普段はお目にかかれない、ほんわりとした色合いの提灯を抜け。何処から沸いてきたと悪態をつきたいほどの雑踏の中、京介は友達の囃し声も気にならないほどひたと紺の浴衣を見つめていた。
今時の浴衣は不思議。帯の上に更に帯をつけ、帯留めなど必要ないのにちゃらちゃらと揺れるアクセサリー。柄も薔薇や蝶など、多種多様。
そんな中、紺地に青紫や白の菖蒲が浮かぶ浴衣は逆に目立つ。帯も落ち着いた黄色を合わせ、ぱっと目が引くはずなのに、地味だと言われ頬を膨らませていた。
そんな、同級生の女の子。
いつもはヘアバンで無造作に上げられているオレンジの髪。本日は誰にしてもらったのか、くるりと片側に寄せ、紺色にビーズを散らしたシュシュでまとめられている。
普段はそれこそ、髪振り乱す勢いで一緒に騒いでいるクロウが。京介には、まるで別の人のように見えた。
高校の傍にある、少し大きな神社のお祭り。夏祭りというほど夏ではなく、多分どこよりも早く行われる祭事。学校から家の近い京介には珍しくもないそれが、高校になって少し特別なものになった。
バスや電車で通ってくる同級生が増え、丁度クラスが親しくなった頃に行われるお祭り。皆が行きたがるから、個人的に誘わなくても一緒に回れる。特に、まだ好意を少しも晒していない相手なら。
京介はクロウが好き。男勝りで、元気で。いつも友達に囲まれ、ケラケラと笑う女の子。男女の別け隔てなく付き合うクロウは、京介とも友達で。
その友達の枠から出たいのだと思っても、水に溶け込むように自然と友達になってしまっては、かえって打ち明ける事が出来ないでいた。
だからこそ、お祭りはいい機会だと思ったのに。
あまりにも違いすぎて。
着崩れる事を気にしてか、いつもより大人しく歩く様子とか。普段から晒されているというのに、提灯の灯りの下、いつもより白く細く見える項とか。そんなひとつひとつが、声をかける切欠を潰していく。これなら普段通り、制服同士馬鹿話で笑い合っていた方がいい。
見つめる先、クロウは数人の友達と楽しげに射的に興じている。袖が肘まで上げられた。色白というわけではないのに、屋台の裸電球と浴衣の紺が相成って、とても儚く頼りなげな腕に見え。
イライラする。
得体の知れない苛立ちが、徐々に沸き起こってくる…京介はそれを止められずにいた。
傍に行きたいのに、傍に行って一緒に笑いたいのに。たかが格好ひとつ変っただけで、こんなにも動揺して。ただ見ていることしか出来ないなんて、馬鹿げている。
手を拱いているこの瞬間にも、クロウは可愛い女の子なんだと、誰かが気付くかもしれない事。いつもはまるで同性の友達のように遠慮なく接している、そんな相手が突然可愛らしく見えるなんてよくある事。
なんでそんな頑張って、可愛い格好したの
腕を掴んで責めたい。出来るなら、誰に見せたかったんだ?聞いてしまいたい。
クロウの浴衣は、明らかに背伸びをしていた。年相応、煌びやかに飾り立てるよりも、少し落ち着いて慎ましく。自分をそんな風に見せたい相手がいるのだと…ただの想像だけれど。でもきっと、間違いではない。
「何で機嫌悪ぃの?」
いつの間にか、射的は終っていた。気付けば傍にクロウがいて、級友達の輪から少し離れ、ふたり。駐車場に続く小道の縁、京介と一緒、ちょこんと座ったクロウは少し、背を気にした。
帯が少しだけ、下がっている。多分ワンタッチではなく、ちゃんと結んだのだろう。蝶結びを少し崩したような、たれ先が片方だけひらりとたれた結び方。
背に手を回し、何かを押し込みながら。それでもクロウは、京介を見上げた。
「人酔い。あと、暑い」
まるで隠すように。それに気付いたから、京介も特に何も言わず、適当な理由をつける。目の前でそっととはいえ、帯を直せる相手。そう思われているのだと、気付くのが嫌だったから。
浴衣が可愛いとか、ふたりで回ろうとか。少しでも自分を意識してくれるような、そんな言葉をかけたいけれど。
ちょっと、無理そうだ。
「なんか食う気にもならねぇし、暑いし」
帰るかな
最後に呟いたのは、帰る気などなかったから。でも口にしてみれば、それがいいとも思えてくる。
クロウが引きとめもせず、まだ帯を気にするようなら。もうその時点で、意中の相手は自分ではない。
こんな幼稚な駆け引きなど、きっとクロウは気付きもしないだろうから。答えによっては、本気で帰ろう。決めた京介を、クロウが見上げた。
「カキ氷とか」
……カキ氷?
「食えそう?俺、買ってくる」
ああ、なるほど。体調が悪いのだと勘違いして、心配。
駆け引きとか。馬鹿らしい、言葉の裏を読まなくてもいい…そう言えるほどには仲の良い友達で。そんな相手に駆け引きなんて、望んだところで間違っている。
「食い切る自信ねぇけど」
「じゃあ半分食べる」
否定も肯定もしなければ、嬉しげな声。
一応引き止められた、と考えれば嬉しくもある。けれど結局は、友達。何も行動を起こさないで、そんな事だけ気にしていても仕方がないのに。
「あ〜…わかった、俺が買えばいいんだな」
不機嫌は相変わらず、不機嫌。けれど、機嫌の悪い姿をクロウに見せる必要はない。
苦笑して見せ立ち上がった京介につられ、クロウが少し慌てて立ち上がった。
それがいけなかったのだろう。帯を結び慣れていないのに、定番よりも少し頑張った結び方。途中で崩れ始めるという事は、緩かったからで。一度崩れてしまえば、少し手を加えたところでその場しのぎにしかならない。
「あ…」
小さな声が上がったときにはもう、入れ込んでいた帯がするりと落ちていた。
帯を押さえ、けれどどうしていいかわからずに、途方にくれた顔のクロウの手を掴んだ。咄嗟すぎて、京介も一瞬途方にくれかけて。それでも。
「あっちに、トイレあるから」
帯を直すために個室に入りたくても、祭り期間設置される臨時トイレはきっと、簡単には使えない。それならば神社と隣接する大きな公園、そちらのトイレに行った方が確実だ。
「ちゃんと押えてろよ?」
言って、手を引く。別に手を引いていく必要はないけれど、公園に行ってしまうと暗いから…そんな理由をつけて。クロウは帯が気になって、手を引かれている事など気にしないだろう。
小道を進み、混雑する駐車場を抜け。車道を一本渡ればもう公園だ。子供用の小さな野球場、フェンスに囲まれたその横にトイレがある。街灯がほとんどないけれど、一応中は電気がついているから。
「夜は人来なくて危ないし、待ってる」
そこで手を離すと、クロウは一瞬振り向いて。小さく頷き、トイレに入る。
個室の扉がばたんと閉まる音がした。ここで漸く、何故か押し殺していた息を大きく吸い。無断で別行動を取ってしまった事に気がついたけれど、何故か携帯を確認する気にはなれず、京介はフェンスに背を預けていた。
もしクロウの好きな相手が、一緒に祭りに来た級友の中にいるのなら。少しくらい、噂になったっていい。クロウは必死で弁明するだろう、けれど自分が何も言わなければ、噂がすぐに消える事はないだろうから。
…また、駆け引き。
さっきのカキ氷で、駆け引きなど意味がないと、わかっているはずなのに。
「性分…も何も、ねぇだろ」
自分に呆れる。でも、今までこんなに必死になって、それ以上に空回って。何かあるごとに苛立って。それでもまだ、諦めるとか面倒になることもない。そんな相手はいなかったから。
少し大人っぽく見せようと頑張る姿。それを見て、漠然としすぎていた恋に、明確な彩がついた。付き合いたいとか、一緒にいたいとかじゃなく。抱きたいと、全部自分のものにしてしまいたいと。そんな肉欲を従ってしまったから。
クロウが悲しむかもしれない駆け引きだって、形振り構わずやってしまいそうで。
もうちょっと、自分が可愛いってこと、自覚してくれてもいいのにな…
思ってしまうのは。ただうまくいかずに、癇癪を起こしているだけだと。わかってはいるけれど。
結局は、癇癪なんてもんじゃない。
「鬼柳、わかんなく、なっちまった…」
随分と待たされて、まさか既に中に暴漢でもいたのかといぶかしみ始めたとき。漸く出てきたクロウは、トイレに篭ったときよりもずっと乱れていた。
合わせが合っていない。襟が開きすぎ、肩も合っていない。帯は途中で諦めたのか、ただのリボン結びだ。これではすぐにまた帯が解けてしまうし、第一帰れない。
「それ、帰れないだろどう考えても!」
クロウは電車で2駅先、こんな格好で電車に乗るなどありえない。祭り会場に戻る事も無理だ。ざっと思い返してみても、本格的に帯を結んでいたのはクロウだけ。きっと誰かを呼んできても結び直せる者はいない。
それをクロウもわかっているのだろう、ひどくしょげて肩を落とす姿は可哀想だけれど。
京介は、それどころではない。
肩がずれていて、合わせが合わない。首周りが開いているということだ。ちゃんと浴衣を着ているときには、ストイックとすら思えたのに。少し崩れただけで、着物は随分と色気が増すのだと気付いてしまった。
ついさっき肉欲を従う想いだと意識した相手が、浴衣を着崩している。
駆け引き?そんなもの、もう考える余裕すらない。
「…裏道通れば、誰とも会わずに俺の家までいける。ネットで調べれば、帯の結び方くらい簡単に出てくるだろ」
ひどく場違いな苛立ちが、最早怒りとすらいえるほど高まっていた。
どうして、我慢しているのに、どうして…
「でも、家の人とか…」
「誰もいねぇよ。てかそんな格好で帰したとか、そっちのが大事だろ!」
つい荒立てた声に、クロウは少しだけ肩を震わせて、ごめんと一言呟いて。
京介はもう、そんなクロウを気遣う余裕もなく手を取った。これから向かう裏道は、本当に街灯が一本もないところ。本来、道ですらない。けれどおかげで、誰にも会わない自信があるから。
「墓地、抜けるから。絶対手、離すなよ」
国道に面した神社や公園は、何処に行くにも人が多い。けれど一箇所だけ、公園から墓地に抜ける道がある。随分古くからあるその墓地は、近隣の住人には駅までのショートカットで使われることはあるけれど、基本的に閑散としているから。特に夜など、わざわざ拝みに来る者もいないから。絶対に、安全。
小さい頃から通い慣れている、手を引いて歩く分には、暗闇の中でも迷う事はない。
急に暑くなったせいで、蒸せる様な熱気は夜になっても引かない。新緑は一気に色を増し、大きく濃くなっていた。最近草刈をしたのだろう、掘り返され熱を持った土とところどころに積まれた草の匂いが、墓地には立ち込めていて。
なんだかくらりと、眩暈がする。
掴んだ手が少しずつ汗ばんできて、拭いたいけれど。でも、一瞬でも手を離すのは嫌だった。クロウもきっと、墓地の真ん中で手を離されたくなどない。
気丈な少女は、普段とは比べ物にならないほど大人しい。浴衣が着崩れている事への羞恥?それとも墓地が多少なりとも怖いのだろうか。
昔から住んでいて、今まで怪奇現象になどあった例がない。だから大丈夫だと、一言声をかければきっとクロウは多少なりとも安心する。わかっているのにしないのは、出来ないからだ。
くらりくらりと眩暈がする。
夜だというのに、外気は温い。湿度も含んで肌にまとわり付くようだ。けれど京介の感じる熱は、それだけではないから。
「鬼柳、もうちょっとゆっくり…」
歩いて、と。クロウがひっそりお願いするまで、彼女が下駄で、石がゴロゴロ転がる夜道を歩かせているのだと、それすら気づかないほど。
一心に、繋いだ手に滲む汗をやり過ごし。ともすれば掌を口に引き寄せ、汗ばむそこに舌を這わせてしまいたいと。そんな妄想すら拭い去れないでいたのだから。気遣えるはずがなかった。
「ッ悪い…もうすぐだから」
古い墓地特有の、規則性がない配置。斜面に沿って立ち並ぶ墓を避け登ったり降りたりを繰り返していれば、鼻緒はすぐに食い込む。しかも早足でとなると、余計にしんどかっただろう。
少しだけ歩調を緩め、振り返ればクロウが帯を押さえながら、少しだけ息を上げていた。表情は暗くてほとんどわからない。ただ闇にうっすらと浮かぶ黄色い帯と、紺地に浮かぶ白い菖蒲。その両方とも、形が歪で。
着崩れすぎて、きっともう押さえるのもやっと。
「……もうすぐ、だからな」
眩暈が
酷すぎて、もう、わけがわからない。
一応墓地が見えにくいように植え込みが並ぶ。その隙間を通り抜け、小さなアパートと壁の間を抜ければ京介の自宅。まださほど遅い時間ではないのに、どの部屋にも電気はついていない。
ほっと、安堵の息を吐く気配。クロウは家人がいない事に安堵している。その事実が無性に笑えるなんて、京介は勿論表に出さず鍵を開けた。
家を離れていた時間は精々2時間。なのに空気が篭っているのは、夕方の照り返しが強かったからだろう。室内に入っただけで余計汗ばむ肌。
手が。バタンと扉が閉まったと同時、初めてクロウが手を引いた。室内に入り安心して、その途端繋いだ手を意識したのだとしたら。もう遅い、としか言えない。
強く掴みなおし、驚いた顔で見上げるクロウの、小さい身体を扉に押し付け。強引に唇を重ねたから。遅いだなんて、言えなかったけれど。
ひくりと喉が鳴る。クロウの喉が鳴って、けれど抵抗らしい抵抗はなかった。きっとまだ現状を理解していないのだろう。
それをいいことに、京介はぺろりと唇を舐め、少しだけ開いた口内に舌を差し込んだ。同時にほとんど開いた合わせから、すると手を潜り込ませる。
浴衣の中は、しっとりと汗で濡れていた。うっすらとふくらみが確認できる、ささやかな胸。遮るものがないから、つっと流れ落ちる汗がそのまま京介の指に触れて。
「ッんん」
漸くもがき出したクロウは、けれどきゅうと摘まれた乳首に大きく身体を震わせるだけ。口内で逃げ回る舌は、緩く噛み付かれ無理矢理引きずり出して、思う様吸われる。溢れた唾液ごと、全部。
唇を離したら終り
京介はそう思っていた。唇を離したら、クロウは絶対に拒絶の言葉を吐く。睨まれて、多分殴られるから。
苛立ち紛れに言い返して、それでももう一切手を出さないよう、家から出て着付けが終るのを待って。もう何を言われても開き直れるだろう、だから最後に一応告白なんてものをして。
それで終ってしまうなら、もういい。終るだけの事をしてしまったのだから。
そう、思っていたのに。
はふと息をつき、離れた唇。間近で見たクロウは、目を伏せ必死に息を整えようとして。いつの間にか京介の腕に縋った手は、突き放す事もせずただしがみ付いたまま。
つ、と。米神から汗が一筋、流れ落ちた。
誘われるまま舌で嘗め取れば、またびくりと身体が震える。
「ん…」
目を伏せ、鼻を鳴らし。ふるふると震えてはいるけれど、嫌がる素振りはない。どころか、高揚した頬は、まるで京介と同じように興奮しているようにも見え。
「あぅッ」
たまらず、合わせを大きく開いて、両方の胸を揉む。首筋から流れる汗を舐め取って、歯を立てて。それでも。
まだ震える手は、京介の腕に縋ったまま。
何で怒らねぇの
何で何も言わねぇの
何で
何で、何でを繰り返していれば、勝手に行き着く先は都合のいい解釈。それに縋りたいと思うたび、また募る苛立ちが鬱陶しくて。
「やぁッ!!」
乱暴に浴衣を剥がし、剥き出しになった太ももの間。下着の間から手を突っ込み、前触れもなく膣に指を立てる。しっとりと濡れていたそこは、一本だけならすんなり入って。入った瞬間ぎゅうとしまった内壁に、くらりとまた眩暈がした。
抗わないなら。明らかに挿入までを匂わせているのに、腕に爪を立てられただけなんて。
「ッ!いいの、かよ!」
このまま抵抗されなければ、調子に乗って最後まで…そう思われていいというのか。
「挿れるぞ?!いいのかよ!」
「ひああっ!!」
多分、初めてだろう。あまり乱暴に動かしては、処女膜が破れてしまう。そんな考慮もなく、乱暴に二本目を入れ突き上げたのに。クロウは余計縋るだけ、ふるふると震えるだけ。
つ、と。膣につき立てた指を、何かが伝う。汗ではない、血でもない。溢れるほどに、溢れて数度かき回されただけで泡立つほど、大量に垂れ出した液。
「きりゅ…」
はふと、息を吐き。初めて持ち上げられた睫の奥、覗いた青灰は熱に溶けていた。
「鬼柳…ッ」
そんな目で、名を呼ばれ。どころか、きゅうと抱きつかれたら。流石にもう、都合のいい解釈とはいえない。
この時点で京介は、クロウに聞きたい事、言いたい事が頭の中に渦巻いて。不機嫌とか、駆け引きとか、気遣いとかそんなもの、全てどうでもよくなって。
けれどそのどれも、何も、出来るとは思えなかった。その場では。
「ァ…ッんんんんん!!」
扉に身体を押し付けられ、熱の篭った玄関で初体験など、きっといい思い出にはならない。けれどお互い…多分お互いだ、止める事なんて出来なかったのだから。
「暑ッ…」
入り込んだ膣の熱さとか、肌の熱さとか。外気の暑さ、触れた舌の熱さ。何もかも、これほどまでに留まりたいと思う熱など、ない。
「ぃううっ…きりゅ、はいって…んあ!きりゅ!」
「クロウ、すげぇ…初めて、なのに。感じてんの?」
波打つように絡む襞が、京介のペニスをすっぽりと銜えこんで離さない。乱暴に突き上げているというのに。けして気遣ってなどいないのに。
「ふぁ…ん!だ、きりゅ…だも…ッ」
「俺だから、処女マンコ、感じる?」
うぅと呻いて。それでもこくこくと頷かれたら。もう、気遣いなんて無理。
「ああんんん!あっあんッ!」
外まで聞こえてしまうのではないか、思うほどに張り上げた声。唇で止めて飲み込んで、今度こそ躊躇いなく絡んできた舌を食む。
お互いの吐く息の熱さごと。
膣はどこまでも柔軟にペニスを包み、どんなに激しく突き上げても確りと背に回った腕は離れない。汗でもう浴衣はひどい有様で、でも。
見せたかった相手が誰か、わかったから。漸く、紺に浮かぶ菖蒲が愛おしく思えた。
カチカチとマウスが鳴る。
居間に置かれたパソコンの前、ひどい有様になった浴衣にまだ、クロウは未練があるようで。座椅子は流石に遠慮して、それでも床にぺたんと座る。帯はもう解かれ、肌のほとんどをクーラーの効いた部屋の明かりに晒してはいるけれど。
「…一言も、何も、言われてねぇ」
折角頑張って、着たのに…
呟いたくらいだから、相当悔しかったよう。
「可愛かった、凄く」
言っても、まだパソコンの前から離れそうにない。
でも正直、着付けられてしまっては、また脱がす手間がある。京介はもう、今日中にクロウを家に帰す気などさらさらないから。
「やっ…鬼柳!」
「明日の朝にしようぜ、それ」
床に広がる菖蒲を除けて、剥き出しになった臀部に腰を擦り付けて。背後から乳首を摘めば、マウスから手が離れ。
振り返ったクロウは、困った顔。
ああ、そうだ
「すげぇ今更だけど…前から好きだったんだ、俺と付き合ってください」
「うぅ…ぁ、ちょ…!まだ、答えッあ!」
「答えは落ち着いてからでいい、今お預けとか無理!」
一応言ったのだから。殴られる覚悟など必要なく、何度か交わった膣にもう一度。挿入すれば、簡単に力の抜ける身体。それだけでもう、答えは貰ったのだから。
多分一生忘れられない熱を、もう一度感じたい。今はそちらを優先させてもいいはずだ。
END
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