orange combo!
(鬼柳3兄弟とショタクロパラレル)





1.京介とクロウ




 オレンジのふわふわほうき頭が、ぴょこと机の下から飛び出した。

「長にー、長にー」

 小さな足が右へ左へ前へ、体を揺らして走ってくる。呼んでいるのは一番上の兄貴。シャツの背中に流れ落ちた淡い青の髪は兄弟そろって同じだけれど、唯一長く伸ばした髪が覆う兄貴の背中はクロウのお気に入り。

「ぽんぽんあたっく!」

 けれどそんな大好きな兄貴の背中はソファの背で隠れてしまっていたので、クロウは正面から抱えたぬいぐるみごと兄貴の足元に飛び込んで、きゃあと声を上げて笑う。ふわふわでもこもこのぬいぐるみは、ブラックフェザーシリーズの極北のブリザード。白い体に一部黒い羽、なるほど辛うじてブラックフェザーだと頷かざるを得ない、ちょっと卑怯なぬいぐるみだ。
 でもその腹部のさわり心地は、クロウがこのぬいぐるみを「ぽんぽん」と呼ぶことも、手放したがらないのも分かるほど。つまり、満足するしかねえくらい柔らかくて気持ちいい。
 兄貴は少しだけ首を傾げて、兄貴の足の上にぺったりとくっついたクロウをひょいと抱きかかえた。

「あー、駄目じゃん兄貴、そこは『ぐわあやられた!』じゃなきゃ」

 ソファの上は落ちつかなくて大抵床に座ってる俺だが、今日も例外ではなく兄貴の座るソファそのものを背凭れにして床から二人を見ていた。兄貴の膝に座らされたクロウがブリザードの羽を揺らしているのを見て、少しだけ体を近づける。頭の上に、ぽんとブリザードの羽が置かれた。

「京にー、あたっく!」

 いつもより少しだけ凛々しい顔をしたクロウが、ブリザードの柔らかい翼で俺の頭をぽふんぽふんと叩く。五発目まで黙って食らって、五発目でうっ、と後ろに倒れた。

「ぐああーやられたっ満足できねえ!」

 頭を抱えて床を転がると、兄貴の膝の上のクロウがきゃぁ、と声を上げる。ちらと目をやれば、クロウはちょうど兄貴の膝を降りたところだった。無念そうな兄貴の顔を見たら笑いが込み上げて来て、笑ってやろうとしたところでクロウが腹の上に乗ってきた。

「ぐえっ」

 いや。そんな声、上げてない。上げてないぞ。

「やっつけたー!」
「やっ……つけられたぜー」

 腹の上でブリザードを俺の顔面に押しつけながらクロウはご機嫌だ。兄貴に抱き上げてもらえて、さらに俺と遊べたからの超ご満悦だと思いたい。きゃっきゃと俺の腹の上で跳ねるクロウの両脇をさりげなく持ち上げて衝撃を和らげていると、リビングのドアが乱暴に開いた。

「狂にー!」
「あぁ?」

 風呂に行っていた狂介が濡れた頭を拭きながら戻ってきた。クロウは柔らかい体をぐるりと捻って、またばたばたと暴れ出す。ブリザードを片手で抱えて机の上に転がるぬいぐるみを指さして、非常にご機嫌に。

「わーゆー!」
「……あー、ヴァーユな。良かったなへーへー」

 机の上にはブラックフェザーシリーズの他のぬいぐるみ。疾風のゲイルと、今日我が家に迎えられたばかりの大旆のヴァーユ。ゲイルはなんだかファンタジーな感じで鳥と言っていいのか悩むデザインだが、ヴァーユはなんと鶏が学ランを着ているというある意味とんでもないデザインだ。組まれた両腕の羽の手触りは非常にいいし、学ランの生地もそうとう高価な気がする。クロウがぶんぶん振り回しても壊れないくらいなので、まあ、値段もとんでもない。

「んと、ゲイルと、ぽんぽん、ばーう」
「ヴァーユ」
「ばーゆぅ」

 狂介は何としてもクロウに正しい発音をさせたいらしい。クロウはにこにこ笑って、狂介の言葉を繰り返している、つもりでいる。本人の中では出来ていることを出来ていないと言ったところで理解できるはずもない。「ヴァーユ」ともう一度繰り返した狂介を遮るように、俺は体を起こした。

「うん、それでどうしたんだー?」
「かるうーね、なかまーりするって」

 ブラックフェザーのぬいぐるみ三つを抱えると、クロウの方が引きずられているみたいに見える。
 万が一にもあり得ない話だが、そのままブラックフェザーが飛ぼうものなら、クロウも一緒に連れて行っちまうんじゃないか。そんなことを最近考えるようになった。んなこと考えてるなんてバレたらどんだけ笑われるか分からないから、何も言わないが。
 狂介は眉間にしわを寄せて悩んでいる。

「……カル……?」
「カルート、新商品」
「ああ」

 俺が通訳を務めてやると、眉間のしわが消えた。クロウはもふもふのぬいぐるみを両腕でぎゅうと抱きしめて、期待に満ちた目で狂介を見上げた。何が言いたいかは通じたらしく、狂介はにんまり笑って、我が家の大黒柱を見やった。クロウも真似をして振り向く。

「だとよー」
「……出てから考える」

 俺は思わず笑った。ということは、発売してから買いに行くということに相違ない。
 クロウのおねだり攻撃に狂介の揶揄が加われば、兄貴はひどく甘くなってしまう。これでもし「駄目だ」と言ったなら、そこに俺が加わってやればいいだけだ。
 じゃあ俺がカルート連れてきてやるな。いや、なら俺が行く。コンボ確定。クロウの目がまた俺に向けられたので、俺は察して身構える。

「にー! でるたくろー!」
「アンチリバース! ぐわああああやられたああ!」

 要するにうちの可愛い弟は、いつだって最強である、と。








2.長介とクロウ



「あー……」

 京介が、ガラガラになった喉を押さえて床に仰向けに倒れている。俺がさっきまで座っていたソファの上では、ブラックフェザーのぬいぐるみたちとクロウが転がっている。
 入れたばかりのコーヒーを、リビングのテーブルの上に置いた。黒に青で柄を入れたマグカップを狂介が横から攫っていく。床に足を伸ばしてだらしなく座る狂介は、すぐ飲みもしないマグカップの中にせっせと息を吹きかけていた。そうしないと、飲み終わるのが一番後になってしまうからだ。

「飲むか」
「いるいる、あー……」

 床の京介が起き上がる。ぼさぼさになった頭を掻いて、長く息を吐く。相当疲労したらしい弟用に、砂糖はケースごと渡してやった。京介もすぐさま白砂糖の山に差し込まれたスプーンを取って、容赦なくカップに砂糖を放る様に入れる。黒に、柄は赤。
 俺はそれを横目に、もうひとつ、二人の分と一緒にコーヒーを入れたばかりの自分用のカップを持ってくる。黒いマグカップ、柄は白。中身は、二人の半分の量。

「敵役のために喉を潰すなよ」

 カップの中で黒茶の液体を揺らし、ソファの前に座って苦笑する。少し離れた位置に座っていた京介が、カップを床に置いて四足で俺の傍までやってくる。俺の横に腰を据えると、体を伸ばしてマグカップをまた手にした。照れ隠しか誤魔化しか、むっつりと唇を突き出してカップの端に押しつけて。

「いつだって本気じゃねえと満足できねんだよ」
「つーか喉、軟弱すぎだろ」
「お前と一緒にすんな」

 今度は狂介までやってくる。一口分も減っていないコーヒーを手放すことなく歩いて来て、京介を俺に押しつけるようにしてソファの前に座る。三兄弟並んだところで同時にしたのは、後ろを振り返ること。
 それで俺も気付く。兄弟達が集まったのは、俺の傍ではない。

「…………このまま寝かす?」

 夢の世界を漂っているクロウのもとに集まった俺たちはぎゅうと体を寄せ合いクロウの顔を覗き込む。間抜け面、と呟いて、ぷっくりとしたその頬を狂介がつついた。問いを投げた京介はあたりを見回し始める。布団代わりにかけるものを探している目だ。

「駄目だ」

 俺は一人、異を唱えてコーヒーを飲みほした。半分の量だけ注いであったカップの中身は常に揺らしていたせいもあって、風味も何もなくなったそれは簡単に胃の中に流れ込む。ごとんと音を立ててテーブルに戻ったカップの代わりに、弟たちを押しのけてソファの上のクロウをそっと抱き上げた。
 腕の中にあったブリザードのぬいぐるみが、床に落ちる。たった今手の平からこぼれ落ちたものを探すように動いた小さな指を、京介が握った。
 
「兄貴が抱き上げると、泣かないんだよなぁ」

 クロウの手のひらを指先で押しながら、京介が苦笑する。猫の肉級の感触でも楽しんでいるかのような行為。狂介もそれと同じことをしようとしたようだが、クロウのもう片手は俺の服を掴んでしまっていたので無理だ。行き場のなくなった手は、ソファと床に点在するブラックフェザーのぬいぐるみを拾い上げることで誤魔化された。

「…約束したからな」

 ぎゅうと指を握られた京介が吹きだす。

「兄貴とクロウは約束だらけだな!」
「お前らだって、約束したろ」

 首を傾げ、二人に目くばせする。京介は俺たち三兄弟の中で一番幼く見える目を丸くして、狂介は一番殺気立って見える目つきを更に鋭くした。困ったわけでも怒ったわけでもない。

「絶対に、もうクロウを一人にしない」

 京介は、突っ走って無茶をしない。
 狂介は、怒りに任せて暴力に走らない。
 俺は、投げやりにならない。
 俺たちが約束を守ったら、クロウも泣かないようにする。

 どこか崩れかけていた俺たち兄弟が生きるためのバランスは、クロウとの約束で保たれている。二人も今それを思い出したから、表情を変えたんだ。



 血の繋がりもこれと言って引き取るための理由もなかった俺がクロウを引き取ったのは、決して俺たちの支えにするためじゃなかった。ただ、葬式に顔を出してみれば一人泣いている子供がいて。その子供の行先についてあれやこれやと口出しだけをする年配の男女がいて。別れの意味もまだ分かっていないだろう子供が、これからの自分の行く末をまるで悟ったように、嘆いている。
 引き取る金もない。家もない。人がいない。どうするどうするどうする。かわいそうだけど。かわいそうに。
 一瞬で状況を理解した。
 ただ「かわいそうだと思ってる」その言葉だけで、善人ぶりやがって。

 あいつらはみんな、保守するばかりだ。それが許せなくて、久方ぶりにカッとなって。
 気づいたら人を押しのけて、名乗りを上げていた。

 少年が噎せながらもひたすらに嘆くのが、まるでこの先の闇を感じ取っているかのようだった。俺がとうの昔に無くしたものを持って、生きたい、明日を見ていきたい、悲劇を背負って悲しんで、それでも明日がある意味を悟って苦しんで泣いている。

 泣かないでほしい。
 ただ、そう思った。

 死の匂いがする空間を抜け出して、湿り気どころか雨が包む外に飛び出した。俺が抱き上げたちいさな身体は俺の腕の中でうとうとと眠りかけていて、泣き疲れた、いや、悲しみ疲れたんだと分かった。苦しくて抱きしめた身体が雨の中にもかかわらず驚くほど暖かかったことを、俺は未だに忘れられない。



「俺、部屋のドア開ける係な」

 クロウの手から指を引き抜いて、京介が先導する。俺はクロウを抱え直して、一つだけ頷いた。とっととしろと狂介が京介の背中を蹴飛ばす。ブラックフェザー三体を抱えて。

 つまり我が家の最年少の弟は、いまや俺達の支点であると言っていい。







3.狂介とクロウ


 久しぶりに入ったクロウの寝室は、オレの部屋より片づいていた。兄貴たちが定期的に片付けに入るからか、徹底するように言いつけられているクロウが気を付けているからか。
 兄貴に押しつけられたブラックフェザーのぬいぐるみ三つを抱えた俺は、兄貴がクロウをそっとベッドに下ろす後ろから近づいていって、クロウの体に布団がかけられるとほぼ同時にぬいぐるみをベッドの上、枕元に投げ込む。

「こら、おい狂介」
「このくらいじゃ起きねえよ」

 そう言って笑ってやると、ベッドの上のクロウが意味不明な声を上げた。ぎゅっと眉間にしわを寄せて、あまり機嫌のよくない顔だ。一番上の兄貴がオレを睨む。やべえ。一瞬口走ったのは、内緒だ。
 クロウはもごもごと口を動かしていたが、間もなく規則的な寝息をたてはじめる。すぐ隣にあったゲイルのぬいぐるみを引き寄せて抱きしめ、ご機嫌モードだ。

「……ほらな?」
「ギリギリじゃねえか」

 腕を組んで京介を見れば、胸のあたりを手の甲で叩かれた。倍の力で頭を叩き返してやると、間に兄貴が割り込んできてオレたちの争いは一時終結。三人そろってぐーすか寝てるクロウを見つめる。

「もごもごしてる…面白ぇ」

 じっと見られているのが居心地悪いのか、クロウは時々唇をもごと動かす。何か食う夢か、ひたすら喋る夢でも見ているんじゃないかと思うくらい。オレは何気なくその唇に指を押し当てる。それでも相変わらず、もごとクロウの口は動く。

「食われるぞ」
「マジか」

 なんてあほらしい無駄な会話だ。ただ驚くことに、こんな会話がオレ達兄弟にとって、ようやく慣れ始めたことだったりする。


 仲が悪い兄弟ではなかった。かといって、仲がいい兄弟でもなかった。オレらは一つ屋根の下、血が繋がってるから一緒に暮らしてるだけだった。気が合わないわけでもないし、極端に屈み映しになっているわけでもないから、居心地が悪かったわけでもない。
 でもなぜか、あまり一緒にいる感じじゃなかった。

 こんなに馬鹿げた会話をするようになったのは、クロウがうちに来てからだと思う。初日に交わした会話を、オレは今でも昨日のことみたいに覚えてる。


 この子は俺たちが守っていくんだ。兄貴がそう言って。
 その腕の中にいるクロウを、京介が飛び跳ねる勢いで抱きたがって。
 オレは子守する自分なんざ想像したくもなかったから取りあえず頬を思いっきり抓ってやったら泣かせちまって、兄貴にこってり絞られた。それがむかついて二、三日クロウの相手をしないでやったというのに、クロウはガキのくせに兄貴たちよりしぶとかった。ビビりながらもオレを「にーちゃ」なんて勝手に呼んで、雛鳥みたいについてきて。
 イライラしたまま家に帰って乱暴に鞄を床にたたきつけるオレを見上げて、上手く発音できないくせに「おかえり」なんて言って手を伸ばしてきて。いや、おかえりなんて、それすら言えてなくて。

 おあーり。

 そう、それだ。そんな微妙な「おかえり」が、オレは本気で嬉しかったりした。

 そんなことを思い出すだけでにやけてくカッコ悪ぃ自分が、腹立たしいほど好きだ。



「寝顔は天使だよなぁ」
「寝顔も天使だ」

 とけそうな笑顔で京介が言い、兄貴が真顔で賛同する。夢でも見ているのか、ぱたぱたと動き出したクロウの片手にブリザードとヴァーユをまとめて近づけてやると、器用に三体とも抱えこむ。それを見届けてから、俺も二人の会話に混じった。

「……ンなわけねーだろ」

 兄貴たちが不思議そうにオレを見る。決して気が合わないわけではない兄弟。クロウに関して意見が分かれたことはほとんどない。だけど、BFを抱えてむにゃむにゃと微笑むクロウが、天使であっていいはずがねえだろとオレは言ってやりたい。
 だって想像してみろよ。万が一にもあり得ないがクロウに天使らしく羽なんて生えようものなら、好奇心旺盛なこいつのこと、どこかに飛んで行っちまうかもしれねえじゃねえか。
 だから、

「こいつはただのオレ達の弟だろーが」

 それでいいだろとオレは言う。
 血はつながっていないし、クロウと血が繋がっている他の誰かのこともオレは一切知らない。だけどクロウはオレの弟だ。
 オレに睨みつけられて兄貴に縋りついてたクロウが、買出しに出るたびオレに置き去りにされかけてたクロウが、それでもオレの指を握ってオレを兄と呼んだんだから。相当荒れていた日のオレでも、玄関のドアを開けた途端向かってきたクロウは、その小さな手を伸ばしたんだから。覚えたばかりの「おかえり」は、オレに向けられたんだから。

「天使だの悪魔だの、そんなめんどくせえ生き物じゃねえよ」

 兄貴たちは同じような笑い方で、くっくと笑いだす。今になってこんなことでマジになった自分が少し恥ずかしくなって視線を逸らしたが、兄貴たちはオレの言葉を否定することも、からかうこともしなかった。そうだな正論だ、と京介が笑う。

「にぃ…ちゃ」

 幸せそうに紡いだ寝言ははっきり聞こえて、オレ達は三人で、顔を見合わせる。京介が満足げに笑い、大げさにうんうん頷く。

「そっか、満足したぜ! 俺の夢だな!」
「……最初に兄ちゃんって呼ばれたのは、俺だろう?」
「あ、今ちょっとビクってしたろ、反応うかがってるんだからオレに決まったよなぁ?」

 最年長の兄貴の微笑が勝ち誇ったように見えて、負けじと俺も身を乗り出した。同じ色の目玉が牽制しあって、でも唇の端は持ち上げて。

「「「絶対俺の夢だ」」」

 オレたちの弟は、知らないところでオレたちの兄弟喧嘩の一番の要因だったりすることは秘密だ。
 喧嘩しないでって、泣かれるから。




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