机を叩きつける音以上に耳を劈く大声量。
「本気だというなら言ってみろ! お前はどれほど鬼柳を、愛している?!」
クロウにとって、その問いは非常に予想外だった。予想の斜め上どころではない。ジャックは腕を組み、困惑極まって身構えてしまったクロウをなぜか得意げに見下ろしている。
「あ、あいっ……!? なんじゃそりゃあっ!」
叫び返すクロウを見て、ジャックはふふん、と鼻で笑う。顎をしゃくって促す様は先ほど以上に得意げで、傍らでひとまずは傍観していた遊星も見かねてとうとう、腕を伸ばす。
「そうだ。言えるだろう、本気なら、な」
「……ジャック」
「遊星お前は黙っていろ!」
指先が触れる直前に名を呼ぶも、一喝されてしまった遊星は戸惑いがちに腕を下ろす。クロウは別に、助け舟くらい出してくれても、とは思わなかった。遊星がこういった話題を苦手としていることは知っていたし、何より、その問いに答えることができない事実がすでにクロウを打ちのめしていたからだ。
「……っ!」
その時クロウにできたのは、ジャックを思い切り睨みつけてその場を走り去ることだけだった。机を叩き返してやることすらせずに。
満足げに笑みを浮かべたジャックは知らない。
待ち構えているとんでもない未来を。
鬼柳京介があらゆる壁を取りはらって友人であったクロウと恋人という仲になってから、数日経った日の夜のこと。
京介は知らないが、クロウとジャックが言いあいになってから、3日たった夜。
「くろ……?」
真夜中に目を覚ました京介を、クロウの灰色の眼がじっと見つめていた。最近ようやく慣れてきたばかりの夜の営みを唐突に拒みはじめた恋人がこんな真夜中に訪れるなど、京介にとっては一大事としか呼びようがない。
しかし腹の上に馬乗りになって、少し唇を尖らせるクロウは京介の心境になど構わず、さらに身を乗り出した。動揺した京介は、ひとまず両手でクロウの肩を押し留める。
「っクロウ、どうしたんだよ!」
「好きなんだ」
いわゆる夜這いでの告白だ。はじめて聞く言葉ではないが、状況とクロウの真摯な眼差しと対照的に薄紅に染まっているのが分かる頬を見て、京介の思考はそこでぱったりと静止してしまう。
既に頭に浮かぶのは、据え膳食わぬはなんとやら、そんな言葉だけ。
「おれだって、おれだってお前のことちゃんと好きなんだ」
しかし京介がクロウを抱きしめることができないでいるのは、マウントポジションを取られているというということだけが理由ではない。クロウが弱弱しく震えて、それでも真剣に語りかけてくるからだ。
普段見ないその姿はそそるものがある、それは男である以上否定しきれない事実だが、相手が愛するクロウであればやはりこの異変は心配になる。愛しさは不便だ。少しだけ京介は思う。
「本来とか当然とか、そんなのわかんねえけど、でもおれ、おまえのこと、ちゃんと、好きで」
うう、と小さく唸る声。うつむいてしまったクロウは本当に泣き出しそうな顔をしていたので、とうとう京介が何とかしようと手を伸ばした。触れることで何かヒントでも聞きだせればと思った、その時だ。
「畜生、やっぱりわかんねえじゃねぇかよぉっ!」
振り上げるように上がった顔。驚いて止まってしまった京介の手などやはり構わず、クロウはいきなりベッドを下りた。そのまま去るかと思いきや、寝間着にしているTシャツを脱ぎ、ハーフパンツと下着まで取り払ってぽいと床に投げてしまう。
程よく筋肉の付いた背中ときゅっと締まった尻、普段めったに見られない太ももまでもしっかり見たが、京介は心の中で歓声をあげることしかしなかった。ここで素直にすべて言葉にしてしまうことは男のプライドが許さなかったのだ。
何を今更などと、言ってやれる相手は今ここにはいない。
「ヤるぞ、鬼柳っ!」
続けられた発言に色気も何もなかったものだから、体当たりの勢いでまた真上に乗られた後で、京介は状況を理解した。
ヘアバンドもグローブも衣服もすべて取り払い、眼前に晒されるクロウの身体。薄らと残る行為の跡。空気に触れて主張する、胸の先端。幾度も触れて、口付けて、それでも足りないと思わせる、日に焼けた肌とそれに比べて白い柔らかな内腿。
噛み付きたい。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、どうにか自身を落ちつける。
「え、クロウ、何、お前、どうし」
「うるせえ出すもん出しやがれッ!」
ズボンにかかったクロウの手は京介が止める間もなくそれを引き下ろし、下半身はクロウの命令通りにさらけ出された。
心配して宥めようとしたのも京介の本心だったが、欲望の分身は本能に忠実に反応している。普段は自身の手でクロウの前であらわにしているものでも、状況が違うだけで随分と京介を焦らせた。
「いや、いやいやいや?!」
「嫌じゃねえだろ! おれとしたくねえのかよっ」
「違うって、むしろ満足、歓迎だっつの! だから状況説明、しっ」
グローブを外したクロウの手のひらが、少しばかり強く京介のそれを包み込む。形を確かめるように掴まれて、痛みすら伴う衝撃にごくりと唾を飲み込んで京介は胸中で叫ぶ。
ここまでされて余裕ぶれる男がいるのなら今すぐ連れてこい。
「ちょ、クロウ……っマジ、どうしたんだよ、お前っ」
「知らねえよッ!」
どなりつけながらクロウは掴んだ京介の性器を、当然濡れてもいない自身の穴にあてがった。熱を感じて身を震わせながらも息を吐き、目を閉じたクロウ。それに慌てたのは、クロウより京介だ。
「ま、てっ、おい、馬鹿ッまだ無理だろお前もうちょっ」
思い立ったら即行動、を信条としているクロウが今更聞きいれるはずもない、案の定制止は無意味に終わった。強引な挿入は各々に痛みだけをもたらし、まともな呼吸すらできなくなった二人の目尻に涙を浮かばせる。目の前に火花が散るような感触は、はじめて結ばれた時よりも何倍も強い。
「……い、つぅっ……」
呻くようなクロウの声がして、京介はようやく腕を伸ばした。肩を押し返すように触れて、呼吸を整える。身を起こそうとすると締め付けられる痛みがまた強くなったので、姿勢はそのままで。
「ったりめー、だろがっ……!」
「いてえ……ちっくしょう……」
クロウは歯を食いしばりながら涙を落とす。京介の胸の上で握った拳の上に一滴が零れ、続けざまにぽたぽたと。それでも力が抜けきらないのは、痛みに耐えようと必死になっているせいなのだろう。
「いてえよ京介えっ……」
「知ってる! だから一回、っ」
「けっ、でっも、ぅ、おれっ、おれ」
クロウをどうにか引きはがそうとする京介を、クロウ自身が押しとどめた。首を振り鼻を啜って、開きかけた口の端から飲み込めなかった唾液が零れかけたのを唇を閉じることで止め、何度もしゃくりあげながらようやく声を言葉に変える。
「お前のことっ、ん、ちゃんと、すき、だからっ」
言いながら、クロウはゆるりと腰を揺らす。間違いなく切れているだろうに、構わずに角度を変えて繰り返す。慌てた京介が手を伸ばして上下に揺れ始めた臀部を支えたが、息をのみながらもクロウは動きを止めなかった。
「好きだか、らっ、…っんなこと、できるんだ、よなあっ?!」
ゆったりとした動きによって、それぞれ凶器と言っても過言ではなかったクロウの内部も京介の性器も徐々に久方ぶりの感覚を思い出していく。
決して広くはない個所を押し広げる京介のそれがなじんでいけば、クロウの喉から零れる嗚咽が、色を変えていった。
俯いたままのクロウの顔は、下にいる京介からは窺える。京介の胸に置いていた手が持ちあがって、顔を乱雑に拭った。目尻を赤く染めて、唇から小さな声と、吐息を洩らして。
「……当たり、前だろ……」
京介は小声でクロウの問いに答える。クロウは何度も頷き、そのたびに京介自身を締め付けた。たまらないのは京介だ。締め上げられるたびに声ごと息も唾液も飲み込みながらでは、まともに会話もできはしない。
クロウの動きは稚拙なのだが、不意打ちで徐々に蓄積される快楽のじれったさ、そしてそのたびに反応するクロウ自身が、京介をどんどん渦の中に追い込んでいく。美しさなど垣間見せもしないただの情欲の渦だ。
クロウは真剣な話をしたいはず。それが分かっているのにもかかわらず溺れようとする自分を、何度も叱咤する。しかしタイミング良く頭上で聞こえる声は甘く、抵抗むなしく京介の決意は溶かされていく。
「なんでだよ、なんでだよちくしょ、んな、う、わかってんの、にっ」
ボロボロと泣き崩れた顔。時折零れる声。必死に耐えようとしている彼は、綺麗ではないが、いじらしい。
結合部から聞こえはじめた音と、素肌がふれあう熱、はっきりと形を作ったクロウの性器。視線を落として見える光景は、ひたすらに淫猥。
ぷつりと音がした気さえした。掴んだ臀部に指を食いこませるほど力を込めて、京介は十分な固さを持った自身でクロウの内部を突きあげる。既に奥深く入り込んでいるため、すんなりと動くことができた。クロウが確実に快楽を拾える位置を探して、その身を揺さぶることも、もちろん忘れない。
「あ、あぁあっ!?」
俯いていたクロウは、京介の腹の上に手を置くと、定まらないだろう視線をあちこちに散らし始めた。突然の衝撃に戸惑っているのだろう、どう考えたって原因は真下にあるというのに。
真下を見下ろすより先に後ろから結合した部分を覗き込もうとしたクロウが体を捻った瞬間、狙ったように体を持ち上げられ、引き抜かれる感触に上がりそうになった声を抑え込む。そこで安堵する間もなく、力の抜けた体を再度深くまで抉られた。
「っんあぅっ!? あう、あっ、やっぁ、も……ぉっ」
首を振りながらも、クロウは京介の動きに合わせて自らも体を揺らした。快楽に流されまいとしているようでもあり、快楽を逃すまいとしているようにも見えるのは、彼が驚くほど素直に涙を流しているからだろうか。
乱れ切った呼吸を整えることすらできなくなって、京介もクロウも開きっぱなしの唇から辛うじて言葉を紡いでいく。
「良く、わかんねえのは、俺も同じっ……けどっ」
裏返ってしまいかねない声を押さえて、できるだけ低く、丁寧に。クロウを好きに揺さぶっていた右手を、先走りで濡れはじめたクロウの性器に添えて。
「きょ、すけっ」
嗚咽と吐息交じりに京介を呼ぶクロウの動きは、増えた刺激に感化されたかのように快楽に貪欲に、的確になっていった。
明らかに京介自身を奥へ、あるいは自身の望む場所へと誘い込むべくして揺れる身体。潤む瞳も、先刻までは痛みと他の感情で支配されていたはずだが、今京介をうっとりと見つめる瞳の奥には、件の渦に飲み込まれそうになる理性が見える。
これだけ酔っておきながら、まだ躊躇を隠しきれない矛盾だらけの姿に、京介はますます己が昂るのを感じる。
「っくそ、無理、耐えらんねえっ」
内部の刺激はすべてクロウに任せ、京介は両手でクロウ自身を覆った。クロウの口から、ひゃあ、と情けない悲鳴があがったことに愉悦を感じて唇の端を上げれば、当のクロウは悔しいのか辛いのか、眉根を寄せる。
ベッドと一緒に体も軋んでいるのではないかと思わせるほどがくがくと自身を揺さぶりながらも、京介からは目を逸らさない。自分も逸らさないのだから京介も目を逸らすな、と訴えてくる視線。
「んう、きょう、っすけぇ」
見つめられながら名前を呼ばれるだけで、京介にとっては耐えがたい刺激になった。手の中で熱を持ってそれが脈打つだけでも、大きな目が時折時折ぎゅっと閉じられるだけでも。
「俺だってお前のこと、マジで好きだから、なっ、クロウ……っ」
零すのは確かに本音だ。しかし、それどころではないというのが、更に正直な本音。互いに包み込んだ熱が膨れ上がるのを感じながら、互いに一度ずつ、名を呼び合う。吐きだしきれない言葉は、そこにすべて押し込んだ。
「分かって……っわかってんだよ、んなこた、よぉっ」
限界が近いのか、クロウの動きが逆に鈍くなる。完全に余裕をなくして、本能のままに京介を食らおうとする姿は浅ましいはずなのに、京介もまた目を逸らすことができず。
「でも、っけど、あ、あああぁっ!?」
クロウの言葉を聞き終える前に、京介は張りつめていたクロウの先端に右の手の平を翳した。動きに合わせて、思い切り自身で内部を抉れば、高い声を上げてクロウが性を放つ。
京介の手を汚しながら射精を終えたクロウは目を閉じて、力の抜けた体をゆらゆらと揺らす。緩やかな収縮に合わせて、京介が遊ぶように何度も腰を押しつけていると、ふる、とクロウの唇が動いた。
「っ出せ、よ……っ!」
聞き返す間もなかった。突如動きを速めたクロウに流されて、京介はまたしても言われるままになってしまう。濡れた敏感な個所を出入りするたび聞こえる音に耳を傾けているうちに、吸い込まれるように京介の熱も放たれる。刹那、低く呻いたクロウは、京介を深く飲み込んだまま動きを止めた。
そのまま、数秒。体内で脈打つものがなじむまでじっと目を閉じていたクロウが目を開けると、やや呆けた顔の京介とはしっかり目が合う。
「……っ好きだから、させてんだよっ」
「知ってる、って」
「おれだって、わかってんだ、よ」
顔を赤くして涙をこらえるクロウを見つめる目を細めながら、京介は汚れた手をシーツに触れさせないように肘を使って上半身を起こす。まだ中に残る彼の性器がその動作で押しこまれ、クロウはひくりと肩を揺らした。
京介はそのまま唇を噛むクロウを諌めるように、少々無理をして顔を近づけ、噛みしめられた唇に舌先で触れる。
「じゃあいいじゃねえか。そのくらい俺のこと好きでいてくれんだろ、伝わった」
そう言って、京介はできる限り優しく微笑んだ。
しかし、それを真正面から見たクロウは京介の予想に反した行動を返す。京介の肩に置きかけていた両手を、握って。
「……畜生、畜生、ちくしょおおおっ!」
溜まった涙をこぼしながら、握った両手で京介の肩を突き飛ばすように殴りつける。マーカーのついた額と自身の額を合わせようとしていた京介だったが、力いっぱい同じ動作を繰り返されて戸惑い、支えにしていた両腕をクロウに向けて伸ばしてしまったことで、再度仰向けに戻ってしまう。クロウはそのまま、京介の胸を同じように上から叩く。
「っクロっ、ぅ、……いっ」
「ドロッドロだし! 痛えし! 最悪だ畜生!」
「痛、痛ぇって!」
甘えるように叩かれるのであれば京介も甘やかせる場面ではあるが、今のクロウの拳は容赦なく叩きこまれる本気の拳だ。
呼吸を阻害する威力で何度も胸を殴られながらも、相変わらず萎えることをしない自分に内心感嘆しながら、クロウの手を止めようと手を伸ばす。汚れた手で触れることが戸惑われて、実際に彼の手首を捕らえることも、涙をぬぐうこともできなかったが。
「でもお前だし、いいやって、なんでだよ、こんなにおれっ」
少し弱くなった声が聞こえると、どんと両拳が心臓付近に打ちつけられて、ようやくクロウの攻撃は終わる。互いに肩で息をして、クロウは赤くなった目で、京介は疲れ切った目で、見つめ合う。
「……クロウ……」
「っこの、馬鹿野郎!」
「ぐぅっ……」
とどめといわんばかりに振りおろされた拳は、今度は二つまとめて京介の鳩尾に落ちた。
「……こんなに、……って……」
顔をぐしゃぐしゃにしているクロウを慰めてやりたいと、心の底から京介は思った。散々殴られたことで沸き起こった苛立ちになど、目を瞑ってやることもできる。
寛大に寛容に、どこまでもおおらかに。
京介は息を吸って吐いて、そっと、顔の横で人差し指を立てた。
「……とりあえず、もう一回、する?」
自分にも寛大に寛容に、どこまでもおおらかに。
京介の理性の天秤は、クロウの中から抜け出るタイミングを逃し、殴られた衝撃にも律儀にクロウを感じ続けた自身の解放に傾いた。
「ジャック!」
「どうした、とうとう諦めたか?」
作業用のデスクと椅子を占領して紅茶を飲んでいたジャックの前に、クロウは意気揚々と飛び出した。昨晩3度の「もう一回」を繰り返した体は痛んでいたが、彼の心も体も弾んでいた。なぜなら、ジャックの問いの答えを見つけたからだ。
ジャックの前に立ち、胸を張る。得意げに笑い、指を突きつけ。
「おれはなっ、あいつとなら一日中エロいことしてたっていいって思うくらい本気だっ!」
ジャックの指から紅茶のカップが滑り落ち、コンクリの床にはかつて夕焼けのように美しい色をした液体と、白い硝子片が飛び散った。
ジャックに席を譲ったため立ったままパソコンのキーボードの上に指を置いていた遊星の、人差し指がキーを押したまま静止した。画面上にひたすら増えていく、アルファベットのj。
「な……」
「く……ろう……?」
二の語も紡げずクロウを愕然と見つめる二人の異変に気付かないのか、クロウは両腕を握りさらに力を込めて続ける。頬が紅潮しているのは照れではなく、興奮のせいだ。
「痛かろうが苦しかろうが、あいつにされるんならいい! そのくらい、あいつのこと好きだからな!」
今度は腕を組んで、満足げに。きゅうっと唇の端を持ち上げて笑うのは、心の底から喜んでいる証だと、遊星もジャックも良く知っている。
「おはようさーん」
「おう!」
大きな欠伸をしながら、クロウ並みに機嫌のいい京介が顔を出す。皺になったTシャツを伸ばすようにしながら、明るい笑顔を向けたクロウの背中を宥めるように撫でている。否、背中と言うよりは、腰のあたりを。
大丈夫か、などとのんきな声が重なって、ジャックは足元の破片を靴底でさらに砕き。
大丈夫じゃねえよ、とわざとらしく不満げに唇を尖らせるクロウを見て、遊星は画面のjを消しきる前に、静かに席を立ち。
「…………鬼柳。少し、話をしないか」
「黙秘も虚偽も、許さん……」
出せる限りの低い声が地を這って京介に絡み付く。声が形を取るとすれば、それは毒蛇、大蛇、もしくは龍か。一歩ずつ、なぜか一歩ずつ縮まっていく距離。
「ど、したお前ら? 目が怖いぞ」
気づけば背中が壁に触れていて、京介は両手を開いて更に壁にへばりつく。壁の冷たさは身体も頭も冷やしてくれたが、京介が今欲しいのはむしろぬくもりだ。その温もりを与えてくれるだろう相手は、現在恐ろしいほど無表情な二人の後ろでニコニコと笑っている。
「クロウに何をした」
「クロウに何を吹きこんだ」
「え……?」
ずいと近づいてくる二つの顔は、同性である京介から見ても綺麗と言っていい顔だ。サファイアとアメジストの目。一つはやや上から、一つはやや下から、どちらも凶悪なまでの輝きを持って向けられている。
「苦しめたのか」
「貴様好みに育て上げようという魂胆だったのだろうが生憎そうはさせん」
さらに低く耳の近くで告げられた言葉は、半分以上死刑宣告に違いなかった。何か違う。何か違うと思っても、それを口にもさせてくれないほどの、プレッシャー。
「は? え? クロウ、何これどういう状況?」
完全に血の気が引いた京介に、クロウは満面の笑顔で答える。ご丁寧にVサイン付きだ。それを見れば良く分かる。彼にまったく、悪気はない。
左右から腕を掴まれて、それでもクロウの笑顔が眩しくて。マーカーすらも眩しくて。
「おれが、お前のことちゃんと好きだって言ってやったんだぜ!」
その言葉も京介には心底嬉しいものだったのだが、二人がかりで引きずられながら京介にできたのは、乾いた笑みを向けてやることだけだった。
|