あいをとく。(京クロR-18)





 目を覚ますのは、もう少し後かもう少し早くても良かった。
 そう思ったのは、目を開いて横を向いたとき、同時に見開かれた目が合ったからだ。





「…はよ」
「おはよう」

 幸せそうに笑うのはやめて欲しいと思いながら、枕元で握られた手を握り返す。甘やかしちゃいけない、と、思うだけ。大概おれも甘いなと胸の内で呟いて、クロウは苦笑した。
 薄く開いたカーテンから差し込む光が、白いベッドを眩く照らす。細くて長い鬼柳の髪は、水面のようにきらきらと無造作に広がっていた。繋いでいた手を解く。解いた手を伸ばす。伸ばした手が触れる。水色と白の堺。
 鬼柳はその手を取って、唇を押しつけてきた。クロウは構わず見つめる。また眼が合う。溶けだしそうな、金色。

「…なに?」
「いや、暇だなあと思って」

 朝の口数は、鬼柳がずっと少ない。昔もそうだった。大人びたところでなんら変わりのない彼は、機嫌良く目覚めたこの朝は、しばらくこのままとろとろとしているだろう。つまり、クロウは動けない。常に触れていることを彼が望むから。

「ん」

 体を重ねた後の、特有の倦怠感に身を委ねるのも悪くはない。そう思ったクロウだったが、突然指先を食まれて瞬いた。

「鬼柳」
「それ……」

 少し不機嫌な顔で、鬼柳はクロウの人差し指の腹を舐めた。戯れにしてはのろく、愛撫にしては雑。

「俺はクロウの何なんだっけ」

 言って、のろのろとクロウを覆い隠しに来る体。焼けにくいらしい肌に、傷や痣は目立つ。真新しいものを見つけてクロウは頬を熱くした。その傷の原因は自分にしかない。
 うわあ、つい声を上げて目を背けると、結果として晒した首筋に鬼柳の唇が降ってきた。熱を帯びた吐息と、絡まった指。何も纏わないクロウの肌には、簡単に朱が咲く。日に焼けた肌に消え入りそうで消えない血の色を、鬼柳は心から、好きだと言う。

「盛って…んな」
「年中クロウに発情してるぜ俺は」
「得意げに言うんじゃねえよ」

 片手を絡めとられる前に、乱れた髪を掻き回してやった。嫌だと言って跳ねのければ、きっと彼は退く。退いてしまう。
 散々汗をかいた額に口付けられて、囁く声で名を呼ばれて、彼の言いたいことが分からないはずもない。まだ眠りの淵にいるようなとろけた声で、甘えるようにキスをして、「なあ」。

「……京介」

 掠れた声で紡がれた名に、鬼柳は唇の端をぐいとあげた。繋がった手に力が入る。

「うん、満足!」
「んむ…」

 改められたキスは、昨夜並みに深かった。時間を埋めようとするかのような貪欲さを見せたものと同じ。ただ、今は、もっと単純。欲しいのは、次の「満足」といったところだろう。
 それを善しと伝えようと自ら口を開けば、調子づいた舌が喉奥まで探ろうとしてくる。横から軽く蹴ったところで、スイッチが切れるはずもない。それでいい。首を捻って、一度酸素を取り込んだ。

「はっ、……ん」

 深い口付けは、一番簡単にふたりを交える方法。くちゃくちゃと聞こえる音に身震いして、クロウはシーツを蹴った。
 顎と頬を支える手は、クロウが抗いさえしなければ一つで十分。繋いだ手を解いてしまえば、その手は快感を引きだすためにクロウの肌を滑ろうとする。離れた温もりを自然と追いかけた指を止めて、そのまま握りこんだ。
 シーツの上、踵を滑らせながら麻痺しかけた舌を絡めた。腹部を撫でる手が遠慮なく下に降り、腰を、臀部を探りに行ったのを感じて、クロウは自ら腰を浮かせる。
 ん、と鬼柳が声を呑みこんで、そっと唇を離した。

「……積極的じゃねえの」

 やや軽く告げた後、唇を舐めた鬼柳の視界には、潤んだ瞳と濡れた唇、それから真っ赤になった耳。それでも動かないクロウ。これから何を言ったところで、誤魔化しようがない態度。

「…っ焦らす意味ねーだろさっさとしろって!」
「急ぐ意味もねえだろ?」
「そっ、ぅわ!」

 宙を蹴った足を抱え込まれ、開いた足の隙間で主張するものを無視してもぐりこんだ手。小ぶりな尻を撫でた手の平、離れる代わりに隙間の穴に押し込まれる指先。
 慣れても慣れ切らない異物の存在を、クロウの身体は拒否しながらも飲み込んでいく。

「く……、ぅ」
「痛ぇ?」
「っく、ねえ、けど…っ、あ」

 真剣に見つめられたまま、根元まで押し込まれて曲げられた指が触れるクロウの奥。目覚めていた性欲が飛び上がって喜ぶほどに、全身に走る確かな衝撃。苦痛に限りなく近いそれを、首を振りながらクロウは求めた。

「指でコレかよ…」
「るせっ、だっ、ぇ、んん…っ」

 嘲笑するような鬼柳の笑みを咎めることもできない。意識が宙を舞う。ふわふわと、未だ感じられない春の風に誘われるように、ふわふわと、浮かんで、消える。
 
「ぁあ…う、…き、う、…すけぇ」
 
 蕩かされていく。自覚していても、止められない堕落。
 
「……どうした、クロウ、発情期?」
「ひんっ…」

 ぐるりと中を掻き混ぜられて跳ねる体、悲鳴。一度熱を持った身体は持て余す以外にできなくて、もどかしさに喘ぐ。昨夜の余熱は、冷めきっていなかったのか。溢れた唾液を呑みこめずに噎せて。
 クロウは首を、縦に振った。

「……ん」

 鬼柳と繋いでいた手はシーツを強く握り、行き場を無くした片腕は、焼けそうな頬を隠そうと顔の前にぱたと倒れた。好き勝手にクロウの中を探っていた鬼柳はというと、動きを止め、ぽかんと口を開いたまま動かない。

 硬く目を閉じてしまったクロウには、彼が負けじと赤くなっていたことを知ることはできないまま。


「――ッズル、ぃ、だろそれ!」

 眠る前まで慣らしていた入口は、少しばかり手を貸してやれば簡単に受け入れるだろうと思わせる程度には熟れていた。抱えられていた足を鬼柳の肩まで持ち上げられたクロウだったが、抵抗は何に一つしない。
 中にあったのは諦めでもなければ、寛容でもない。普段の鬼柳より単純明快、ただ、欲しい。そう思った。理由も段階も飛ばして、ただ、欲しかった。
 震える唇を動かし、ばかやろう、と一言。

「早、く…しろよ…っ」
「っ、ゴム…」
「別に生ですりゃいいだろ…っ」

 鬼柳はそこで、泣きだしそうな顔をした。構わず揺れたクロウの腰を両手で掴んで、担いだ足がぴんと強張るのを確かめる。

「…も、知らねえぞ…っ!」
「は……っ、ァあ…!」

 言葉の勢い通り、強引に押し入ってきたそれを、クロウは喉をひくつかせて受け入れた。絞り取ろうとしているかのように締め付けて、それでも形を変えない鬼柳のものを感じて、何を思ったのか、クロウはシーツを握っていた手を自らの腹部に持っていく。白くなった指が仄かな赤を取り戻し、恐る恐る、腹の上に乗った手。

「きょぅ……すけ」

 ぽつぽつと名を紡いだ唇が形作った笑みが、鬼柳が見せる穏やかで幸福を滲ませた笑みとよく似ていたことに、二人とも気付かない。同じ笑みを返して頭を撫でる余裕など鬼柳にはなかったのだし、クロウが欲しかったものも、笑みではなかった。
 意志の疎通は歪みなく、深く奥で、浅く外で触れる肌と熱。

「ふっ、ああっ!い、ぃう、ぁぐっ」

 ちい、と鬼柳が舌を打つ。無理矢理浮かせたクロウの腰をしかと固定し、がむしゃらに貫き繰り返す。そのたびに脳裏で火花が散る錯覚を覚えながら、クロウは幾度もシーツと宙を蹴った。

「あ、く、るし…中、いっ、あ」

 カーテンの隙間、太陽は先ほどよりも顔を広く出しているようだった。滲んだ汗が光る。腰と背中の鈍い痛みに気がついたクロウは、しかし鬼柳を制することなく、さらに仰け反って喘いだ。

「あぁァっ、んぁ、く」
「っ…クロウ、あの、な」

 クロウの内側を抉りながら、鬼柳はまた、少し泣きだしそうな顔をした。困っている、迷っている顔だと、はたとクロウは思い至る。
 何を迷うのか。何に困るのか。こうしていることに不満なのか。
 問いは浮かぶ。思考が戻ってきた。とはいえ、揺さぶられ続ける体は欲望の虜。今にも弾けそうな熱を持て余しておきながら、終わりを先延ばしにしたがって耐える、体も、矛盾だらけで役に立たない。 

「……っすげ、イイん、だけど」

 額に汗で張り付いた前髪が邪魔なのか、首を振る。ひとつ、浅く息を吐いて、鬼柳は改めてクロウと向き合った。揺れる金色。きっと今キスをすれば、心臓の音も飲み込んでしまえるのではないかと思えるほどに、全部をくるくると溶かして混ぜた、そんな熱に浮かされて。

「……クロウは?」
「ふ、ぁ…っ」

 訊かなくたって。

「ん、な……」

 そんなことで迷うことなんて、ないのに。
 重力に負けて零れた涙を腕で払って、その腕で鬼柳の肩を掴む。爪跡の残った肩。向き合って抱き合えば、クロウがこうして掴んでしまうから。

「っから!中!…っで…!」

 泣き声になってしまったのは、クロウにとっては屈辱。痛くもないし悲しくもない。耐えられなかったのは逃がしようのない快感だ。 
 だからねだるのは気遣いでもない、本音を凝縮した結果だ。壊れてしまうのではないかと思いながら、壊されてもいいとすら思う。そういうことだから。迷うことなんてないのに。
 ばか、と溜まらず声に出したクロウを見て、鬼柳はそれを悟っただろうか。

「う、ぃあぁあああッ!」

 頷いた鬼柳が、クロウの奥を目的をもって幾度も貫けば、矜持などクッションにもならない。迷って、クロウの唇が迷って、その手は鬼柳の肩を強く掴んだ。

「い、ぃっ、ィくっおれ、あ、京介、すげえっ、すげ、よぉっ……!」

 互いの顔がはっきりと見えることも、時計の針が進んでいることも、頭が真っ白になった瞬間に気がついて。中に感じた熱が消える前に倒れ込んできた鬼柳に抱きしめられたら。

「……い…ふぁ……」

 全部、消えてしまった。
 




 ふわ。


 きっと窓の向こうで吹いているだろう春風のように、やわらかく、何かがクロウの頭を撫でた。掴んでみて確信する。いつもより少し熱い、鬼柳の手。

「……くろー?」

 蕩けそうな声が名前を呼ぶ。ズルイ。そういえば言われた気がするが、それはこっちの台詞だ。
 そう思っただけで何も言わず、クロウはぎゅっと眉根を寄せた。

「………中…」
「へ…」
「中…入って、どろって…て…ん、けど…」

 声がかすれて、思うように紡げない言葉。注ぎこまれた残液の感触が、何とも言えない。未だに燻る熱が、何とも言えない気持ちにさせる。どうにかしてくれと言おうとしていた。そのはずだ。

「あ…あー、んん…出したからなそりゃな」

 しかし、鬼柳の態度が煮え切らない。少し腰を上げて、もぞもぞと身じろいでいる。抱きしめて欲しいのに。ほんの少しだけ、抱き合って眠り直したいなという気持ちもあるのに。

「…………おまえ」
「ん?……はは」

 苦笑。逸らされる視線。気まずそうに、クロウから離れようとする。分かりやすい。実に。

「……きょーすけ」
「っ」
「次で、満足しろよ」

 赤くなっておきながら照れ臭そうに笑う鬼柳が、妙に身近に感じて、クロウも表情を綻ばせた。
 ――時間はこのまま忘れることにした。


 春眠、暁をなんとやら。
 ベッドを出られないのは、そう、春だから。



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