あんたから、俺と同じ匂いがする…


言われたときのルドガーが感じた絶望は、何にも変えがたい程に膨れ上がり、付いた事のない両膝を地につけてしまうほど。それほどまでにルドガーにとっては、嫌悪と憎悪以外の何物でもなかった言葉。
言葉が出ない。反論しようと口を開いても、カラカラに乾いてしまった喉は震える事すら放棄した。言葉ひとつ発する事も出来ぬまま、ただ地に膝を付くルドガーに、そのときさっと影が差す。
顔を上げれば黒い瞳。闇に浮かぶレモンイエロー。背後には百眼、そう親しげに呼ばれるドラゴン。紫色の瞳は全て、確りと閉じられていた。
「その厳つい顔を歪めてやりてぇ、とか言われた事は?」
「ッない」
「髪掴まれて引きずりまわされた事は?」
「ない!」
「ギャグ噛まされて腹這いにさせられて、背中をごついブーツで踏まれつつケツを叩かれつつ泣き喚けって命令された事ねぇのかよ!なのにちょっと呻いただけで、椅子が声を発するな的な事を言われて腹を蹴られ…くそ、たまんねぇ!!」
「もう止めろ京介!!本当にもう、もう…ッ気が狂いそうだ!!」





百眼が目を全て閉じた理由。それは、自分の主が暴走する姿をどの瞳にも映したくないからに他ならない。
普段は(百眼からみれば)甘ったれで加護欲を掻き立たせる京介はしかし、一度ハァハァしだすと傍に寄りたくなくなる。それがインフェルニティ京介仕様一同共通の思いで、先日ハァハァに遭遇したドワーフが逃亡の為掘った穴は、12mの深さまで到達した。けれど、どれだけ必死に掘ったんだドワーフ…、と突っ込む者はいない。
京介の所持するモンスター達が鬼柳やクロウのように放し飼いにされず、デュエル以外は滅多な事がない限りカードから出てこない理由のほとんどはこれだった。京介はきっと、その理由には気付いていない。
「絶対素質ある!ルドガーならいける!まあ俺みたいに、蹴られて殴られてとかじゃない感じだけどな。どっちかって〜と縛られてねっとり…」
「うああぁぁ!スパイダーエッグスパイダーエッグスパイダーエッグ!!」
「きもっ!!おま、きもっ!!普通に蜘蛛出せよ何で卵!!」
いまだ言い募る京介に、ルドガーが切れた。ばら撒かれた罠カード、その中から現れた蜘蛛の巣と大量の卵。
普通に蜘蛛を出すよりも、自分に近づきにくくなるから…などとルドガーは考える余裕もなかったけれど。卵から孵る蜘蛛トークンは一回に3匹、効率がいい。
「お前は少し、こいつらと遊んでいろ!!」
ちょっと涙目のまま、それでもルドガーは最後に威厳を保ちたかった。京介を鋭く睨み付ける姿は、十分人に威圧感を与える種類のもの。ただちょっと、涙目なだけで。








あ〜あ…
そそくさと逃げ出したルドガーの背(けして走って逃げなかった所が最後の意地なのだろう)を見送る。漸く目を見開いた百眼が嬉々として蜘蛛トークンをぷちぷち潰しだしている事にも気付かずに、京介はひどくつまらなそうにマントをひらりはためかせ。
「だから言ったろ?ルドガーは駄目だって」
振り向けば、視線の先。何時の間にいたのか、カーリーがこれまたつまらなそうな顔。
「あんたのドS基準、ひとつもわからないんだから!でも確かに、ルドガーは違うね」
「だろぉ?ルドガーは気付いたら部下とか身内とか信頼してた目下相手のペットになってて、いつの間にか俺の方に転がり落ちてるタイプなんだって。可哀想になぁ」
めちゃめちゃ溺愛されそうではあるけれど
ふると首を振った京介に、カーリーは呆れ顔。退屈しのぎに京介とドS当てクイズなどやっていたが、周りに迷惑を撒き散らしただけだった。しかも京介相手に惨敗、面白くない。
「そりゃ、あんたにドMなんて言われる相手、大抵は可哀想なんだから」
言葉に棘が含まれても仕方のない事。途端京介がきゅっと目を細め、首を振る。
「違ぇ。ルドガー絶対俺より我慢強いだろ、だからあいつはいいドMになるって事だ。殴られるより針刺されるタイプだっつう…うわぁ鳥肌たった、主従契約結ぶ時はちゃんと契約書書けって今度教えとこう」
きっとその事実を親切丁寧に教えられたら、今度こそルドガーは今回ギリギリで耐えた涙を流しながらウルを呼び出すだろうと、カーリーはなんとなくそれがわかっていた。でもルドガーは知らないだろう、京介が蜘蛛の巣を見て、若干息を荒げている事を。
緊縛、べたべた
スパイダー・ウェブ→ウルなんてやったら、またハァハァ気持ち悪いんだろうな…思いはしても、カーリーは勿論それを親切丁寧ルドガーに教える気はない。だって面白いから。





「じゃあ結局のところ、京介基準でドSに適ってる相手は鬼柳以外いないわけ?」
気を取り直して問えば、京介はいい笑顔で大きく頷く。そんな京介に、カーリーはあくまで不審げだ。
たまに、ごくたま〜に巨人の塔まで足を運ぶ京介の兄は、京介と双子なだけあってそっくりで。でもそれだけ。性的に特殊な雰囲気はないし、強いていうなら若干ヘタレ気味ではないだろうか?
俺にだって駄犬としてのプライドがあんだよ!!
豪語し、ちょっとやそっとのSなど歯牙にもかけない(自己申告)京介が、胸を張ってご主人様と仰ぐ相手がヘタレ?
「あいつはキレたら、一撃で落としにくるぜ…最高じゃねえか、なあ!!」
一撃で落とされたら、身悶える暇もないだろうに。京介は恍惚とした表情で、拳のキレの良さや確実に急所を狙ってくる冷静な判断力を褒め称えている。その合間にぽつぽつ付け加えられる名は、鬼柳の恋人のもの。
これがまた、京介にとってはたまらないSらしい。ドまではあと一息!とも息巻いていたけれど。
結局その ド が何基準で決まっているかは、京介のみぞ知るというわけで。
「…全っ然わかんない」
カーリーがそう呟くのも、仕方のない事。












カーリーは今、壊れた遊園地にいる。先日何だかんだで結果的に、京介に負けてしまったドS当てクイズ。それが悔しかった事は勿論のことだが、正直なところカーリーは暇だった。
暇だからドS様でも拝んでくるしか!!
思ったとしてもしょうがないほどには。





原種が多く放し飼い(飼っていると定義すれば)になっているという噂の遊園地は、思いの外すんなりと入り込むことが出来た。
カーリーの潜入を、ドラゴン族や昆虫族は気付いているだろう。けれど何も起こらないのは、カーリーがデッキを所持していないから。
デュエルをしに来たわけではない
そう示すだけで、モンスター達は基本的に寛容だ。泥棒は人間達の問題だから、人間達でどうにかしろ…と突き放すモンスターはこの遊園地にはいないとは思うけれど。何も盗まなければ、多分大丈夫。
「さて、と…お化け屋敷って言ってたはず」
朽ちて半分以上倒れかけた構内地図を見上げ、カーリーは少し不満げに眉を潜める。
お化け屋敷は一番奥、ドラゴン族の巣だという観覧車の横を通り、海龍族が住む大きな池を迂回し、獣族が拠点とするフードコートを抜けた先。戦士やアンデットが住み着く城からやや離れている事だけが唯一の救いといえそうな、またその事実がなんの救いにもならないコース。一度鬼柳の恋人の幼馴染がバイクで突破したという話を聞いたけれど、確かにその方が色々手っ取り早い。
「兎に角、いかなくちゃ」
今回は接触が目的ではなく、生態観測のようなもの。外面は神だと京介が豪語するくらいだから、鬼柳は第三者がいる場合絶対に素を見せないと思われる。接触してしまってはまずい。だから、どちらにしろバイク突破は駄目だ。
「…きっと、なんとかなるんだから」
言い聞かせるように呟いて、一歩を踏み出そうと振り向いたカーリーは。すぐ傍の木の上で様子を伺う、一匹と一羽の存在には最後まで気付かなかった。





観覧車は問題なく通過。ラグナロクがカーリーに気付きふよふよ近づいてきただけで、止められることはなく。 “お散歩ですかぁ”
緊張感のない声でそう話しかけられ、返答する前にケラケラ笑って何処かに行ってしまった。一体なんのために出てきたのか、さっぱりわからない。
その後も、崩壊したアトラクションをよじ登り回避しの間に、何体ものモンスターに出会ったけれど。大抵は気にも留めず横をすり抜けるか、ちょこんと首を傾げられるだけ。自分達の住まう地縛神の領域が見た目的に近づき難いせいか、この反応は予想外。
原種って、警戒心薄いのかな…
自分の所持する原種は可愛い女の子達で、もう少しマシだった気がするけれど。考えてみれば、ここに住む原種達に比べようもなく若いのだから、色々と経験を積み重ねた後の余裕だと思えば納得もする。
この調子で行けば、お化け屋敷まで普通に行ける。次の問題は、どうやってお化け屋敷の中に入るか。
そんなことを考えながら歩いていたカーリーは。予定通り大きな池、遊園地の中央に到達したところで咄嗟に身を隠していた。
池の反対側にフードコート、その横の道をずっと行けば遊園地。池の周りにはちょっとしたコテージ風の街並が再現されており、以前はショップとして使われていた事が窺い知れた。そのすぐ先には芝生。手入れをされていない伸び放題の芝生に、誰かが寝転がっている。そよと吹く風に、うっすら水色の髪が揺れた、鬼柳だ。
先ほど散歩かと聞かれるくらいにはいい陽気。秋も深まり風は冷たいけれど、日差しはまだ暖かい。少しくらい外で昼寝をしたところで問題はない。
問題は。
カーリーはそろそろと近づき、崩壊した壁に寄り添いながら目を凝らし、その一種異様な雰囲気にそっと息を呑んだ。
問題は、カモメが一羽鬼柳の顔の横で、じっとその寝顔を眺めていることだ。
たしかあれは、ブリザード。鬼柳の恋人が所持するだろうモンスターだから、この場にいる事はおかしくない。けれど何故あんなに、何処か思いつめた雰囲気で寝顔を見つめているのだろう?
と、そのとき。もう一度、今度は少し強い風が吹き、鬼柳の顔にかかっていた長い前髪を揺らした。遠目でもマーカーのない頬が外気に晒された事がわかる。
「って、えええぇぇ?!!」
その顔の上。耐えられない、いうように飛び乗ったブリザードの行動に、カーリーは目を見張った。
何故乗る?!あれでは鬼柳の息が出来ない。もしかしてBFは、鬼柳抹殺を本気で目論んでいるのだろうか?鬼柳にマスターを取られた、的な発想で?
思わぬ昼ドラ的展開にぽかんと口を開けたカーリーは、ぱたぱたと慌しくブリザードの背を叩く鬼柳の手に、気付くのが遅れて。うっかり身を乗り出した身体をすぐに戻せたのは奇跡だ。ガバッと音が鳴りそうな勢いで、鬼柳がブリザードを掴み顔から離したから。
「っっっっっっ!!ぶりざああどおおおおおお!!ありがとな、羽毛かなり温かかった!!優しさに包まれた俺!!でもうっかりそのまま死にそうになるから卵温めます的発想いい加減止めてくれ!!」





…えええぇぇ
今度は口に出さず、カーリーはそれでも盛大に呆れた。何故今までなんども窒息しているのに、厳重注意だけで終わるのだろう。言われているブリザードは何処か満足げで、忠告なんて全く気にしていない様子なのに。
と、そこでまた変化。フードコート側からてこてこ走ってきた小さなモンスターが、ブリザードに構う鬼柳の膝に飛び乗る。小さな小さな、ちょっと硬そうな物質を身体の至る所に纏った、あれは…
「ん?どうしたヴォルカあっちいッから!!」
ヴォルカニック・ラット。鬼柳の掌に乗り顔の近くまで寄せられたネズミが、火を噴いた。ちろっと、身体に見合うほどの、ライター程度。けれど顔面に火を噴かれたら、それは熱い。
「いや、顔寒くないから!!ブリザードちょっと気を使いすぎちゃっただけだから!!お前の熱烈な愛情は凄く嬉しいけど程々にしようぜ!!」
えええぇぇ…
カーリーは呆れた、心底呆れた。たった数分眺めていただけでも、鬼柳がドSなんて微塵も感じない。寧ろヘタレ説が有力になっただけ。何故自分の所持するモンスターに火を噴かれているのか、とりあえず凄く懐かれている事しかわからない。
鬼柳の絶叫を聞きつけたのか、少しずつ原種達が集まってくる。デュエルで時たま見受けるものもいるけれど、大抵は見たことがないモンスター達。
カーリーはこの時点で、色々と放棄していた。最初のドS観察などなかったことにして、ああ沢山原種見れてよかったな、そんな気持ちでさっさと帰ろうとすら思った。
だからこそ。わらわらと集まってくるモンスター達の中、鬼柳の少し手前で着地したモンスターにも目が行ったわけで。
「ブリたん…ブリたたたたたたたたたた」
「…黒羽を狩る者?」
これだけ原種が溢れた中、唯一と言っていいほどの効果持ち。が、何故かカルートを凝視している。
「黒羽…ッお前今日はこっちくんなって言っただろ!」
それに気付いた鬼柳が、慌てて立ち上がった。けれど何故黒羽が…思ったところでカーリーも確認することが出来た。黒羽の肩に、もう一羽。よく見えないけれど、黒い羽にところどころ赤、多分ギブリ。
『黒さん悪くない!黒さん鬼柳が心配で見張ってただけ!』
「だったらこうなる事を見越してお前は離れるとかしとけギブリ!!」





ああ、やっぱりギブリだ、とか。こうなることって何だろう?とか。カーリーが考え終わる前に。俊敏な動きを見せたのは、慌てた鬼柳ではない。わらわらと集まっていた原種でもない。
「死に晒せクソがあああぁぁぁ!!!」
疾風のように駆けつけてきた、オレンジだった。あと、拳。
殴った?!!モンスター殴りましたよ!!
実体あるのだから、殴れはする。するけれど、実際にやるものはそう多くないのではないか?人の力でどうにかなる相手ではないのだから。
なのに、殴った。ぽかんと口を開いたままのカーリーの目の前で、身体の浮いた黒羽に蹴りまで入れ、吹っ飛ぶ前にギブリを回収するという離れ業を披露したオレンジ。
「ギブリがちょっと懐いたからって、調子乗ってんじゃねえぞ黒羽!!」
肩にギブリを乗せ、腕を組み仁王立ちするオレンジ。状況からして、鬼柳の恋人。
「…すげぇなクロウ。お前カードになったら、最低アタック1701はあるぜ」
鬼柳が呟いた通り、黒羽の姿はない。モンスターが戦闘破壊扱いになるほどの腕力とはどれほどのものだろう?
声をかけられた恋人、クロウはまだ怒りが収まらないのか、キッと鬼柳を睨み。けれど次の瞬間何故か眉を寄せ。するりと近づいていって、頬をがっちり掴んだ。頭ひとつ分くらい差があるのに、ものともせず。
「誰にやられたこれ」
地を這うような低い声。これとは多分、先ほど火を噴かれた…
「ヴォルカニック」
「…あ〜、ならしょうがねぇよな」
多分ヴォルカニックではなく、人間が相手だったら。クロウは躊躇なく伸しただろう、先ほど黒羽がされたように。
この辺りでカーリーは、そっとその場を後にした。











難しい顔で巨人の塔を訪れたカーリーに、京介は少し首を傾げた。けれど切々と語られる間に、ククと喉が鳴っていく。
「兄貴が下?ありえねええええ!!」
最終的に、鬼柳は受け入れる側なのかという問いで腹を抱える事となる。
「でも、私見たんだから!明らかに恋人の方が強そうだし、鬼柳本当にヘタレだったんだから!」
カーリーが必死で言い募れば言い募るほど、京介の笑いは止まらない。だって、気付かないわけがないのだ、鬼柳が。
「カーリーおま、観覧車の下通ったんだろ?その時点でサファイアに気付かれてる、離れていても兄貴と精神会話出来るサファイアに!絶対報告行ってんぜそれ!!」
それに、ギブリは見張っていた、そう言ったというのだから。見張られていたのは、カーリーだろう。黒羽が暴行を受けたのはカーリーのせいといっていい。
侵入者がいるとわかった時点で鬼柳が何も行動せずただ寝ていたのならば、出方を見極めるためか問題なしと判断したか。カーリーは他のモンスターにも散々見られたうえ、ただ様子を伺っていただけだから、問題なしと思われたのだろう。
でも他者がいるとわかった時点で絶対、絶対に。
「兄貴が素なんて見せるわけないだろ?まあBFや原種に強く出られないのは、素だけどなぁ」
クツクツと笑いながら、言い切った京介は何処か嬉しげ。双子の兄自慢はするけれど、実際に観察されるのは嫌。
ああ、でもひとつだけ。
「この間兄貴、ブレイン・コントロール受けたジェネティック沈めてたわなぁ…本気出したらアタック2001は固いな!」
あいつ寝返りとか本気で嫌いだから
言って満足したのか、京介はそのまま鬼柳のところに遊びに行くと言い残し行ってしまった。
結局京介のドS基準はわからないまま。残されたカーリーは、なんだか疲れただけだった…そんな感想しか残らないまま。


END




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