Can't say good-night--モブクロR-18






 いい加減に反省しろよコソ泥、何度目かの罵声とともに投げ込まれた房の床に転がったクロウは薄く目を開けた。
 新しく右目の下に刻まれた、新しいマーカーの痛みがじりじりと痛覚を刺激し続けている。衝撃は去ったというのに、熱が染みて止まない。一番初めに額に刻まれたその時よりは耐えられるようになったものの、一向に慣れそうにもない。
 放り込まれたのは二段のベッドがある部屋だったが、相部屋となる人物は誰もいなかった。冷たい灰色が支配する部屋に、薄汚れたベッド。何度見てもクロウを辟易させるだけの光景をぐるりと見回して、クロウは小汚い床に顔の右側を押しつけた。
 しばらくそうしていると、ほんの少しだけ熱が引いたような錯覚を覚える。何度殴られたかまで鮮明に思い出せてしまったことを少しだけ後悔しながら、彼は中途半端に痛む体を起こした。
 
「おい、鉄砲玉のクロウ」
「あぁん?」

 部屋の外から呼びかけられて、クロウは顔を顰めた。セキュリティの人間で彼をそう呼ぶ相手に心当たりがない。かといって、クロウのことを知る囚人の誰かでもない声だ。訝しがりながら立ちあがり、ドアの傍まで寄ってみる。少し背伸びをして覗き込んだ格子窓のすぐ前に、先ほどクロウをここに放り込んだセキュリティの男の顔があった。くたびれた制服を着て下手な犯罪者よりもくすんだ印象の眼から察するに、この収容所に送られてくるサテライト民を嬲って笑うような集団の一人だ。セキュリティが皆そうではないことをクロウはとっくに知っていたし、ここに入る理由がある以上は抗いきれない部分があることも理解している。
 それでもいけすかないものはいけすかない。ちいと舌を打ったクロウは男の言葉は聞くまいと、部屋の奥へと引っ込んでしまうことを決めた。

「鬼柳京介について、教えてやろうか?」

 その言葉が投げかけられて、部屋のドアの鍵が開けられた瞬間には、クロウが逆に男に詰め寄ることになったが。






 ここでは話せないからと、男に連れられて廊下を進む。脱走防止のためか、単純に他の場所を見られると困るのか、クロウがちょうど髪を押し上げるのに使っていたヘアバンドを使って目を隠す念の入れようで。
 廊下を途中で曲がると、今度は階段があった。慣れない段差に遅くなるクロウを男はせかすこともせず、靴音を響かせ降り切る。その先にあるドアはセキュリティ入口の小奇麗な自動ドアとは違い、ノブのついた古い型の重そうな灰色の扉だ。開かれ通された部屋の中には、他に三人の男がいた。
 三組の双眸が次々にクロウに向いたが、当のクロウにはまだ何も見えない。
 部屋に入るなり後ろから足を払われ、前のめりに倒れた背中を踏みつけられた。クロウは打ちつけた身体の痛みに顔を顰め、すぐに頭をめぐらせた。ヘアバンドを取り払われると、目に入ったのは囚人房と変わらぬほど薄暗い部屋と、古い椅子に座り机の上で煙草をふかす、セキュリティの制服を着た男たち。追跡用のD-ホイールに乗って外をパトロールする彼らのものと比べると、部屋の暗さ故か薄汚く見える制服が男たちの性根を表している予感がして、顔だけを持ち上げたクロウは正面でしゃがみこんだ男を睨みあげた。

「っにしやがる……」
「俺達も仕事なんだよ、タダでバラせるわけねえだろ?」

 固い靴底で踏みにじられて痛みと屈辱は込み上げたが、クロウは冷静だった。そうだろうよ、と胸中で悪態を吐く。デッキもデュエルディスクも隠してきたし、今回はブラックバードも使っていない。アジトの位置が割れるようなものも、何も持ってこなかったのだから盗り返されるものなどないのだ。内心ほくそ笑みながら、両手をどうにかズボンのポケットに突っ込んでみせる。引き抜いた手は、指先が埃を摘んだ以外は何も掴まなかった。その手を床に放るように投げ出して、舌を出す。ふさがったと思った唇の裂傷から滲んだ血の味がした。

「……金なんて、ねーぞ」
「言われなくても知ってるっつの」

 座っていた男が立ち上がり、クロウの傍らでしゃがみ込む。男は手にしていた棒状のものをクロウに向けた。

「ま、せいぜい楽しませろよ?」

 目の前に差し出されたものに、クロウは目を見張る。興味本位で見たことがある成人向け雑誌の通販ページに似たようなものが乗っているのを見た記憶があった。見間違いかと思わず瞬くが、目の前にあるものは間違いなく男性器に似せた形のプラスチックで覆われた安っぽい玩具。ぼこぼことイボ状の突起で囲まれた、明らかに人のそれから外れたもの。ぽかんと見上げるクロウの反応に男たちは各々笑いだす。唇に触れるほど近付けられて、事態の異常さに気付く。

「な、っぐ」

 一言目すら紡ぐ間もなかった。薄く開いた口にねじ込むように、思いだしたくもない形の棒部分が差し入れられる。何の味もしないが、目に焼きついたその形を思い出すだけで吐き気がこみ上げる。つるりとした素材の凹凸が舌の表面に触れて、反射的に立てた歯に当たる。無機質な固さと冷たさが、クロウの口内の熱に徐々に染まっていく。後頭部を別の手に掴まれて押しつけられ、後に引くことができなくなった頭を左右に振ろうとすると、唇の隙間から濡れた音が零れた。
 蔑みを秘めた笑い声が頭上で聞こえる。喉奥に届くまで押し込まれて、生理的な涙が滲んだのを悟られまいと、クロウは大きく目を開いてちょうど顔を傾けた視線の先にいる男を睨みあげた。

「へ……本当に生意気な顔してやがるよ」

 上ずった声。男が握った玩具がクロウの頬の内側から舌の上を傷つけかねない強さで掻き回す。溢れる唾液を飲み込むことも噎せてから呼吸を整えることもできず、背中に乗り上げた男がクロウの両腕を束ねて捕らえ、残る二人が両足を掴んでしまったため暴れることもできない。
 濡れる唇を拭うことすら許されず、クロウが思いついたのは好き勝手に口内を荒らすそれを歯で抑え込んでしまうことだった。一瞬、クロウの反応を確かめるように動きが緩やかになる瞬間を狙って、突起の隙間に捻じ込むように思いきり歯を立てた。顎か歯が割れるのではないかと思わせるほど。男の手が止まり、クロウは力を抜かず唇の端を上げる。勝った、そう思って見上げた男は、クロウの背後にいる男の誰かを見ていた。相変わらず、薄ら笑いを浮かべたまま。

「んぅっ」

 脚の上に乗り上げた男の手が、クロウの尻の肉を鷲掴んだ。痛みを覚えるわけでも奇妙な感覚が生まれるわけでもない行為だったが、あまりに突然の男の奇行はクロウを戸惑わせ、戸惑った結果クロウは自ら隙を作ってしまう。

「やべえ、ちっせえ!」
「叩けば膨れるんじゃねえの?」

 いい終わる前に手の平で打ちつけられ、仕置きとして受けたことしかない痛みが、おそらく全く異なる意図を持って与えられる。乾いた音を立てて数度繰り返せば、厚手のパンツ越しとしても散々打たれた皮膚は紅くなっただろうと誰しもに予想させる。
 
「どら、確認するかぁ」

 誰かが口にした。情けなさと痛みで潤んだ目を見せまいと硬く目を閉じて感覚を殺そうとしていたクロウは、背中の男が離れても咄嗟に抗うことができなかった。腰を掴まれ、されるがままに腰を高く上げる姿勢に変えられてしまってから暴れようとするが、その四肢は押さえつけられてしまう。
 連携をここで見せつけられても何の意味があるんだ、仕事っぷりで見せてみやがれ!
 内心毒づきながらクロウは顔を顰めた。背中と額に滲んだ冷や汗を布地が吸って、その不快感もますますクロウを底辺へと落としこんでいく。

 ベルトを外され、そのままズボンと下着を引き下ろされる。案の定真っ赤に染まった尻を見下ろし、男たちは下品に笑った。クロウは口内の玩具を噛みしめ、羞恥で染まった頬を隠すように出来得る限り顎を引く。
 ちょうど玩具がクロウの口から引き抜かれたが、クロウはそのまま、奥歯を合わせて割れるほどに噛みしめ押し黙る。

「猿みたいになってるぜ、『クロウ』のくせによ」
「手癖の悪さがぴったりだろ」

 嘲笑を甘んじて受けるクロウの腫れた尻が、自らの唾液で濡れた玩具で軽く叩かれる。濡れた肌と唇が外気の冷たさを倍増させて訴えた。それでもクロウは、罵声も吐かずにひたすらに耐える。そうすることが、彼らのこのねじ曲がった欲望の炎を早々に沈下させる術だと、理解していたからだ。
 噛みつく気力はあるが、そうすることで無駄な時間を浪費するのならば意味がない。僅かながら、男の誘い文句に未だ心が揺れていたのも理由の一つではあったが。

「何か言えよ、おい」

 明らかに焦れた声とともに、玩具が尻を叩く強さが増していく。ただの棒状の凶器となったそれが与える痛みにも、クロウは無言で耐えてみせた。一か所に集中した暴行は、それから数度繰り返されて止む。
 終わったのかと、クロウが肩の力を抜いた。その直後。

「ヒィッ!?」

 思わず、高く悲鳴を上げるクロウを見下ろす男たちが、どっと笑った。尻穴の中にひんやりとした異物が流し込まれる感触を確かに覚えて、クロウは眼を白黒とさせた。何が起こったのかと確かめようと持ち上がるクロウの頭を押さえつけながら、一人がゴム製の手袋をクロウからも見える位置ではめる。

「可哀想なくらい真っ赤だから、薬塗ってやるよ、クロウちゃんよ」

 異物が一つ取り除かれる。クロウの頭上に放ったのはわざとだろう。冷たい床に落ちたのは、一見して空になったと分かる軟膏のチューブだ。異物の正体はそれであると見当がついたが、それが何の軟膏であるかまでは確認できない。
 しかし蓋を取り除かれ、中に注入された軟膏が穴からはみ出し垂れるのを嫌でも感じとったクロウは動転し、また無意味に両手足をばたつかせようとした。押さえつける男たちの笑みが、更に深くなる。

「こっちも腫れてるんじゃねえかぁ?」

 溶けて垂れた液を薄いゴムで覆われた手の平が尻全体に伸ばし、次はその指が穴を押し広げて挿入される。クロウの喉からウゥ、と苦しげな声が漏れ、男たちがそれを合図にまた笑った。
 クロウが必死で耐えようとしても、男が容赦なく中を探る指から逃れようとして自然と腰が揺れてしまう。噛みしめた唇の奥でくぐもった声が、無力を嘆くように弱く震える。
 男たちはいつの間にか浮かべていた嘲笑を失い、情欲に染まりきった瞳でクロウを見下ろしていた。口を開けば次の瞬間噛みつく、そう例えても過言ではないほど強気な青年が、今完全に自由を奪われ、比較的細い体躯を震わせている。
 支配欲と加虐心を通して映せば、逃げ場を求めて揺れる腰はまるでより奥へ、または新たな展開へと誘いこんでいるようにも見えてくる。感情も割り切れないまま感覚に翻弄されるクロウの姿は、それほどまでに男たちの欲を刺激していた。
 耐えてまで嘲っている方が馬鹿らしいと、男の一人が動く。クロウの穴を弄っていた男を突き飛ばし、手にした玩具の先端をクロウの穴へと押し当てた。

「あああぁああっ!?」

 半分ほどまで一度に飲み込まされ、悲鳴が上がる。しかし誰も、クロウを憐れみ手を差し伸べる者はいなかった。男は容赦なく玩具でクロウの中をかきまわしながら更に奥へと進め、溶けた軟膏が摩擦の抵抗を減らしながら、ぐちゅ、と湿った音を立てた。
 別の男の手が、クロウの髪を掴み顔を持ち上げる。刹那、瞳から痛みによって溢れた涙が零れ落ちたが、それすら男たちにとっては欲望を加速させる材料にしかならない。
 
「おら、口開けろっ」
「う、……っはあ、あぁあ、ぐ」
「口、開けろって」

 必死に歯を食いしばろうとするクロウの頬をまた別の手が強く掴んで、無理矢理口を開かせる。まともに言葉すら紡げなくなった状態で顔をゆがませ、クロウは行き場を探していた視線を真正面の男に固定した。非難を込めて睨みつけたところで意味はないだろうとクロウは思っていたが、実際の影響は逆効果だった。
 ごくりと、クロウの視線を受けた男が喉を鳴らす。

「ここにぶちまけたいやつ、いるかぁ?」

 クロウの髪を掴んだ男が、問いかけた。咄嗟にその手に向けて伸ばされようとしたクロウの手は、傍らにいた男の足に踏みつけられて地に落ちる。
 またも抵抗の手段を失ったクロウの背後の男がまた少し、奥へと押し進む。脈打つ雄の感触が、じわじわとクロウの体に記憶されていく。嫌だと首を振ることすら許されないクロウの眼前に、突然、今までひたすらに睨みあげていた男の性器が急に近づいた。

「んぶっ」

 間抜けな音を残して、クロウの口は男の性器で塞がれる。頬を掴む手からは解放されたが、押し込まれた肉に噛みつくには、どうしても戸惑いが拭えなかった。
 床に座った男がクロウの顔面に向けて、腰を揺らす。鼻先に触れる陰毛を眼にするのが嫌で目を閉じたが、男たちからすれば望んで性器を咥えこんでいる姿と変わりない。羞恥から赤く染まった頬が、悦で染まった紅と、何ら変わりなく映るのだから。
 
「うおっ……すげえ」
「んんっ、んっ……っぅえ、ぁ、んっ」

 髪を掴まれ仰け反った状態で喉奥を突かれて、苦しくないはずがない。吐き気まで催しながら喘ぐが、蹂躙は止まない。中に押し込まれた玩具が、継続的な弱い振動でクロウの穴を押し広げた。

「お、反応悪くねえな」
「慣れてるんじゃねえの」
「あぁ、なるほど」

 潜めた笑い声を洩らし、クロウの手を踏みつけた男が自らの性器を取り出す。そそり立ったその先端がちょうどクロウの横顔に向いた状態で、下品に舌舐めずりをしながら十分すぎるほどに膨れた幹を扱き始める。
 クロウは男たちの会話の意味を理解こそしていたが、否定する言葉すら吐けない状況では何をすることもできなかった。独特の味を舌に感じながら、屈辱に押し出され涙が流れることを更に悔やみ、唸るような声を上げ続ける。
 突然、玩具が強く震えた。それだけではなく、男の手によって激しく抽挿される。

「へへ……ドMちゃんはどこぞの誰かの教育の賜物ってか」
「っ、……っ!」
「お、おぉ……っやっべ、出、」

 後からの衝撃に耐えかねて、男の性器を強く吸い上げてしまった結果、クロウの口内にはどろりとした液体が勢いよく放たれた。男はすぐに腰を引いたが、半分以上はクロウの口内で唾液と混じり合い、クロウの味覚までも犯す。残った半分を瞼から頬にかけて浴びたクロウは、目を閉じたまま口内の唾液を必死に外へ吐きだそうとした。

「おい、残すんじゃねえぞ! 全部飲んだら、ちゃんとごちそうさま、だからな?」

 しかしクロウの行動を予測した男が、顎を持ち上げ口を閉じさせた。頭と顎から圧力がかかり、開ききれなくなった唇の端から精液と混じった唾液が流れ落ちる。
 残る味を消し去るために一番早いのが、男たちの言葉通り飲み込んでしまうことだと分かっていても、クロウはなかなか踏み切れず、歯と唇の間から普段よりぬめりの強い唾液を押しだし続けようとした。下半身から伝わる衝撃によって唾液が零れると、その行為も一瞬、少しだけ、味方として感じられた。
 もっとも幻想は数秒で打ち砕かれ、反るほど頭を持ち上げられて、結局ほとんど嚥下させられてしまったのだが。
 
「美味しかったですご馳走様でした。言えよ。ほら」

 男の手が離れ、せき込むクロウを見下ろして改めて指示が下る。有無を言わさぬ口調は、クロウが従うことを完全に見越したものだ。
 従わなければどうなるか、もうとっくにクロウの体は知らされている。従ったところで容易く終わるとも思ってはいないが、想像できる結果は多少、後者の方がましだと思えた。

「……っ美味しかった、っす、ご馳走さん、っした」

 クロウが紡いだ言葉は、ほぼ男たちの希望通り。誰かが口笛を吹き、クロウの髪に精液を飛ばした。腹部を圧迫する玩具は相変わらず内壁をごりごりと擦り、先ほどとは異なった凶器として存在する。
 自然、クロウの唇が笑みの形に変わる。普段通りの強気なそれは、精液で濡れたせいもあってか、普段と異なり酷く卑猥な表情に代わっている。
 く、と喉奥で引きつった笑い声を上げて、クロウは自らの手で、現状の天秤を傾けることを選んだ。

「……これで、満足かよ? 変態野郎共が」

 男たちの反応が二分する。不満げに眉を寄せる者、ますます笑みを深める者。クロウの中を玩具で犯し続けていた男は、唇の両端を上げて玩具を引き抜いた。

「玩具つっこまれて、、感じちゃってる変態はだれだかなあ?」

 緩く立ちあがった性器を握られ、クロウは跳ねかけた身体を強張らせた。笑ったもう一人の男が、今熱を放った男と手の平を打ちあわせる。交代だ、と声がかかる。

「変態同士仲良くやろうぜえ、クロウよぉ」

 男は薄いゴム膜を纏った性器を、クロウの穴に押し当てた。軟膏のせいか、散々突かれかきまぜられたせいか、入口はすっかり解れており、男の先端部分を難無く飲み込んだ。





 --ぼろ雑巾の気持ちが、今なら分かる。
 そんなことを考えて、一瞬だけ笑みを浮かべ、クロウは表情を消して仰向けに転がり天井を眺めていた。辺りには精液を受け止めたゴム膜が無造作に放り投げられ、クロウ自身は乾いたものから、まだ肌を伝い流れるものまで、精液で顔も髪も服も汚れきっていた。
 結局最後まで抗い続けたクロウの両手は自身の纏っていたベストを絡めて頭上で拘束され、無理矢理に広げられた足には所々、赤く手指の痣が残っている。

「鬼柳京介について、聞きたいんだったよな」
「……う……あ……?」

 その名前が聞こえた瞬間、沈みかけたクロウの意識が一瞬で覚醒した。うまく動かすことのできない疲れ切った体を奮い立たせ、声を発した男に顔を向ける。顔を動かしたことで、瞳に膜を張っていた涙が目尻から流れ落ちた。

「俺は親切だからな、教えてやるよ」

 視点も定まりきらないクロウに顔を近づけ、さらに乱れきった髪を掴んで無理やり頭を持ち上げる。触れてもおかしくない距離まで唇が近づいたところで、にんまりと笑う唇が告げる。

「あいつはもうここにゃいねぇよ」

 男の手が離れると、クロウは自ら身を起こした、床に座り込み、ひとつ間をおいて、じゃあ、とクロウの唇から声が零れる。かすれきった声を聞いて後ろで男たちの潜めた笑い声が聞こえたが、それに耳を傾けている余裕など、クロウには最初からなかった。

「じゃあ、どこ、に」
「死刑囚が収容所出るっていやぁ、ひとつしかねえだろ、なあ?」

 ひやりと背筋に何かが走る。クロウは必死に予感を否定しながら、男の言葉を待った。


「死んだよ、あいつは」


 うそだ。
 唇を震わせたが、クロウはそれを口にすることができなかった。嘘じゃないと否定されてしまったら、その先紡ぐ言葉が探せない。とっくに涙は流れていたが、悲しみよりも衝撃が全身を支配する。
 嘘だ、嘘に決まっている。けれどもし、嘘ではなかったら、自分がすべきことは何なのだろうか。
 答えを出すことができず呆然と床を見つめるクロウに、背後から手が伸びた。羽交い締めにされても、それを振り払う余裕もない。すっかり勢いをなくした彼を周囲は嘲るように笑った。

「どうした、ずいぶんしおらしくなっちまったじゃねえか」

 一人の男の手がクロウの髪を掴んだ。放心したように遠くを見つめるクロウの瞳は、今度は男たちにどのように映ったのだろうか。
 再度男の下敷きにされても、クロウは声を上げなかった。解放された両腕も、床に投げ出したまま。





 全身の痛みが引いたころ、クロウはあっさりと解放された。面倒な再教育プログラムを行わなかったことを何気なく問えば、男は二ィと笑ってクロウの顎をとらえた。

「キョーイク、されたじゃねえか?」

 すうと体の奥で、何かが覚めていく。クロウはその感覚を振りきる様に、何も言葉を続けず背を向けた。空のデッキケース。使いこまれてボロボロになったそれを握りしめて、向かう場所はもう決まっている。

 鬼柳京介が、獄中死した。

 伝えなければならない相手がまだ、いる。
 重い体を引きずって、クロウは親友達の元へと歩き出した。

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