君と結ばれる運命だけ信じてる!



 ふかふかしたベッドが当たり前になっても、おれはどうも、少しは固いベッドが好きだ。
 ここのベッドは固い。シーツもガサガサしている。同じことを考えてるやつが持ち主だから。

 

「クロウ」
 うるさい。
「くろう」
 だから、うるさいって。
「くーろちゃん」
 ネコかよ。誰だよ。
「くろぽーん」
 テメェ、人がぐっすり寝てると思って好き勝手言ってくれるじゃねえか。

「……なあ、おはよう」

 渋々目を開けると、黄色いマーカー持ちのくせになんだかわりとでかい町のカリスマになってしまったかつてのリーダー様がいる。
 荒れ果てた町の中で満足しようとしていた男は、荒れ果てた町を立て直すことで満足しようとし始めた。
 それが正しいのかどうかは、誰にも分かりはしない。でも、分からないからこそ、この男はそうしようと思ったんだろうと、思う。

「お前、本当、わっかんねぇやつ……」

 だって、コイツのことこそ一番、誰にも分かりやしないんだから。

 

「鬼柳町長、おれに見えてる時計が間違ってなければ昼ですが?」
「昼だからここにいるんです、デュエルレーンの弾丸さん。あと俺別に町長ってわけじゃないんで」
 昔と違って、服なんて着れりゃ満足、って方針に切り替わったらしい男は洗濯しやすく万一いたんでも困らないような色合いのシャツを好むようになった。
 洗濯を担当しているのは彼を恩人として、家族のように慕う妹分なので、明るいうちは妙にフローラルな柔軟剤の香りがする。
 一緒にシャツ洗わないでください、とは言われていないらしい。良かったなあ、なんて思っちまったのでそばに近づいてきた鬱陶しく伸びた髪を撫でた。
「いいんじゃねえの。そういうことにしとけば」
「あくまでも町の代表となれるようなヤツが来るまで取り仕切ってるだけで、強いて言うなら町長代理」
「町長じゃねーか」
「ちげーよぉ」
 甘えた声を上げて抱きついてくる。これは演技だ。騙されちゃいけない。まあ騙されたところで害はないんだけどな。

 

 出会った頃から頭のおかしかった男は、その変人っぷりを遺憾なく発揮し、当時14歳のいたいけな少年であった(自分で言うと妙な感じだ)おれを口説いた。
 口説き落とされたつもりはない。現におれは、限度を超えてイカレたその男を見限って、忘れて生きていこうとした。
 そいつが死んだと聞かされても、生きていけると思っていたし、実際生きた。何かが足りない町で、何かの正体なんて探す余裕もなくして、めいっぱい新しいものを拾い上げて。

 そしてある日、おれは17か、18だったか。今まで以上に頭をおかしくしたその男は、ダークシグナーだとか、冥府のうんたらかんたら、とにかく、帰ってきやがった。
 動いていた。喋っていた。逆恨みに逆恨みを重ねて、理由をつけておれたちの前に立ちふさがった。正しくは、おれの親友たちの前に。
 また、男は死んだ。満足するためだけに生きて、満足できなくて死んで、満足する為に生き返って、満足しきれずに死んだ。
 頭も人生も何もかもがおかしくて、わけのわからない男だった。さらに訳の分からないことに、男はまた、よみがえった。

 今度は何事もなく——と思ったのもつかの間、わけのわからない旅に出て、頭のおかしな連中とつるんで、頭の痛くなるようなめちゃくちゃな町にたどり着いてやがった。
 それがこの町で、まあつまり、この男は、(このおれ様たちの力も借りてだが)この町の頭痛の種を取り去ってしまったわけだ。

 

「そういや、お前。普通におれと寝たけどよぉ」
 昔のことを思い出していたら、今、当時どうしても疑問だったことを思い出した。
 おれは鬼柳から離れた。あんなに好きだと言われていたくせに、おれは鬼柳を捨てた、と言って過言じゃない。
 残っていたのは遊星だったし、だからこそダークシグナーとして蘇ったくらいだ。
「何でヤれると思ったんだ?」
「…………なんでって。つか、そういう言い方……んん、考え方は、満足できねえな」
 おれの横に転がって、ガキどもをあやすおれの真似でもしてんのか、胸をぽんぽんと叩かれる。
「お前とであって、お前にキスして、お前に触れて、離れて。そんでまた出会って触れて、運命だって思ったからだよ」

 

 そういえば始まったのは、問答無用のキスからだった。
 当たり前のようにそれを公言して、遠回しに、結婚の話なんてのもされて。
 勝手で意味不明で、自由で真っ直ぐだった。鬼柳はいつだって。
 
 おれはどうした?
 どうしたかった?

「なあ、鬼柳」
「ん」

 壁はなくなった。いつの間にか越えていた。触れる距離に、また、おれたちはいる。

「おれは今お前に言われて、ちょっと、運命ってのも悪くねえなって思ったわ」

 死が決別ではないものに変わるなんて、そんなの奇跡でしかないだろ。
 選んだ相手が同性で、それを悔いる気持ちがないなんて、気の迷いなんてもう言えない。

 奇跡ばっかりで生きてるなんて、奇跡がもったいない。だから最後の時までそれは信じないでおいて。
 運命って言葉を、信じてみるのは正解かもしれない。

「結ばれるのが運命だって思っちまえば、満足できるだろ?」

 鬼柳は、同じことを考えていたんじゃないだろうか。きっと。たぶん。
 あるいは、おれを言いくるめる口車なのかもしれない。だとしても、おれは回した腕をはなす理由を見つけられない。

「まあ、満足してるから運命ってことでも、いいぜ」
「同じことだろ?」
「ちげえよ」

 わかんねえかな。この意味不明自分勝手な男には、おれの考えなんてわかんねえだろうな。
 でもそれでいい。だからいい。
 分からなくていい。分からないから、知りたくなる。知り尽くされるくらいなら、一生かかっても分からなくていい。

「どういうことだよ」
「さあな」

 教えてなんてやらねえよ。
 お前が言うなら信じてやる。お前が望んだのと同じ運命を、信じてる。

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