錆びた蝶番が開くたびに音を立てる、古い扉を開く。その瞬間に鼓膜を震わす、鎖の揺れる音。
時刻は既に深夜。けれどやはり、起きていた。鬼柳京介は薄い唇の端を持ち上げ、暗い部屋の隅に視線を向けた。
廊下から射しこむ明かりだけでも見える、オレンジ色。灯火よりも鮮やかなその色の髪を振って、青年の声が鬼柳を呼んだ。
「よお、随分夜更かしだなあ?」
わざと明るい声で言葉を紡いだことに気付いたのだろう。青年が殺気とも変わらぬ気配を纏った視線で鬼柳を睨みつけた。表情がより分かるようにと、鬼柳の手が狭い部屋の中央から下がった電灯のスイッチとなる紐を引く。
明かりはちかちかと点滅した後でも、ぼんやりとしかつかない。しかし、その明りの下で目的の人物の姿は余すところなく浮かび上がった。眼の下の隈まではっきりと。
床に座り込んだ彼は一切衣服を纏っていない。両足を大きく左右に開き、その間の性器はロープできつく戒められていた。晒しているのは彼の意思ではなく、膝裏で鉄パイプを挟んだ形で固定されていたせいだ。鉄パイプの穴を通って膝に巻きつけられたロープは、血が滲んで変色していた。
さらに左右の足首には枷がはめられ、伸びた鎖は地面に繋がっている。鎖はさほど長くなく、古めかしいが引いたところでびくともしない。自由が利く範囲は非常に狭かったが、そこで彼はどれほどもがいたのだろう。足首にもまた、擦れて血が滲んだ痕跡があった。
「……テメ、いい、かげんにっ……」
青みの灰色をした眼が睨みあげる。その首にはアクセサリーとは到底呼べない、太く赤い首輪が巻きつけられ、そこからもまた異常な太さの鎖が伸びている。クロウが動くたび、床と擦れて重い音をたてた。
両手には逆に細い手錠がかけられ、首から伸びる鎖の途中に麻紐で固定されていた。一見脆い拘束だが、それを破るほどの体力も腕力も、時間も集中力も彼にはない。
分かっていたからこそ、鬼柳はそうして彼を縛りつけた。実際噛み切ろうとしたのだろうが、数日食事もろくに取らなかった体では鎖の重さも相当堪えたのだろう。
「あぁ?誰に口きいてんだ、クロウよぉ」
「うぅぁっ」
首の重い鎖を軽々と引きよせると、クロウの顔が少し鬼柳に近づいた。反応しきっていながら解放を許されない性器の痛みは、彼が僅かに動くだけでも脳天までを貫く。鬼柳は嗤う。全て理解していながらも。
「すげえ汗……苦しいか? 苦しいよなぁ…?」
クロウは答えず、小刻みに震えている。鬼柳の指先が性器を撫でると、面白いほどにその身体が跳ねた。鬼柳はまた嗤う。今度は声に出して。
「外してほしいか? なあ?」
愉悦を隠しきれない声が問う。黒と金の眼を細め、引き寄せたクロウの顔を覗き込み、疲れきった表情をじっくりと眺めてから頬のマーカーを舌でなぞる。
クロウは眼を閉じなかった。重くなった瞼は、一度閉じてしまうと開くことすら苦痛になる。消えかかる意識も繋ぎとめているのは意思と痛みだけだったから、その糸をどれも切ってしまうわけにはいかなかったのだ。
「ああ………ぜひとも、お願いしてえね………そしたらテメエの顔面にションベンひっかけてやらあ……っ!」
甲高い音、鎖が擦れる音、クロウが呻く声。三つがほぼ同時に、室内に響いた。
舌打ちをした鬼柳が、クロウの首輪を上向きに掴んで立ちあがった。荷物をぶら下げるように無造作に。首から上を無理矢理引き上げられる苦しさから逃れようとクロウは背筋を伸ばすが、届ききらず、必死に顔を持ち上げることで耐える。ちょうど首輪の前で拘束された手で鬼柳の手を掴もうとしてはいたが、指先が触れるだけで何の意味もなさない。
自身の手で張られたばかりのクロウの頬が赤くなるのを酷く冷たい顔で見下ろして、低く、鬼柳はクロウを呼んだ。
「口が減らねえな、ったくよぉ」
「……ひ、ィぁあ!」
鬼柳は靴の先でクロウの性器の先を撫でた。指よりも硬く冷たく、加減のない接触を受けてクロウは枯れた喉から絞り出すように高い悲鳴を上げる。先端を濡らす体液を確かめるように靴底でゆると撫で、見開かれたクロウの瞳を真上から覗き込む。
がちがちと奥歯が震えぶつかる苦悶の表情を見て、鬼柳は満足したのか首輪から手を離した。
代わりに、伸びる鎖だけは手に残す。項垂れたクロウは今度は声もあげず、ただガタガタと震えるばかり。
「ぶっ壊れちまうぞ。出してぇんだろ? なあ? 全部出して、気持ちよくなりてえんだろが? だったらいい加減学習しろよ」
鎖を持ち上げると、ゆると視線も持ち上がる。困惑、疑惑、恐怖、不満、不安、屈辱。強気なクロウが、今まで決して見せたことのない表情。食いしばった歯が、また、ガチと鳴った。
「……あーあ、それとも、このままの方が好きなのか?」
「ち、が」
「違わねえだろ、嫌だったらどうすりゃいいかオレは教えたよなぁ!?」
鎖を強く引くと、クロウは喉を引きつらせた。唾液を飲み下してから開いた口に、限界まで酸素を取り込む。必死で生を掴む哀れで無力な姿。今、彼は完全に支配される側にいる。
クロウの歯の間から除く赤い舌、唇が明らかに言葉を探して揺れる様を眺めやり、優越感に浸りながら鬼柳は唇の端を上げた。
「き、りゅ……っか、せて、……い」
「聞こえねえ」
鎖を床に落とし、しゃがみ込む。鎖が床を叩く僅かな振動にすらクロウの体は過敏に反応する。真っ赤になった顔、潤んだ瞳、散々噛みしめられた唇が震えながら、開く。
目線を近くして、鬼柳は首を傾げた。片手はそっと、彼の解放を妨げるロープの結び目へ伸びる。一か所を引けば外れてしまう、その程度の拘束へ。
「鬼柳、たのむ、からっ、い、かせてくださっ……」
それはいわば敗北宣言。
鬼柳は指で摘んだロープの端を一気に引き、解き放たれたと同時にロープが離れるだけの刺激で解放を迎えさせられたクロウが上げる悲鳴に酔いしれた。
「クロウ」
「う、う……ぁ」
見開かれた眼から、ぼろぼろと涙が落ちる。決壊した涙腺を塞ぐ術は今の彼には探せないようだ。薄く開かれたままの唇を自らのそれで塞ぎ、鬼柳は鉄パイプを掴んでクロウの胸元まで押しつけた。
「あとは?」
再度の問いにクロウは涙を零したまま、また唇を開いた。
「いれ、……いれ、て、犯し、て、きりゅ」
たどたどしく回らない舌が紡いだ懇願。鬼柳はクロウに笑いかけ、床に膝をついた。クロウが首を振る。けれど零れた言葉は、「早く」。それだけ。催促の一言だけ。
「ああ、いいぜ。お望み通りたっぷりと、なァ」
鬼柳の言葉に、クロウは目を細めた。笑ったようにも、嘆くようにも見える顔を覗き込むことなく、鬼柳はクロウの体を奥へと倒した。
床を鎖が滑る音は、再度上がったクロウの悲鳴で隠された。
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