4 Crow&Kiryu+ (KO-MU)
六度目、ようやく名前を知ったバイク乗り。隣町のバイクショップの店員だったその男の名前は鬼柳京介。
さっそく行った店で、彼の刀をカスタマイズしたという店長におれの相棒を見てもらって、しかも鬼柳の知り合いだからと思いっきり格安でカスタマイズまでしてもらって、初めて迎える長期休暇。
何度か走りはしたものの、今の状態になってから長距離は初。
ましてこの盆休みは、その鬼柳、さん、と二人で走ることになっている。格段に速くなったこいつで、あの刀と遠くまで走る――そう思うと緊張よりも期待が勝った。
マーサの家に立ち寄って、生まれ変わった相棒を見せびらかした後。待ち合わせのコンビニに少し早く着いたおれは、ペットボトル入りのスポーツドリンクを一本補充して店を出た。
すると、ちょうどタイミングをはかったかのように走ってくる見慣れたバイク。おれが片手を上げると、向こうも片手を上げる。すっかり慣れた合図、それから、ヘルメットを外して。
「早かったな、クロウ」
「こいつ、すっげぇ早くなったの忘れてて」
だいぶ慣れた会話。
鬼柳さんの店のパーツと店長のワザで、Z1000はすっかり高速仕様にカスタマイズされて、直線の伸びが笑っちまうほど凄まじくなった。今までと同じ時間で計算したら狂うにきまってる。
一度刀を下りた鬼柳さんが、おれのZ1000のボディの朱を撫でる。満足そうに微笑んだかと思えば、すぐにヘルメットを被った。何でか、それを少し残念に重いながらおれもヘルメットを被る。
とにかく走りだしたい気持ちだけは、確信を持ってあると言えた。
長い直線を走る。ここは気にしないで飛ばしていいぜと鬼柳さんは言ったが、気にする余裕こそない。風を切る。軽やかにホイールは回転して、羽が生えたような感覚すら覚える。走ってるのは灰色の車道。なのに、空の青の方がずっと近い気さえしてくるのが、不思議で、気持ちいい。
カーブが近づいたので体を傾けるが、最初のころにあった緊張感はなく、体とバイクとの一体感と一緒に、視界が変わる。
曲がりきる寸前にちらりと見える、背後の銀色。
すぐ傍で、刀が切っ先を突きつけている。追い立てられているように見えるのかもしれないが、そうじゃないことはよく分かっている。おれは安心して、車体を立てなおした。
予定の休憩所は見晴らしのいい高台で、だいたいここを走ったらここで止まる馴染みの場所だ。左折の合図。後ろで刀も同じ合図。車やバイクを休ませていた人々の視線が集まった。
そこで、気付く。見覚えのある、二人組。
「……あれ?」
おかげで駐車位置には迷わなかった。赤い車体と、ほとんど白に近いシルバーの車体。妙にいらいらした顔と妙に穏やかな顔。片手には缶コーヒー。不動遊星とジャック・アトラス。おれを今日ツーリングに誘った、幼馴染二人だ。今は二人とも学科は違えど、そこそこの大学に通っている。
「奇遇だな、クロウ」
「お、……おう……」
ヘルメットを外してハンドルに引っかけ、バイクを降りたおれに、遊星が微笑みかけてきた。相変わらず特徴的な形の黒い髪、散々不良だと言われ続けた金色のメッシュは実は自毛だ。隣のジャックは、鬼柳さんとはちょっとタイプの違う小奇麗な顔をしている。紫色の眼は、どうやら鬼柳さんか、刀を見ているようだ。しかしおれの視線は、幼馴染達の顔から少し下に移っていく。
バイクの影に隠してはいるが、缶コーヒーの空き缶が山積みになっていたから。
ちらりとハンドルのあたりから見える、遊星が手にしているのと同じミルク入りの缶コーヒーのラベル。いくつあるかは分からないが、遊星のバイクは割とでかい。ということは。
「奇遇……だな」
ひとまずそういうおれの視線を遮るように遊星が半歩ずれた。
怪しすぎる。ジャックの苛立ちっぷりといい、まさか、お前ら。
「クロウ、彼が約束の相手か」
おれより先に遊星が口を開いたから、ついそっちに流されてしまった。昔から、引き込むのが上手い奴だ。
「ああ、話したっけか? バイクですれ違って」
「……女ではなかったのか」
「ちげーよ、悪かったな」
そうか残念だ、そう言いながらもジャックはニヤニヤしている。おれに女の影がなかったのがそんなに嬉しいか、クソっ。
だけどな。
おれは得意げに笑って胸を張ってやった。
「鬼柳京介サン。隣町でバイクショップしてんだ。見て分かる通りすっげーバイク乗りこなすすっげぇバイク乗りだぜ。なっ」
振り返ると、おれにすら綺麗だと思わせる顔が、ビビるほど不機嫌になっていた。
やべえおれ何かしたか。必死で考えて、気付く。
「っ、すっげえ、っすよね!」
なっ、て。
なっ、て何だよ、年上の、目上の人に向かっては敬語で話しなさいって散々教わっただろうが!
慌てて言い直すと、鬼柳さんはすっと視線をおれに戻した。その眼は穏やかだったから、怒ってない、とそれだけは理解した。どうやら機嫌は直った、安堵しかけたのに。
「おいクロウ」
ジャックの手がおれの肩に乗ったから、ああなんだよ、と振り向く。その視界の端の鬼柳さんは、また鬼のような顔をしていた気がした。
「先約とはいえ、目的は一緒だろう。だったら」
「…あ、そうか…」
ジャックが二ィと笑って親指で自分のバイクを指す。遊星は缶コーヒーを飲みほし、積み上げた缶を一つ増やした。
要するに、一緒に走ろうってことらしい。おれは少し考えて、また振り向く。
「あの、鬼柳さん」
「先に行く」
ヘルメットを被って、低い声。顔は見なくても分かるほど不機嫌になった鬼柳さんが本当に走りだしそうになっていたから、おれも慌ててヘルメットを掴んだ。
「群れて走るのは好きじゃねえんだ。トロトロ走られちゃたまんねえよ」
「なんだと!?」
ジャックが声を荒げる。ジャックのバイクは遊星と一緒になってカスタマイズしたもので、まあ、今のおれよりは遅いが結構な早さがある。バイク乗りにとって相棒は常に自慢の相棒。それをけなされたら怒るにきまってる。鬼柳さんだって知ってるはずなのに、どうしてわざわざそんなことを言い出したのか。
問い詰めたいことではあった、だけど、取りあえず先に手を動かす。
「待った、おれはっ!?」
走りかけた刀の上、シャツの裾あたりをがっちりつかんで引き留める。鬼柳さんが
振りむいて、一度止まった。
「おれは、鬼柳さんと走りたい、っす」
ジャックが驚いた声で俺を呼んだ。
そりゃ、遊星とジャックが一緒なら楽しい。絶対に楽しい。だけど、あの感覚は味わえない。鬼柳さんの技術に甘えてるのかもしれないが、一度知ってしまったら捨てられそうにない。次があるとかじゃない。今がいい。
ぎゅっと裾を握ったまま、遊星たちに振り返る。ジャックは本気で怒っているし、遊星も決してご機嫌じゃないのが分かった。
「悪い、おれら行くわ」
「クロウ貴様、その男の味方をするのか!?」
「二人で走るって、約束してんだ。約束は守るモンだろ」
「しかし!」 「悪い! ちゃんと話しとく!だから、今度な!」
ヘルメットを被って、相棒に乗り込んで、発進させる。寝起きのいい相棒は急かされても動じることなく、いつものように走ってくれた。すぐ後に刀のエンジン音と、親友の声。
「安心しろ、どっちにしろ俺達はもう少し休憩していく予定だった!」
「なっ、何を遊星、何時間いるつもりだ!」
気をつけてな、と最後に遊星が言ったと思う。
「ありがとよ、遊星! 行こうぜ鬼柳、…さん!」
精一杯声を張り上げて、おれはまた、灰色の長い道に飛び出した。刀は前のどこにも見えない。今まではすれ違っていた銀色。
でも、今となってはこの位置、見えないはずなのに、この位置が一番わくわくさせてくれていた。
5 Kiryu&Crow+ (en)
何なんだあいつら…
俺は目の前でチラチラと奥の席を気にするクロウを眺めながら、苛立ちを隠せずにいた。
昼に会った幼馴染とかいう二人連れを、クロウが気にするのはわかる。わかるけれど、折角ふたりで初めてのロングツーリングなのだから、別の物に意識を奪われたくない。
なのに、素泊まり宿にはまたあの幼馴染(正確には幼馴染が乗っているバイク、だ)がいて、食事をしに外に出れば、普通に窓際を陣取っていて。
本当に何なんだ、あいつら。
当然のように同じ席に行こうとしたクロウを引き止めて、一番離れて見つかり辛い席についた自分を褒めてやりたい。よく言いくるめた、俺。
なるべく顔を合わせないように。多分同じ宿を取った事は、カスタマイズされまくったZ1000と刀が並んで止めてある事でもうばれているだろうから、折角の初めての夜(深い意味はない、勿論)だけれど部屋に戻ったらさっさと寝てしまおう。そして明日朝早く出よう。
幼馴染の黒髪の方は、クロウの行動パターンを読んでいるような気がする。今回のツーリングは、あくまでクロウの行きたい所を優先させたけれど、このままでは全ての場所で顔を合わせる事になりかねない。その辺も変えないとだ。
「クロウ、明日行く事になってた峠だけどな、今日も峠だっただろ?折角だから明日は少しルートを変えて、平野を行かないか。少し来た道戻るけど、いいとこ知ってるんだ」
いつも持ち歩いているコンパクトなマップを広げ、別ルートを指し示して見せればクロウはすんなりとこちらに意識を戻した。この調子。
「それで…ここまで行く。朝早めに出ないとだけどな、こっちのルートだと途中に道の駅もあるし、名産品とか見れるだろ?マーサにお土産買えるんじゃないか?」
「あ、ほんとっすね。なんか小さい置物とか買えたら、マーサ喜ぶと思います」
キラキラと大きな目を輝かせて言うクロウは、完全に幼馴染から意識を離したようだ。会った事はないけれど、ありがとうマーサ。俺からも何か買わせていただきます、息子さんを連れまわしているお詫びと称して。
「ここ!絶景ポイントとか、ここ行ってみてぇ…っす!」
折角安心したのに、今度は別の苛立ちが頭をもたげた。今度は少しだけ、でも気になる。
「クロウ、さっきタメ口だっただろ。何で戻すの」
「うぇ?!や、年上っすし!」
それだけ?たったそれだけの事で?
「俺気にしねぇし。てか、ロンツー一緒に来る程なんだから、もうちょっと気軽にいこうぜ?」
ひどく嫌だ。他人行儀というほどの敬語ではないけれど、自分と幼馴染に対する対応が違うのは。
心が狭いと言われようが、クロウに関してだけは何も譲れない。そんな自分の態度は重いし、くだらないとも思うけれど。
どうしても駄目だ。
「でも…」
「あまり言う事聞かねぇと、お利巧ですね〜って頭撫でるぞ…」
「んなっ!何だそれ!!」
そう、その調子。含みなくやんわり笑って見せれば、クロウは少し上目遣いでもごもごと口を動かしてから、わ〜ったよ…小さな声で言ったから。危うく上機嫌に頭を撫でそうになって、慌ててテーブルの下、シャツの端を強く握った。
俺の機嫌を良くする方法なんて、こんなに簡単だ。
俺の美人な相棒は、気性が荒い。並大抵のバイクの後ろなんて、走りたがらない。け
れどクロウの操るZ1000だけは、思った以上に優しく走ってくれるんだ。
気の迷いとか思い込みとか、そんな一般論には汚されたくない絆があるから。刀もZ
1000を選んだ、俺と同じように。そう考えたっていいはずだ。
食事は滞りなくすんだ。窓の外を気にする幼馴染達に気付かれる事なく(逆に誰か待ってるんじゃないか?声をかけちゃ悪い、とクロウを言いくるめた)店を出て、本当にさっさと寝て、朝。
…なんでいるんだろうな、こいつら。
出入り口横のソファを陣取って、何時から待っていたのかテーブルの上に散乱したコンビニ袋。カフェインの空き瓶が見えるのは錯覚か?まさか夜通し待っていた、とか言わないよな?
「おはよう、クロウ…と、鬼柳」
黒髪の…遊星だったか?そちらは表情を変えていない。けれど金髪の…ジャック?は、酷く眠そうだ。本当に何をしでかすかわからない幼馴染だな。
「おはよう!って、お前ら早いな、もう出るのか?」
クロウは少し嬉しそう…だけど、チラチラとこちらの様子を伺っている。ここで態度に出したら、折角のツーリングが台無しになるんじゃないか?思った俺は、腹を括って少しだけ笑みを作った。少しだけ、それ以上は無理。
「…はよ」
曲がりなりにも挨拶を返した俺に、あからさまに嬉しげな顔をするクロウ。それだけで頑張った甲斐があったと思う。でもそれ以上は無理。
遊星は、そんな俺に満足そうにひとつ頷いて、唐突に携帯を突きつけてきた。
「あんたのライディング技術は、クロウの様子で大体わかる。それは安心しているんだが…いざとなったときに何処にも連絡出来ないのは不便だろう、保険と思ってデータを交換しないか」
一応謙虚に言いはしても、既に交換する体勢なのは何でだ?でもここでグチグチ言うのも格好がつかないから、渋々交換した。そしたら、ジャックの方も突き出してきて。
「正直何も心配してはいない!クロウが何処で何をしていようが、全然気にも留めていないが、まあ頼りたいと言うなら答えんこともないからな!!」
…要するに心配なんだな、俺も正直に言うと面倒くさい。けれどここで断ったら以下略。
ほとんどデータのなかった携帯が、ここに来て本当にいらないデータを抱える事になるなんて、不覚としかいいようがない。放っておいてくれ、俺はクロウと楽しくやるから。
「まあ…これ貰っても、使う事はないけどな」
捨て台詞とばかりに吐き捨てて背を向ければ、ジャックが行き成り喚き出す。でももう本当に放っておいてほしくて、クロウの手を掴み強引に外に連れ出した。幼馴染達は、あの調子ならこれから寝るだろう、気にする事はない。
ただ。
「またな、鬼柳」
遊星のそんな声が聞こえてきて。何だかそれが、酷く気になった。
6 Yusei&Kiryu toCrow (KO-MU)
おそらくあの様子では、電話には出ないだろう。そして、メールの返信もないとジャックが憤慨していた。ジャック・アトラスと不動遊星。きっと、この名前の着信はとっくに拒否されている。携帯のアドレス帳からもう消されている可能性だってある
。
しかしこれなら、例え俺からのメールであろうと、あいつ、鬼柳京介は開かざるを得ないはずだ。
俺は、送信ボタンを押した。
件名:クロウについて
本文:話がある。明日の午後、店まで行く。少し時間を作ってくれないか。
タン。音を立てて携帯を閉じる。少しして、携帯が振動する。メールの着信だ。差出人は、鬼柳京介。
件名:Re:クロウについて
本文:10分なら
俺はふっと笑みを浮かべた。
よし、これでいい。
「……本当にきたのか……あー…遊星」
「ああ。言ったろう、話があると。…クロウに関してな」
店の場所はクロウが前に話していた。店に入った途端店長らしき男が俺を見てずいぶんと罰の悪そうな顔をしたが、それはおいておく。
鬼柳京介は店の奥にいて、店長の男が呼びかけるとすぐに出てきた。念を押すように「10分」と呟くと、店の裏に俺を案内した。最初の印象と変わらない眼差し。拒絶と警戒。手負いの獣みたいだと思う。だから、か。
「単刀直入に聞くが、クロウをどう思う」
「…は?」
鬼柳は表情を崩した。突拍子のない質問に困惑したというよりは、返答に悩んでいる顔だ。許された時間は10分。お前が悩む時間より、悪いが、俺は答えが欲しい。
「クロウへの執着は、どこから来ている?バイクか?出会い方か? それとも他にあ
るのか」
「……な、おい……」
「答えが聞きたい。俺達にとってクロウは大事な友人だ。返答次第では、俺はお前と対峙する覚悟はある」
不意に、鬼柳の表情が変わった。真剣な眼。きっと、俺と同じ表情。唐突に、店の裏に停めてあった一台のバイクが眼に入った。存在を主張するかのような銀。どこか女性的だが鋭利なフォルムの、刀と呼ばれるバイク。
そう、刀のような眼差しで、鬼柳は言う。
「惚れてる」
10分。タイムリミットは、十分だったようだ。
「偶然すれ違って、初めて興味持った。もし女の子だったら、そんなことも思った。でも今は関係ねえよ。俺はクロウに惚れてる。アイツと走る時間を、出来るもんなら他の誰にも譲りたくねえ。お前らが敵に回るとしても、俺はクロウを諦めねえ」
言いきるまで、鬼柳は俺を見ていた。じっと、俺もその視線を真正面から受け止める。嘘はない。冗談でもない。かといって、恐怖も嫌悪もない。
趣味で無機物と付き合っている俺達だから、そういった直感的なものの存在は理解しているつもりだ。だからこそ俺もジャックもバイクで走ることを楽しめる。運命で出会った相棒と、少しずつ同調していく感覚も楽しめている。
「…そうか」
笑いかけられたのが、意外だったのだろう。鬼柳は眼を丸くした。案外、表情のある男だ。
「それなら、仕方がない。もしクロウも同じなら、俺達に止める権利はない。……ただ、な」
ちらと腕の時計を見た。タイムリミットには少し早いが、長く語っている余裕もない。それに俺は、この話が終わったらすぐに学校に戻って講義だ。
「ジャックにはばれないようにしておけ、あいつは他者には物凄く厳しい」
あと、色々と面倒だ。俺が。
心の中で付け足して、俺はさっさと背を向けた。鬼柳は何か思案しているようだったが、どう転ぼうと、あとはクロウの問題。俺は、通り道にあった自販機のラインナップを思い出した。財布の中身は、寂しくはあったが――
缶コーヒー代は無駄じゃなかったと言えるようになればいいな。
仕事が終わって帰宅して、携帯を開いた。メールが数通。ジャックからだった。
曰く、遊星が珍しく講義に遅刻して来たらしい。へえそりゃ珍しい、とメールを返していたら、割り込むように着信があった。鬼柳から。どうやら鬼柳はメールより、電話の方が好きみたいだ。おれがメールしたって、返信より先に着信が来る。別にいいんだけどな、喋るの嫌いじゃねえし、おかげでタメ語も随分慣れた。
「よう、鬼柳」
『話がある』
「ん、どうした?」
『近所に公園あるっつったろ、たぶん、そこにいる』
「へ?」
『悪い、ちょっと出てきてくれ』
鬼柳が謝るのは珍しい。何かあったんだろうかと、おれは二つ返事でまたすぐジャケットを羽織った。流石に近場でライダースーツは着ない。慣れてきたなら、完全武装でなくたって何とかなるだろうと、鬼柳に笑われたこともあるし。
ゆっくり相棒を走らせて、公園に向かう。偶然かも知れないが、公園が近づくほど相棒の機嫌が良くなってる気がした。エンジン音も穏やかで、風の流れもいい。
「あいつに会えるからか、単純だな、お前」
ぽつりと声をかけてみれば、信号がちょうど赤になった。留められた相棒は、少し不満げにも見える。
鬼柳の相棒、刀の車体は俺のZ1000と比べて柔らかいラインで構築されている。だからなんとなく、バイクを「俺のオンナ」って言うやつの気持ちを分からされるっていうか、そんな感じだ。
でもおれのZ1000はごついしでかいし、間違ってもおれの女、とは呼んでやれそうにない。むしろ兄貴って感じだ。頼れる兄貴。
そんでこの頼れる相棒は、きっと、鬼柳の刀が気になってる。鬼柳の刀と走るときの調子の良さは、もう偶然じゃない。もしかすると何度も鬼柳とすれ違ったのも、お前が仕組んだんじゃないかって思うくらい。
だったら、もっと一緒に走らせてやりたいと思う。大事なおれの相棒、可愛くてカッコいい大事な相棒。こいつ以上の相棒には、一生出会ってやるつもりはない。コイツが喜ぶんなら、おれはいくらでも鬼柳と走る。
そうだ、コイツが喜ぶんなら。
角を曲がれば公園だ。体を傾けた視線の先に、お目当てのバイクを見つけてすぐに減速を試みる。少しでも近くに停まろう、意識する必要もなく、吸い寄せられるようにすぐ隣にバイクを止めた。
ずっと待ってたのかもしれない。手の中の缶コーヒーは空になっているようで、鬼柳の手の中ですかすかと揺れているだけだ。
「……ん、いきなり悪かった」
「いや、いいけど。何かあったのか」
ヘルメットを外して見上げた顔は、街灯の明かりが弱いせいか少し沈んでいる。光を遮る大木が恨めしかった。腕を掴んで、多少明るい方に引っ張り出してからもう一度見上げた。鬼柳は少し笑っている。
「鬼柳?」
「クロウ、俺のことどう思う」
「へっ」
刀すげえ。技術すげえ。バイク屋うらやましい。本当、面白い出会い方したよな。もっと早く出会ってたら何か変わったかな。遊星達と何か微妙に仲悪いよな。いつも、メット外すと車に乗ってた女子とかこっち見るよな、顔、いいもんな。
印象とか、感想とか、山ほどあってどうにもまとまらない。ううんと唸っていると、いきなり鬼柳の手が頬に触れた。冷たい手。銀色が似合う手。
「俺はお前となら走りたい。どこにでも。どこまででも。それだけで満足できる」
「そりゃ…当たり前だろ、次は秋に行くって」
「そうじゃなくてよ」
何か、おかしい。
でも首をひねるより、おれは鬼柳の言葉を無意識に待っていた。ぽかんと空いた口は、動かせない。
「…クロウが好きだ、最初から。信じないかもしれねえけど、お前の手が、ちょっと
上がったときから」
「な、思い出させんなよっ」
片手を上げることにも躊躇してガッチガチになってた一年…いや、ほとんど二年前。対向車線を走ってきた銀色、刀と鬼柳。
おれは嬉しかった。ぎこちない挨拶に返してくれたこと。アレが一番うれしかった。最初だったから。刀がすげえバイクだったから。
それだけじゃない、たぶん。
好きだって言われた。
こんな雰囲気で言われて、何が?なんて言うほどおれは鈍くねえ。
で、今、驚いてるけど。
全然、困ってねえんだ。
「俺は、彼女と、お前と、お前の相棒がいればそれでいい」
鬼柳があんまり優しい声で言うから、おれは口を閉じた。右手にぶら下げたヘルメットが、少し揺れた。刀とZ1000は黙っておれたちを見て、いや、たぶんわざとらしく目を逸らしてる。デリバリーのある奴らだから。特に、刀のほうが。
「お前に俺を選んでほしい。俺らを、選んでほしいんだ、クロウ」
感動も衝撃もなかった。何でもない会話と同じ。おれと相棒みたいに、もうぴったりはまってんだよ。
おれはただ、いつもみたいに笑って返す。
「次は秋。冬が終わったら、すぐゴールデンウィーク来るし。お盆と、他にもきっとたくさんあるな」
鬼柳が何かを言いかけた。何を言いたいか分かった気がして、おれは一度鬼柳の前に手を翳して止めて。「せえの」なんて、言ってみる。
きっとおれたち、すれ違った瞬間から一緒に走ってたんだな。
「毎日だっていい!」
声が重なって確信する。
続けて思いっきり抱きしめられながら、おれは眼をぎゅっと閉じて笑った。
人生のパートナーってのは、運命的に見つかるもんなんだな。なあ、相棒!
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