六月のノットプリンセス




 六月の花嫁とやらは、女の子の憧れ、らしい。

 サテライト育ちの俺たちにとってそんなことは関係なくて、ココロもヒカリもシティに来るまで知らなかった話。
 ジューンブライド。六月に結婚したら、幸せになれるとかナントカ。
 サティスファクションタウンの顔ともいえる、元チームサティスファクションのリーダー、鬼柳京介に連れられてきた少女、ニコもその話を知っていて、かつあこがれているらしい。
 ヒカリとココロは、彼女の話に興味津々で、全く寄りついてこない。京だって、ニコと一緒に買い物だ。
 まあ、そういうもんだよな。寂しくなんて別にねえし。

 とにかく、六月の花嫁ってのはいいものらしい。
 そんな話を、俺は唯一家に残った鬼柳相手にしてみたところだ。


「……クロウ」
「おう」
「お前、その話俺にするってことは、だな」
「ああ。早くニコ幸せにしてやれよ」

 出会って2日で結婚決めるような奴だっていた。もう家族ぐるみの付き合いをしているんだし、何より聞いた話では父親公認と言ってもいいんだし、いい加減男の甲斐性見せて、けじめをつけてやるべきだろう。ニコだっておれたちよりは年下だが、もう子供じゃない。結婚だってできる。
 そう思ったから、前に座って茶をすする鬼柳に、おれはずばっといってやった。真っ赤になった顔が思いっきりテーブルに打ち付けられる。震えたまま動かない。痛かったんだろうな。
 でも、それだけ躊躇するってことは、やっぱりおれが押してやらないといけねえよな。
 そう思って、席を立ってさらに続ける。

「押して押しまくる! 生きることは戦い! おれの知ってる鬼柳はそういう男だぜ」
「っく、くろう、あの…」

 ゆるく顔をあげ、ひきつり笑いを浮かべながらおれを止めようとする鬼柳を制して、おれは拳を握った。

「結婚が重いとか怖いとか考えてんじゃねーだろうなっ! 男ならかなえてやれよ、ジェーンブロンド!」
「ジューン、ブライド……な」
「細けえこと構ってるくらいなら給料三カ月分で指輪買ってこい!」

 机を叩いて、窓の外を指す。雨降りだ。盛大すぎるほどに雨が降っている。未だにひきつった笑みを浮かべている鬼柳の襟首をひっつかみ、中途半端に机に伏せた体を引き起こそうと試みる。
 鬼柳は思ったよりおとなしく、席を立った。未だにおれより背の高い体は、微妙に縮まってよたよたと玄関に向かう。おれと一緒に。

「善は急げだ、ほら行け」

 安物のビニール傘を握らせて、玄関の方へ背中を押してやる。近所に指輪なんて売ってたかどうか、鬼柳の給料がどうなっているのか、おれは何にも知らなかったが、そんなことはどうでもいい。指輪がないなら花でもいい。プロポーズは花か指輪、いっそ婚姻届だって言ってた。どれか一つくらい、持って帰ってこられるだろ。

「クロウ」
「おれがちゃんと見届けてやるって。ニコがお前をフるもんかよ」
「いや、フられるから」
「あぁ?」

 弱気な発言を、自信満々にしやがるからおれの機嫌が急降下した。自信があるのは悪かねえが、自信満々に諦めてどうすんだ。それでも、元リーダーか。この、元、鬼柳京介。

「ニコは知ってるんだ、本命のこと」
「ほんめ…………おまっ……!!」

 殴りかかろうかと思った。あれだけ思わせぶりに一緒に暮らしといて、他に女作りやがったのか!
 ふつふつとわきあがる怒りを抑えきれず、でもここで爆発させても子供の癇癪にしかならないとどうにか抑え込む。

「いつから、ンな半端なことしてやがったんだ」
「半端じゃねえよ。気づいてから、ずっと好きなやつがいる」
「なんだよ微妙な言い方しやがって。おれも知ってる女か」
「いや……お前の知ってる女連中には、いないだろうな」
「じゃあやっぱ街の女か」
「違う。……でも一つ言えるのは、俺が結婚申し込める相手じゃないんだ」
「あぁあ?」

 わけがわからない。
 おれが思うに、鬼柳は決してランクの低い男じゃない。何気に金だってため込んでるし、顔も悪くないし、今はすっかり落ち着いて(まあたまに無茶苦茶なところはあるが)、一家の主としても恋人としても女にとっては申し分ないだろう。
 それでも鬼柳じゃだめだというのなら、相手にはもう相手がいるとか、ものすごい年上とか年下とか、もう死んでるとか、そんなもんしか思い浮かばない。でなきゃ何かズレた相手か。
 もう死んでる相手であれば、そりゃ、プロポーズして来いなんて、さすがに酷かと思ったけれど。

「言ったところで返事はノーだ。そいつには、……多分、相手が待ってる」

 言って浮かべた鬼柳の笑みが、あんまりにも自嘲しすぎてて。

「ッアホか! 届くかもしれねえ相手なら言ってこい! どうするかは相手に決めさせりゃいいだろ、もしそれでそいつが苦しむことになんなら、そっからてめえが引っ張り出して倍以上幸せにしてやりゃいいんだろが!」

 相手の事情なんて知らないからこそ、こんなことが言えるってことは分かってる。だけどおれにとっては幸せにしてやりたいのは名も知らない相手より鬼柳だ。当然だ。おれは鬼柳のことならよく知ってる。
 閉じ込めて流して、それで鬼柳が幸せなわけがない。なにより鬼柳らしくない。
 万が一にも選ばれなくても鬼柳には、ニコがいる。おれや遊星、ジャックだっている。ずるずると諦めるより、すっぱりと諦められた方がいい。そうすりゃ他の道がよく見える。

「言ってこい! なんなら、このままおれも連れてけ! クロウ様がてめーの一世一代の大告白見届けてやるからよ!」

 どんと胸を叩いた。今なら雨だって止ませてやれる気さえした。サティスファクションタウンまで最短記録で行ける気がした。何で当の鬼柳じゃなくておれがこんな強気なんだって思いはしたが、思っただけで。

「……本当に?」
「おう」
「じゃあ、絶対目ぇ、そらさないでくれな」
「たりめーだ!」

 鬼柳が目を細めて笑う。穏やかな顔。それでいて目の奥に決意の色。おれの肩に手が置かれたので、頷き返してやる。クロウ様に二言はねえ。じっと金色の目を見つめて、次の言葉がかけられるのを待った。任せろ、と返してやる準備はできている!


「結婚してくれ、クロウ」


 聞き返す間もなく抱きしめられたら、意味を考える余裕もなかった。後に残ったのは、得意げなおれの返事、だけ。

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