大都市、ネオ童実野シティから捨てられた『もの』がいつしか作り上げた居住空間。
疎開都市サテライト。月と地球の関係から、いつしか付いた衛星の名は、しかし件の月のように観賞されることはない。大災害によって引き裂かれただけの土地は、数年でまったく異なるものになっていた。
クロウ・ホーガンは偶然にもサテライトと呼ばれることになった土地に生まれ、18年をその地で過ごした青年である。両親を早くに亡くしてしまった彼にとってサテライトの環境は苛酷であったが、同じ環境の少年少女ら、そしてそんな子どもたちを支えようとする善意ある人々と出会えたことによっていつしか彼はこの荒れた土地に愛着すら覚えていた。
だからこそ、年若い住民ら、特に少女が次々と消えているという噂は街中に届く前に変化に敏感なクロウの耳に届いた。所謂神隠し事件が四度も続けば、正義感も強く、ほぼ廃屋と変わらない小さな家で身寄りを無くした幼い少年少女らの将来を預かっている彼が放っておけるはずもない。
「白い服……お、これでいいか!」
神隠しに遭った少女らが街の北西部に白い服を着て向かったという共通点があることを知ったクロウは家にある一番真っ白なシーツを抱えて飛び出した。
サテライトの北西部、神隠し事件が起きてからすっかり人気のなくなり完全に廃墟となった地を、白いシーツを頭から被ったクロウが進む。胸元でかきあわせたシーツの裾をふわりひらりと翻し、瓦礫が邪魔をする足場を物ともせず散策する。
笑う者も咎める者もいない広い土地、これは定めきらない目標を探す地道な作業。陽の昇りきった真昼からずっと続いていたが、その太陽が落ちて、霞んだ月も姿を消そうとし始める頃には、流石にクロウも足を止めた。
「……さすがに、もう何も起きねーかぁ」
身を包んでいたシーツを勢いよく脱ぎ捨てて、クロウは大きく伸びをした。神経を集中し、辺りを見回しながら彷徨い歩いたせいで、日ごろから運動しているとはいえ足の筋肉がすっかり張ってしまっている。あたりが暗闇に包まれてからも同じことを続けていたものだから、視力に自信のあるクロウでも当然瞼の奥に疲労を実感させられた。
一つの深呼吸の後、シーツを拾い上げようと手を伸ばす。裾は擦れて汚れているが、一見して白と分かる程度には白い。もう少々役に立ってくれるだろう、そう思いシーツを手元に手繰り寄せる。
さほど重みのないそれは、簡単にクロウの胸元まで戻ってくるはずだった。ところが何かに引っかかっているのか、端が引かれて酷く重い。暗闇の中、白いシーツの端に黒い影が蠢いている。動物でも乗っているのかと思い、クロウはシーツを手繰り寄せた手をその影に向けて伸ばした。
「……ンだ、これ」
思わず、声に出す。指先には犬猫の鼻先の様な濡れた感触。だが、それだと判断するにはぬめりが強すぎる。クロウが視覚によって正体を突き止めた瞬間に、そこにあったものはもう行動を開始していた。クロウは口を開いたが、それ以上声が出ることはなかった。
咄嗟に吸った空気が、ひゅう、と喉を通り抜けていく。何かに足首を掴まれて、一瞬にして引き込まれて。
「っだ、このっ……はなせっ!」
廃屋の中に引きずり込まれたはずが、ドアの向こうは黒く塗りつぶされて、白がぼんやり、時折浮かんで消えるだけ。クロウから剥がされた薄っぺらいシーツの白だろうか。
腕と足に巻きついている、ぬめりを帯びた物体。引きはがそうともがくが、クロウの体はずるずると、廃屋の中心部らしき位置まで容易く引きずり込まれてしまう。壁から生えている明らかに異質のものは手足を登る様に巻きついてくるだけにとどまらず、数を増して床に転がるクロウの動作を着実に制限していく。
近いものとしては、蛇、軟体動物の一部、もしくは単細胞生物。
一見無意味にうねるこの動きは図鑑やテレビに映るタコやクラゲの足に似ている、そう思ってクロウははっとした。イソギンチャクの手足となるあの触手、それなら喩えられるかもしれない。
とはいえクロウはイソギンチャクに触れたことなどないので、次々に体に絡みついてくるそれらが同じ感触をしているのかどうかはわからない。いつかテレビで見た触手はつるりとしていて色鮮やかだったが、今自身を襲っているものはぼこぼこと不格好で、色も青、緑、紫と無駄に毒々しい。終いには纏う粘液はその触手の先端から分泌されているようだ。
先端を丸く膨らませ、呼吸するようなリズムでぷくりと浮き上がった液をどろどろと垂れ流す。酷く醜い男性器とも呼べそうなそれに、クロウは否定しようもない嫌悪を覚え表情を歪めた。そう思えば、辺りの臭気はまさに男のそれに似すぎている。自らのものと比較などする気も起きない。到底、受け付けられないものだ。
「う、……グ……」
ぬめった先端が頬を撫で、一層近くなった臭気にクロウは拒絶の言葉を吐こうとした。通じるかどうかは二の次だ。その瞬間、クロウの頬を舐めるように滑っていた一本が狙い澄ましたようにクロウの口内の中心へと飛び込んだ。
「っ、ぐぅむっ……!」
一息に喉奥まで突かれ、逆流してきた胃液を吐きだす前に更に数本が押し込まれて完全に口を塞がれる。一言も発せなくなったクロウを、数えることすら億劫になるほどの数の触手が床から引き離した。宙に浮き上がり安定感を無くしたことで込み上げる不安を押し殺し、クロウは唯一拘束が緩かった左手で必死に口内の触手を引き抜きにかかった。
しかし滑りを帯びた触手を掴めるはずもなく、触手はクロウの抵抗など全く気にせず口内を犯す。太さの様々な触手の三本が、各々好き勝手に歯列や頬の肉を擦る。粘液の味もどうやら様々で、真っ先にクロウの舌の上に乗った太いものは苦く、左右から隙間を割ってきた細いものはどことなく甘い。
嫌悪は失せるはずもなく、口内で混じるそれを味わうことを本能が拒否する。クロウは必死に粘液だけでも吐きだそうと試みた。しかし顎が外れるかと思うほど口を開けても蹂躙は止まず、唇の端から唾液と混じって流れ落ちても、その倍の量が口内に溢れてくるものだから、意味がない。
むしろクロウが抗うほど触手は粘液をより分泌しているらしく、クロウがその可能性に気付く時にはもう遅かった。一番太かった触手の先端が膨らみ、口内で弾ける。
「ふぐっ……、っぅう、ゥっ」
大量の粘液が口内で吐き出され、強引に喉の奥へと流れ落ちていく。詰め込まれた触手のせいで嘔吐することはできず、やむなく嚥下したそれはねっとりとクロウの喉から胃まで、なぞる様に流れ落ちて行く感覚すら与えた。
「う、えぇっ」
クロウが喉をひくつかせ、口内に溜まった液をさらに嚥下すると、触手達はこの液を飲ませるためにクロウの口内へ飛び込んだのかと思わせるほどあっさりと外へ抜け出した。噎せかえり、無理矢理に喉から粘液を絞り出して吐きだすが、飲み込んでしまったものは人体の構造上容易く戻ってはこない。拒絶したいほどの味にも関らず、だ。
唾液でさらに濡れた触手が首筋を撫でてシャツの上を這い降りていくのを見下ろし、クロウはチイと舌を打つ。
ドロドロになった衣服の中にもぐりこんだ数本が、そのまま花開くようにクロウのシャツを内側から引き裂きにかかる。ベルトの隙間から下肢にも潜り込んだ数本もあったが、目的は同じらしい。もがけども、両手足を捕らわれ逃げだせないクロウにはなすすべもない。先にシャツが裂け、濡れた素肌が外気に曝された。
「くそ……、?! ひぅんっ」
悪態をつくと同時に、細い触手がその見た目とは裏腹な力でクロウのベルトを引きちぎる。腰にパンツを固定していたそれが引きはがされると、広くなった隙間に次々と触手が潜り進む。男性器の上を容赦なくなぞられて、クロウはたまらず声を上げた。
やめろ、たった一言が、喉奥の熱さで掻き消される。
「はあっ……かふ、……はっ、あっ」
漏れたのは熱を秘めた吐息。体中に纏わされた粘液にも似たとろみを帯びた声に、クロウ自身が驚いた。
引き裂かれた生地よりずっと厚いはずのズボンも、触手はぶちぶちと縫い目から引き裂いていく。いくらしたかなど思い出せない衣服だったが、もう使い物にはならないだろう。茶化すように文句を言うことも当然、一切出来ず。
「何だ、雄か」
ただ触手に全身の皮膚を撫でられ、吐息だけを零すクロウの目の前に、突然男が現れた。クロウが視線を動かすより早く、触手がその男に向かってクロウの両足を開かせる。粘液にまみれ、袖のないジャケットとブーツはそのまま、片足にズボンだったものが引っかかった悲惨な姿。
その中心で主張する、否定しようがないほど立ち上がったクロウの男性器をまじまじと眺めて、男は場にそぐわない軽い溜息をついた。
「雄じゃ孕まねえだろ、馬鹿だなァ……どーうすんだよ、まぁた殺されっぞ」
男は全体に黒い服を纏っており、この地区を訪れたときのクロウがシーツでそうしていたように、黒いローブで目元まですっぽりと覆い隠している。サテライトの街を歩いていれば、明らかに異様であると分類されるであろう風貌。隠れた皮膚も、クロウの知り得る人々よりはるかに青白い。血の気が引いた肌色だ。
クロウは熱にうかされながら、必死に呼吸を整えた。沸々と沸き上がる怒りと、問いかける相手が現れたことがクロウに力を与える。
「って、め、……が、犯人っ、か……!」
男が僅かに顔を上げた。眺めの前髪、月光色の青銀の髪の隙間に、瞳だけが不気味に金色に光っている。男はその目でクロウの顔を眺めた。冷めた表情は変わらない。
「ふうん……、雄にも一応効くんだな」
呟きと同時に、触手の粘液と自身の体液で濡れたクロウの先端に手の平を押しつける。そのまま撫で広げるように動かされ、クロウは喉を引きつらせた。零れそうになった声を必死に飲み込み、拘束された両足を閉じようと力を込める。
触手はびくともしなかったが、クロウは抗うことをやめなかった。
「へえ……いいな、いい! お前のその顔、悪くねえぜェ!」
男は、突然歓喜を顕わにフードを取り払う。現れたのは肌と眼の色以外はクロウの知る皆と同じか、あるいは皆よりよほど整った青年の顔。明るく笑みを湛えているものだから、ますますそう見える。
男が手を伸ばすと、触手はクロウの体を顔が前に出るように傾けた。近づいた顔、ちょうどクロウの顎の部分に触れて目線を合わせると、男は首を傾けてとろけるような笑みを向ける。
「名前は?」
「は、ぁ?」
「お前の名前。言ってみな」
男が目を細めると、途端クロウの体に弱い電流が走る。反射的にピクリと動いた指先は、それきり動かなくなってしまった。眠気にも似た感覚に襲われ、クロウは頭を揺らす。その瞳が曇ると、噛みしめていた唇もほどけた。
「……クロウ。クロウ・ホーガン……」
「クロウ……ね」
男の望むまま、唇から発された回答。クロウの意思は、そこにはない。事実浮き上がった体に合わせて、精神体までもふわふわと、どこかに浮いてしまった。
心地よさと吐き気の両方を覚えながら、クロウは男の手が頬を撫でる行為も甘んじて受けた。その手が冷たいのか暖かいのかもわからず、「クロウ」と、問われた己の名をもう一度繰り返す。
「烏? 鉤爪? まあ、どっちにしろ名前もいいな」
クロウの虚ろな瞳にはただ男の笑みが映る。歪んで見えるのは、理由もなく涙が瞳を覆ってしまったから。涙腺から沸き上がる涙は当然受け止めきれなくなった眼から零れ落ち、男は金色の目を輝かせて「おぉ」と小さく確かな歓声を上げた。
「気にいった! なあクロウ、苦痛と恐怖、悲哀と快楽、それから絶望、ぜんぶお前にやるよ! 遠慮なく受け取れ、満足しろよな?」
視界にちらついていた白が消え、クロウの眼前は完全なる闇に染まった。
「ひぁ……っ」
壁と床から伸びた触手の一本が、クロウの背中を這う。爪先までぴんと張り、クロウは身を震わせた。普段であれば笑って流せる程度の刺激であるはずなのに、異様な空間で緊張しきった体には倍以上の刺激に変わる。まして今、快楽以外の感覚が全て眠ってしまったかのようなクロウの体にとってはそれはある種の苦痛だった。
体以上に限界を訴える、張り詰めた性器が脈を打つ。根元に絡んだ細い触手は動くことなく、熱の解放を許さない。触手が肌を撫でるたび地へ落ちていく粘液が、触手が新たに分泌したものなのか、クロウに塗りつけられていたものなのか区別がつかないほどに濡れた身体。どこからか差し込む淡い光が筋肉の程よくついた肌を淫猥に照らす。
反るほどに立ちあがった性器を包んでいた触手が、するすると離れていく。尻の割れ目を塞ぐようにあてがわれた触手が、膨れ上がった前の袋まで伸びて行き、二つとも先端で擽る。クロウの体が跳ねると、くぷ、と濡れた音がした。穴を広げるように左右に振れながら、とうとうそれが穴に先端を押し当てる。
クロウが首を振った。けれどそれは何の意味もなく、散々撫でまわされた尻が部屋の隅に向けて持ち上げられる。そこに立つ男は目にした光景に口笛を吹いて囃すが、それだけ。
ずるずると触手が侵入を始めて、クロウが悲鳴を上げても、行為はむしろ加速する。クロウの胸を撫でさすっていた触手の先端が開いて、すっかり膨れた胸の先端を吸い上げる。ちゅぱ、とわざとらしく離れ、割れた先端から更に細い触手を出してちろちろと舐る。それを真似て、性器に絡んでいた触手も同じように先端を吸い上げた。乳首とは違って体液があふれるそこは、じゅるじゅると啜り上げられ、クロウの目の前で火花が散るほどの衝撃を与える。
「あ、ぁあああっ、い、ふぅ、……えっ、ぅえ……」
耐えがたい快楽に飛びかけた意識が、顔面、開いた口内にまで粘液を放たれた瞬間、引き戻される。粘液の味は区別がつかない。クロウの口内から逸れてしまったものは容赦なく頬や額、閉じた瞼の上に放たれ、汗と涙とともに滴り落ちた。
「うっ、う、……あ……」
数本の触手がクロウの尻の肉を弾くように、乱雑に集りはじめる。太い一本が占拠する穴の隙間を狙っているのか、大小異なる太さのそれらは急かすように、焦らすように粘液を放ちクロウの尻や足へと塗りこめる。
ぐちゃぐちゃと暴れながら緩やかに抜けていき、完全に穴から出る直前で奥深くまで貫く。そのたび、隙間を見つけた細い触手がここぞとばかりにクロウの中へと潜り込み、細く丸い先端で内側を擽り広げていく。未知の感覚に立ち向かう気力はもうクロウにはなかった。繰り返す律動に合わせ、開いた唇から喘ぎだけが零れる。
首筋から耳裏まで触手に這われ、震えた身体が脱力した瞬間のひと突きが思考をスパークさせる。未だ許されない解放感に限りなく似たものが全身を駆け抜け、引きつった悲鳴のあと、クロウの唇が歪んだ。
「あ、ぁあ……、あ、……きもち、い……っ」
うっとりと笑みを浮かべ、クロウはずっと握りしめていた両手をのろのろと開いた。涙はまた頬を伝う。手の平を撫でた触手が力をなくした手にも絡みつき始める。指の間に粘液を塗り込め、爪の先まで巻きついて、太い触手は濡れた手の平の上に乗った。何を求められているのか考える必要もなく、クロウは手のひらの触手を握った。
細い触手はその動作を制限することなく、触手はクロウの手のひらに自身を擦りつけはじめた。ずっとクロウの解放を戒めていた触手が、その瞬間膨れ上がったそこを撫でながら離れた。
先端を抉るように撫でられ感じた痛みが、速さと数を増した触手の突き上げによって霧散する。不意にぱちと瞬いたその一瞬だけ、クロウは状況を知覚し戦慄した。壁際の男がにんまりと、わらう。
「いやっ、だぁぁ、あっ、ああああぁっ!」
両手の平で擦られていた触手がクロウの胸と背に粘液を放つ。他の粘液と違い、白く濁った液体。同じ色の体液がクロウの性器の先端から飛び出し、クロウの腹部と床の触手に降りかかる。痙攣しながらの放出は酷く苦しげな声とともに行われたが、表情は快楽に溶けきった笑みに戻っていた。抜け出ようとしていた触手はクロウの内壁に締め付けられ、誘われたと思ったのか、また潜り奥を責め立てる。細い触手に次々と弱い部分を擽られ、感覚が退く前に太さを持った一本が抉った。
「う、はぁっ! ……んあっ、は、ぁはっ……す、げ、ぇ」
止め処ない快楽の波、クロウの喘ぎはとうとう笑い声にまで変わっていた。クロウが悦んでいることが分かるのか、触手達は積極的に動き回ってクロウの残りの衣服も引き裂きはぎ取って、弱点を探し出す。ピアス穴の周辺、喉元、肩甲骨の下、脇腹、腕の関節、引き落とされたブーツの中の素足。唇の端から唾液と粘液が垂れるのを拭いとり、また口内を犯すものもあった。
「あ、ぁあ……も、っとぉ……! もぉ、だ、っめ、だめ、だ、あ」
クロウの震える唇が、真逆の意味を持つ単語を零した。とはいえ彼の中で、その単語にもう意味はない。すぐに喘ぎに埋もれ消えてしまったのが、何よりの証明だった。
「うぁああっ、ひぃ、っうあぁ、中ぁっ……!」
ずっとクロウの奥を味わっていた触手が大きく膨らんだ。状況を察してクロウが悲鳴を上げて内壁を収縮させると、待ち望んでいたかのように一斉に、大量の粘液が放たれる。
「ひゃ、あああああぁっ!」
細い触手までが先端から液を飛ばし、全てがクロウの中に容赦なく注ぎこまれた。放出した粘液を奥へ押し込むように律動した太い触手のせいでできた隙間から、こぷこぷと濁った粘液が零れる。クロウの瞳に溜った涙を触手がすかさず拭い取るが、代わりに粘液が頬を滑り落ちた。
体奥の太い触手が、ずぽ、と一気に引きぬける。クロウの視線が後に向いたが、直後、クロウの身体は触手達によって空中に座り込むような形で固定される。膝裏を持ち上げられ、足を開かされた状態でくるりと反転させられた結果、再度壁際の男と向き合わされる。床の触手はざわめいて、クロウの真下に集った。
「えぇ……?」
溜息とともに漏れた声は、疑問と不安。後穴にたっぷりと飲み込まされた粘液が逆流してぼたぼたと床に落ちていく。口内に残った粘液を飲み込んで、クロウはゆるりと首を傾げた。ごぷり。床の触手が波打つ。
ぼんやりとそれを見下ろしていたクロウの視線の先で、細い触手がのろのろと開く。その中から、一層太い触手が顔を出した。根元に極端な膨らみを持った、今までクロウの中にいた触手と比較しても一層大きく長い。粘液で濡れているはずの口内が急激に乾く気がして、クロウはこくと唾液を飲み込んだ。
「あ、なるほど」
男が唐突に口を開く。何かを察したようだったが、それをクロウには伝えようとしない。クロウは首を傾けたまま、自分の体がゆっくりと床に近付けられていることに気付いた。
床で待つ触手の上に、ちょうど緩くなった穴が当たる。互いに粘液を纏っているせいで、さほど抵抗もなくクロウの体は沈んでいった。
「……ぅう、あ……あ」
呻き、眉根を寄せながらも、クロウは一切拒絶しない。膨らんだ根元部分ギリギリまで飲み込んでしまうと流石に息苦しく、口を大きく開いて息を吸った。クロウの体を支える触手がゆらゆらとクロウの身を揺さぶる。先ほどまでとは異なる緩やかすぎる快楽を、クロウは瞼をとろりと半分閉じて享受する。完全に全身を触手に委ね、かくりと俯くクロウに、再びの衝撃が訪れたのはわずか数秒後だった。
「うぁっああ!」
ぴたりとクロウの中を埋めていた触手が、急激に蠢きだした。今までの触手達のうねりとは異なり、ポンプで何かを吸い上げているかのような、球体がぼこぼこと触手の中を通過していくような動き。ような、ではなく、本当にそうなのかもしれない。
球体が一つ、先端までせり上がってから根元まで徐々に沈み、また先端に移動する。徐々に、大きさを増して。
クロウの体が、この違和感にも快楽を訴えはじめる。中に注がれた粘液までが蠢く錯覚にまでとらわれ、困惑からクロウは頭を振った。触手の表面が一層大きく波打つと、その先端からは粘液ではなく、案の定、しかと形をもったものが吐きだされる。
ごぽ、と生々しい音がクロウの脳髄を貫き、一瞬喘ぎも、呻きすらも消え失せた。
「……っぃあ、ぎ……! ひぃあぁ、あっ!」
クロウの体内に放たれたのは、おそらく、子どもの拳ほどの球体。触手達が静かにクロウの体を持ち上げ、未だ中に残る触手は先端から他の粘液より弾力を持った液体を吐きだす。それは触手が引き抜かれクロウから離れて行っても変わらずクロウの中に残り、腹部を内側から圧迫し続ける。
見開かれたクロウの目から零れた涙が何によるものなのか理解するものは、誰もいない。
「卵がないなら、作ればいいってことだ。こいつらもお前のこと気に行ったみたいだぜ。よかったな、クロウ!」
逆に、唄うように告げられた男の言葉を理解することができなかったのは、唯一、クロウだけだった。
「後でオレの子も、孕ませてやるからなァ」
にたりと笑った男の呟きの意味も、また。
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