「――、くろ」
――なんだよ、D.D.クロウ誘ってんのか。つかわねーよ、第一発動タイミングじゃねーだろ、持ってるかって、言うわけねーだろ。持ってないと思うなら攻めて来いよ、持ってると思うならお前守るのか、なあ、
――鬼柳。
「クロウ!」
「ぅあ?」
夢の続きかと、クロウは一瞬思った。
真面目な顔の鬼柳が、ガラスのない窓に肘をついて転寝していたクロウの肩を掴んでいる。
「窓際で寝るなって、言ったよな!」
「んえ、あ…おう…」
「分かってねえだろ、お前、まだ分かってねえだろ!」
唾が飛ぶほど声をあげられてはたまらない。外で遊んでいる子どもたちにも聞こえる。寝惚け眼を擦って、終わりにするつもりだった。
ところが思惑を外れ、鬼柳の熱は収まるところを知らない。
「襲われたんだぞお前、アジトにいたのに、俺がいたのに!」
突然クロウから手を放し、壁を殴りつけて、息を切らして。
どこまでこの話で真剣になれるのか、クロウにとっては酷く下らないことなのだ。
「……あのなぁ……」
深く深く、溜息。
「その夢の話、いつまで引っ張るんだよ」
鬼柳は2日前、汗だくでクロウの寝床に飛び込んできた。
アジトのすぐ傍、子どもたちと共に過ごしている小さな廃屋に、わざわざ。
何事かと起き上がりかけたクロウの身体をベッドに押し戻し、シャツを捲り上げ、終いにはベルトを外したボトムまで引き剥がそうとして、顔面をクロウに蹴られ黙った。
ようやく若干は冷静になったらしい鬼柳に何があったのかと問えば、鬼柳の目の前で見知らぬ男にクロウが暴行を受けたという。そんな、夢を見たと。
「普通に考えて、ねーよ」
クロウはきっぱりと言ってやった。
殴る、蹴るの話であれば、残念ながら可能性がゼロとは言い切れない環境で生活してはいる。
しかし鬼柳の言う『暴行』とは即ち、主にか弱い女性が受けるもの、とクロウ達が認識しているもの――所謂恋人同士が同意の上で行うのが一般的である、そういった、行為の話だというのだ。
鬼柳は唇を尖らせる。
「普通って何だよ」
「普通は普通だよ、おれにそーゆー、……そういうのは、お前くらいだろ」
「俺が普通じゃねえってことか」
何気なく放った否定が、鬼柳の中の「譲れないもの」に触れてしまった。頷くべきか、首を振ってやるべきか、クロウは決めかねる。
数秒悩んで、首を傾げた。
「……そうなのかもしれねえ?」
言われてみれば、この荒れ果てた割に拘束だらけのサテライトにおいて、常識など覆したもの勝ちの風潮が主流ではなかったか。
チームサティスファクションも、そうして勝ち続けてきた。
どんな罠にも屈しない、強靭な精神と体力と決闘の実力で。
それなら、むしろ鬼柳くらいが普通なのか。迷った結果の、疑問符。
ああもう、と鬼柳がクロウを抱きしめた。
絞め殺す気かとクロウを緊張させるほど強く。
地区制覇が見え始めた最近、鬼柳はこうしてクロウを抱きしめることが多かった。抱きしめて、幸せそうに笑って、ほっと息を吐く。クロウが嫌がっていることをようやく理解したのか、キスの回数は減った。
物足りなさなど、クロウは感じてはいない。決して。
「いいんだ、普通とか普通じゃねえとかどうだっていい。大事なものを守れないのはゴメンだってだけで……」
とにかく良かった、夢でよかった。夢でも心配で仕方ない。
うわ言のように呟かれて、クロウは急激に感じたくすぐったさに首を竦めた。
「とにかく俺はクロウが心配でしかたねえの!」
あの日のうわ言の中に、こんな言葉もあった気がする――記憶の片隅を曖昧に探りながら、クロウはまた抱きしめられるまま鬼柳の肩口に頬を寄せた。
安っぽいレモンの整汗剤のにおい。男の身だしなみだとクロウにも渡されたものと同じ。クロウは全然使っちゃいないが、鬼柳はそれを咎めない。矛盾している。
成長するほど増える「当然」に、鬼柳は従いながら、抗っている。
何が正しいのかを探している、クロウにはそんな気がしてならない。自分達ができなかったことだ。
サテライトで培われたほんの僅かな常識のなかにすら、鬼柳は何かを探している。
だから、惹かれるのだろう。
けれどその枠の外を共に走り抜ける自信は、まだ自分には足りない。
サテライトの制覇を遂げたらもう一度考えてみようと、鬼柳の背に腕を回して決めた。
そういえば、いつからこの関係をこんなに真面目に考えるようになっていたんだろうか。常識からはずれてるのはもしかして、
「……おれか?」
「ん?」
「なんでもねえ!」
|