コウフクな食卓--京クロR-18





「おい」
 クロウは出来る限り低い声をあげたつもりだった。明らかに怒りが伝わるように、地を這い相手を突き刺すくらいには。
 しかし、今クロウの身をその腕でしかと抱きしめ、首筋に唇を押しつける男は一向に離れる気配を見せない。うん、と小さく声をあげはしたが、離れるどころか吸いついてくる。
「や・め・ろ」
「嫌だ」
「嫌でもやめやがれ! 擽って、ぇっ」
 さらりと拒否され、耳の下あたりを舐めあげられる。鳥肌が立つのを感じて、クロウは両腕に力を込めた。けれど目の前の大きな鍋の中身をかきまわす手は、止めない。






--ブロッコリーとお肉の入った、クリームシチューが食べたい。


 久方ぶりにマーサハウスを訪れたクロウのグローブをくいと引いて、ココロがおずおずと口にしたささやかすぎるほどの願い。マーサに頼めばいいだろうとクロウは言いかけたのだが、自身に向けられた願いを叶えてやりたい気持ちが勝った。
 自慢のD-ホイール、ブラックバードを走らせ材料を買い集め、終いには愛用のエプロンまでしっかりと持ちだして、改めてマーサハウスの台所に立ったのが、三十分ほど前。ちょうどポッポタイムを訪れていた鬼柳京介を連れて。

 はじめのうち、材料を切る段階では子どもたちが手伝えるように用意されたスペースと道具を駆使してクロウとともにやや多めの材料を昔よりずっと慣れた手つきで包丁を操り、見事にクロウの補助を務めていたのだが、材料を全て鍋に入れ、後は焦がさないよう混ぜるだけというところまで来ると飽きたのかそれとももともとそのつもりだったのか、クロウを後ろから抱き竦めて離そうとしない。

 手伝いはいいから思いっきり遊んで来い。
 そう言って子どもたちを外に追い払い、マーサや雑賀といった、保護者としてここに住む人々もまた、「たまには遊んで来い」と笑って追い出してやったことを、今更ながら悔いたところで仕方がない。
 くう、と唸り声をあげてクロウは唇を噛みしめた。

 鬼柳はクロウの首筋を舐め上げていた舌をようやく離したが、そこで結び目を作ったエプロンに興味を移しただけらしい。黄色のエプロンは少々変わったデザインで、紐というより布をそのまま、首と腰に回して結んで固定するものだ。ふわりと左右に広がった結び目の端を咥えて引いている。子猫か子犬がじゃれるように。
 もともと物珍しいものが好きな鬼柳なら、このエプロンのデザインに興味を示してもまあ、おかしくはないとクロウも分かっている。二人でいるのが苦痛なわけでもないし、それどころか、むしろ。

「っアホか……」

 クロウがため息交じりに呟くと、「ん」と鬼柳が声を上げた。紐の端と戯れていた唇は、今度はその結び目に移る。ちゅ、と小さく聞こえた音に知らず身を震わせ、クロウはレ―ドルを動かす手をとうとう止めた。

「おい、鬼柳、いい加減にしろ」
「…嫌だ」
「あのなっ……」

 振り向こうとするクロウを引きとめるように、エプロンの上からクロウの体躯を抱きしめていた鬼柳の両腕が、エプロンの内側に潜りこむ。薄手のインナー越しにその腕の感触と熱を感じて、誤魔化しようがないほど大きく肩が跳ねた。鬼柳はクロウの項の結び目に、ゆると歯を立てる。

「理由によっちゃ、考えるけどな」

 呟いて、鬼柳は噛みついた結び目をそのまま解きにかかった。決して緩くはない結び目を歯と唇だけで解くのは至難の業で、自然とクロウを抱きしめる腕にも力が入る。互いの心音が聞こえそうなほどの距離で、感じるのは体温。クロウの右手が、そっとコンロの点火スイッチを消化側に捻った。
 結び目が解けたのは、クロウがレ―ドルを鍋に残して両手を下ろしたとき。鬼柳の腕に触れるように下ろされた手がエプロンの布地を引っかけて、胸当て部分が前に落ちた。それが鍋に入らないように、クロウは慌てて解けたエプロンの紐を掴む。結び目に隠れていた部分に口付けて、鬼柳はくつりとわらった。

「汗ばんでる」

 湿った項を唇で食んで、薄いインナー越しにクロウの腹部を探る様に撫でる。クロウはエプロンの布地を握りしめ、棒立ちのまま動かない。拒絶の言葉を紡ぎ続けていた口も閉ざされ、奥歯に力を込める。鬼柳の手のひらが胸元まで上がって、ほんの一瞬だけ一層からだを強張らせた。
 また鬼柳が笑う。これはクロウの意地なのだと、顔を見ずとも彼には分った。何が何でも反応してたまるか、つけあがらせてたまるか、と鍋の中身を見据えた目に書いてあるはずだ。
 しかしここで引くほど鬼柳は甘くない。鬼柳にも意地がある。クロウが意地でも反応しないというのなら、意地でも反応させるまでだと、紅くなった耳朶をピアスごと口に含んだ。

「……っ」

 右腕で跳ねた腰を抱き寄せ、左手でゆっくりと突起を探る。わざとその手を腹部まで落とし、臍のあたりから鎖骨まで指を這わせ、クロウの首が傾き、ピアスが揺れる様を視界の端に捉えながら繰り返す。
 こうして焦らされるのを、クロウは嫌う。はっきりしない物事が嫌いなクロウは、こういうときにもそれを曲げない。しかしこの場合、気に入らないわけではない。じわじわと侵食されていく、その感覚を認めたくないだけなのだ。認めれば楽になることも、知っているから。

「ぉ、いっ」

 鬼柳の右の掌が、エプロンの布地の上から太股の付け根あたりを撫でた。腰の後ろは固く結ばれたままであったから、余計にもどかしかったのだろう。ひそかに反応しかけたものを隠そうと、とうとうクロウが身じろぎ、若干だが前に屈んだ。自然、背後から鬼柳が覆いかぶさるような形になる。
 構わず太股から膝まで撫でおろし、その指を持ち上げてエプロンの裾をたくし上げる。厚手のズボンの布地を、鬼柳の少しだけ伸びた爪が掻いた。クロウが何かを言おうと開いた唇から、弱弱しくも熱を帯びた吐息が零れ、鍋をちらちらと気にしていた目が閉じられる。

「……なあ、もういいんじゃねえの?」
「何が、だよっ」

 クロウの腰を今まで以上に引き寄せ、自身の腰を押しつける。途端顔を真っ赤にしたクロウが、明らかに思考と一緒に硬直した。エプロンの裾をわざとひらひらとめくりながら、鬼柳はクロウの耳に唇をぴたりとつけて、続ける。

「俺が、限界なんだけど?」

 穏やかに語りかけるのとは裏腹に、鬼柳の左手が引き上げたクロウのインナーの裾から入り込む。ぎゃあ、と色気など微塵もない悲鳴は流して、鬼柳はクロウの首筋に噛みついた。

「待て、まっ……お前っ、鍋…鍋からせめて、離れろ!」
「離れたらいいのか?」
「ッよくねえ、けど、ココよりはいい!」
「なら、場所変えるな」

 言ってほほ笑んだ鬼柳が、クロウの腹部を抱えてその身体を無理矢理反転させて突き飛ばす。慌てたクロウが手を伸ばし、触れたのは食卓テーブルの端だった。ガタ、と音を立てるテーブルの上についた手で体勢を整えようとしたクロウを、先ほどと同じように背後から鬼柳が抱きしめる。
 
「鬼柳、てめっ」
「食事はちゃんとテーブルで、だよな」
「はぁっ!?」

 異論を唱えようと開かれたクロウの口内に、鬼柳は左中指と人差し指を押し込んだ。一瞬立った歯は、鬼柳に痛みを与える前に離れる。行き場を探す舌を二本の指の腹が押さえると、クロウの口内には独特の塩辛さが、鬼柳の指先にはざらりとした感触が残った。

「……いただきます」
「ぉあっ、はぃぃっえ……っんぅ」

 鬼柳の指を伝って流れ落ちかける唾液を無理に飲み込んで、クロウはテーブルの上で拳を握った。鬼柳の右手はクロウを拘束するでもなく、ゆるりと肌を撫でている。足も手も首も顎も自由であるのに、クロウはどれも使わなかった。項垂れて、唾液が垂れ落ちないように唇を閉じる。一度、鬼柳の指を軽く吸い上げてから。

「クロウ」

 僅かに開かれた足の隙間に差し入れられた手が、クロウの内腿を撫で上げた。潤んだ目を開きクロウがそこを見下ろすが、エプロンの布地が隠していて、詳細を視覚で判断することはできない。膨らみかけた布地をなぞりあげる指がどれなのかも探れず、クロウは眉間に皺を寄せた。
 鬼柳の親指の爪がファスナーの金具に触れた。クロウの耳には何の音も届かなかったが、熱を帯びて敏感になった箇所が、知った指が近づく気配を察せないはずはない。クロウは鬼柳の指にほんの僅かに歯を立てながら、隠れた鬼柳の手を睨みつけ続けた。
 
「そう、良く噛んで、な」

 楽しげに鬼柳が笑い、クロウは唸りながら強く歯を立てる。痛みはあったはずだが、鬼柳は文句ひとつ言わず、金具に爪を引っかけてそのままファスナーを引き下ろす。一枚だけになった布地の上から触れられると、感じるのは待ちわびた直接的な刺激に限りなく近い感覚。
 クロウが身を震わせると、その口内でゆるゆると動いていた鬼柳の指が、不意に引き抜かれた。

「っあ」

 言う言葉も見つからなかったのだろう、一音と視線だけが鬼柳の指を追いかける。室内の明かりで照らされた指は濡れて光り、クロウは途端に気恥ずかしくなって視線を逸らした。
 鬼柳はその指で、先ほど肌蹴たクロウの腹部をなぞる。さほどの刺激でもないはずだが、今のクロウは容易く煽られた。瞳は期待と否定で困惑して揺らぎ、鬼柳の左手がベルトの金具にかけられても、弱い呻きを上げることしかできない。
 抵抗がないのをいいことに、鬼柳はすんなりとクロウの前を寛げたが、ズボンと下着を下ろしてしまう前に不意に手を止めた。今までより比較的明朗に、耳元で囁く。

「クロウ、エプロン持ってて」
「……へ?」
「汚すの嫌だろ?」

 だからほら。
 左手でひらひらと、エプロンの裾を揺らす。状況を飲み込めないまま、しかしここまで熱くなった体を解放するすべが他に思い浮かばず、クロウは素直に腰の結び目をほどこうと手を回すが、密着したままの鬼柳の脇腹に指先が当たるだけだった。首を傾げ、クロウは眉間に皺を増やした。

「おい…どけよ、エプロン脱げねえ」
「だから、持ってろって」
「は……?」

 黄色の布地をひらりと持ち上げて、数度引く。ようやく鬼柳の発言を理解して、クロウは再度「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。

「ばっ、アホか! ンな、面倒臭ぇだろ!?」
「馬鹿でもアホでもねえよ、いいから、ほら」

 早口になった鬼柳の手が、クロウの左手を取ってエプロンの布を無理矢理掴ませた。呆れと怒りで途端に力が戻った体ならば、その手を跳ねのけて向き直ることもできる、そう思ったクロウはまず体を起こそうとしたが、鬼柳はそれを許さなかった。

「っぁう!?」

 鬼柳の左手が、再び冷めかけた熱の元へと伸びる。クロウの肘から力が抜け、手の平で支えていた体は肘とその先の腕で支えられる形になった。傾いたクロウの体を支えようとしたテーブルががたりと慌てたが、鬼柳は構わず、思いきり伸しかかってクロウを追い詰める。膝から崩れ落ちないよう、右手はしかと腹部に回されたまま。

「……ほら」

 静かに急かす声。強過ぎるほどにそこを握られ、クロウは顔を青くした。鬼柳の沸点を越えてしまうとどうなるかは、身をもって知っている。諦めろと胸中で言い聞かせながら頭を振り、言われるままにエプロンの裾を両手で握り、たくし上げた。
 鬼柳が満足げに笑う。金具を外しただけのベルトを引き抜けば、ボタンもファスナーも外されたズボンは、膝上まで簡単に下りる。ボクサータイプの黒の下着も、わざとらしくゆっくりと同じ位置まで下ろされた。

「なあ、クロウ、これ今どうなってるか分かるか?」
「っく、ぅ」
「硬くなってる……ここまではまあ、お揃いだな」

 くすくすくす、揶揄するように鬼柳は手のひら全体でクロウの熱棒を包み込む。上下にゆるりと動かしながら、反応を窺うように頬を寄せる。また汗ばみ始めた首を舌先で撫でて、クロウの手がますます強くエプロンを掴むのを、細めた眼で見やる。

「やらしいことされてます、って感じだな」
「テメ……悪趣味やろっ」
「たまには悪くねえだろ?」
「ったまにじゃなかったら、ぶっ飛ばす…ッ!」

 悲鳴ごと息を飲み込んで、リズムを失った呼吸を取り戻そうと開かれたクロウの唇から、絞り出したような声と吐息がこぼれ落ちる。それは誰に拾い上げられることもなく、またクロウの唇が閉ざされると同時に途切れた。
 鬼柳の左手がクロウの下半身を、腹部から徐々に上へと移動した右手がクロウの胸を探る。もう濡れた感触はなかったが、他より若干ひんやりとした指先が胸の突起に触れるたび、クロウは悲鳴を押し殺して肩を震わせた。
 もう彼に、拒絶の意思は微塵もない。

「……ん、悪いクロウ、ちょっと待ってろ」
「あぁ…?」

 鬼柳が前置きもなく両手を離して体ごと離れ、消えた体温を追ってクロウが振りむく。不満げに鬼柳、と呼べば、彼は台所に置きっぱなしだったプラスチックボトルを傾けているところだった。
 おい。
 クロウの慌てた声がかかるが、鬼柳はにこりと笑ってほほ笑む。

「これ、借りるなっ」
「何言ってやがんだっ、や…っひ!」

 やめろ、と紡ぐはずだったのだが、クロウは声を裏返らせてとうとう悲鳴を上げた。べたりと臀部に押し付けられた手の平から、とろ、と曲線を伝い流れる液体の感触。ひくついた穴にほんの少しだけ流れ込んだものだから、クロウの思考はすべてさらわれてしまった。

「食用だから、大丈夫だろ」

 言って、鬼柳は油にまみれた左手の指を、一本だけ臀部のその穴に捻じ込んだ。クロウは身を強張らせ、時折呪詛のように短い罵声を呟いてはいたが、震える両足に力を込めて暴れ馬のように鬼柳を蹴り飛ばすことも、エプロンを握る利き手で一発や二発、殴りつけるそぶりも見せない。
 中の指が二本に増やされると、その唇からは深いため息が漏れ。

「……じれってえ……」
「ん?」

 クロウは相変わらず真っ赤な顔を鬼柳に無理矢理に向けて、声を張り上げる。

「も、さっさとしろってんだよ! ンなモタモタしてたらガキども戻ってくんだろ!」

 耳まで赤くはなっていても、サテライトでギャングやセキュリティとやりあっていただけのことはある、気迫のある瞳と声だった。しかし、それは鬼柳も同じ。動じることなく肩を竦め、長めの髪をさら、と揺らして首を傾げる。

「モタモタってなぁ……お前のためだろ」
「うるせ! こんな状態で待ってる方がおれは嫌なんだよ!」
「ああ、まあ恥ずかしいもんな。そういうことだろ?」
「ぅっぐ……言・わ・せ・よ・う・と、すんなッ、あ!」
 
 鬼柳の指は容赦なくクロウの中を動く。ギリギリまで引き抜いて、またギリギリまで押し込んで、ぐるりとねじ込んでみたり、指を軽く曲げてみたり。
 しばらくはクロウも鬼柳を睨みつけていたが、やがて耐えきれなくなったのか、机に頬を押しつけてしまった。それでも鬼柳は微妙に角度を変えながら、続ける。クロウの肩が跳ねる場所を執拗に突いて、それからわざと外して。

「……クロウ。エプロンめちゃくちゃ似合う」
「っ、う、……っから、ン、だよ…っ」

 途端発せられた突拍子もない鬼柳の発言に、クロウは震える声で返した。中を掻き回す指はめちゃくちゃに動いている。妙にゆったりとした鬼柳の口調とは裏腹に、乱暴に弄られる内部。あらゆる感覚にたまらず声を上げながら、クロウは必死に耳を澄ませた。鬼柳は顔を近づけて、一言ずつ、ゆっくり、ゆっくりと。

「今度は、さ。……それつけて、俺のリクエストで、俺だけのために、料理、作ってくれよな?」

 ぽかんと開かれた口から、声はしばらく上がらなかった。全身に入っていた力が抜けて、エプロンを握り締めすぎて手が震えていたことにも気付く。なんだそりゃ。クロウの唇だけが、その言葉を紡いだ。
 鬼柳はようやく指を引き抜き、自らの服が汚れることも構わず前を寛げた。はっきりと形作られ脈打つそれを取り出して、ふ、と詰めた息を吐く。

「ま、今日はクロウを貰うからいいけど」
「っな、んうぅっ……!」

 ひたりと宛がわれた直後、躊躇せず奥まで入り込んできた質量に負けて上がりかけた悲鳴を噛み殺し、クロウは硬く目を閉じた。火花が散るような圧迫感と痛み。その身を鬼柳が抱きしめて支える。汚れた手がクロウの衣服に触れないようにしながら。
 そうして限界まで結合した状態で、クロウが噛みしめた唇を解放するのを待って。

「エプロン、汚すなよ…」

 唇から吐息が零れるのを確かめて、自身の乾いた唇を舐めた鬼柳が僅かに腰を揺らす。いつの間にか反り立った性器から話すように持ち上げたエプロンを握りながらも、クロウは首を振った。

「っキツ、……ぅ、ばか、これ、脱がせっ……」

 机に頬を押しつけながら、潤んだ瞳で鬼柳をどうにか睨みあげる。鬼柳の体が僅かに揺れるだけで、クロウは唸りながらまた唇を噛みしめ、目を閉じる。視線すら刺激に変わるのだろうか、涙を吸った睫毛が時折震える様を見つめ、鬼柳は生唾を飲んだ。

「クロウ、悪い……無理」
「っぁ! う、きりゅっ、っく!」

 いい加減に慣れてもおかしくないと思っているのは二人とも同じだ。けれど現実、止められずにいる。
 エプロンを必死に抱えるクロウを押さえつけ、鬼柳はただ闇雲に穿つ。理性の残る頭だけで考えれば苦痛しかないはずの行為に、どこからか自然と生まれた快楽がついてきた。
 クロウの体に回っていた鬼柳の右手が、クロウの右手の甲を覆う。皺になるほどエプロンを握った手を労わるように。左手も、自身のズボンで拭ってから、同じように。

「く、あぁっ、鬼、柳ッ」
「ッ悪ぃ、ホント…」
「っや、まんな……っ!っは、ァ、いっ……!」

 濡れた音に混じって不規則に絡み合う吐息と声。突きあげるほど、突き上げられるほどに全身を勢いよく廻る熱。雰囲気に飲まれて熱くなっているわけではない、聞こえる声に名を呼ばれることを望んで、名を呼ぶ。

「っはゃ、ぁっ! きっりゅぅ、う、うぅ、あっ」
「クロ……ッ」

 ぎゅうとクロウが身を竦めるのに合わせて、鬼柳は左手をクロウの熱の解放口に添えた。続けて数度突きあげると、顕著に痙攣したそれが溜めこんだ熱を吐きだす。エプロンに飛沫がかからぬようにと、鬼柳はすべてを手の平で受け止めた。
 クロウが机に額を擦りつける。特徴的なマーカーの刻まれた額。鬼柳はふと、そこに口付けたいと思った。クロウに打ち込んだ自身の熱の解放より先に、真っ赤になった頬に、潤んだ瞳を隠す瞼に、いつも晒されている額の真ん中に、くすぐったいと怒鳴られるまで、触れたい、と。

「……クロウ」
「ん……?」
「どっかベッド、貸して」
「は……?」

 ふわり、ふわりとクロウは答える。
 表情は鬼柳からは見えないが、薄闇色の瞳は声音と同様、蕩けきっているに違いないと判断できた。手の平に放たれた体液をちらと見れば、しばらく放たれていなかったことも分かる。そんな状態で、こんな場所で昂らされて、平然としていられるほどクロウは行為に慣れきっていない。
 それは鬼柳の理想ではなく、想像でもなく、確信だった。
 くすくすと笑う鬼柳を訝しがって、クロウはまた顔を横に傾ける。少し尖ったクロウの唇を、鬼柳の唇が掠めた。

「ここで一発、ベッドで二発で満足するって約束する!」
「へっ……あッ、ちょっ、ふぁわあっ!?」

 鬼柳の唇を追いかけるように頬を机から離したクロウは、また頬を机に打ちつける羽目になった。手から離れかけたエプロンを慌ててひっ掴み、再度内側から込み上げる熱を抑え込むことも諦めて、クロウは叫んだ。

「約束破ったら、飯抜きっ、だから、なァあっ!!」


















「あ、おはよう、クロウ兄ちゃん!」
「……え、あー……お、おう……?」

 ハウスの一番端の部屋、たまにしか使われない寝室でクロウが目を覚ました時、部屋はもう真っ暗だった。慌てて飛び起きて台所に向かえば、そこにはシチューを囲む子どもたちの姿。妙ににこやかなマーサと肩を竦める雑賀、それと。

「よ、もう具合大丈夫か?」

 少し丈の短い黄色のエプロンを纏って、薄水色の髪をひとつにくくった、笑えるほど爽やかな笑顔の鬼柳。

「寝不足だって? 無理ばっかりしてるんじゃないよ?」

 母親の顔でマーサが言うと、子どもたちが各々の言葉で賛同する。鬼柳はただにこにことそれを聞きながら、隣同士で空いた席に、みずみずしい生野菜のサラダを置いた。

「クロウも座れよ。揃っていただきます、しようぜ」

 歯を見せて鬼柳は笑い、親指で席を指した。

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