「えっ」
「…な…」
舞台は、サティスファクションタウン、鬼柳京介の自室。
久方ぶりの会話を存分に楽しむつもりであったクロウ・ホーガンと鬼柳京介。再会がてらひと勝負、とデュエルディスクを構えた生粋のデュエリスト達の前に閃光とともに唐突に現れたのは、決闘疾走者(ライディングデュエリスト)、クロウ・ホーガンと鬼柳京介。
同じ名とよく似た外見の別人たちだった。
「あー、んと、お前、おれってわけでも、ないんだよな…」
ここはどこだお前は誰だ、そんな当たり前の問いを投げかけてきたクロウ(黒き旋風の異名があるらしい)に答えるのは、鉄砲玉のクロウ。より色みの強い眼を瞬かせ、黒き旋風が顔全体を動かして鉄砲玉を見つめる。対して、鉄砲玉はというと、その視線を受け止めながらも時折隣の鬼柳へ目をやった。勿論、かつてリーダーと舌った、逢引の相手である鬼柳を、だ。
しかし彼も当然自分そっくりの相手を見つめ立ち尽くすばかりで、答えもヒントも示せる状態ではなかった。
「…っと…こうなった、心当たりとか、ねえの?」
ならば、と問いかけたのは正面。答えを知るにはまず、スタートラインに立つことだ。クロウは持ち前の臨機応変さを最大限に発揮して、声までよく似た彼との問答を決めた。
「決闘疾走してただけだぜ」
「ライディングデュエル……? んじゃ、D-ホイールは?」
「ねえ……よな……あああ!なあ、オレ達だけが何故かここに来ちまってるってことはよ、向こうどうなってんだよ!?」
「知ってたらンなこと訊いてねーだろ…」
一方的に混乱を顕わにする姿を見ていると、逆に冷静になれる場面は多々あり、今、クロウにとってその場面だった。このクロウと鬼柳はライディングデュエルをしており、自分達はスタンディングのままだがデュエルをしていた。デュエルをすることによって発生する何かが、原因を担っているとしたら――
「なあ、ライディングデュエルはモーメントの出力で随分出力に差出るだろ?お前らって」
「ん? 決闘疾走っつったらフィールだろ」
「……へ?」
訊き覚えはあるが、意味が繋がらない単語が聞こえて、クロウは首を捻った。しかしその語を口にした側は当然のように顔の横で拳を握り、不敵に笑って言葉を繋ぐ。
「デッキだけ、戦略だけじゃねぇ、フィールがなきゃ始まんねぇ! 頭がよかろうが体力があろうが金があろうがデカかろうが、そんなんじゃ決まらねえから、決闘疾走は楽しい!だろ!」
言いたいことは分かる。が、頷けたのは同じ世界に生きる鬼柳京介だけで、残る二人は何故か疎外感に近いものを覚え、今度こそ、しっかりと目を合わせた。
「…デュエルが原因って可能性は、やっぱ高いか?」
「だろうな…ンなことそうそう起きるわけねーし」
こちら側ではモーメント。あちら側ではフィール。それが何らかの形でこの状況を作り出した、と考えるのが妥当だろう。
それで納得してしまえるのが非現実的だが、シグナーとダークシグナーの闘いに巻き込まれた彼らにとっては十二分に真実味がある。
あちら側の二人の間でも、フィールが強すぎたのか、と疑問を抱えた表情こそ変えずとも、それを答えと認めはじめる。互いの様子から、それらの力の強大さは理解できた。
「って、ことは…デュエルすりゃなんかわかるんじゃねえ?」
デュエル、という単語に全てを委ねてしまうのは、デュエリスト最大の欠点であり最大の長所であろう。
「なあ!なあ、そんならオレとやろうぜ、決闘!」
ほぼ同じ顔。だが、こうして顔を近距離でつきあわせてみれば、瞳だけでなく髪も肌も、そっくりだとしか認識していなかった顔つきも随分と異なっていることがよく分かる。
「デュエルディスク、お前らんとこにもあんのか?」
「なーに言ってんだよ、やるなら決闘疾走だろ?」
一度は机に置いたデュエルディスクを再度手に取り、歯を見せて笑いかけるクロウはどこか少年めいていて、唇の端を上げて返すクロウの眼光は鋭く、勝負師の獰猛さを垣間見せていた。
が。
「お前、D-ホイールは」
「…………ねえんだった……」
しっかりと現状を把握していたクロウは、半眼で半笑い。目の前の勝負に心躍らせて意識を飛ばしていたクロウは、がっくりと肩を落とした。
「ああーそうだよ、オレの愛機がオレのフィールを待ってんだよ早く何とかしろっ!」
「出来たらもうお前らここにいねーっつの!ったく、ガキみたいなこと言うんじゃねーよ」
「うるせえチビ!」
「ンっだとぉ!?対してかわんねーじゃねーかっ」
取っ組み合いの喧嘩をはじめたクロウ達を横目に、ようやく、何度目かにようやく目が合った鬼柳ふたりは互いに眉をひそめた。
「…お前、何か知ってるんじゃねえのか?」
「……何故、そう思う?」
ぎゃあぎゃあと喚く声の横でも互いに届く程度の声音。トーンのほとんど変わらない、そう、ほぼ同一人物と言えるのだろう二人の声。問いに返される、問い。
「さっきから全然動揺してねえだろ?心当たりがありゃ、落ちついていられるよな」
「何を言い出すかと思えば…くだらない」
腕を組む。片方は苛立ちから、片方は呆れから。金色の眼は反れた視線を取り戻さんと睨みつけ、藍色の瞳は溜息とともに閉ざされた。ぎり、と奥歯を擦り合わせたのは、もちろん前者。
すると途端、喚く声の方が止まった。
咄嗟に、鬼柳ふたりは言い合いを止めたクロウ達の方を見る。きょろきょろと行き来しているのは、紺色の瞳の方。
んー、と値踏みするように腕を組み見つめて、結論に至ったらしく胸を張った彼は、晴れた顔を上げる。
「鬼柳京介はオレの知ってるほうが強そうだな!」
勝負は、周囲まで巻き込み始めていたらしい。
だがこの勝負は当のクロウの片割れにとっては想定外だったらしく、「はあ?」と盛大に素っ頓狂な声を上げた。それをどう解釈したのか、得意げな顔をした決闘疾走者は鬼柳を――サティスファクションのリーダーであった男を、指差す。
「ハーモニカとか良く分かんねえし、コートも安っぽいし」
「う…っ」
彼は随分と言うが、鬼柳のコートは決して安くはない。ただ、環境が環境なだけに、砂埃にまみれ岩に擦り、さほど古くもないのに随分とくたびれてしまっているだけだ。
それに、と。まだ批判は続く様子。鬼柳の目が濁る前に、割って入ったのは勿論対戦相手であったクロウだ。
「いや、コイツデュエル強いぜ!ハンドレスコンボっつー…」
「無手札必殺?こいつも手札ゼロでコンボすんのか」
手札の存在が鍵を握るデュエルにおいて、あえてそれを捨てることによって生み出されるコンボ。クロウも始めて見たときは違和感と驚愕で目を疑ったものだが、今はすっかり染みついて、むしろ、再スタートを切った彼らしい戦略だと思わせるほど印象的なそれ。
これを聞けば続く批判も止まるだろうと思ったのだが、当人はさも当然といった口ぶりで復唱してきたものだから、クロウの方が瞬いた。
「え、そいつもハンドレスなのか!」
「おう、インフェルニティ。だよなー?」
目を閉じて、小さく頷く。それだけの動作だが様になっている。隙がないのだ。ほんとうに世界から切り離されたような、彼の空間。ずけずけと入っていくのは、同じ世界を生きる者だけ。
「クールぶってんのが腹立つけどなー。イケメンーとかって騒がれてんだぜ、むかつく」
「そ…そうなのか」
ちらと己が知る鬼柳を見れば、その金色の目はやや下方に向いていた。悲壮感の漂う肩に手を置いてやろうかと持ち上げて、だが、それは負けを認めたことになる。負けるものかと、クロウはなんとか言葉を引きずり出した。
「あ、ああ、でもよ、優しいぜ、鬼柳!」
優しい。
どこに対抗したのか、その場の三人がクロウの次の言葉を待った。一人は驚愕しきった目で。一人は瞳に希望を宿して。一人は探るような視線を向けて。
「空気読めなさそうだけど案外そうでもねえし、ちっと満足病でめんどくせーとこあるけど」
「……クロウ、褒めてな」
「たまにじっと傍にいてくれたり、そういうとき嬉しいんだよな」
言ってやった!
満面の笑顔が告げている。クロウにとって精一杯で盛大な鬼柳京介の評価は、この場で胸を張るにはどうにもそぐわないものばかり。
「何、お前らデキてんの?」
ぽかんと動いた唇が問うのも無理はなく、発言した側も思い浮かべていた鬼柳の像に気付いて飛び上がるのも、必然だったといえる。
「ち、がっ」
「その通りだ!」
「やめろややこしくすんなこのアホが!!」
どうせ相手は異世界の住人、開きなおれば鬼柳は早かった。勢いをつけて踏み出し、両腕でクロウを抱きしめ、すっかり光の戻った瞳で取り残された二人に立てた親指を示して見せる。
「泣く子も黙る結婚を前提にしたお付き合いってやつだ、最高に満足だぜ!」
「勝手に満足してろ!テメーはっ……?!」
肩を掴んで自ら離れて、真っ赤になったクロウの額にキスをしてから、鬼柳は表情を蕩かした。幸せそうな笑みに、クロウも一瞬状況を忘れる。またきつく抱きしめられたので、やっと我に返った。
「勝ったな!」
「引いてんだろどう見ても!!!」
「それはそれで勝っ」
「抜・く・ぞ?」
「クロウ悪い、ほんと、嫉妬しただけでッすまん!」
胸に頭を押しつける形で抱きすくめられたクロウから残り二人は見えない。鬼柳はクロウを庇うように抱いているため、彼らに背を向けている。
長い髪をクロウが引いて、早口で明らかにボーダーラインを越えた謝罪を紡いでも、視線を受け止める瞳はもう互いにしか向けられない。
一言で表せば、二人の世界。
「…………バーカ、今更目移りなんッ?!な!?」
クロウが視線の行き場を探し始めた時、世界は衝撃で崩された。鬼柳の腕の中にいたはずのクロウが、別の何かを受け止めながら床に転がった。
「お、おい、どうした?」
飛び込んできたのは、可哀想なほど震えるもう一人のクロウだった。引き剥がそうと踏み出した鬼柳も、一生で一度もないであろう光景を目にしていることに気付いて踏みとどまる。
「しっ、き、今、あいつ、オレ」
「何?全然わかんねって」
自分とよく似た顔の青年を母の如くしかと抱き止め背を叩いて宥めながら、クロウは眉間に皺を寄せた。近い位置で向き合った顔のは、今にも倒れてしまうのではないかと思わせるほど真っ青で、涙目で。
「舌、入れ、いれらっ」
手の甲で唇を拭うから、どこに、なんて問うまでもなく。
ゆっくりと移動していく鬼柳とクロウの視線を、鬼柳とそっくりな涼しい目をした男は、腕を組んだまま受けて口を開いた。
「……こちらの勝ちだな」
ああきっと、この状況に彼も混乱しているんだ。イヌにでも噛まれたと思って、そう、こんなの夢だ夢――
腕の中で震える彼にかけようとした言葉は、苦笑に代わって宙を舞った。ふと合った鬼柳の目が、勝負を、受けたがっていることに気付いてしまったから。
「え、……4人?」
思わず口から零れた言葉は、クロウ・ホーガン今世紀最大の失言となることは間違いない。
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