「クロウ、食うか」
瓦礫の山をあさっていた。
そこに差し出された菓子パンをちらりとだけ見て、クロウはすぐに目をそらした。
「……いらねえ」
期限切れの菓子パン。カビが生えてでもいない限りは大丈夫というサテライト民の法則はもちろん当てはまっているが、受け取らない理由はそこにはない。
近づいてきて、胡散臭く笑う、鬼柳京介の手の中にあるからだ。
「何、何もしねえよ」
伸びてきた手を避けて、陣地を変える。
視線で威嚇しながら、いつでも避けられるように腰を浮かせる事は忘れない。
「信用できねえ」
クロウは、昨日から今まで以上に彼を警戒していた。
理由は一つ、こともあろうにこの男、チームが四人揃ったその部屋で、さも当然のようにクロウの唇を奪ったのである。
あの直後の空気を、当分クロウは忘れない。忘れてはならない。
頬を染めて目をそらす遊星と、口を開けたまま何もできなくなるジャック。機嫌のいい鬼柳に、完全に取り残されたクロウ――
唖然としていたら、何を思ったのか、鬼柳はもう一度同じことを繰り返したのだ。試すような、触れるだけの、触れるだけ、
いや、あのときは違った。
そう、ちょうど今みたいに、暖かいものが触れて、ぬめったものが唇の間に入ってきて、そのまま、
いや、待て
今みたいに?
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ゼロ距離の鬼柳を突き飛ばして、背中が汚れるのも構わずに後ろに転がり逃げた。口の中の唾液を可能な限り吐き出して、唇を拭う。
鬼柳はへらへら笑っている。クロウに睨みつけられても、怯む必要などないとよく分かっている。
「はは、満足した」
「てーめーは、よぉ!」
差し出された手を叩き払って、なおもクロウは睨みあげる。
触れるだけのキスならまあいい、まだいい。慣れてしまえば『唇が触っただけ』と解釈することもできる。
だが。
何がどうして何のために舌を出す。
全く理解できない、だからクロウはいつもそれを嫌がり、こうして拒絶する。だがそこに何かを見出しているらしい鬼柳は、好き好んで(クロウの推測だが)繰り返そうとする。
どこだろうが、誰がいようが、お構いなしだ。
頭痛がした気がして頭を抱えようとしたクロウは、いきなりぎゅうと締めつけられるのを感じた。中途半端に持ち上げた腕ごと、閉じ込められている。
「は、…は?」
「オレはさあ」
鬼柳が、抱きしめている。
正面から、真剣な声で語りかけてくる。
クロウからは顔が見えず、意図が分からない。
「独りよがりな恋、っての、したくねえんだよ」
今更何を言ってるんだ相当独りよがりだぞ。
言いかけた言葉を、クロウはどうにか飲み込んだ。
「だからジャックにも遊星にも言った。これから先も隠さない。だって、運命の相手なんて、どこの誰だか誰にも分からねえだろ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、弱弱しく言う。
甘えるような声に、クロウの背筋に妙な緊張が走る。
不快感ではないことだけは分かっていた。
遊星とジャックにぜんぶ晒して、それで独りよがりじゃないなんて言うつもりか。肝心の相手の気持ちはどうなる、一番大事なところだろう。
――それとも、その「運命」って言葉に、勝手に人の気持ちを乗っけてんのか。
ぐ、とクロウは唸る。
だとしたら、そこは、同意を求めて締めて欲しい。
「……なあ、お前、それってくどいてんの?」
鬼柳は、頷いた。
細い髪が、クロウの耳を擽る。
「ホント最初は、ああラッキー、ってな感じだったんだ。探さなくても、気の合う相手いたじゃんって」
「お前その時点で頭おかしい」
きっかけとなった日を言っているのだろう、あのときの頬の見事なもみじを思い出して、クロウは思わず溜息を吐いた。
誰彼構わずこんなことを言ってまわっていたんだろう、そりゃ、腹だって立つ。
「恋って、遊びだと思ってた」
よくもこんな言葉が次々出てくるものだ。
クロウは自身が男であることを重々承知していたので、今まで鬼柳に言い寄られ言い寄った女たちのようにヒステリックになる理由がない。
幸運と運命、奇跡と偶然はどれも紙一重だ。
甘い方に変えるのは、簡単なこと。
最も鬼柳は、両方を同一視していることを結局バラしてしまうあたり抜けているが。
「なんでかなー、俺、最近マジで考えてることがあって」
いい加減放してもらえないかと、クロウは鬼柳の背を叩いてみる。
鬼柳はますます抱きしめる力を強くするだけだった。
催促だと思ったのだろうか。都合のいい方に持っていくのは、本当に得意な男だ。
「……なんで俺とクロウって結婚できねえの?」
全部分かってるくせに、問いかけるのはどういう意図だろう。
ラッキーだった、ハイそうですか、それで終わるはずの話題だったのに。
終わることを考えない告白なんて、ずるいじゃないか。
クロウは鬼柳の背に手を置いた。
突拍子もない何度目かの告白に、気持ちは微塵も揺らがなかった。
そこまでいうならラッキーだったなんて言うな、ラッキーだ、って言え。
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