ゲイルが遊びに来た、ぴょこぴょこと。
もうどの原種も、ゲイルを見ると海竜兵を呼びに行くようになっている。毎回海竜兵は、ちょっと泣きそうになるけれど。
『じめっとおじちゃん、遊び来た』
なんか、あだ名っぽいものつけられました。ゲイル愛の呼び名。わかるからこそ修正できない海竜兵に、皆同情的だ。
“………よく来たな。いつもひとりで偉いな…”
『今日はにいちゃも来た』
にいちゃ?
『にいちゃ、きりゅ〜と遊んでる』
この頃はずいぶんと話してくれるようになったゲイルを、海竜兵は微笑ましく見やった。会話のキャッチボールはしてくれないが、子供が一生懸命話す姿はそれだけで和むではないか。
“そうか、ではお前の兄殿に会いに行くか”
丁度通りかかったギゴバイトの頭にゲイルを乗せて居住区に向かう。ギゴバイトは周りが大きいモンスターばかりなので、小さいゲイルを連れてご機嫌だ。きっとベビードラゴンと同じ優越感を感じているだろう、その足取りは軽い。
が。
居住区に到達した途端聞こえた鬼柳の悲鳴に、それどころではなくなった。
「ちょ、おまっ!!」
『うっさい!よくも僕の弟騙したな!これでも食らえ!』
「騙してねぇし!つか兄弟だったのお前ら?!」
“!!主?!”
『あれ、にいちゃ』
うん、そろそろ空気も読めるようになろうか。確かに会いに行くとは言ったけど!
ていうか、遊んでるのあれ?!
慌てて建物の角を曲がった海竜兵は、しかし次の瞬間脱力した。
『食らえ!永続トラップ団子虫無間地獄!!』
「それ痛くねぇけど!痛くねぇけどきもい止めろ!!」
どんぐりが、団子虫にランクアップしただけだった。流石ゲイルの兄。
『今日は蛙捕まえられなかったからな!これで勘弁してやんよ!』
しかも地味な心遣い。この子は空気が読めそうだ…現実逃避しながらそんなことを思った海竜兵の横を、青い影が過ぎった。
ガアアァァ!!
空気を震わすほどの唸り声。なのに何故ゲイルは驚かない?背中に乗せてくれたソウルタイガーだから?
しかし兄は怯んだ。振り上げた羽が、咄嗟に背後に隠される。
“俺の主をなんとする!貴様を攻撃する術は持たないが、それ以上の不条理は鉄壁の防壁となりて俺が防いでみせようぞ!!”
流石だソウルタイガー、一喝で全てが終わっていた。
『げつえぇのかるーとにいちゃ』
『えぇじゃない!げつえい!えい!月影のカルート!』
『ちゃう〜』
『聞け!お前き…ちょ、それジェネティック・ワーウルフ!』
そうか、ゲイルは誰の話も聞かないのか、ならば仕方がない。
原種に馴染みまくったゲイルに、カルートは今だついていけていない。どうやら彼は、ゲイルが鬼柳に騙され懐柔され、あとで何か恐ろしいことをされると勘違いしていたようで。
「俺がクロウのモンスターに何かするわけねぇだろ」
苦笑した鬼柳は、カルートの頭を撫でようとしてまた団子虫を投げられ。本気で懐から黒光りするGを出しかけるも、今は無駄と思ったのかため息をついてソウルタイガーの頭を撫でた。
「折角来たんだから魂虎(コンコ)、遊んでやれよ。俺ちょっとA地区締めてくっから。ゲイル、すまないけどワーウルフ持ってくぜ」
この頃サイキック使いがうるせぇんだよな
呟きながらバラバラとカードを掲げ、呼び出されたのはブラットヴォルス、ダークソード、デーモンソルジャー、そしてワーウルフ。振り向いてそれぞれ確認していった鬼柳は、ワーウルフにしがみ付いたまま離れないゲイルにまた苦笑を浮かべると、海竜兵も手札に加えた。
「…ギゴバイト、ガガギゴとスパイラルに待機って伝えてくれ。ダークソード、騎竜二匹お前に預ける。フィールド張るから効果は気をつけてくれ。今回はシンクロ封じで人海戦術メイン。畳み込むぞ!!」
オオオォォ!!
戦士族、獣戦士族を中心としたモンスター達の雄叫びは凄まじい。しかし慌てて耳を塞いだカルートとは逆に、ゲイルはワーウルフの肩でぴっぴと楽しげに歌っていた。
馴染みまくったゲイルがワーウルフについていってしまった後、カルートはしばし困ったように立ち尽くしていた。当初の予定とは大幅に変わってしまったのだろう。
しかしふっと傍らに残るソウルタイガーに視線を向け、ぶあっと羽毛を膨らませる。
『べ、別に寂しくないんだからな!森からあまり出た事ないから、ちょっと戸惑ってるだけだ!』
“そうか、では折角だから俺の背に乗って敷地内でも見て回るか?”
主から頼まれたしな
先ほどの一喝はなんだったのか、聞きたいほどにソウルタイガーは穏やかだ。きゅうと目を細める様は、猫のようで(実際猫科だが)。穏やかにしていれば、赤い目も牙も怖くなくなる。
カルートはそわそわしながら視線を泳がせた。実はゲイルから話を聞いている、是非とも背中に乗りたいところ。
『ふん!ゲイルみたいな子供は喜ぶかもしれないけど、僕はそんなの嬉しくないね!』
なのについうっかり。
悪い癖だと、いつもクロウは笑いながら嗜めるけれど。カルートはどうしても、そんな言い方しか出来ない。いや乗りたい、乗りたいんだけど!
“そうか…残念だな、疾風を乗せているときはとても楽しかったのだが”
『……お前がか?』
“ああ。先ほど驚かせてしまった詫びもしたかったんだが、俺は背に乗せるくらいしかしてやれぬ”
心底申し訳なさそうに項垂れるソウルタイガーに、カルートの表情がぱっと明るくなった。勿論その表情を読めるのはクロウだけだけれど、雰囲気は伝わるものだ。
『な、なら!別に乗ってやってもいいよ!お前がどうしてもって言うから仕方なくだけど!』
きゅっきゅきゅっきゅ
カルートが楽しげに歌を歌っている。サファイアと遭遇したので背に乗ってみないかと持ちかけたのだが、カルートは頑なにソウルタイガーの背中から降りなかった。思った以上に気に入ってしまったらしい。
鬼柳が戻ってきて、またバードマンによって返還させられる事になったところ、カルートの主張が通りソウルタイガーが送ってくれる事になった。しかもゲイルは予定通りバードマンで先に帰っている、最後までソウルタイガーの背中は独り占めで。それも上機嫌に拍車をかけているのだろう。
“本当によかったのか?まあサファイアは、いつでも言えば乗せてくれる。乗りたくなったら言うのだぞ?”
しかしソウルタイガーは、サファイアに乗らなかったカルートを気にしていた。彼からしてみたら、うちの綺麗どころの背に乗れるのはある種の特権と思っている。クロウの所持するモンスターだけの特権だ。
“エメラルドがよければ…”
なおも続けるソウルタイガーの頭を、カルートがぱしと叩く。勿論羽なので痛くない。
『何で鳥獣族なのに背中に乗って空を飛ばなきゃいけないんだ?僕は地面を走る方が面白い…別にお前が気に入ったとかじゃないけど!そ、それにお前もき、綺麗だし!原種の中では、だけど!!』
綺麗?
“俺がか?”
『デーモンソルジャーとかブラッドヴォルスに比べたら、何だって綺麗だけどね!』
実際ソウルタイガーはモンスター全てを見渡しても、かなり美しいと言える。実際鬼柳も綺麗だと褒めるのだが、サファイアやエメラルドもいるためにその言葉の効力は半減していた。
しかしお世辞を言うタイプではないカルートにまで言われると、その気にもなってしまうわけで。
ふむ、とひとつ頷く。
“鳥獣は見目麗しいものが多いからな。目の肥えたお前が言うのならば、吉報と取らせて貰おうか”
そうか綺麗か
ゴロゴロと喉を鳴らさんばかりに機嫌の良くなったソウルタイガーに、カルートは恥ずかしさを覚えた。唐突にだ。
綺麗といったのは本心だし、それを素直に信じてくれたのは嬉しいと思う。思うのだが。
見目麗しいっていうのは、僕も入るの?
『ぼ…』
“うん?”
『ぼ、ぼぼぼ』
“ぼ?”
『っっっ…ボケ!調子に乗るな!!』
ぱしんと。カルートの振り上げた羽が、ソウルタイガーの頭を叩いた。先ほどよりも強く、わりと本気で。
それだけで、パンと何かが弾けた音。鳥獣の森目前で消えたソウルタイガーと、ぺしゃっと地面に投げ出されたカルート。
気を許しているときのソウルタイガー、攻撃力0。
いやあ、うっかりしておったわ
ケラケラ笑いながら鬼柳の元に強制返還されたソウルタイガーを追うように、号泣するカルートを抱えたクロウが困惑げな顔で走ってくるのは暫く後の話。
END
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