B.E.T




 光のない夜の闇にも映える橙の髪を逆立てた青年は、黒いヘルメットを手にしたところで目の前に立つ青年の存在に気がついた。一瞬の狼狽の後、持ち上がった視線がかち合う。

「……鬼柳……?」

 鬼柳と呼ばれた青年の唇は弧を描いてはいたが、細められたその眼に宿る色がこの表情を笑みと呼ばせない。

「よお、クロウ」

 くく、と笑いながら呼ばれた名。その声色にまで滲み出る狂気に、クロウは無意識に後退る。
 乾いた風に揺れた淡い空色の前髪の隙間に光る黄金色の瞳は、暗いだけの夜空に浮かぶ鮮やかすぎる月の色に似ていた。

「何しに来やがった……デュエルなら、受けてやるぜ?」

 D-ホイールにセットされたデュエルディスクを取り外し、慣れた手つきで手早く左の腕に装着するクロウとは逆に、鬼柳は一向に動かない。笑みに似た表情でクロウを見つめているだけで、後ろに停められた自身のD-ホイールに手を伸ばす気配すらない。何のつもりだと問う直前、ようやく彼の唇が動いた。

「いいのかァ、オレとデュエルなんてしちまってよぉ」
「そのつもりで来たんじゃねえのかよ、遊星たちが戻る前にダークシグナーはこのクロウ様が駆除してやろうと思ってたところだっ!いいからデュエルしやがれ!」

 発言と同時に飛びかからんばかりのと思わせる勢いで捲し立てると、鬼柳はとうとう喉を鳴らして笑った。

「そこまで言うなら構わねぇぜ、地縛神の生贄もすぐ側にいることだしなァ」

 動かなかった視線がようやくクロウから外れ、その奥へと向けられる。静まった空間から声はしないが、クロウははっと動きを止めた。自分が今背を向けている方向にある建物の中に、彼が守るべき人々がいる。
 鬼柳の言葉の意味を悟ったクロウの眼が、怒りに燃えて再び正面を睨みつけた。

「……脅しかよ……オレが屈すると思ってんのか」
「屈するさ。お前は、なぁんにも変わっちゃいねえからなぁ……オレとのチームよりわが身を選んで、それよりもガキどもを優先するヤツだからな、お前はよぉ」

 黒衣を揺らし、鬼柳が進む。持ち上げられた手が身を引こうとしたクロウの頬を撫でた。夜の空気で冷えたにしても冷たい指先。僅かに靴底が地面を擦って、けれどそれ以上は動けなかった。

「なあ、クロウ?」

 ただ己の名を呼ぶ声が、性質の悪い呪文に変わった。目の前のこの青年、変わり果ててしまったかつての友、仲間が、己に何を求めているのか。梅雨時の湿った空気よりも肌に染みるその粘着質な視線が求めるもの。クロウは、気づいてしまった。
 否定より早く唇が開く。
 かすかに戦慄いて、言葉を、紡いだ。


「……中。入れよ」






 クロウがアジトとしているこの場所で、寝台と呼べそうなものはどれも少年少女のために使われている。皮の剥がれた古いソファすらぬくもりを求める子供たちのためにしか存在せず、クロウが鬼柳を導いたのは部屋のいちばん奥、布で仕切ることで辛うじて一室と呼べる状態になっている空間だった。
 つまんねえ部屋。そう言って鬼柳は嘲ったが、部屋の隅で折りたたまれたまま積まれた毛布とクッションの上に仰向けに身を投げ出したクロウを見るとすぐにその身体に覆いかぶさった。

 鬼柳の手が早々にクロウのベルトをはずしにかかっても、クロウは顔を横に向けただけで抗わない。鬼柳がその冷たい指先で腹部から胸部を撫で上げて、着古したタンクトップが鎖骨まで捲りあげられても、動かない。
 外気に触れたせいか尖った胸の突起を舌の先で突かれた時に、ようやくクロウは僅かに瞼を震わせ、小さく肩を揺らした。

「何だ、慣れてるみてぇな反応するじゃねえか……あァ、慣れてんのか?」
「……っだ、まれ……ッ」

 離れたかと思いきや再び執拗に同じ場所を弄り始める舌から無意識下に逃れようとしているのか、クロウの身は壁際へと少しずつ近づいていく。
 鬼柳はそれを許さない。肩のすぐ上に手を置いて、もう片手をまだ下着の下に隠れているクロウの性器へ伸ばす。
 かすめる程度に触れた瞬間、クロウが鬼柳を睨みつけた。何かと問う前に、クロウが自ら口を開く。

「約束、しろよ」
「あ?」
「これで、ガキどもは……っひぅ!?」

 鬼柳の手がクロウの下着を引き下ろし、露わになったそれを強く握った。言葉の途中で与えられた感覚を無視することができなかったらしいクロウの声が裏返る。鬼柳が笑みを深めたのを見開いた両目でしかと捉えたあと、腕を持ち上げて赤く染まった頬ごと顔を隠してしまった。その姿は、子供がだだをこねて泣きわめくときのそれにも似ている。鬼柳がクロウの片腕を掴んで顔から避けると、クロウは躊躇しながらも結局両腕を再び毛布の上に落とした。
 ずいぶんガキくせえ反応だったな、鬼柳がそう呟けばすでに顔を背けたクロウはまた小さく、黙れ、とだけ返した。正直な反応に満たされて、鬼柳の笑みが消えることはない。
「そうだなァ」

 少し声のトーンを上げて、鬼柳が紡ぐ。

「遊星はオレを売った。ジャックはなんだか知らねえが、いい暮らししてやがってみたいじゃねえか? でもお前は、可哀想なくらいマーカー増やしてやがった。少しは優しくしてやってもいって思ってんだよ。優しいだろ、オレはよぉ」

 長い指がクロウの身体の敏感な個所ばかりに触れる。
 胸の突起を撫でて、押しつぶして、そのむず痒い感触にクロウが身をよじったところで性器に絡んだ指が蠢く。直接的であるのにも関らずもどかしい刺激に体も心も玩ばれる事実が、逆にクロウを追い詰めていく。吐きだす息が熱を持っていることも、瞳が潤むのが屈辱のせいだけでないことも、クロウには理解できていた。体の奥から熱く痺れていく、独特の感覚のせい。

「それで、なんで……こうなるんだ、よ」
「やってみたかったから」

 吐息交じりで絞り出されたクロウの問いに、鬼柳は間髪いれず答えた。クロウは眉を顰める。今度は快楽のためではない、鬼柳の態度に対して感情を顕わにしただけだ。
 鬼柳はその表情を一瞥した後、忙しなく呼吸のため上下する胸を手のひらで撫で、突起を軽く引っ掻いた。それによってクロウの瞳が閉ざされ、小さな声が上がったところで思い出したように続ける。

「だってよ、お前一番小せぇしやわらかそうだったし。喰ってみるのもありかなとは思ってたんだよなァ」

 薄い唇でクロウの頬を食み、マーカーをその舌先でなぞる。湿った感触が与える不快感にクロウが顔を歪めると、鬼柳はにたりと笑ってから首筋に同じように唇で触れて、不意に耳元で囁きかけた。

「もちろんこういう意味でな?」
「こうい、っ、……は、ぅ………ん」

 耳朶を舌で弄り、軟骨の部分に弱く歯を立てるだけですでに熱をもった体は過敏に反応を示す。胸を弄っていた手を脇腹に滑らせる、ただそれだけで肩を震わせる様を眺め、鬼柳は目を細める。

「まあ、流石に昔よりは逞しくなっちまったけど十分だな、こりゃ」

 いちばん強い刺激を与えていた下半身から手を離せば、クロウの目が気だるげに開かれた。薄く開いた唇から洩れたのは、拒絶とは程遠い切なげな声。
 握りしめられていた手が落ち着かない様子で毛布をあちこち掴み直し、視線は鬼柳と部屋の中を行き来する。明らかに戸惑った様子を見せたクロウが何を望んでいるのかは明らかだ。本人は認めたがらないだろうが。
 薄く笑みを浮かべた鬼柳が再び手を伸ばしたとき。


「……クロウ兄ちゃん?」


 熱に浮かされ朦朧としていたクロウの意識は幼い声に呼び戻される。眠気が残っているのか舌が回り切っていない、それでも聞き違えることはない、眠ったはずの少女の声。

「……まだいるの?」
「…………あ、……あぁ、どう、した?」

 鬼柳は布の先、見えない少女の姿を睨みつけている。
 クロウの声が返ってきたことが嬉しかったのだろう、わあ、と潜めた歓声が上がった後は最初の呼びかけより明るく返される。

「もう行っちゃったかと思ったぁ」
「何だよ、すぐ戻るって言ったじゃ、」

 思わず浮かべそうになった笑みが、中途半端に強張った。
 クロウは唾を呑み、押し黙る。

「クロウ兄ちゃん?」
「……っ」

 元凶は鬼柳だ。再び鬼柳の手が触れると、あっけなくクロウの体は陥落した。鬼柳の指が再び自身に絡みつくだけで、意思とは裏腹に感覚と感情が加速する。
 緩やかな刺激では物足りないと言わんばかりに腰が浮き、それを意思で押さえつけようとするが、そうすると今度はただ翻弄される側になる。
 動こうとすれば求めてしまう。
 動かなければ逃げられない。
 声を出さぬよう歯を食いしばるクロウには、渦巻く感情の処理すらできない。耐えるだけの現状が消えかけてきた屈辱感を呼び覚ましたことは分かっても、そこから先がない今は、それに思考まで埋め尽くされていく。

「クロウ兄ちゃん……?具合、悪いの?」
「ちが……ぁ」
「……ないてる?」

 心配そうな少女の声が、羞恥心をも引き出した。震える手で鬼柳の肩を押し返してみるが、手は止まらない。
 首を振って訴えてみるが鬼柳は見向きもしない。解放を望むクロウの快楽の象徴へその冷たい指をからませ、滑らせ続ける。

「なわけ、ねえだろ……っ? な、今、忙しいんだ、……っあ、っく…!」

 混乱の果てに滲んだ涙を零すまいと目を開いたまま、とにかく少女を安心させなければならない、そう判断する。
 明るく笑い声でもあげてみせようとしたクロウだったが、今まで緩やかだった刺激が急に切り替わったことでまたしても感覚に押し流される。
 鬼柳の手は限界間近のクロウのそれを握りこんで上下に擦りあげていた。時折指が不規則に動く。
 些細とは呼びがたいクロウの変化に、ドアの外の少女は明らかに動揺した声をあげ、それによってますますクロウは追い込まれていく。心配させてはいけない、何か言わなくては、心配を理由に布を捲られたら、終わりだ。
 しかし口を開けば漏れてしまう声を誤魔化すことができそうにない。

「具合悪いの?寒いの?」
「も、……っ、平気だ、部屋に……」

 戻れ、そう伝えようと開いた唇が、鬼柳のそれでふさがれた。戸惑うこともなく簡単に侵入してきたものが彼の舌だと気づいて一瞬腕を振り上げようとするが、余計な音を立てるわけにはいかないというクロウ自身の意志と、鬼柳によって与えられる未知の感覚がその力を奪ってしまった。
 粘着質な水音がクロウの耳を犯す。反論も呻きも喉の奥で押さえつけて、かたく目を閉じると涙がこぼれた。嫌悪しか感じない、それにも関らず体中の血液が沸騰でもしているかのように、熱が生まれていく。首を振って逃れようとするが顎を掴まれ阻止されて、それ以上は何もできなかった。

 少女の声が遠くなる。何か声をかけられた気がしたが、その意味を判別することは叶わなかった。鬼柳の片手が胸元から臀部にかけて滑って行き、そのもどかしい感触にすら翻弄される。舌が引き抜かれ解放されるかと思えば、今度は角度を変えて繰り返され、ひたすら口内を侵される。小さな音が二人の聴覚を支配する。鬼柳はそれに純粋に快感を覚え、クロウは自覚することなく溶かされていった。

「……っぁ、う……」

 唇がようやく離れた時、クロウにできたのは肩で息をすることだけだった。痛いほどだった中心への刺激はいつの間にか感じられなくなっていた。かすかに残る倦怠感と消えた痛み。まさか、と思う必要もない。
 にたりと笑った鬼柳は、白濁で汚れた手をクロウに見せつけるように広げた。現実を突きつけられて小さく呻き、クロウは瞼を伏せた。
 
「言いつけてあったのか、許可なく部屋に入るな、って」

 かわいいな、と鬼柳は笑みを浮かべる。唇の端を汚れていない手の甲で拭いながら。
 妙に艶めいた表情にたまたま向けた目線を奪われると同時に、本来排泄のためにある場所に潜り込んできた細長いものが何であるかを察し、クロウはまた毛布を握った。もともと適当に重ねていた毛布の山は、すでにひどい有様だ。
 反射的に逃れようとしたクロウの体は、すっかり弱っていて思う通りに動かない。鬼柳の長い指が内部を犯す。噛みしめすぎた奥歯が痛んで、再度歯を食いしばる気にはなれなかった。

「教育がいいのかぁ? なあ、クロウ」
「……ぁあう……」

 いい子ちゃんぞろいじゃねえか。鬼柳が楽しげに告げる間にも指を動かされ、そのたび跳ねるクロウの身は空いた片手で押さえつける。鬼柳から逃れようと持ち上げた腕に力はほとんどなく、眠りに落ちる寸前のような体に嫌気がさして、クロウはその腕でそのまま視界を遮断した。唇の端から唾液が流れ落ちることにも構えずに。
 初めて強いられる行為ではない。独特の苦痛にも慣れていたと思っていたが、そんな考えが甘かったと思い知らされる。緊張感も相まって、異常なほど体も脳も疲れていた。いっそこのまま意識を飛ばしてしまったら楽かもしれない、とすら考える。

「ま、俺は勝手に入っけどなあ」
「…………っは………ぁっ!?」

 さらりと言葉を吐き出しながら、鬼柳の両手が突然クロウの背に回る。とっさのことに身構えることもできず向き合う形で鬼柳の胡坐の上に座らされたクロウは目を見開き、悲鳴を喉の奥で殺して天井を仰いだ。遠のきかけていた意識も神経も、すべて一か所に集中して、目を覚ます。

「こんな風に」

 鬼柳は笑う。猛った自身をクロウの内に埋め込みながら。

 クロウは答えることもできず、必死に呼吸を繰り返す。
 何を言うこともできなかった口から、耐えきれなかった声が零れる。鬼柳の身体をはさんで開かれた両足は力を込めすぎて痙攣し、両手は鬼柳の肩を強く掴む。一瞬の衝撃はクロウの身で受け止めるには重すぎて、望まずして涙が頬を伝った。今度ばかりは堪えることはできなかった。
 それでも容赦なく鬼柳はクロウの身体を揺さぶる。無理やりに広げられた痛みは容易くは引かず、クロウに抗う余裕はない。痛みと屈辱に耐えて、奥歯を噛み砕かんばかりに歯を食いしばる。

「お前も動けよ、ックク、満足できねえだろこれじゃあよぉ」
「……っふ、くぁ、……かはッ……!」
「ん? どうした、もう良いんだぜ? ガキはちゃんと部屋に戻ったみてえだしよぉ」

 少女の声も気配も消えていることを、クロウは辛うじて拾った鬼柳の言葉で気づかされた。
 鬼柳はクロウの身体を乱暴に揺らした後で、内部の感触を堪能するかのようにゆるりと動く。目を閉じても耐えきれず拒絶の言葉の代わりに首を振ったクロウだったが、それによって僅かに揺れた身体が偶然にも彼の快楽を引き出した。
 高く上がった声、跳ねた肩。クロウはすぐにまた口を閉じたが、すでに意味などない。クロウの腰を掴んだ鬼柳は、今度は明らかに一点に刺激が集中するように汗ばんだ体を揺すり始めた。

「あぁぁ、は、っあ!」

 いつ空気を吸い込んだらいいのかが分からず、クロウは喘ぐ。
 感じているのは確かに苦痛であるのに、紛れ込んだ別の感覚を必死に探しだそうとする己の身体が憎い。
 それより何より目の前のこの男が憎い、けれど、これはある意味、己が望んだことなのだったか。

「……っかん……ね…よお……っ、や、ぁぅっ」

 わからない。クロウは吐きだす意味のない声に一言だけ紛れ込ませた。鬼柳は笑い声を喉で堪えながら、クロウの声などお構いなしに突き上げる。

「叫んでいいんだぜ? なあ、見せつけてやれよ……お前らのためならなんだってする、野郎に犯されたって構わねえぜって、そんだけお前らのこと愛してるぜって、なあ? どうよ、お・に・い・ちゃんっ?!」
「ぁまっ…、れええ……ッ! き、りゅっ……んん……!」

 開きっぱなしになってしまった口の端から唾液が垂れる。舌をうまく動かすこともできず、呂律の回らない悪態など相手を喜ばせるだけだと頭の隅では分かっていても、クロウは言わずにはいられなかった。
 たまんねえ、そう言って笑う鬼柳はさらに動きを激しくする。クロウはまた悲鳴と変わらぬ声を上げかけて、息ごと呑み込んでそれを殺す。
 前後左右、さらに上下にも揺さぶられて、酸素不足も相まって思考が霞み始めたクロウの体はもう意思では動かなかった。痛みだけを知覚しながら、鬼柳の望むままに動かされる。いやだ、やめろ、繰り返したつもりの言葉がどう発されたのかもすでに分からない状態で、上がる熱だけを持て余す。痛みはすべて熱に変わっていた。ただ、体の奥から体の外まで、吐きだす息も声も言葉も冷たかったはずの鬼柳の手までも、

「……っつ、っく、熱、あっ…い、っ……きりゅ、きりゅうぅっ」

 クロウはうわ言のようにかすかな声で、しかしはっきりと言葉を紡いだ。どうしようもなくなった彼はぼろぼろと涙をこぼして泣いていたが、鬼柳は休む間など与えなかった。

「そうかあ、んん? そうだな、俺と約束しようぜ、助けてやるからよぉ」
「なにっ、なに……なに、いっ、ぇ、ううぅっ」

 泣き声混じりにクロウは問い返す。最初の余裕もプライドも反抗心もみつからなくなった濡れた瞳で、鬼柳の方をぼんやりと見つめながら。
 鬼柳はそこで動きを止めて、小首をかしげた。呼吸を整えるクロウの背をあやすように叩きながら、ようやく焦点の合い始めた瞳を覗き込む。

「『二度と裏切りません』」

 鬼柳の顔から表情が消え、クロウの目が見開かれる。

「何もかも捨てて俺の傍にいる、俺のことだけ愛せよクロウ」
「……っん……」
「な? 約束しろよ、助けてやるから」

 ここでクロウは悟る。どちらに転んでも敗者は自分だと。取引も何もない、最初からそのつもりだったのだ、この男は。クロウのことをクロウ自身より知っていたのかもしれない、この男は。
 子供たちを引き合いに出せばクロウが拒絶できないことを知っていて、持ちかけた。その時点ですでに、籠の中に放り込まれていたのだ。
 
 首を振り、鬼柳を見つめる。瞳で懇願する、「それはできない」。
 届かないことは分かっていても。

「言えねえか?」

 クロウは頷く。
 そうか、なんて言葉とともに解放されるなんて、思ってもいなかったけれど。

「じゃあダメだ、俺が満足するまで放さねえ」

 好き勝手に突き上げられることで昂る身体を認めながら、クロウは見慣れた天井を見上げた。薄暗い部屋の天井には何もない。視界が潤んで世界が揺れる。

「我慢できるよな、お兄ちゃん?」
 
 鬼柳がにたりと笑った瞬間、もう逃げ道はなくなった。



 錠の落ちる音が、した。

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