京クロR-18







 
 閉じ込めるように覆いかぶさりながら、それは卑怯だとクロウは思った。思ったけれど口には出さない。噛みしめた唇を解いたら、きっと別の言葉が零れてしまうとわかっていたから。

「クロウ、なあ」

 せめて嬉しいのか悲しいのか、はっきりした顔をしてほしい。クロウはただ、彼の問いを黙って聞いていた。





、きみに






 チームサティスファクションのリーダーは、一人で思い詰めて暴走して走り抜けておきながら躓いて派手に転んでみせた。ようやく立ち直った背中を叩いてやって、安堵したのもつかの間。
 彼は、鬼柳京介は、妙に落ち着いた顔でクロウ一人を部屋に招いてベッドに押し倒し、何がしたいとクロウが怒鳴ればこう言った。

「俺と、お付き合いしてください」

 一瞬、クロウの世界だけが真っ白になった。真剣な目で言われたこれは、冗談にしてはずれすぎていやしないか。何の冗談だとクロウが返せば、彼は顔をくしゃと歪めて、首を振った。
 肩を滑り落ちた髪に違和感を感じて、意味もなく指を絡めてみる。昔ふざけて撫でたのと同じ髪。違和感がなかったことに、クロウの方が驚いた。

「離れて、考えた。俺、もう一度お前と向き合いたい」

 クロウ。なあ。
 縋るように呼びかける鬼柳に、返す言葉が見つからない。彼が何を伝えようとしているのか、それはクロウにも分かっている。現実味は驚くほど薄いが、現実であることも。
 
「俺と。お付き合いして、くれませんか」

 逃げられないとわかっていながら、懇願するのは卑怯だとクロウは思う。くう、と喉から漏れた声は、どんな意味を持って鬼柳に届いただろう
 冗談だと笑ってくれたら一番良かった。何だそうかと笑い飛ばせば、今自分の中にあるこの妙な感情も、誤魔化すことができたろう。

「ゼロから、生きていく。俺の傍にいてくれませんか」
「黙れっ」

 両腕で顔を隠して、クロウはようやく声を絞り出した。目の奥と心臓の痛みを堪えて、怒鳴りつける。黙れ、黙れ。

「もうっ……黙れ……!」

 デュエルにとりつかれて頭がイカれちまったのか。
 久しぶりの再会なんてベタな展開に騙されてるんだな。
 守るべきものを見つけて、無意識に味方を探してるんだろ。
 続ける言葉は次々と浮かんだが、どれも一言目すら発することが出来ずにクロウはまた唇を噛んだ。

「ふざけたこと、言ってんじゃねえ……」

 辛うじて口にできたのは、そこまで。顔を隠した腕をゆっくり放して、もう一度鬼柳を見上げる。伸びた青みの銀髪が見下ろす顔に影を作るせいで、瞳は暗く淀んで見える。曖昧な表情の中に穏やかに光る双眸は金と呼んでも構わないだろう色。
 
「クロウ。俺、ようやく意味がわかったんだ」

 瞳を和らげながら、鬼柳はクロウと額を合わせる。長い髪がクロウの頬を掠めて耳をくすぐる感触よりも、どこか苦しげに発される鬼柳の言葉が突き刺さる。
 こんなにも、こんなにも弱い声なのに。

「愛してる。俺、クロウを」

 あいしてる。
 最後は吐息にもならなかった告白。動いた唇を見たわけでもないのに、クロウにはちゃんと最後まで聞こえていた。固く閉じた瞼の奥がじんと痛み始める。合わさった額が互いの体温とともに感情まで伝えてくるようで、クロウは奥歯を噛みしめて耐えた。
 どうか、どうか、どうか。言葉にしないままでも滲み出る鬼柳の恐怖が、関を切ったように流出する。涙にも声にもならなかった鬼柳の感情は、濡れた感触にも言葉にも変わらずただただクロウに降ってきた。
 
「愛してください。俺を、鬼柳京介を、もっと、クロウ」

 なりふり構わず一言ずつ、一つずつ、確かめながら零れてくる言葉。触れていた鬼柳の額は、滑るようにクロウの耳の横に移動する。耳と首筋を鬼柳の髪が擽ったが、クロウは一言も発さなかった。
 心の底から絞り出した声は震えていて、クロウはとうとう鬼柳の背中に手を伸ばす。手の平で触れただけで、抱きしめたわけでもないのに鬼柳の体が沈んだ重力か意思か、どちらかの力に引かれて。
 布越しに触れた胸の奥、鼓動だけが鳴る。鬼柳の両手がシーツを掴み、引かれた白がひび割れたように皺を作った。
 
「もっと、好きになってください……」

 鬼柳が額をシーツで擦った。これ以上下げられるはずもない頭を下げる代わりに。けれどそれはクロウに甘えて擦り寄っているようにも見えて、それこそが本音なのかもしれないと思わせる。
 全てを委ねるから、すべてを許してほしい。サテライトで厳しさを知った彼が見つけた子供じみたエゴ。
 ごめん。だけど。だけど。
 声になって聞こえた気がして、くつ、とクロウは喉奥で笑う。

「だったらそうさせてみろよ」

 それでいいと言ってやりたかった。でも、そう言えばきっと鬼柳は首を振るから。だからクロウは言った。イエスもノーもない。鬼柳が選ぶ、道標。
 精一杯の力で鬼柳を真横に転がして、腹の上に乗り上げる。目を見開いた鬼柳は思わずと言った様子で口をぽかんとあけていて、それを見てまたクロウは笑った。
 顔の筋肉が強張って、到底綺麗には笑えていなかったけれど。

「このクロウ様、言葉で容易くオとせると思ってんじゃねえだろうな!」

 声だけは、いつものように。
 胸倉を掴む手の強さも、いつものように。
 安っぽい布地のシャツの掴み心地には慣れなくても、煌めく金色の瞳なら見慣れている。いくらでも思い出せる。それでいい。あの頃よりもずっと燃えている、先の先の先まで見たいと望んでいる、誰かがいるから、誰かとともに、そんなもの、なくていい。
 望むように生きると決めた月より眩い金色が、歪な三日月に形を変えて、クロウの名を呼ぶ。

「キスしていいですか」
「勝手にしろいっ」

 胸倉をつかんだまま、更に顔を寄せると鬼柳は目を閉じてそっとクロウに唇を重ねた。近づきすぎて逆によく見えなくなった顔をそれでも見つめながら、クロウは両手に力を込める。きっと手を離したとき、彼のシャツには無残な皺が出来ていることだろう。
 触れるだけで離れたキスは、当然のように角度を変えて二度、三度と繰り返される。それでも触れるだけのキスに焦れて、クロウは唇が離れた一瞬に思い切り口を開いた。

「ん」

 鬼柳が閉じていた目を見開いて、呻く。乾いた唇を食んで、クロウはそのまま笑ってみせた。鬼柳も答えるように目を細め、クロウの腰に腕をまわして自ら上体を安定させるよう、座り直す。結果腿の上に座らされたクロウに少し上からやり直されたキスは、クロウの反撃よりも深かった。
 胸倉を掴んでいた手を鬼柳の腕の上と肩に移し、口内に侵入してきた舌の動きを真似てクロウもそれを差し出す。表面のざらついた感触が上顎を撫でると、クロウは柔らかい舌の裏を弱く突いた。離れていくのを追いかけて鬼柳の口内に舌を滑り込ませると、押しだされて、少し離れた唇と唇の間で先だけが絡む。

「……ぅんん」

 邪魔をするなと言う代わりにクロウが顔を顰めるが、鬼柳はじっと目を閉じていた。唇の端が少し、持ち上がっている。音を立てて唇が離れた直後、クロウは肩に置いていた手を握って鬼柳の頭の上に落としてやった。

「いてえよ」

 鬼柳は笑みを浮かべたままだ。心底幸せそうに、濡れた唇を舌でなぞる。卑怯だとまたクロウは思う。離れてから意識すると、途端にわきあがる羞恥心が顔を赤く染めていく。またキスを仕掛けたいと思ったなんて知られたくなくて、クロウは鬼柳の首に両腕をまわして、頭を掻き抱くようにした。鬼柳が横目でクロウを見ても、ちょうど真横に重なったクロウの顔は見えない。赤くなった耳を隠すことは、諦めた。

「クロウ、俺、こんな緊張したのはじめてだ」
「比べるモンがねーだろが」

 鬼柳の言葉に軽く返しながら、落ちつかない心臓を宥める。無理やりに背中を丸めているのは、全身で触れてしまえばすべてばれてしまう気がしたからだ。
 鬼柳の片手が、クロウの髪を梳くように撫でた。砂の混じった乾いた風を浴びた髪は髪質も相まって乾いてごわごわだろうに、優しく、解きほぐすように撫でる。落ちつかなくて腰を動かせば、クロウは鬼柳の脚の間で、一点が熱を持っていることに気づいてしまった。
 がばと両腕を離して、また正面から鬼柳を見る。鬼柳は頬から目尻まで薄く紅に染めて、視線を泳がせている。色が白いから、誤魔化そうとしたところで良く目立つ。

「……おい」
「悪ぃ」

 謝罪は返るが、熱は引くはずもない。生理現象だ。本能だから仕方ない。そう言って宥めてやろうとも思うが、きっかけが何であったかを己の身体で理解しているクロウは何も言えず、俯いて下方に視線を彷徨わせる。
 気まずい。互いに何をしたいか分かっているからこそ気まずい。

「クロウ、あの」

 戸惑いがちに鬼柳が声をかけると、クロウは間を置きながらも顔を上げる。苦笑いを浮かべる鬼柳と目が合うと、目線だけはすぐに逸らしたが。

「したいん、……ですけど」

 クロウは口を開いたが、すぐに声を発することが出来ず、しばらくそのまま唇をぱくぱくと動かしながら鬼柳を見ていた。やがてその口から溜息を零し、脱力して俯いたたクロウは、弱弱しく呟いた。

「……今更過ぎる」
「はは……は、だよな」

 クロウは俯いたまま、ぼんやりと考えていた。
 鬼柳の求める行為はつまり、そういうことなのだろう。方法があることをクロウは知ってはいたが、知っているから覚悟があるかと問われれば否だった。感じていた高揚感が、すうとさめていく。それは嫌だからではない。緊張からだと分かっていた。
 答えなければならない。首を振ればきっとここで終わりになる。頷けば戻れない。こんなことまで委ねるなんて、卑怯だ。何度目か分からないが、鬼柳は卑怯だとクロウは思った。
 俯いた先に見えた、自身の穿きなれたパンツのジッパー。力なく両手を動かして、そこに手をかける。焦った声で名を呼ばれても、構わずに前を寛げてクロウは自らの熱をさらけ出した。緩く芯をもったそれが示すのは、体が答えを出している事実。
 顔の熱さを自覚しながら鬼柳を見上げ、クロウは呻くように答えを絞り出した。

「……満足できなきゃ、ブッ飛ばす」

 覚悟を決めろと体が言う。心の底でも、言っている。鬼柳が委ねたのは心。クロウが委ねたのは体。ちぐはぐなようだが、行き着くところは同じだ。
 さらけ出そう。どうしようもないのははじめからだ、だったら、満ちるまでさらけ出そう。

「ックロウ……!」
「うわ!」

 クロウの答えを聞くや否や、鬼柳はクロウの背と腰を支えながらその身をベッドに仰向けに倒した。鬼柳が脚を広げて座る間に背中を沈めると、両足が鬼柳の身体を挟んでしまい大きく開かれる。一方的に鬼柳の前にさらけ出される象徴が嫌でも目に付く。これは嫌だと空を蹴れば、鬼柳はさっさと膝立ちになってまたクロウの上に覆いかぶさった。
 脚は開かされたままだが、鬼柳はクロウの顔を正面から覗き込んでいる。見えないのならまだましかと、クロウはそれで妥協した。

「クロウ、舐めていい?」

 は?
 思わず出た声に、鬼柳はすぐに答えた。右手の人差し指が心臓の上から擽るように辿り着くのは胸の突起。少し伸びた爪で掻かれれば、薄いインナー越しに存在を主張する。

「ここ」

 布地を捲りあげ、鬼柳が二本の指でそれを抓る。刺すような弱い痛みが走った以外には何もない。何が楽しいのかクロウには分からなかったが、頷いてやった。

「いちいち聞くなよ……情けねえ」
「悪い」

 言うか言わないかの早さで、鬼柳は宣言通り指の代わりに舌の先で突起を撫でた。濡れた感触に肌が泡立ち、クロウは息を詰める。形を確かめるように動かしてから、舌の腹で舐め上げる。服が擦れるのとも違う感触に、ひ、と喉が引きつる。それでもまだ、クロウは耐えていられた。次の瞬間までは。

「っお、い!」
「ん」

 鬼柳が視線だけを上に上げる。クロウの左胸に口付けたまま。殴りつけたい衝動を抑え込んで、クロウは思い切り顔を顰めた。鬼柳がまた、クロウを叫ばせた行為を繰り返したのだ。ぷくりと膨らんだ突起に、歯を立てて。

「てめ、噛むな、吸うな! きもいっ」
「ひでえ」

 く、と笑いながらも鬼柳は突起を吸い上げた。キスよりもしつこい。何が楽しいのかと最初は思ったクロウだったが、慣れない感触に戸惑ってつい反応を示してしまう内に、楽しいのかもしれないとすら思えてくる。
 実際クロウが慌てた声を上げるたび鬼柳は嬉しそうに目を細めるし、嫌だと言ってもやめようとしない。つまり、鬼柳はこの状況をクロウも楽しんでいる、と思っているということなのかもしれない。そう考えてみるとどことなく、微妙な感触に物足りなさすら、覚えてきて。

「ぅっあ! ……っこ、ん……くそっ、変態ッ」
「ああ」

 右の突起も捻る様に押し潰されて、クロウはとうとう悲鳴に近い声を上げてしまう。誤魔化すように吐いた罵声は、鬼柳の笑顔で受け止められた。

「そうかも、俺、クロウが許してくれんなら……なんでもしてえ」
「や、……はっ」

 濡れそぼった左胸を離れ、右の突起に鬼柳の歯が触れた。驚くほど敏感になった左の突起が外気に触れて、腰が疼く。荒い呼吸を咎めるようにクロウの唇に触れた鬼柳の人差し指は、すんなりとクロウの口内に入り込んだ。散々舌で受けた愛撫を思い出しながら、クロウは弱くその指を吸い上げる。舌の奥を爪で掻かれて、応えるように舌を絡める。
 くぐもった声を洩らしながらクロウは鬼柳の指を自らの唾液で濡らしていく。隙間からもう一本、中指が入り込んでもおとなしく受け入れた。緩やかにクロウの口内を探っていた鬼柳の指は、十分すぎるほどに濡れたところで突然乱暴に中をかき乱した。喉奥を突かれ、えずいて口をあければあっさりと外へ出ていく。
 潤んだ瞳で行先を追いかけてみれば、下着ごと下肢の衣服を引き下ろされる。ぎゃ、と短い悲鳴をあげると、片足を持ち上げられて腰ごと浮かされ、眼前に立ちあがった自身の性器が晒された。

「っき、りゅ!」

 自ら晒したものだというのに、改めて見せつけられては居た堪れない。やめろ、と続けようとしたその直後、鬼柳は濡れた指をクロウの後口にあてがった。クロウの目が、限界まで見開かれる。

「やぁうっ、ぐ……!」
「入んのか、これ」

 やめろ。ようやく発した一言目は、裏返った悲鳴に呑まれて消えた。噛んだ奥歯の痛みで、飛びそうになった意識を繋ぎとめる。別の涙が滲んできて、やるせない気持ちをすべてこめて握った拳を鬼柳に向けて振りかぶった。中に入った指を更に押しこまれ曲げられて、空振ったが。

「んっ、てめ、どこまでっ」
「クロウが許してくれるならどこまでも」

 肩を竦めて許可を求めながらも、鬼柳は指を止めない。少しばかり無理に奥へ進めて、手首を返して曲げた指で中を抉る。指先が一点を掠めた瞬間、今までとは比べようもない感覚がクロウの爪先から脳天までを支配した。

「ひゃ、あっ!?」

 ぴんと張った爪先で空中を蹴って、クロウは見開いた目を閉じた。反射的に身を丸めて逃げようとしたが、鬼柳がそれを許さない。クロウの体内は異物の侵入の衝撃を和らげようとしているのか、やや乱暴に掻きまわされて、拒むように締め付けながらも濡れた音を立てた。
 鬼柳の笑みにも余裕はないが、悪巧みをするように唇の端を上げた。

「も、一本……入れていい?」
「っ……!!」

 クロウが答える前に、鬼柳は指を増やした。二本で押し広げたそこに、三本目も容赦なくねじ込む。クロウの脚を掴む手にも力が入り、痛え、と声を上げても聞こえていないのか、容赦なく三本の指をそこに出入りさせた。
 浅い位置では指を開き、奥は狙って一点を突く。慣らしているのか、それともすでにクロウの快楽を引き出そうと攻め立てているのか、先が予想出来ていてもクロウには区別することができなかった。引きつった喘ぎを上げて、身を捩って受け入れる。何度片足が宙を蹴ったかも分からない。ヘアバンドの下が汗ばんで不快だったが、それを取り払う余裕もない。クロウは鬼柳に伸ばしかけた手を自身の胸元に落として、たくしあげられたままのインナーだけは引き下ろした。

「あ……」

 直後、指が引き抜かれて吐息とともに声が漏れる。想像もしたこともない自分の声が聞こえて、驚くと同時になぜか安堵した。
 ちゃんと、嫌じゃない。後悔なんてしていない。間違って、ない。

「……きりゅう……きょうすけ」

 呟いた名前が、さらに安堵を呼んだ。鬼柳の動きが止まり、クロウと目が合う。その瞬間目は見開かれて、ぽかりと、何かを言いかけて唇が開いた。間抜け面してんじゃねえよ。クロウは言葉にせずに、苦笑だけを向けてやる。

「うあ? 何、いっ、きりゅっ」

 いきなり指を引き抜かれて、クロウの身体は横方向に転がされる。ベッドにうつ伏せになったところで腰を掴まれ引き寄せられて、クロウは狭いベッドの外に転がり落ちずに済んだ。片手だけははみ出してひやりとしたが、慌ててベッドの上に戻す。どっと心臓が鳴って、二呼吸分動きを止める。
 ようやく落ち着いて、文句の一つでも言ってやろうと振り向きかけたその瞬間に、喉から悲鳴にもなりきれなかった声が上がった。かっと目の奥が熱くなり、遅れて感じる強すぎる違和感と、痛み。どっと嫌な汗が噴き出して、クロウはベッドの上でシーツを巻き込んで拳を固く握りしめた。

「っか……あ、っは」
「くろ、っ……わり、ぃ」

 体内で脈打つ熱の感触を感じて、整いかけた呼吸はまた荒くなる。鬼柳の言葉すら即座に理解できない。瞬きを何度も繰り返すうち、涙が零れていることに気がついた。
 前方に逃げようと手を伸ばすが、上手くいかない。膝が笑っていても、掴まれた腰と打ち込まれた鬼柳の雄が崩れることを許さない。

「こんな……はは」

 鬼柳の表情は、シーツに顔をうずめてしまったクロウには見えない。涙の染みたシーツに頬を擦りつけながら、震える鬼柳の声を耳だけで拾う。

「きもちい……クロウぅ……」

 限界まで押し入るのは、決して優しい行動ではないということはクロウにも分かる。けれど名を呼ぶ声が、ただ快楽に浸ってはいなかった。自分と同じ。安堵と、困惑と、それから、謝罪。
 首を振ると鬼柳は一言、「悪い」と呟いて一度放した腰を強く打ちつけた。内壁を擦りながら繰り返される律動に、クロウは喉から呻くような悲鳴をあげる。

「うああぁ……っ、きりゅ、いっ……鬼柳、待ッ、ぇうっ」
「な、クロぉ、もっともっとっ、呼んで、……っ!」

 互いの肌がぶつかる乾いた音と、濡れた鬼柳の雄がクロウの中を掻きまわす湿った音。相反する音に混じるのは、乱れた呼吸と安定しない声。気を抜けばくるりと裏返る喘ぎを飲み込みながら、クロウは何度も鬼柳を呼んだ。答えるように鬼柳もクロウを呼ぶ。

「……っ俺のこと、呼んでて、ください……っ」
「だっから、そ……いうっ!」

 無理やり息を吸って繰り返された懇願。クロウは熱さすら忘れていた目の奥が、またじんと痛むのを感じた。首を振る。何度も何度も。

「他人、みたいな、こっ……言うな……!」

 ぼろぼろと涙が零れるのを自覚しながら、クロウはようやく言いきった。酷い有様だろう顔をシーツに隠して、止まらない衝撃に耐えながら。
 鬼柳は真剣だ。真剣だから、怯えている。クロウに拒絶されることを。二人の間に、微妙に空いてしまった溝がいまもあるだろうことを。だから探るように、作った言葉を使う。本音をできるだけ、真摯に伝えられるだろう丁寧な言葉を。

 そんな必要など、ないのに。

「きりゅ、っおれ、これじゃ、満足なんっ、できねっ、よ」

 自身のすべてを知り尽くしたかのように、確実に快楽が引き出されていく。真っ白になりかける頭で、クロウは必死に言葉を紡いだ。

「おまえ、おまっ、の、こっ、ばで……ちゃんと、言え……っ!」

 鬼柳の動きは止まらない。無言になって、より早急にクロウを昂らせる動きに変わっただけ。翻弄されながら、どうにか伝えようと他の言葉を探す。けれどもう零れる声は吐息に混じった意味のない喘ぎだけで、腕を伸ばしてみたところで届くのは無意味に置かれた枕だけ。

「っうあ、ぁっ……!」

 ひとつ高い声を上げて、クロウの熱が弾ける。それに続けて、鬼柳の熱も脈打ちながらクロウの中に欲を吐き出した。引き抜かれることなく、鬼柳が覆いかぶさってくる。今なら伝わる、そう思い、クロウが顔を横に向けた。

「もっと、俺を満足させてくれよ」

 囁かれた言葉。
 ふ、と聞こえたのは、笑ったから。

「すっげえ、すっげえ好き。ありがとな、クロウ」
 
 頬に口づけをされると、途端に眠気が襲ってくる。思ったよりも疲れていたのかもしれない、気も張っていたし、仕方ない。自身に言い訳して、クロウは重い瞼を素直に閉ざした。シーツを握りしめていた手に鬼柳の手が重ねられたので、シーツの代わりにそれを掴む。
 汗ばんだ、少し体温の低い人の手。
 翌朝になって酷い目にあうだろうことも、薄々理解していたがどうでもよかった。ぎゅうと手を握りしめて、自然と緩む頬もそのままに、クロウは睡魔に引きずられて眠りに落ちていった。




「お前に恋して良かったってこれから、もっと思えるよな?」

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