“……俺は無理だ、ワーウルフがやるか?”
“何故あのような小さき者を泣かせねばならん…言っておいてなんだが無理だ”
“平気で苛める……弟君でも呼ぶか…”
ヒィ
ワーウルフの毛が逆立ったので、それも無理。途方にくれ上空を見上げると、ベビードラゴンの周りを3匹のサファイアが優雅に舞っている。小柄なサファイアは甚くゲイルのお気に召したようで、ばさばさと羽ばたいては(相変わらずベビードラゴンに乗っているが)ご機嫌になにやら唄っていた。
和む。和むが解決策はとんと浮かばない。
“うむ、サファイアは美しいな。あそこにエメラルドでも混ざれば、絶景かな絶景かな”
逃避しかけたソウルタイガーが呟いたそのとき、ばさと一際大きな羽音が聞こえる。サファイアが楽しげにしているのを見て、エメラルドが飛び立ったのだろう。
“おお、噂をすれば!”
ぴいいぃぃ!!
絶景かな
まで、言えなかった。エメラルドドラゴンを見た途端、歌が止み変わりにゲイルの絶叫。
驚いて見上げた3匹が見たものは、ベビードラゴンから飛び降り弾丸のごとく急降下してくるゲイルの姿。その向かう先は海竜兵だ。
ごふっ
という声がワーウルフとソウルタイガーの耳に届く。ソニックダックに踏まれるときの鬼柳の声に似ていた。
『ぴっ!ぴっ!』
腹を抱え蹲る海竜兵の後ろで、ゲイルは今どんぐりを投げている。しかし残念ながら、上空で呆然とするエメラルドにはビタ一届いていなかった。
『ぴっ!ぴっ!』
ゲイルは本当に怖いのだろう、ぶわと青黒い羽を広げ、黒く発光を始め。
“お、おい!!”
止める間もない。エメラルドを黒い光線が包んだかと思うと、それは体内に吸収されていく。
“弱体化か!!あれはきついぞ、身体が半分も動かん!”
“これは…今ならゲイルでエメラルドを倒せるな”
“主がいない状態での攻撃はご法度だろう!これではクロウが鬼柳に罰せられる…のは喜びそうだが!今はそのようなプレイ的問題ではないな!どうする海竜兵!!”
どうするって…
腹を摩りながら立ち上がった海竜兵は、今にも特攻をかけようとしていたゲイルを掴み、躊躇する間もなく叫んだ。
“ゲイル案ずるな、あれは俺達が倒してやる!!”
俺、達?
“しかも派手にな!”
派手に?
“ワーウルフ!ソウルタイガー!見た目的に一番可愛いあれを呼んできてくれ!!”
一番可愛い、あれ?
“お、おう!我が同胞、ワーウルフと共に呼び出そうぞ!!”
“同胞?いや今ならお前でも倒せるんじゃ…”
“四の五の言わず、行くぞ合体!!”
戦隊物のノリだ、明らかに。そうでもしなければゲイルは飛んでいく。そして、召喚されたモンスターが怖ければ大人しく見ていないだろう。
合体と、ソウルタイガーが叫んだ瞬間ワーウルフともども覆った光が、巨大な何かを作り出していく。それはエメラルドドラゴンにまで到達するかのように膨れ上がり、光がぱんと音をたて消え去ったとき。そこには規格外に大きな、コアラがいた。獣族、ソウルタイガーの同胞だ。
“ビックコアラ!俺に力を貸してくれ!”
“ん〜?これ何の遊び〜?”
“遊びではない!そこの弱ったエメラルドをなるべく痛くないかつゲイルの目が届かないところまでわりと迅速にぶっ飛ばせ!!”
“注文多いなぁ…”
普通にその辺に生えている木を引き抜いて食料にするビックコアラの怪力。その力はこのとき、遺憾なく派手に発揮されることになる。
結局、ゲイルは同じ鳥獣族原種のバードマンに抱えられ、鳥獣の森に返還されることとなった。
途中で怖くないように、ゲイルの足にはもけもけが握られている。ちょっと食い込んでいるようだが、もけもけはさして気にしない顔でぽやっと大人しくしていた。
“ではバードマン、ゲイルをよろしく頼む”
“ん、だいじょぶ…ヴァーユにわたす”
“ゲイル、向こうにつくまでもけもけ掴んでいてもいいからな。あとエメラルドは、お前を脅かそうとしたのではなく、着地に失敗しただけなんだ。今度会ったときには、せめてどんぐりくらいにしてやってくれ。今度は当たるところまで降りてくると言っていたから”
言い聞かせる海竜兵に、ゲイルは小さく頷く。それを合図にふわりと舞ったバードマンを、数多の原種が見送っていた。ぶっちゃけ、鬼柳がクロウといるときはみんな暇だ。
そんな中、ゲイルが海竜兵を見、小さく羽を振る。
『ありがと』
その簡素なお礼は、あまり多くを話さないゲイルの口から出たと思えば、何にも変えがたい。
“ああ、また遊びに来い。できれば今度は奥方がいないときに”
色々気を使わなくてすむし
最後の本音には蓋をして。和やかな雰囲気の海竜兵に、ゲイルがまたひとつ、頷いた。
『ばいばい、じめっとしたおじちゃん』
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“いやあ、良かったですね!彼から見たら私達、おじいちゃんですよ!なのにおじちゃんなんて、気を使える子です!!”
“そうだなサファイア!疾風は良い子だ!あんな子供に懐かれるとは、海竜兵の運気は大吉よ!”
“いや…気を使わないでくれ大丈夫だ”
一番のショックはじめっとした、あたりだから…。
翌日。頭に小さな穴が残るもけもけを見つけ首を傾げる鬼柳が目撃されたが、原種達は一様に黙秘を貫いたという。
END
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