よお、と片手をあげて挨拶すると、機嫌がいいときクロウはひょいと手を伸ばして俺の手のひらを打ってくる。今日の機嫌は最高のようで、少し背伸びしてくる。この無意識らしい仕草が、俺は結構気に入っていた。

「いってえな、馬鹿力!」
「おーもう一発くれてやるよ!」

 言いながらクロウの右手は固く握られていたので、それは勘弁してくれ、と笑って言えばクロウも笑って手を下ろした。
 ここまではいつも通りだ。今日の活動の打ち合わせのため、会議室に向かう。

「なあ、鬼柳?」

 来た。
 身構えるのは心だけにして、いつも通りの声で「どうした」と返す。俺の左肘のあたりを掴むように触れた俺より少し小さな手の平は暖かい。不快じゃないが、どうしても気になる。むしろこの手、握って歩きたいとすら思う。子どもみたいで俺たちくらいの不思議な手。

「次の地区、面白えデュエルするやついんのかなー」
「聞いてる限りじゃ、腕のある奴揃えてるらしいぜ」
「でもま、相手が俺たちじゃなあー」

 左の腕はいつの間にかクロウの両手で掴まれていて、適当に揺らされている。ときどき引っ張られるとそれに合わせて身体を傾けたくなるが耐えて、いたって普通に前進する。

「鬼柳、クロウ、……おはよう」
「よー、遊星」

 部屋に入ろうとしていた遊星と顔を合わせると、クロウは右手で俺の腕に触れたまま、左の手で作った拳を遊星に向けた。遊星は少し言葉を詰まらせていたがいつもどおりに微笑んでクロウと拳を合わせ、俺にも拳を向けてきた。俺も右の拳を上げて、ぶつける。
 クロウは気づいていないのか、それともおかしいと思っていないのか、会議が始まるまでずっと俺から離れなかった。


 実は最近、ずっとこの調子だ。

 理由を付けることもせず、妙にクロウがくっついてくる。チームを組んでそれなりに時間も立ったし、チームワークってやつも完成されてきたし、まあ、距離が近づいたのは確かだ。
 それにしても今の状態は、長くクロウといる遊星やジャックからしても異例のことらしい。

「本当に鬼柳のことが好きなんだろう」
「逆に子ども扱いされているだけかもしれんがな」

 クロウが外で遊んでいる子どもたちの様子を見に行っている間に、遊星達に訊いてみたところ帰ってきた答えがこれだ。遊星達が育ったハウスにも年長者はいたが、クロウとはタイプが全く違った少年だったためさほど仲が良くなかったらしい。

 ジャックや遊星は同年代の友人として認識されてしまっていたので、気の合う上の兄弟ができた気になっているのだろう--というのが遊星の仮定だ。

「いや、俺も同年代だろ」
「クロウより先に飛び出していけるだろう、鬼柳は」

 それだけでずいぶん違うと思う。
 遊星はそう言って(比較的)にこにこと笑っていたが、俺には非常に納得しがたい。兄弟みたいに育ったやつもいないし、欲しいと思ったこともないからだろうか。
 かといって、慕われるのが嫌だとかそういうことはない。照れくさいというわけでもない。俺は仲間たちが何より好きだし、その感情がかえってくることが嬉しくないわけがない。
 それなのに何が引っかかっているというのか。問われたとしたら。

 俺の中で、実は答えは出ている。


「何喋ってんだよ」

 俺の背中に飛び付きながら、クロウが話の輪に加わった。無理して首にまわされた腕を宥めるように軽く叩いてやるとますます俺に抱きついてくる。少し苦しいって伝えたかったんだけど逆効果だ。
 
「クロウと鬼柳は仲がいいなと話していた」
「全員仲いいだろ、だっておれ達チームだもんな」

 ぎゅうぎゅうと締め付けられながら頷く。クロウ、たぶんそれは俺が言うべき台詞だ。もう一度腕を叩くと、通じたのか気まぐれなのかようやく腕は離された。

「今夜は寒くなりそうだな」
「そうなのか」
「まあ、おれのカンだけどよ」

 頭の後ろで腕を組んでご機嫌に笑うクロウは可愛い。男に使う形容詞じゃないのは分かってるが、今の俺にはそうとしか言えない。堂々と晒されたマーカーもつり目も可愛い。

「鬼柳、一緒に寝てやろうかー」

 からかうような口調も可愛、

「い?」
「たぶんあったけえよ、おれ」

 いや、そうじゃないぞ。そういうことじゃない。
 遊星も何いい笑顔でそれがいいとか言ってんだ。ジャック、お前も、鬼柳は体温が低いから、って、待てよ。

「いや、俺寝相が酷」
「クロウもひどいから大丈夫だ」
「お互いに押さえつけ合えばいいんじゃないのか」
「寝づれぇー!」

 幼馴染って怖いな。
 無自覚って怖いな。
 いや、自覚があったらもっと怖いよな。ははは。

「ま、待てよおい……」
「決まりな!」
 
 両手を差し出されて、にかっと笑われたらそこまでだ。

「じゃあ、……頼むわ」

 差し出された両手を握ってみて、苦笑い。ますますクロウが笑うから、俺はますます苦笑い。俺の倍の力で手を握り返してきて。

「ガキ扱いは今だけだぞ、朝になったらクロウ様に感謝することになるぜ!」

 得意げに言われても、俺は笑ってその場を繕うことしかできない。
 内側で騒いでるものが何であるか、呆れちまうほど分かってる。


 まあ、正直アリかなって。
 

 要するに俺は健全な男子としてクロウが好きで。
 好きで、とにかく、そういうことで。
 好きだと、こう、あるだろ。色々さあ、なあ?
 
 だから、なあ、クロウ。
 俺、たぶん、それほど我慢強くねえん、だけど。


 握った手のひらが汗ばんだことを、クロウは気にしただろうか。



『甘えたその10/スキンシップ過多なクロウ』








だいじょうぶ?(ちょっと後のはなし)




「最近、クロウはずいぶん鬼柳にべったりだな」
「そうだな」

 クロウと鬼柳が寝床に向かってしまった後も、遊星とジャックはアジトの一室でデッキの確認を続けていた。先日手に入れたカードが遊星とジャック、どちらのデッキと相性がいいか確認するためのテストデュエルをするためだ。
 淡々と作業する遊星とは対照的に、ジャックは思うように調整ができない様子で、とうとう「くそっ」と悪態をついてデッキもカードも置いてしまった。

「何事も起こらんといいが」
「二人なら大丈夫だろう」
「二人だから、だ!」

 床を殴りつけた拳をさらに握り、ジャックはギリギリと奥歯を噛みしめる。遊星は自分の手元のカードもまとめて置くと、ジャックと正面から向き合った。

「ここはサテライトだぞ、遊星……不自由だけが転がっている、サテライトだ」

 ジャックは遊星よりも外に出る機会を多く作っていた。きっと知りたくもない世界を見る機会も多々あったのだろうと遊星は思う。しかし、だからこそ。

「大丈夫だ」

 自分たちは知っている。このサテライトにだって暖かなものが存在することを、身をもって知っている。形も与え方も様々だが、少なくともクロウはそれを知っている。クロウは賢い。鬼柳だって賢い。

「今日は寝よう、ジャック」

 カードの束を手に、遊星は立ち上がる。

「大丈夫だから」

 ジャックが声を発するより先に、そう言って微笑みかけた。不満も不安も消せはしなかったようだが、ひとまず納得はしたという様子でジャックも立ち上がる。

 冷え込むというクロウの予想もあったので、置いてある予備の毛布を抱えて彼らも部屋を後にした。
 少しずつ変わっていく形に、多くの希望と、僅かな不安を抱きながら。



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