Key word




「愛してるぜ、クロウ」

 ――そうだコイツは知らねえ、たったこれだけの言葉がどれだけおれを狂わせるのか!








「クロウ」

 沈黙を破ったのは、波紋のように広がる柔らかい声。耳触りのいい響きに惹かれ、おれはジャケットとブーツを脱いで座っていたベッドから、顔を向ける。古びた職務用デスクの前から向けられた金色の目が、僅かに細められてこっちを見てる。

「ん、どした?」
「飴とか、ねえ?」
「は?」

 さっきまで椅子の背にかかっていた手で喉を押さえて、唇を結んで喉奥だけで咳き込んだ鬼柳は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。立ち止まって首を傾げる、不調の訴えだ。

「…喉、変…」
「なんだよ、風邪でも引いたのか?だらしねーなー」

 ベッドを飛び降り、鬼柳の傍へは数歩で着いた。壁に掛けてあるコートを取ってやるべきか、一瞬だけ悩んで止めた。
 右手でうっとおしい前髪を避けたあと、そのまま鬼柳の額に。左手はおれの額に。熱くはないが、平熱かどうかは判別できない。ガキどもみたいに分かりやすけりゃいいのに、と思いながら、額を直接押し当てる。

「この前来るなり倒れたのはお前だろが」
「過去は振り返らねえ主義だからなー」

 苦笑する鬼柳の言葉にケロリと答えて、額をぶつけ直してやる。鬼柳は分かってたみたいに、唇の端を上げて俺の頬を撫でた。

「…都合良すぎるだろ、それ」

 顔を傾けてキスされる。目を閉じる直前で触れてくるのは絶対わざとだ、長い睫毛が視界から消えるのをつい見届けてしまって、その間にぼうっと開いていた唇の隙間から舌が入ってくる。
 ヤバいと思ってから楽しめるのはデュエルくらいで、またやられた、とおれは鬼柳の髪に指を絡める。背中じゃなくて髪なのは、二、三本引っ張ってやるため。

 噛みつくわけもない歯の間を容易く抜けて、舌の表面を撫でられる。そこから上顎を掠める、微妙に触れるだけっていうのが逆におれを昂らせていくことを鬼柳は知ってるからわざと浅く攻めてくる。歯の裏まで同じようにしてくるのは、『やりたい』ってことだ。

「飴……、探させもしねーのな」

 離れたかと思ったら、反対に首を傾げて唇をちゅっと吸われる。違和感が探せないのはさっき並んで歯を磨いたばかりなんだから当然だ。新品の歯磨き粉、歯ブラシに乗っけてやったのおれだし。
 塩で磨いてた時代もあったくせに、どうしてもこのナントカミントじゃなきゃ嫌だって言いやがる。安売りで買いこんで来てやったおれの優しさ、もっと噛みしめやがれ。

「飴と鞭でいったら飴だろ?」

 さっさと言いきられて、またキスされる。
 こっちが大人しくしてるのをいいことに、歯をぶつけながら奥に奥に舌を差し入れてくる。あまりそうされると、呼吸が上手く出来なくなるから、止めて欲しい。唾液が喉の奥に入って、噎せそうになりゃ、そりゃ涙だって浮かぶ。
 耐えきれなくてとうとう噎せた瞬間に、分かってたと言わんばかりに離れるタイミングの良さが腹立たしい。

「お、っま…飯くった、ばっかだろ」
「後ですんなら変わらねえって」

 気付いたら押されている。立場的にも、立ち位置的にも。だんだんベッドの方へ後退っていたおれは、腰のあたりに腕を回されてようやく逃げようがない状況を悟った。
 この瞬間、この男が大嫌いにでもなれたら話は別だが、背を逸らして逃げようとしても耳元で名前を呼ぶ声と、そうして掠める唇の距離を変えるための本気は出せそうにない。

「お前、は、変わらなくてもこっちはかわ、っヒ!」

 耳朶を唇が掠めて、途端に足から力が抜けた。ベッドにどっと尻から落ちたおれから、鬼柳は離れない。開いた足の間に膝を置いて、獣が獲物を定めるペースでまた顔を近づけてくる。
 覆いかぶさられると、途端に相手が大きく見えるのが不思議だ。恐怖心に近い感情が心臓を引っ掴んで揺らす。へえ、と目を細められて、向けられる笑みのひんやりした炎にぞくぞくする。
 長くて細い白い指が、おれの頬をすべって、耳の表面をさらと撫でた。

「何、今日は耳がいいのか?」
「な、っな、やッ……」

 ベッドの奥に逃げようとしたのは失敗だった。一気に距離を縮めて、おれを全身で押さえつける鬼柳の唇はまたおれの耳に届く。今触れたばかりの左耳、そろそろ慣れてもいいころなのに、また、ざわざわと、おれの中で何かが蠢く。

「…ほらな」

 膝を股間に押しつける、鬼柳が耳元で笑う。思わず息を呑むおれの耳を、べろりとご丁寧に舐め上げて。

「勃ってんぜ?」
「っっそれは、別に、耳、……!」

 耳に息を吹きかけられて、言葉に詰まる。体を強張らせたら妙に股間に押し当てられた膝を意識してしまって、カッと顔に熱が上ってきた。

「違うのか?へーそうかそうか、期待だけで満足できちまうわけだ、クロウのココは」
「な、っんで、そうなるっ!」

 ニヤニヤ笑いながら、鬼柳は膝を小刻みに揺らし緩やかな刺激を寄越しはじめた。小さく揺れて軋むベッド、ごくりと唾液を呑みくだす音、鬼柳が笑って洩れた吐息が、つい目を閉じたおれの耳に、外から中から飛び込んでくる。

「でもまあそういうとこも、な…」

 耳朶にキス。頬を擦り寄せて、甘える仕草は、本当に、心から、言葉にしようとしている言葉の甘さそのもの。
 予想がつくから耳を塞ごうとしたのに、おれの手は何故か鬼柳の袖を掴んでいた。

「…愛してるぜ」

 ――それは、卑怯だ。
 目の奥まで熱くなる。可愛い、と耳元で言われて嬉しい男がどこにいる、おれは、嬉しくなんかない。

「…きりゅ…ッ、や、め…」

 膝の刺激も止まない。押し込められたままの熱は硬さを持って、鬼柳だってそれに気付いているはずだ。「ん」と声こそ上げたが、止める気はないようで、膝は押し上げるようにしてくるし、耳朶は、噛まれてる。

「クロウ、やっぱいつもより」
「ちっが、う…」

 怒鳴りつける声量が欲しいのに、体に力が入らない。呼吸を整えようと吸った息は、驚くほど吐き出すのが苦しかった。顔を背けても、追いかけてくる唇から逃げられない。

「…ふ…っ」

 クロウ、と、おれにしか聞こえない距離で呼ばれて、ますます苦しくなって、いっそ塞いでしまえと唇をぶつけにかかれば、触れた途端、今度は鬼柳から反らされた。
 いつも自分からしてくるくせに、予想外の反応で、おれは薄く開いた目を大きく開いて鬼柳を見た。意地悪く笑う、したり顔。

「…随分、可愛いことしてくれるな?」
「だれが…っひぇ?!」

 膝が離れたかと思ったら握りこまれて、声がひっくりかえった。痛みとほぼ変わらない刺激にも萎えるどころか熱を増して、鬼柳がしようとしていることを知ってる体が正直すぎてこっちの心が折れそうだ。
 横を見たら、鬼柳の片手が見えた。昔より日に焼けた、でも白い、筋張った腕と手。シーツに埋もれた指先、爪は切り揃えられているはず。実際、引っ掻かれたことは、最近は全然―ー

「っ!」

 目の前がチカチカするほど、地雷を自分で踏んでた。
 あった。引っ掻かれたこと。
 この前、並んで寝てたら後ろから抱きつかれて、シャツの上から、乳首ガリガリ引っ掻かれて。たまにはこういうのもいいだろ、って囁かれたら、流されるしかなくて。

「クロウ……?」

 硬直したおれを引き戻す、戸惑いがちな呼び名。関節が錆びたみたいに軋んで重くて、熱くて仕方ない頬を冷ますこともできず鬼柳を見上げる。
 自分の身体のことだ、気付かないなんて言えない。鬼柳に自分から飛びついて、抱きしめて、目をそらした。

「み、見るな……」

 遅い、遅すぎた。情けなくて泣けてくる。断じておれは変態じゃないと言い張ってきたけど崩れそうだ、触れられてもいないのに、胸が、むずむずして。さわってくれと言いたいみたいに、主張してる。

「……ズルいだろ、それ……」

 抱きしめ返されて、鬼柳の下腹部がおれの足に当たって、鬼柳の興奮を悟る。どこにどう興奮するのか、こいつのツボは分からない。ただ、もうこうなったら認めようと思う、耳元で囁かれるのはくすぐったいだけのはずが、鬼柳にされるとこうなっちまう。
 鬼柳の声も、言葉を紡ぐリズムも、吐息の温度も、唇の感触も、全部がおれをそういう気にさせちまう。いつからこうなったのか。最初からそうだったのかも、しれない。
 だから鬼柳が離れてしまったとき、急に寒くて、すがるように手を伸ばしてしまった。

「きりゅ…」
「悪ぃ、限界」

 袖を掴もうとした手が空振る。鬼柳が、両手で自分のシャツを捲りあげて脱ぎ捨ててしまったから。
 
「自分だけ脱いでんじゃね、っ」
「これが可愛い」
「あ…っ」

 インナーの上から乳首を摘まれて、ふわっと声が上がった。指の腹でぐりぐり押されて、転がされて、気付いたら両方。スイッチを切り替えるみたいに弄られて、ホントにスイッチが入っちまったみたいだ。当たり前にズボンの下が痛くなってきて、隠したくて足を閉じようとしたのを見つかって、また膝を押しつけられて。反応して、鬼柳の足を挟み込む自分の足が、気持ち悪い。

「っふ…ぁく、ふ……」

 強すぎない刺激はもどかしいだけだ。余裕の鬼柳の表情、近づいてきたかと思ったら、容赦なくおれを押し潰してきて額に口付ける。鬼柳の体重がおれをベッドに縛り付けて、互いの呼吸が感じ取れる中、また、耳を食まれた。

「く、食うな…よ!」
「もう食ってる」
「ちが…!」

 舐められて、ざわざわと体が騒いだ。鳥肌が立つ。反射的に手は鬼柳を掴んで離そうとするのに、腰は浮いて、鬼柳の足にそれを押しつけている。嫌な顔どころか楽しそうに笑った、そんな気配に目が回った。

「クロウ」
「……ぁう……」
「服、汚していい?」
「だ、っめ、に決まってんだろ」

 答えられたものの、直後思考はまともに回せなくなった。ざらり、耳の中に差し入れられた舌。求める通りの刺激を与えてくれる膝。掴まれたままの乳首がぴりぴりと、おれを痺れさせていく。
 つまり、鬼柳が言いたいのは、このまま、出せということだろ。
 
「ぜって…や、だ…!」

 首を振る。舌が頬を掠めて離れたのに、また、今度は反対の耳を舐めてきた。
 逃げようとして、首を振る。繰り返しても、顔をどっちに倒しても、身を捩っても、鬼柳は執拗におれの耳元を狙ってきた。ならばと正面を向いたら。

「……んんっ……」

 今度は口だ。
 耳よりはノーマル、大丈夫だと思っていたのは最初だけ。そういえばおれは、コイツとのキスにすっかり慣れているんだから、コイツだっておれとのキスに慣れているって気付いて、逃げるべきだと思ったときには遅かった。
 おれの口内をゆるゆると辿りながら、低く、甘い鬼柳の声が鼻を抜ける。全然、おれとは違う。色気のある声だ。
 鬼柳の本気のキスは長い。おれが厭きることのないように、変化をつけて、満足いくまで貪ってくる。そうなるとおれも諦めてしまう。鬼柳の足の間の、左の膝を立ててみると触れた鬼柳の足の間も熱かった。
 
「っは……ぅ」

 唇が一瞬離れて、「お前も相当じゃねえか」とからかってやるつもりで浮かべた薄笑いは、角度を変えてのキスで塞がれた。分かってたはずだ、何でもないと思っても、感覚は尻尾を振ったまま。足と舌を絡めて、誤魔化しのきかない間抜けな体勢で、おれはもっと深く、鬼柳を受け止めたいと思いはじめる。

「……ほら、いいって、替え、貸してやるから」

 おれの心を呼んだとでも言いたげに、鬼柳は唇を浮かせて囁いた。膝で押されるそこは、もう一段強い刺激があれば本気で弾けるだろう、よく知ってる感覚が、もうおれを震わせている。
 首を振った。
 従わなければ、先はない。決めたことはやり通す男だ、おれが本気で嫌がらなければ。この時点で本気じゃないと思われているのが悔しいけれど、この行為がどこまで進められるか、おれの体も心も知ってしまっている。
 真似事でもいい。遊びみたいなものでも。意味を問われたら、この快楽だと答えたらいい。そうしたいと決めて、そうしたいと思う。それが重要なんだと、おれは思っている。

「な…イけって、クロウ」
「っあ……あ…?!」

 おれの胸を弄っていた鬼柳の右手が、おれの股間を掴んだ。
 痛みじゃない。よく知った指が、布地二枚越しに形作ったおれのそこを擦ってくる。形を変えて襲ってくる刺激に、制御などききそうになかった。

「っや……ひ……ぁっあ!」

 目を、強く閉じすぎたせいで、開いた途端映る光景はやけに眩しかった。
 逃げかけて浮いた腰が跳ねて、布にぬるい液体が染み広がっていく。不快感に顔を顰めるおれを見て、鬼柳は人の悪い笑みを浮かべている。――嫌な予感がする。

「……クロウ、何想像してた?」
「な……べつにっ……どけよ」

 とにかくズボンを脱ぎたくて、おれに抱きついてきた鬼柳を引っぺがそうと腕を掴む。鬼柳はおれを絞め殺す気なのか、ぎゅっと腕で縛りつけたまま離れない。

「中に、欲しいんだろ?」

 勝ち誇ったように言われて、カッとなった。図星だったからだけじゃない。
 この声に、欲情したわけじゃ。

「なあ…俺は、入れてえんだけど」

 クロウは?
 身を起こして、おれがズボンを脱げるようにはしてくれた。が、ここから離れることは許さないということらしく、頭の横に手をつかれてしまう。
 応えるわけなんてないし、答えなくたって最後までするくせに。確かめたり、試したり、そういうところは昔から変わらない。
 もっとも、そのたび、おれも鬼柳の気持ちを確かめられているような気になってるから、悪いことばかりじゃねえけど。

「…だからッ!」

 自分の身体を見たくもなくて、かといって鬼柳を見ているのも気恥ずかしくて、顔を横に倒して、ズボンの前をそろりと開いた。が、下ろすには腕の長さが足りなくて、しばし考えて体も横を向ける。鬼柳の足の間を抜けて体を丸めて、さっきまでガチガチに強張ってたそいつを外に出してやる。

「……だから、てめーだけ脱ぐなっつった……っ!?」

 鬼柳のスイッチがどこで入ったのかはわからない、ただ、おれは文句を言い終わる前に鬼柳に両足首を掴まれ、脱ぎかけのズボンもパンツも引きずり下ろされて、膝立ちの鬼柳に吊るされていた。背中半分以上ベッドの上で、萎えかけの自分の性器と、脱げかけた靴下が目につく。
 おれの脚を担いで、鬼柳は切羽詰まった顔で自分のベルトを外している。ばーか、おれといるならベルトは外しとけってんだ。辛抱なんてできないくせに。
 勢いよく飛び出してきたものの色も形も大きさも、もう驚くものじゃなくて、だからつい、余裕で笑いかけてしまった。

「はっぅ、ン!?」

 前置きもなくぶち込まれるなんて思ってなかったから、余裕があだになる。おれの腰を掴み、根元まできっちり収めてから、鬼柳はようやくこっちを向く。

「……入るとは流石に思ってなかった」
「は、ったり、め、っか…やろ…」

 悪態も吐けない。裂けなかっただろうか、手遅れだろうか。こんなん、レイプだろ。同意の上っちゃ同意の上だが、容赦なくぶち込んでいいなんて言ってない。遅れて襲ってくる痛みと違和感にも、シーツを握っておれは耐えた。
 耐えてる時点で、拒否できないない自覚が芽生えてげんなりした。

「…クロウ」
「ん……ん」

 根元まで突き入れられたまま、鬼柳が身を乗り出してくる。体を折り曲げられてベッドに押しつけられる、この姿勢は割と辛い。でも、鬼柳が近い。

「…喉痛いってのは、嘘」
「……いま、さら……」
「俺が喋れないの、嫌だろ?」

 言わせたい、だけだろ。
 腰を押しつけられて、ピンと足が跳ねる。こんなもんじゃ終わらない、おれはどこかで期待してる。頭が真っ白になるくらいの刺激の最後に注がれる、バカみたいに甘ったるい声で告げられる、有り触れた陳腐な台詞。

「あ……う、きりゅっう」
「ん」

 頭を抱き寄せるように腕を回したら、ゆるく突かれた。首を振る。足りない。まだ、そんなもんじゃ。
 言葉にしなくても、鬼柳は全部分かってるはずだ。おれがどうしてほしいのか、おれが何を求めてるのか。だっておれにだって分かってる。鬼柳がどうしたいのか、どうしてくれようとしてるのか。
 言葉なんていらない。本当は、それが一番幸せなはず。

「…っ、っくう、う、っきりゅ、っ」
「……クロウ。……っく、ろうっ」

 殴られてるのと変わらない衝撃が、全然違うものに代わっておれを襲う。組み敷かれて、受け入れることを強いられるなんて屈辱でしかないのに、おれはすんなり、こうあることに納得してた気がする。
 鬼柳をどうこうしたいとか、思ったことはない。気付いたら鬼柳にどうこうされてたっていうのもあるんだろうが。

「ッ!」

 思わず体が跳ねる。当たり、と小さく鬼柳の声。どうしたらおれが悦ぶか、きっちり覚えてるくせに、いつまでたってもこんなことで嬉しそうに。
 クロウ、クロウ、とひっきりなしに呼ぶ声が、甘くて、優しくて、苦しそうで、悲しそうで、嬉しそうで、儚い。
 ひっくり返りそうになる声を噛み殺しながら、おれはされるがままになる。鬼柳の髪に絡めていた手を、天井に向けて伸ばしてみたのに意味もない。

 たぶん、鬼柳じゃここまで耐えられなかったんじゃないか。
 屈辱も、恐怖も、痛みも、雄の本能ってやつを真正面から見せつけられるのも。それがおれのものであっても、鬼柳はこの壁を越えられなかったんじゃないか、と思っていたりする。
 自分に素質があるとは思わないが、こうなったのはおれにとっても意志で、必然だったのかもしれない。

「ひゃ、う」

 頬を舐められた。そのまま食まれて、べたべたにされる。だから、食うなってさっきも言ったのに。

「……クロウ、呼んでくれねーの……」

 拗ねた。 
 人にンな猛々しいモン突っ込んどいてどの口が、と思うが、いろんなものが疼いてしまう。なんで伸ばしてるんだか分からない髪が、肩から落ちる。そんな光景が潤んだ視界に入って、おれは唇がくすぐったくすら感じはじめる。

「……きりゅ」

 これで、満足らしい。
 くつりと笑った後、またガツガツと下肢を荒らしてくれる。
 奥歯を噛みしめると名前が呼べないからと、だらしなく開いたままの唇が唾液で濡れた。それを鬼柳が平然と舐め取ってくれるから、変な気分になる。
 
「いあ、あ、は、っゆ、きりゅ、ぃゆ…っ」

 頭が揺さぶられて、息が苦しい。零れた涙を舐め取ってくれても、鬼柳は止まりはしなかった。最初の痛みなんて忘れてしまって、たまらなく熱くて、あちこちぐしょぐしょに濡れているはずなのによく分からなくなっていた。内側を抉り広げられるこの時にしか味わうことはない自身の変化に、吸いこむ息すら湿っぽい。喉に纏わりついた空気を吐き出せば、見合った声が漏れた。

「はぁ…っ、ァ、く、ん、ンッ」
「はは、……もつかな、俺」

 鼻先にキスしてきた鬼柳が、苦笑していた。考えるように首を傾げて、そうすると髪がおれの鼻先まで落ちてくるから、おれは首を竦める。鬼柳が動けば、おれも動いて、外と中で鬼柳を感じる。
 これが、好きだと言ったら、鬼柳にも引かれるだろうか。

「クロウん中、あっちー…」

 当たり前だ。のぼせそうなくらいなんだから。
 でも制御できない熱が、鬼柳を急かしてるみたいでどうにも落ちつかない。そわついて腰を揺らすと、鬼柳は息をつめた。

「……っぶね…」
「う…ふぁう」

 鬼柳、と呼んだつもりだ。奥をゆるやかに刺激されて、何だかふわふわとしてきて。追い詰められてるはずなのに、嫌な気はしない。呼吸は荒くて、苦しいのに。いつの間にか、天井向けてた手の平が、鬼柳の背中を撫でていた。

「……愛してるぜっ」
 
 おれの手より優しく、鼓膜を撫でた言葉に、思わず目を開けた。涙が落ちて、じっと見ていたら、厭が応にも鬼柳と目があった。
 
「くっそ、なんだよ恥ずかしいな、んな顔すんなよ!」
「っ、ぃりゅ! ご、まかすな! っお、れは」

 足をばたつかせたら、鬼柳が「うああ」と間抜けな声を上げた。慌てた様子で腰を掴まれて、固定される。荒い呼吸で肩が揺れて、鬼柳の限界の直前を悟る。
 目を閉じている鬼柳に、届かなくてもいいやと思って、続けてみた。

「……それ、意外と、嬉しい……」
 
 言い終える寸前に鬼柳の目が空いて、すぐ細められた。 
 
「そっか…へえ」

 聞こえたのか。
 そりゃもう嬉しそうな顔で、明らかに狙った角度で腰を進めてくる。悪戯につつかれるのは勘弁してほしい、少しくらい乱暴にしてくれないと、声があがる言い訳が、できない。

「愛してる……好きだ、クロウ」
「え、っ」
「……こっちのが、好きだろ?」

 囁かれて、驚いた。
 おれが待ってたのは、愛してる、って言葉だったと思ってた。けどどうだ、好きだ、って言われた瞬間、心臓わしづかみにされたみたいにぎゅっとして、熱くなって。
 好きだ、って。
 言われ慣れて、違和感もない。おれにだって言えるのに、いつだって聞けるのに、

「あ、ぁう、や…っ」
「好き」
「え…え?」

 ずるずる中擦られて、押し込められて、限界が近いのも忘れる。聞き流せるレベルの、たぶん一番捻りのない好意の表現で喜べるなんて、おれ、安すぎる。
 ぐちゃぐちゃ掻き回されてる音も、繰り返される、名前と、言葉に、埋もれる。

「ぇあっ…! ぁ、ちょ、ふあ、ああっ……!」

 そういうものが、一気に弾けたから、驚いて声を上げてしまった。自分の腹に自分で出したのが降りかかって、さらに内側でも広がって、溢れそうになるのがわかる。鬼柳がそのまま離れようとしたので、おれはとっさに足を絡めて引きとめた。
 注がれたのが、一気に出てこられる感触が嫌いだ。諦めがつくまで待って欲しい。そのつもりで鬼柳を見上げる。

「……抜かずにしろと……」
「!? ち、ちが、わねえかもしんねえけど!」

 バカ正直に言ったらケラケラ笑われた。
 中、相当濡らされたようで、その振動だけで音がする。鬼柳に絡みつけた足も、絡みついた中も、震えはするけど嫌がってはない。
 
「そういう正直なとこ、好きだな……っ」
「って、め! 話すときは、うごく、な…!」
「クロウ、正直な方が好きだろ?」
「てめーの下半身は正直過ぎ、っる!」

 確かに、と鬼柳は楽しそうだ。
 こんな楽しい顔でやってていいことなんだろうか、これは。色気も何もねえ、って鬼柳がいつもぶつぶつ言うくせに、今一番色気がないのは鬼柳な気がする。さっきまであんな、エロかったのに。

 二発目を受け止める心の準備をしながら、いつも通りの鬼柳に笑ってみせた。頬を両手で挟まれて、ただじゃれあってるみたいになる。下半身は正直だってのは、残念ながらおれも一緒。

「くーろう」
「……何だよ」
「バカ、そこは可愛く鬼柳っ、っとォお?」

 悪ふざけを始めた鬼柳を締め付けてやって、頬に押し当てられた鬼柳の両手を挟み返した。可愛く鬼柳、って呼んで、それから、

「鬼柳。…愛してる」

 こう、言えばいいんだろ?

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