鬼柳さんは朝から家で一番大きな机、本来食卓である机に向かってずっと手紙を書いている。
書いては封筒に入れて、書いては封筒に入れて。
横目で見る限り、手紙の文面は簡潔で便箋一枚分にもならない。考えている様子もないから、たぶんひたすら同じ文を書いている。そんなに書いてどうするのか、聞こうとして飲み込んで、わたしは洗ったばかりのお皿を拭きながら鬼柳さんの様子を窺っている。
「鬼柳兄ちゃん、何書いてるの?」
弟のウェストが椅子の後ろから飛びついて、鬼柳さんの手元を覗き込む。あっと思って止めに入ろうと思ったけれど、鬼柳さんは嫌そうな顔もせず、それどころか嬉しそうに笑って答えた。
「紹介状だ」
「しょうかい?」
「そうだ、今度、シティに行く奴らがいるだろ? 持たせてやろうと思ってな」
隣に回ったウェストの頭を撫でて、鬼柳さんは一通の封筒をウェストに差し出した。わたしもお皿を持ったままつい駆け寄ってしまう。
鬼柳さんは気にしてないみたいで、読んでもいいぞ、とだけ言ってまた紹介状を書く作業に戻ってしまった。
封筒の中には白い便箋が二枚。白い便箋と、茶色の便箋。
白い便箋には、力になってやってくれ、と一行。
茶色の便箋には、俺の仲間だからサービスしろよな、と一行。
わたしの思う紹介状とは、少し違う文面。ウェストと私は、一緒に首をかしげた。
途端、無事に残っていた家の電話が鳴る。鬼柳さんは飛び上がる勢いで席を立って、壁際の大の上にある古い型の受話器を持ち上げた。
「はい、こちらサティスファクションタウン……ああ、俺だ。ああ」
鬼柳さんは電話の使い方をあんまり分かっていないみたい。いつも、名乗るより先に街の名前を言ってしまう。街には他にも電話があるのに、あれじゃまるで、テレビの中継みたい。
でもその横顔はキラキラしていて、私もウェストも何にも教えない。少し年上の鬼柳さんが、すごくわたしたちに近づいてくれる瞬間だから。
鬼柳さんは紹介状の話をしている。簡潔に的確に。電話は下手な鬼柳さんだけど、説明するのがとても上手い。チームサティスファクションのリーダーだった鬼柳さんの過去が、デュエルの時だけじゃなくてこういうときにも、ああそうなんだって思わされる。ウェストじゃないけれど、さすが、って言いたくなってしまう。
「ああ、え? 何だよ、ケチくさいこと言うんだな……ああ」
壁に寄りかかってこっちを見る。ひらひら、左手で手招きする。ウェストが先に自分を指さすと、鬼柳さんは頷いた。ウェストはぱっと笑って走って鬼柳さんの傍に向かう。
「シティで一番信頼できるって伝えてあるから。頼れって言ってある。……はは、そうだろ? ん、代わる」
ほら、とそれだけ言ってウェストに受話器を渡す。困った顔でウェストが受話器を耳に当てると、その顔はすぐに満面の笑顔に変わる。
「クロウ兄ちゃん!」
それでわたしもようやく知った。電話の相手は、チームサティスファクションの鉄砲玉、クロウさん。ちゃんと覚えてる。鬼柳さんと遊星さんが話をしている間、ウェストと遊んでくれていたオレンジ色の髪の人。マーカーを一派居着けて、でも、とても明るく笑う人。
「鬼柳さん、お話はもういいの?」
「ああ、あいつも忙しいから」
「でも……」
椅子に適当に座って、また机に向かう鬼柳さんと楽しげに電話の向こうのクロウさんと話しているウェストを交互に見て、わたしは口を噤む。忙しいんだったら、ウェストの相手なんてさせてちゃいけないのに。
「いつも子供の相手で忙しいんだよ、うちの鉄砲玉は」
わたしの思考を見透かしたかのように笑う鬼柳さんは、さっきより楽しそうな顔をしていた。
「鬼柳兄ちゃん、やった! クロウ兄ちゃんが、カード送ってくれるって!」
受話器を抑えながら喜ぶウェストの声を聞いて、鬼柳さんは振り向く。
「良かったな、何頼んだ?」
「遊星兄ちゃんみたいなカッコイイ戦士のやつ!」
鬼柳さんが少し困った顔をする。だってそう、鬼柳さんの持っているカードの中には、遊星さんが使うような戦士のカードは見当たらない。デュエルにはあまり詳しくないけど、何度も見てきたから分かる。
思わず笑ってしまったわたしに目を向けて、鬼柳さんは肩をすくめる。ウェストはまだ、クロウさんとお話を続けるみたい。
「白は、困ったときにサティスファクションの奴らに渡す用。茶色は、ブラックバードデリバリーに依頼するとき用、な」
言って、鬼柳さんはわたしにも封筒を一つくれた。私にもこれを使う機会があるのかどうか、分からないけど。
機会があるなら、茶色の便箋を渡してクロウさんに少し、無茶なお願いをしてみようかと思う。
黒ガラスの宅配便さん。また遊星さんとジャックさんを、鬼柳さんのところに運んでくれませんか?
書きすぎなくらい招待状を書き続ける横顔は、死神でも救世主でもない。
最近やっと見ることができた、幸せそうな鬼柳さんの顔。
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