黒烏育成計画
溺愛Pure Black
スパルタDirty White





 無人の倉庫に鬼柳がクロウを呼び出すときは、たいてい何かを強いられる。知っていながらも、クロウは鬼柳に応え続けた。

 その日は、服を脱げと言われた。
 ただそれだけのことで、何の疑問もなくクロウは自らの衣服に手をかけた。上着を、インナーを、ブーツを脱ぎ捨て、ズボンも下ろす。戸惑うことはない。みられることに羞恥はない。相手が、鬼柳京介であれば。

「パンツも全部」

 パイプ椅子に座り見上げてくる彼の目の光が鈍っていても、疑問を覚えることはなかった。何でもない顔で頷いて、下着も脱ぎ捨てる。ヘアバンドは、最後に思い出して放り捨てた。

「鬼柳」

 これでいいか、と問う。鬼柳はにっこりと笑いかけ、椅子から立ちあがった。

「ここに、手ついて」
「こうか?」

 座っていた後の椅子。座面にクロウの両手を付かせ、鬼柳は彼の背後に回る。自然と向けられた引きしまった臀部を眺めていた鬼柳が、突然笑みを消した。
 振りあげられた手。乾いた音と、クロウの唇から零れた悲鳴。

「向け方がやらしい、満足できねえなこれじゃ」
「だっ、あぅ、あう!」
「どこで覚えてくるんだよ、ったくよぉ!」

 容赦なく手の平で打たれる皮膚が、不規則に朱く染まっていく。クロウは悲鳴をあげ続けるが、手は椅子の縁を握りしめるばかり。コンクリの床を踏みしめる足が武器に変わることもない。
 サテライトの荒くれどもを怯ませた、鉄砲玉のクロウはこの場にいない。

 鬼柳京介を傷つけないことは、クロウが自ら架した枷。
 何も知らないクロウが見つけた愛情の形式。愛情の種類がどれほどあるか、愛情は形に出来ないことも、クロウはおぼろげにしか知らない。そうではないか、こうではないか。手探りの果て見つけた証明。
 鬼柳に手を取られ、静かな声で、愛していると言われた時。大きく揺らいだ感情の正体が愛情であると思いこんだ彼が示した、言葉の代わりの返答。

 愛とは、優しさである。
 愛とは、束縛である。
 愛は、唯一に捧ぐべきである。

 張り巡らされた意図。与えられた狭い世界。未知に触れぬよう誘導され続けた結果、生み出された極端な回答。
 
 鬼柳は、赤くなったクロウの尻を撫でて問いかけた。
 
「痛いか?」
「い…、ってぇに決まってんだろ!」

 クロウは、振り向いて牙をむく。真っ赤な顔で唸るだけで済ませているのは、ここまでの行為が鬼柳にとっての愛情であるから。

 傷つけずにいられない愛もあるのだと、手の甲に爪を立てられて告白されたから。そのときにも感じた感情の揺らぎにも、クロウは愛情と名をつけてしまった。クロウは寂しさを知っていた。けれど、得体のしれない恐怖は、知らなかった。
 振り向いた顔が少し反省の色を浮かべているのを見れば、途端に怒りも屈辱も委縮してしまう。戸惑ってできた隙を、鬼柳が逃すはずもない。

「…こっちの方がいい?」

 クロウの尻を撫でていた手を、足の隙間から滑り込ませる。何の反応もしていなかった性器を握りこむと、クロウの身体は大きく跳ね上がった。連動して、椅子も足を踏み慣らす。
 触れられたことがないわけではない、絶頂の快楽も覚えこまされた。だからこそ、一度の刺激で引きずり込まれていく。

「くふ……ぅ、ん……っ」

 ゆるゆると刺激され続ければ、意識せずとも大きくなる生殖の本能。吐きだしたところで目的は果たされないが、性質には逆らえない。戸惑いがちに開いた瞳を揺らしながら、クロウは鬼柳を恨めしげに振り向いた。
 額に浮いた汗を、鬼柳の左手が撫でて。

「…クロウ、少し背伸びたよな」
「ぇ、…」
「良かったな」

 ただ純粋に、喜んだ顔。

 ――お前が嬉しいことなら、何でも嬉しいんだ。
 そう言ったときの表情。

「う…ぅ、鬼柳…」

 愛されている。親が子を思うように、兄が弟を思うように、人が他人と手を取るために。自分は、愛されている。鬼柳も自分もこの荒れた地で、自分なりの愛し方を探して、見つけて、愛したいだけ。 
 
「クロウ。俺の、クロウ。俺だけの…」

 噛みしめるように繰り返されて、幸せそうに微笑まれて。
 最終的には、よく分からなくなってしまった。 

「先、進むか」
「さ、き…」
「ああ、クロウはそのままでいいからな」

 首を捻るクロウを置き去りに、鬼柳は床に転がっていたらしい何かのボトルを拾いあげた。蓋を開けて傾けて、注ぎ口から出てくるのは若干とろみのついた液体。油くらいだろうか。さらさらと、とろとろと、鬼柳の手のひらに落とされたそれは伝い流れてクロウの尻までたどり着いた。
 つめたい。反射的に声を上げたが、実際のところはさほど冷たくはない。鬼柳がくす、と笑った。笑って。

「ぁう?」

 次の瞬間、違和感。排出のための穴に入り込んでくるものを内側で味わわされ、クロウは素っ頓狂な声をあげた。

「…よし…悪くねえ、待った甲斐あり」

 奥へと進んでくるものが鬼柳の右手の指だと気付いたのは振り向く前で、振り向いたところで強引に押し広げられた穴には二本目がねじ込まれるところだった。
 困惑がクロウの思考を支配する。痛い。気持ち悪い。状況が、意味が、分からない。
 どれも言葉に出来ずにただ唇が動くだけ。

「よしよし、クロウ、痛くないからな」
「は、ぅ、う」
「いい子だ」

 ――鬼柳が痛くないと言うのなら、きっとそうなのだ。
 了承の意味を込めてクロウは頷く。くちくちと音を立てて内壁をかきまわす指を押しだそうと、無意識に入る力を抜こうとして、クロウは何度か膝を崩しかけた。そのたび椅子を掴む手に力を込めて懸命に耐える姿が、鬼柳を歓喜させた。

「も、…入れるからな」

 クロウの耳元に唇を寄せて、指を根元まで押し込んで、囁く。
 びくりとクロウの身体が跳ねた。クロウはまだこの先を知らない。鬼柳は知っていて、あえて問う。

「…なあ。何がどこに入るのか分かるか」
「あ…」

 前立腺をゆるく刺激してやりながら、空いた手でズボンの前を寛げる。クロウは振り向かなかったが、二人だけの静かな空間、音は聞こえているだろう。鬼柳が何を、どこをクロウの臀部に押し当てたのか。

「言えよクロウ。正解したらイイことしてやる」
「……や、……ぃぁ、だ」
「何?」
「ぃ、アっ…!!」

 クロウが、右腕を鬼柳の方へ回し首を振った。熱くなった手のひらが、クロウの腕を叩く。痛みはない。
 鬼柳は唖然とした。わずかとはいえ、抗ったのだ。受け入れるべき対象である鬼柳を、拒絶した。クロウが首を振った。

「嫌だ、って、本気か?」
「う、ぅ」

 重ねた問いを、クロウは否定しない。衝撃を殺しきれず、鬼柳はぽかんと開いていた口を閉じた。奥歯が強くぶつかって、耳の奥に響く。
 クロウらしくあれ。望んだのは鬼柳だ。介入できるのは己だけ。受け入れるのは互いだけ。最後の領域に踏み込むことを、途中の些細な悪戯も、クロウは受け入れるものだとばかり思っていたからこその、衝撃。

「……なら、ほら」
「ぐ、ぅ」

 結果、鬼柳は現実を否定した。自由にしていた左手でクロウの口を塞ぐ。強引に引き寄せたせいで、喉が反った。目を見開いたクロウに、鬼柳は見えない。
 暴れて、椅子から手が外れた。重力に従って崩れ落ちた身体は硬い椅子に受け止められたが、椅子の淵に擦れた腕が、じわじわと痛みと熱を持つ。

「う!ぅうっ」
「噛みついて蹴り飛ばして殴り飛ばして逃げてみろよ!痛いことされてえんだもんな!?」

 逆上した鬼柳を見るのは初めてではなかった。何が引き金になったのかも、薄々感づいている。だからクロウは手の平に歯を立てなかった。崩れ着いた膝が床に触れていたことにも気付けない状況で、そうすることなど出来なかったのだ。
 説得もできない。まず、落ち付かなければ。再度姿勢を作りなおそうと、椅子を掴んだ手、持ち上げた膝、が、予想だにしていなかった痛みで再度崩れ落ちた。

「んっ、ふ、…っんん!?」
「あ」

 目を見開いたのは、理由は違えど同時。間の抜けた声を上げた鬼柳の方が、瞬いた。

「入っちまった」

 見下ろすのは、自らの性器とクロウの腰下。あーあ、と残念そうに息を吐きながら、無遠慮にめり込ませていく。解されていたとはいえ、通常知るはずもない質量を呑みこまされた分、クロウは酸素を逃がそうとして喉を鳴らした。

「っ、――、ん、く」
「あーあ…もっとこう、満足のいく初体験にしてやりたかったんだけどな」
「んんんッ!!」

 クロウの中に押し入った性器を、鬼柳は乱暴に抜き差しした。言葉は淡々と紡がれるにも関らず、強くぶつかる互いの肌。幾度か繰り返して、鬼柳は舌を打った。クロウの口を塞いでいた手も引き戻し、クロウの腰へ移す。唾液で濡れた手の平が滑らぬよう、肌に食い込むほど強く掴んで、体奥を貫く。

「んぅぁああっ、きうぅう、っ、だ、ぃああぁっ」

 あられもない声を上げて、椅子にしがみついてガタガタと震え震わせる。抗っているようにも見えが、実際その手も足も声も、鬼柳をせめることはしない。覚えこまされる新しい感覚を受け入れることができずにいるだけのこと。
 クロウの揺らぎに気付いた鬼柳は、すっかり落ち着きを取り戻していた。開いた唇は自然と笑みを形作り、腰を支える両手は強張り震えるクロウをゆるく揺さぶるためのものに変わる。

「そう…そうだクロウ」
「あ、ぁ」
「俺とお前しかいないんだから。全部見せて。俺にだけ、全部」

 怖くない。
 鬼柳のかすれた声が紡いだ言葉に、クロウははっとした。自らの芯を冷やしていたものが、恐怖であるとその時に知る。

「狂っちまっていいんだ。だって俺達、愛し合ってるんだから」

 知らない感情。異常な状況下で、感じるのは恐怖。腰に回っていた手が胸元に回り、抱きしめられて、その温度に覚えたのは安堵。
 恐怖。違う。似ているけれど。自信が感じていたものは、身震いするほどの。

「し、てる…から?」

 これは、――愛情。



「ヒッ」

 突然胸の先を抓られて、突っ張った四肢。鬼柳は転げ落ちそうになったその身体をしかと抱え込み、わざとらしく乱雑に奥を突いた。乳首を抓る指を捻りながら。

「ちっせぇ尻に…っ、よくまあ、入ったもんだな」
「あ、ッんん、鬼柳っ」
「どうした?」
「イッ……ぅあ、く」

 爪を立てた。引きだされ刺激され、くっきりと膨らんだ先端部分は状況も相まって過敏になっているのかもしれない。鬼柳は想像して、ますます指に力を込めた。壊れるほどの痛みを、痛みすら、受け入れられるように。

「イイって?どこが?」
「ぐう…ゥっ」

 腰を打ちつける動きを再開すると、クロウの身体は容易く揺れた。いつの間にか彼の手は椅子の足や背にまで絡んでおり、繋がったままの鬼柳はやや強引に腰を落とすことになる。それでも差は縮まりきらず、尻を突き出す形で、椅子と共に倒れそうなほどに、クロウが揺れる。

「あ、あ、ぁ、ぁう、えっ、ぇう、えっ」

 高い声に混じる嗚咽を聞いても、鬼柳は止まらない。泣きながら苦痛に耐えるクロウなど、そうそうみられるものではない。子供のように泣きじゃくる彼を、詰るように犯した。
 鬼柳とクロウ、各々の体液で濡れた内側は拒む無意識を逆手にとって熱を呑みこむ器官と化し、得られる快楽を染み込まされた体は、もう痛みを恐れない。

「きりゅ、ぁあ、りゅぅ、ふ、ぅく、うっ」

 ふっくらともしておらず、柔らかくもない尻と、筋肉はあまり付いておらず骨張った腰が打ち当たる。速度を増せば音が変わり、掻き消すようにクロウも声を上げた。
 容赦なく注ぎこまれたどろりとした液体を吐きだすことも叶わず、衝撃がピタリとやんだ瞬間、クロウの全身から力が抜けた。

「くろう」

 とろりと呼ばれた名前。呼吸をしている意味すら見失ったクロウには、反射的に頷くのが精いっぱい。栓となっていた性器が引き抜かれ、自然と流れ落ちる自身のものではない白濁の感触に唇を噛む。それだけ。

「生きてるみてぇ」
「…、ふ…ぅ」

 鬼柳が密やかに笑う。力の抜けたクロウの尻を持ち上げてやりながら、確かめるように指で穴を広げ、収縮しようとする動きを阻止する。入り口周辺を指の腹でぐにと押しつけると、椅子に頬を擦りつけて、クロウが呻いた。

「クロウ、お前さ」

 唐突に明るい声を上げ、鬼柳はクロウの両脇に手を回す。持ち上げた身体を反転させ、突き飛ばす勢いで椅子にかけさせた。直後クロウが硬直したのは、衝撃で流れ出し椅子を濡らした精液のせいだ。
 密着した尻と椅子の間に指をねじ込んで左右に割り開くと、クロウは腰を浮かせようと試みた。しかし脱力しきっていた体では上手くいかず、クロウは結局両腕で鬼柳に強くしがみつくことにした。震える足が、鬼柳が下げた視界の端に映る。

「……可愛い」

 半透明の意識には、響かない。
 クロウは返事もなく、震える足を持ち上げ、鬼柳の足に絡めた。すぐに下がってしまうのを、慌ててまた上げる。しがみつくのを覚えたばかりで、忘れまいとするかのように、虚ろな眼をどこに向けるわけでもなく、足を絡め続ける。
 
「……いいぜ。おいで、クロウ」

 嬉しそうに笑って、腕に込められた力。薄汚れた欲など感じさせず、ただ触れあうことを喜ぶ。
 離れようとしないのは、決して意地ではない。
 愛情ですら、ない。

 鬼柳は歪んだ顔を、瞼を閉じ、クロウの首筋に向けて俯けることで隠した。黙ってしまえば、聡いクロウも、今は気付かない。

「きりぅ」

 回らない舌が名を呼ぶ。あやすように回した手で背中を叩いてやると、足にも力が入った。

「次は、何、すんだ…おれ、だいじょぶだから」

 一気に冷める心を、鬼柳は笑みを作って覆い隠した。伸しかかる罪悪感、自身の所業を悔いたところで、もう元には戻らない。時の歯車はどこまでも噛み合い続ける、残酷なまでに。


 鬼柳はクロウの気ままな生き方が好きだ。しなやかな体躯が好きだ。強い心が好きだ。決めたことを曲げない、それでいて柔軟な思想が好きだ。
 だから愛した。
 愛したいと思った。
 愛されたいと思った。

 けれど、クロウの愛情に鬼柳の望んだクロウはいない。



 クロウは鬼柳の真っ直ぐな眼差しが好きだ。細身で、それでいてしっかりと大人を形作る体格が羨ましくて好きだ。優しさが好きだ。時に意固地になる、子供じみた素直さが好きだ。
 だから知ろうとした。
 愛されていると知った。
 愛する意味を知った。

 結果、鬼柳の愛情の歪みに気付くことはできないまま。


 好意は真実。
 行為は虚像。


 何色にも染められた未来を、塗りつぶしてしまった。
 もう、元には戻らない。

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