くろにくる・り。 京クロR-18








 この俺、鬼柳京介を中心として結成したチーム・サティスファクションの目標は、デュエルギャング達と闘ってのサテライト制覇だ。だが、活動内容はそれに限らない。デッキを強化するためのカードを集める必要もあるし、俺達だって生活する必要があるから、食糧や家具なんかも必要だ。
 デュエルギャングを追いだしてアジトを増やしているおかげで住処と大きな家具については心配なかったが、食料は尽きるし、足りない家具は探す必要があった。幸いここはサテライト。廃品の山の中には使えるものが山ほどあることを、俺達はよく知っていた。

 廃品工場の煙が、薄曇りの空の明かりを遮っている真昼。今日の俺達の活動は、目の前の廃品の山から使えるものを探し出すことだ。


「なーぁー、これ、使い道ありそうじゃねえー?」

 一番空に高い位置、廃品のテレビを足場に危うく立った小柄な影が手を振る。逆光とはいえ肉眼で確認できる、派手なオレンジ頭と揃いのチームジャケット。名前はクロウ。チームの鉄砲玉だ。
 その手がしっかとひも状のものを掴み、ひらひらと振られている。

「何だ、それー?」

 俺が下から問いかければ、クロウは頷いてぴょんと飛んだ。遊星が危ないと咎めたが、本人はまた手を振って、余裕の表情で瓦礫の山を下りてくる。まるで猿だな、とジャックが呟いたのはクロウにも聞こえたはずだが、気にせず俺の前まで降りてきた。最後の着地の直前、ジャックの手が伸びかけたのにも、気付いたのだろう。得意げに胸を張って見せてから、クロウは俺に向き直った。手の中の紐を広げて。

「なんか、太い紐」
「紐……かぁ?」

 受け取って眺めてみる。色は濃紺、遊星の目よりは青い。そして特徴的なのは、平らなこと。硬くはないが、びらびらしている。
 俺とクロウがそれを眺めていると、遊星とジャックも寄ってきた。俺とクロウが紐らしきそれの端を掴んで伸ばしてみると、遊星があ、と声を上げる。

「帯じゃないか? ほら、着物とかの」
「長すぎるだろう」
「特注、というやつかもしれないぞ」

 どのくらい長いのか確かめるべく後に下がった俺とクロウの距離は、結構なもの。ジャックのタッパよりもあるみたいだ。
 帯、と言われてなるほどとは思うし、特注と付け足されて苦笑いが浮かぶ。

「まあとりあえず貰ってこーぜ、これだけ長さあるならなんか使えるだろ」

 そう言いながら、俺の中では一つ既に思いついた使い道があった。




 子供は寝る時間。でも、俺達が寝るにはまだ早い。遊星は最近見つけた廃材の山の隣を作業所にして何か作ると言っていたし、ジャックは気に入りの場所を見つけたらしく入り浸っている。アジトを守るのがリーダーとしての務めの一つではあったが、大事なデッキもデュエルディスクも持ち歩いているし、実質この地区の廃屋全てがアジトみたいな状態だったから決断には迷わなかった。俺は部屋にあった荷物を持って、その日一足早くアジトを出たクロウを追って出掛けた。

 クロウが寝床にしているのは、子供らがまとまって寝られる広さのある廃屋の隣。ボロボロの一軒家の跡。窓ガラスは割れて、雨の日は室内に雨粒が吹き込むから、カーテン代わりの布で塞いでいるような酷い一室だ。鍵もかからないドアをコン、と叩けば、どうした、と潜めた声が返ってくる。

「…よ、クロウ、起きてたな」
「どした、鬼柳」

 ドアを引き開けて覗き込めば、ベッドの上に転がったままのクロウがこっちに顔を向ける。チーム揃いのジャケットを脱いで、無防備に手を振ってみせるのは、仲間だから、だけじゃない。
 にんまりと笑みを浮かべて、俺はクロウのベッドの上に早足で向かって飛び乗った。
 
「っ、なんだよ?」

 端に逃げようとした体を両腕で抱きしめて捕まえる。少しだけ強張ったが、クロウは俺を蹴りあげたり殴りつけたりしようとはしない。理由は一つだ。もっとベタベタする仲、俺達恋人同士だから。

「サイズの確認」

 眉をひそめて「何言ってんだ」と視線で語りかけてくる。俺は体を起こすと、ずっと掴んでいた布を、クロウの目の前で広げてみせた。

「なんだそれ、着物?」
「浴衣。だと思う。この前拾って干しておいたんだけどよ」

 黒っぽい色に金魚柄の、大人サイズらしい浴衣。俺の体にちょうどいいくらい。広げてクロウの体にかぶせてみれば、毛布代わりになりそうだ。浴衣を初めて見るのだろうか、クロウは布を掴み、興味深げに眺めている。

「で、本題なんだけどよ、クロウ」

 ベッドに座り、浴衣を自ら広げるクロウに呼びかける。布を下ろしたクロウと目が合うと、クロウはそのまま俺の言葉を待っていた。サテライトは弱肉強食。純粋で汚れを知らない、とは言えないのに、吸い込まれていきそうな瞳。寂れた廃屋から見るサテライトの冷たい夜の色なのに、クロウの瞳を見ていると暖かさすら感じる。
 こんなすたれた街でもイレギュラーな関係だってことは分かっていても、どうしてもクロウが良かった。こうして見つめ合うたびに実感させられる。

「おい、早く言えよ鬼柳」

 じっとしているのは苦手。分かりやすくクロウがそわついたので、俺は咳払いをする。真面目な話は、あとにしよう。 

「あー、これとこれで。人間独楽ってーか」

 浴衣と、置いておいた帯をクロウの表情が変わった。また、「何言ってんだ」の視線。さっきよりぐったりとした感じで。

「よいではないか〜!…ってやつ…」

 クロウが、溜息をついた。

「お前本物のアホだな」
「誰もやってねえようなこ…この場合っ、今はもう忘れられてるようなこともっ、やりてえんだって! 俺はよぉ!」

 あんまりにもクロウの反応が冷めていたので、急に恥ずかしくなって早口になった。クロウは浴衣の袖に片手を突っ込んで、ひらひらと揺らしながら何かを考えているようだった。
 チーム・サティスファクションとして悪人成敗なら山ほどやってる。たまに悪人まがいのこともやる。でも曲がったことが嫌いな俺達だから、やれることには限度がある。

「……遊星とジャックには言うなよ」
「ああ、俺もお前だから頼んでるし」

 遊星が作業する横で、ジャックが早々に飽きてしまったにもかかわらず、二人で時代劇を食い入るように見たのをちゃんと覚えている。ついでに、時代劇をテーマにしたバラエティー番組も俺達だけが見ていた。だから声をかけた。
 出来ないだろうことをとにかくやってみたいのは、若さのせいじゃない、性だ。

「……実はおれもやってみたい、人間コマ」

 言うと思ってたぜ、お前なら!







 善は急げとさっそく浴衣を差し出し、クロウもそれを受け取ったが、なにやらきょろきょろとあたりを見ているばかりで、広げようともしない。どうしたのかと問おうとすれば、クロウがばつの悪そうな顔で俺の顔をちらと見て口を開いた。

「なあ、ここじゃ騒げねえからさ、どっか別んとこ……アジトいこ
うぜ」
「ガキども起こすほどはしゃがねえって」
「信用できねえんだよ」

 じとりと睨まれ、俺は言葉を詰まらせる。
 本格的に二人きりになったら、俺がナニかしたくなるだろうが。これはあくまで俺の好奇心から遊びたいって思っただけで、やましい気持ちなんて、ちょっと、ほんの少し珍しいくらいこっそりしかないんだ。
 とりあえず、それは顔に出さないように頷いた。
 この前調子に乗っていろいろやって、詫びにレアカードを持っていかれたばかりだし。
 クロウは結構きつい。優しいけど厳しい。十代にして飴と鞭を使い分けられる。保護者としては合格点だが、恋人にするには少し息苦しいかもしれない。でも無邪気に笑う顔や、ときどき見せる不安げな顔、顔だけじゃなくてそういうときの言葉や行動、無意識に伸びてくる手や俺を呼ぶ声、くたびれた俺に何でもないように差し出されるガキどものために蓄えてる菓子とか。俺には、ちょうどいいなと思う。
 ときどき打たれ負けそうにもなるから、本当にクロウに見限られたら、俺ぶっ倒れるかもしれない、とも思っているのは秘密だ。



 アジトにある俺の寝室。一足先に浴衣を掴んで入ったクロウが、着るまで出てけと俺を蹴りだしたのが数分前。別に羽織ればいいんだが、シチュエーションがたまらなく俺のテンションを上げたのであえて従った。
 ドアの傍で立ちつくしてイメージトレーニングを繰り返していると、左前で浴衣を合わせ、帯を巻きかけたクロウが顔を出す。ヘアバンドは外していた。浴衣には似合わないからだろう。

「……手伝え」

 素足の爪先まで浴衣の裾は届いており、帯は2周はしているようだがまだ余っている。どれだけ長いんだ、それともクロウが細いのか。確かにいつもしがみつく腰は細いけど。
 帯の端を受け取って、解けやすいようにぐるりともう1周巻き付けてやる。クロウが小さく唸るのを聞きながら、帯の端を巻きつけた帯に押し込んでとめた。

「腹くるしい」
「すぐ解いてやるって」
「ん」

 素直に頷くと、たまらなくかわいい。クロウは総じて素直だが、照れ隠しでも意地っ張りでもなくストレートに頷くだけ、これを最初に見せられた時は驚いた。
 明るく「任せとけ!」と鉄砲玉らしく駆けて行く姿が一番の印象だったクロウが、俺の言葉に何でもない顔で、ん、と頷いてみせた。思えばその時、俺の中で何かが弾けたんじゃないかと思う。


 くるりとクロウの体を反転させて、俺に背を向けさせる。帯の端を引きだして掴む。巻いた帯は崩れない。余った裾を持ち上げて俯いたクロウの項を見つめていると、その気になりそうだったから目を逸らした。

「んじゃ、こっからスタートな」

 部屋の隅。俺の計算では、帯の長さを考えてこのくらいなら部屋の隅に辿りつける。布団じゃなくベッドなのが悔やまれたが、どうせ背の低いちゃちいベッドだ。厚い布団とさほど変わらない。
 帯を引きながら片腕でクロウの体を抱き寄せて、耳元に唇を寄せる。クロウの反応は、特になし。

「えーっと何だっけな……本当に愛いやつよのう…とか?」
「だっせえ」

 声のトーンを下げて悪人っぽく囁いてみたが、クロウの声は不機嫌だ。お気に召さなかったんだろうか、内心ショックを受けながら、浴衣を着た体を抱きしめる。さっきより華奢に感じるのはなぜだろう。そんなにショックだったのか。

「悪代官ってそんなもんだろ、さ、大人しく回んな、娘さん!」
「ぅ、わぁっ」

 いつも通りの声で、クロウの肩を思いきり押した。クロウの運動神経は半端じゃない。両手を上げて爪先で立って、ベッドの方にくるくると想像以上に早く近づいていく。

「き、きりゅっ! 早っ!」
「よいではないか、満足しようぜ!」

 勢いよく引いた帯を手繰り寄せるように俺はクロウに近づく。縮まらない距離がもどかしくて、目の前で慌てふためく俺より小さな体、その主導権をこの帯一本が握ってる現状に興奮した。
 腕を下ろせば止められるのに、そうしない。抗うことを止めたことを全身で伝えてきているんだと思うと、自然と笑みが浮かんだ。

 ぎゃあ、と悲鳴を上げてクロウがベッドに倒れるように座りこむ。帯を引く感覚がなくなって、勢い余った俺の体もよろめきながらベッドの上に乗った。ほんの一瞬だったのに体力を使い果たした気がして、二人して肩で息をしているのが可笑しくて、俺は声をあげて笑う。

「はは、すっげ、テレビより高速回転、さすが俺たち!」
「こ、これ……回る方が、キツイぞ……」

 小柄で細身なクロウは見事に目が回ったらしく、ベッドの上でぐらぐらと揺れている。それはともかく、だ。

「…クロウ、何でお前、中着てねえの……」
「へ……?」

 解けた帯のせいで浴衣の前は開いて、サイズの大きなものだったせいで左肩はむき出しになり、大きく開いた足の間はちょうど浴衣の裾が隠していたが、どうみても、まあ、つまり、上はもちろん下まで、
 はいてない。

「だってこれ、浴衣だろ? こうやって着るもんなんじゃねえの?」

 いやそれでもいいけどせめてパンツは穿こうぜ。
 かくんと首を傾げて上目遣い。浴衣についてクロウに吹き込んだのは誰だと考えてみて、俺だと思い出してがっくりと項垂れる。
 さっき妙に華奢に感じたのはこのせいだ。厚手のズボンがなけりゃ、ベルトの感触がなけりゃ、そりゃ多少華奢にもなる。

「うん……そだな」
「だろ? っ、うお!」

 ベッドから降りようとするクロウの足、ぴんと綺麗に張った筋肉と日焼けの跡が目に着く。流石に中は見えないようにと気遣ってはいるのか、珍しく内股気味になっているから、余計にやらしい。 
 しかし床に足をついて身を起こした瞬間、大きく体を揺らしたから慌てて駆け寄って支えてやった。
 ぱちぱち、瞬いて、少し照れ臭そうに俺を見上げて。

「わ、悪い、鬼柳…ちょい…」

 すぐに続いた「目ぇ回った」の一言は右から左へ流れていった。体を支えていた右手が、俺の腕に乗った。ただ単に、くらくらと揺れる体を支えるためだ、頭では分かっていても男ってのは単純明快。俺の腕に乗ったクロウの手に手を重ねて、クロウがこっちを向いた瞬間に唇を重ねる。

「ぅぐむっ」

 色気のない声にも興奮してる自覚がある時点で、参っちまう。一気に逸らされた顔を捕まえて、俺を突っぱねようとする両腕の力に逆らって、ベタベタになるまで唇を食んでから、離れる。
 と、クロウと目があった。

「……ほら、そもそも悪代官ってこれがしたくて回すんだろ、だったら問題ねえ、満足しよッ、ぜ…?」

 クロウは俺の下からじっと見上げてくる。全くもって不満気に、眉間には皺、唇はつんと、頬は少しふっくら。まして、途端に無言だ。ええと。機嫌を窺うのも男らしくないなと思いながらも、自然、首を傾けて気にしてしまう。

「観念、したか?」
「観念もなにもねえよ……嫌なら、……回んねえだろ、アレ」

 ぷいと横を向いてクロウが言うから、俺が無意識に顔を赤くした。悪代官、お前こんなおいしい場面でニヤニヤ鼻の下伸ばしていられるなんて、大したもんだぜ。






 中途半端に体を隠していた浴衣を左右に開くと、簡単にクロウの素肌が曝け出された。俺もシャツを脱いで床に放ると、右腕で体を支えて、胸の中心に口付ける。ついでに左手の指は、まだくったりとしていた性器に絡めた。
 ひくん、とクロウの喉が震える。目を閉じて首を捻り、右に、左に、顔を向けて忙しなく動く。
 胸の中心を唇で撫でてやりながら、俺は目線を上に上げた。表情はよくわからないが、たしかに動いている。
 慣れない浴衣の袖が腕に絡まるのも、はだけても絡んでくる裾の具合も落ちつかないんだろう。分かっていて全部ひんむいてやらない俺も俺。この後俺がコレ着る番だってことはきっとクロウのことだ、忘れてくれる。というか俺も忘れてた。
 撫でていた性器をきゅっと握ると、触れていたクロウの腹部に力がこもった。

「っん、う」

 そのままやわく揉んでやると、背を逸らせるクロウの体は、しなやか。柔らかくはないし、ガチガチに硬くもない。筋肉に覆われたちゃんとした同年代の体だけど、それでも俺は手の平を押し当て滑らせるのを止められない。
 憧れの体系には到底遠くて、本能的に求める体とも当然遠い。頭で理解していても、気持ちが急かす。言葉を交わし、心を交わし、それでも満足できねえと、いつの間にか俺の手は伸びる。最初も。次も。この前も。今も。

「き、りゅう」

 苦々しく呟かれるのは嫌だ。頬をくっつければ心音まで聞こえそうな距離で、突起に唇を押し当てる。軽く吸い上げると、またクロウが俺を呼んだ。咎めたいらしいが、それも嫌だ。
 右の突起だけを執拗に吸い上げながら、熱を離れた左手でベッドの端を探り、解け切った帯の端を掴む。片手で手繰り引きよせていると、クロウもそれに気づいたらしい。一番分かりやすい刺激がなくなったんだから、当然か。
 俺の頭をどけようとして伸びてくる手が途中で止まり、バサバサと袖を振る。振ったところでフィットはしないし、ましてや布面積が減ったりもしないんだけどな。

「鬼柳、何してんだ」
「気にすんな、縛らねえから」
「じゃあどうすんだよ、それ」

 やっぱり縛られる可能性は想定されていたか、とつい苦笑する
 この間、あまりにも嫌だ嫌だと暴れて引っ掻かれたから、ついデュエルディスクに仕込んだ手錠つきのロープを引きのばして腕を縛り上げたことを根に持っているんだろう。
 その次にしたときに散々背中を引っ掻かれたのでチャラだと思ってはいたんだが、それとこれとは別ってことか。

 まあ、ばれちまったらしょうがない。

 俺は体を起こして、クロウの足の上に座るとにっこりと笑いかけた。クロウの顔が引きつる。嫌な予感でもしたんだろうが、遅い。

「鬼柳、おまっ、!?」

 開いたクロウの口に、無理矢理帯を押し込んだ。吐きだされる前にぐるぐると固めて、口の中いっぱいに詰めてやる。

「少し、黙ってろ、な?」
「んぐ、…はぇがっ、…んーッ!」
 
 顎が外れるんじゃないかってほど詰め込むと、今度は両手で帯の端を引こうとし始めた。もちろんそれも許さない。俺は両手でクロウの両手首を掴み、はっきりと首を振ってやった。

「準備できるまで、静かに。な」

 両足が暴れ出したので、仕方なく膝を性器に押しつける。ズボンをはいたままの俺と違って素肌、しかも一番敏感な部分に触れられて、クロウはくぐもった声を上げてびくりと体を震わせた。
 不安げに瞳が揺れた一瞬を見逃すはずもなく、俺は畳みかけるように続けた。膝にさっきより体重をかけて。
 
「ちゃんと気持ちよくしてやっから。いつもそうだろ?」

 バカになったみたいに、俺を呼んでくれる声。嫌だとか恥ずかしいとかおかしいとか、何もなくなったクロウの声は、いつもの明るさこそ感じさせないものの俺の好みストライク、だ。
 本当に動物が鳴くような意味のない高い声のあと、ぽろぽろと零れる俺の名前。激しくすればするほど大きく高く上がる声、悲鳴見たいなそれが好き。
 本物の悲鳴じゃもちろんなくて。
 言葉の意味も分からなくなった、本能からの声がほしい。

 クロウの抵抗が止んだ。目を閉じて、口の中の帯を噛みしめている。安心しろ、こんなこともあろうかときっちり洗っておいたから--なんて言ったところで気休めにもならないだろうから、黙っておく。

 さて、何からするべきか。クロウだけ全部脱がせておくのもどうかと思って、まずは俺も脱ぐことにした。ずっと巻きっぱなしだった額のバンダナを頭上に引きあげて落とし、続いてベルトを外す。わざとゆっくりしていると、クロウの眼は開いて俺を睨みあげてきた。うーうー、何か言っている、ああ、「きりゅう」か。
 でもまだ駄目だ。
 ベルトを引き抜きながら、笑いかける。
 すると、クロウの視線が下がる。ちょうど俺の手の位置、腹のあたりを見ているらしい。俺が手をズボンにかけると、ぱち、と瞬いた。なるほどな、気になるのはココか。
 
「なあクロウ、そこまで見られると落ちつかねえんだけど、そんなに早く欲しいのかよこれ」

 びく、とクロウが跳ねた。ぱちぱちと瞬いた目。驚いてる。ということはつまり、図星というより、無意識だったということだろうか。
 俺がじっとその表情を見つめていると、途端にかあっと顔中真っ赤になった。ぶんぶんと首を振って唸るような声を上げるが、両手は大人しくシーツの上に広がった浴衣の布を掴んでいる。
 ホント可愛いよな、お前。そういうとこ。

「大丈夫、すぐ満足させてやるって」

 ファスナーを下ろしてボタンを外す。下着ごと少し下ろして、それを取りだした。触れられていたクロウのものと変わらないほどの暑さをもって自己主張するそいつを見下ろしてから、俺はクロウと目を合わせる。
 ぷいとすぐに逸らされたが、俺の両足の下で、クロウの足がもぞと動こうとしたのが分かった。この反応は今までにない。珍しいくらい乗り気だ。

「最近暑かったしな…イロイロ溜まっちゃってんじゃねえ?」
「んぅえ」
「何言ってっかわかんねーよ」

 なんてのは嘘だ。うるせえ、って言ったのは分かってる。
 分かっちまうほどしてるんだよな、なんて思って幸せに浸りながら、俺は両手でクロウの性器を掴んだ。いつもなら「ひゃっ」と上がる声が、今日はない。
 ぞくぞく、した。

「んん、ん!?」

 両手で容赦なく擦りあげる。手の平を押し当ててぐりぐりと、側面も先端も根元も、ぐちゃぐちゃに扱く。口の中の帯に尖り気味の歯を立てて、クロウはただ体を強張らせていた。
 乱暴すぎる気もしたが、本気の抵抗が来ていないということはセーフってことか。いつもより早く限界に近付いていくクロウの姿は声がほとんどない分鮮明な気がして、俺は夢中になってその顔を覗き込んでいた。
 硬く閉じている瞼、睫毛が時々震えて、不意に開いた目が俺を見つめ返してきゅっとまた細くなる。何を訴えたいのか、がっつくなといつもなら言ってるんだろうが、今日はどうやら違うらしい。
 確かめるというか探るというか、そんな視線な気がする。
 どうしたんだろうと思いながら顔を近づける。もちろん手は休めない。
 唇から零れることのない吐息が苦しげな声に代わり、じっと見つめられているせいか鼻で呼吸をすることすら躊躇っているらしい。若干酸欠気味なのか、もう、泣き出しそうな顔をしていた。理性なんてものがなければ、きっと布を取り払って、泣き叫んでいるところ。

 たまらなく、キスしたくなった。 
 でも布が邪魔で出来ない。酷い話だ、こんなにこんなに、どうしようもないのに。確かに自分の責任ではあるけど。

「クロウ、クロウ、なあ」
「っ、ん、…ん」
「もういい? もうやばい? ぶっ飛んじまいそうか?」

 くぐもった返事がイエスかノーか、まずい、分からねえ。
 そうこうしていると両手の中に濡れた感触が広がったが、止めることができずにずっと責め立て続けてしまっていた。クロウが髪をふりみだし、じたばたと暴れ始めているのにも気付いたけど、止められない。いつの間にか俺も目を閉じていた。
 もっと見たい。キスがしたい。聞きたい。まだ駄目。どれだ、くそ、こんなんじゃ満足なんて、できねーよ!

「っやくしろ、馬鹿!!」

 いきなり声がして抱きつかれて、飛びのこうとしていた俺の体は逆にベッドに倒される。浴衣の薄い布地が、俺の肌にも触れた。

「クロウ」
「待たせんな、満足させてくれるっつったじゃねえか、っ言わせんな、馬鹿っ」
「クロ…」

 見上げる先、天井より前。浴衣を羽織ったクロウが、俺の上でぎゃんぎゃん吠えている。半泣き。
 そのクロウの手が俺の足の間に伸びてきて、触れる。それだけでかっと熱がそこに集まった。

「せっかく、人が、……その気に、なってやりゃあ、これかよっ」
「…クロ、ッう…」
「こんなんじゃ、足りねえよ、俺だけみたいじゃねえかよっ」
「んなこと…ね、えっ」

 クロウの両手が乱暴に俺の性器を扱く。俺がするよりずっとガキっぽいというか適当というか、でも、熱っぽい視線で見つめられながらそんなことされたら十分すぎた。
 理性がほとんどぶっ飛ぶくらいの快楽にたどり着く直前、はっきりと俺の中で結論が出る。とうとう涙を零したクロウの肩に手を伸ばし、今度はまた、俺がクロウの上になるようにその身体を向こう側に押し倒した。くるくる変わる位置。さっきのクロウくらい早く。

「お前、今日マジでやべえって」
「何がだよッ」
「可愛い。すっげ可愛い」
「可愛いとか言うんじゃねえよいつも言って、…ぁ」

 汚れた指を両足の間、またすこし硬さを持ち始めた性器の下に這わせる。クロウが目を見開いて、更に俺の指が奥へ進み始めると、その視線はまた横へと逸らされた。瞼が下りる。ちょうどクロウの目の前に、濡れてぐちゃぐちゃになった帯がだらりと放置されていた。それを見たくなかったのかもしれない。

「くぅ、……はっ……う、ぁう」

 気のせい、じゃないと思いたい。いつもよりすんなりと指が奥へ進む。クロウ自身が受け入れようとしてくれているからだ。今までだってもちろんそういう時はあったが、今日は格別。嫌なわけじゃない。でも、落ちつかない、というか。
 受け入れられる、って、こんなくすぐったいものだったっけか。

「きりゅ、…いい、だいじょぶ」
「大丈夫って、何が」
「来いよ、鬼柳…」 

 クロウの片足が、俺の肩に乗った。痛いほど張り詰めた下半身に、ますます熱が集まる。クロウの中に行きたいって訴えるかのように脈打って、俺の答えを待っている。
 待てるはずも、ないのに。

「あ、っつぅう…!!」
「う、わ」

 言われるままに先端を強く押しつけると、クロウの言うとおりにずぶりと中に埋まっていく。少しずつ増していく圧迫感と熱さ。飲み込まれて、このまま食いちぎられそうで、でも。

「マジ、いい……」

 呟くと、クロウの手が伸びてきた。頬を掠めたその手を取って、一気に体を倒して唇の端にキスをする。

「っあ、ぅ」
「クロウ、すげえよ。なんだ、これ、お前何したんだよ…」

 ぐっと腰を押しつけて、完全に中に収まって、息を吐く。このまま眠ったらそのまま天国行きなんじゃねえのかな、なんて考えちまうくらい、満足してる実感があった。

「…お前、ずっと、そわそわ、してたろ」

 きゅっと中が締まる。それだけで全部ぶちまけたくなったが、俺は耐えて、頷いた。まだ。もう少し。もったいないから。

「したいんだろうな、って、でも、全然来ない、し」
「ああ…」

 それはあれだ、もう渡せるカードもなかったし背中も痛かったからだ。
 答えてやる余裕がなかったので、また相槌で先を促す。
 クロウが戸惑うたびにきゅうきゅうと中が動くし、小さな唇が震えるたびに目線が奪われて集中できなくなるので、相当、辛い。でも、ぴたりと中に収まっているから、まだ大丈夫。いける。

「やっぱ、飽き、る、かなって。するの、めんどくさいかって、思って、そしたら、おまえ、これ持ってくる、し」

 飽きるって、何に。
 めんどくさいって、何が。
 ぐしゃぐしゃになった浴衣の袖を握りしめて、クロウがしゃくりあげた。え、嘘。泣いてんのかよ、おい。

「でも、おれ、情けねえ、だけでっ……おれ、男だし……何したって、どうしようもねえし、でもお前、おれが好きっていうし、えろいこと、するしっ…だったらやっぱり、こうやって、しか、こたえて、やれねっ」

 意外な事態に戸惑ってる。すっと冷静になった。
 それでも流石は俺の息子、萎えるわけもなく、少し腰を揺らせばこれでもかってほどクロウの中で喜びに震える。

「なあ、クロウ、つまりお前……」
「……お前のこと、好きだけど。…こういうの、どういう顔で、言えばいいか、わかんねえし…態度で示してくれたらいいって、おまえ、いったから」

 俺の中で何かが弾けた。弾け飛んだ。
 迷い戸惑い、そんなのらしくねえ。今の俺がすべきことは、クロウのこたえを受け入れること。そして、クロウがこたえやすい環境をつくることだ。もじもじと紡がれる言葉に頷きながら、思いきり突き上げる。
 悲鳴を飲み込んで、クロウはまだ必死に語ろうとした。

「でも、おれ、これでっ、ぃ、あっ!」
「ああ、悪い、理解した。理解できた。ありがとクロウッ」
「あっ、でも、これで、いい、のかよ、っなんか、あんま、かわらなっ、ふぅっ」

 限界寸前だってのに、まだ耐えてくれている自身を褒めたい。クロウの中を味わう余裕すらないままガンガン突いて、今分かるのはとにかくクロウが愛しいってことと滅茶苦茶気持ちいいってことだけだ。
 泣きながら喘ぐクロウの言葉はもうぐちゃぐちゃで、何が言いたいのかよくわからない。それでも俺は時折頷きながら、奥へ中へ奥へ、何度もクロウの中だけを掻き回す。
 肩に乗った足が落ちないように支えて、もう片方の手は投げ出されたままの腿を掴んで、俺のズボンが汚れることも、下敷きになった浴衣が見る影もないことも気にせずに。

「クロウ、やっぱ俺、悪代官じゃなくてよかったわ!」
「え、ぁっ、あぁ?!」

 一番奥で全部手放して、どろどろとした熱さに浸りながら、うん、と頷いた。ここで軽く、キスを一つ。

 時代劇は基本、勧善懲悪。
 クロウと結ばれないんなら、お遊びでも勘弁だ。


 でも、浴衣はそんなに悪くない。



 
 結局そのままぐちゃぐちゃの浴衣の上で寝ていた俺たちは、早朝と呼ぶにも早い時間に目を覚ました。ドアが開けられた形跡はきっとない、たぶんないから、誰にも見られてはいないと思う。
 
「あ、人間コマ回しおれの番…」
「……悪代官になって町娘ぶん回して、お侍さまに切られてえか? クロウ」
「おれはそんなヘマしねえよ。絶対逃げ切る」
「鉄砲玉のクロウ様は言うことが違うぜ…」
「お前もチームサティスファクションのリーダーなんだから、逃げ切れよ」
「そうだな……んー」

 気だるさに浸りながら、汚れたズボンの洗濯めんどうだなとか、ぼんやり考えていたのを横にずらして、クロウの言葉にどう応えるか、に集中。正直満足しすぎて頭が働かねえ。 

「逃げ切って、主役になって迎えに行けばいいか?」
「……上等!」

 ここまでドロドロにされていつもなら怒鳴りつけてくるクロウが、機嫌良く笑ったということは、これでよかったんだ。
 おれの方が痺れ切らすかもしれねえけどな、とけらけら笑うクロウに笑みを返して、俺は未だにベッドの上にあった帯をぽいと投げ捨てた。

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