おかえり運命!







「鬼柳!見ろよ、これっ」



 床に座って旅支度をしていたら、どたどたと足音を立ててクロウが飛び込んできた。見慣れない服を着た彼は、どこか得意げだ。




 復興途中のサテライト。シティと繋がる大橋は、もう2、3日中で完全に通路として開放されるようだ。物資の供給が増えればさらににぎやかになるだろう。けれどすでに町並みは驚くほど変わっていて、あの何もなかった頃が嘘みたいだ。あちこちから声が聞こえる。心地よい騒がしさ。
 あの狭い世界に求めていた満足は、今はあのとき以上に範囲を広げている。想像だけはいくらでもした広い世界が、繋がりきらない橋の上で眺めた夢が、今、手の届く位置にある。

 旅に出ようと思う。

 ダイダロスブリッジが繋がってから数日、オレがそう言った時の反応は様々だった。
 ジャックは少し眉間にしわを寄せて「そうか」なんて言って、遊星は少し寂しそうな顔でオレを見つめた。クロウはきょとんとして、どこに行くんだよ、って聞いてきた。決めてないと答えたらちょっと不満な顔をして、それ以上は何も聞かなかった。




 黄色の上着の下は、いつもの山吹色だ。でも全然印象が違う。上着のサイズが少し大きいからか、いつもより小柄に見える。なんて正直に言われてクロウが喜ぶはずもないので、

「似合ってるぜ、どうしたんだ」

 無難なところまで本音を吐く。クロウは得意げに胸を張り、くるりと背中を向けて見せた。はじめてチームそろいのジャケットを着た時と同じ反応だ。
 変わってねえなあ。思わず笑みが浮かんだ。そして向けられた背中には、鳥らしきロゴマークと文字。

「B……ブラックバード……デリバリー?」
「おうよ!黒ガラスクロウさまの宅配便だぜ!」

 見返ってニッと笑う。マーカーだらけの顔なのに、まったく威圧感がない。いまだに消えきらないマーカー付きへの差別も、こんな奴らがいれば綺麗になくなるんじゃないだろうか。それもまだ、今は想像するだけの世界だが。

「宅配便やるのか?」
「ああ、許可が下りたんだ。D-ホイール使えば燃費もかさまねえし。手続きとか準備もあるから、早めになー」

 ジャケットを翻して大股に歩み寄ってくると、オレの真向かいに座る。畳みかけていた着替えを広げられて講義の声を上げるが、それをオレより綺麗に畳んで差し出してくる。なるほど、伊達に子育て続けてねえってことか。

「マーカー付きの奴らの社会復帰の応援も兼ねて、走っていいってよ」

 まさかマーカーが開業の役に立つとはなあ、そう言ってケラケラとクロウは笑う。
 簡単に言うが相当な大役だ。当然最初は大変だろう、事情が事情だ。それが分かっていてもこうやって笑うのは、やっぱりその先を見てるからだ。
 なんだ、やっぱり変わったな。前言撤回。
 クロウは相変わらずオレと違うものを見ている。サテライトのガキどものことから、サテライトの未来のことまで、もちろん自分の将来だってちゃんと見ている。

「鬼柳、旅に出たら土産送れよ」
「気が向いたらな」

 渡されたシャツを鞄に詰めて、それを真似て二枚目も畳んでみる。満足のいく出来に仕上がったので、ついでにそれも鞄につめた。あっても損はないものだから、構わない。
 でも鞄ごと忘れたって困らないのも事実だってのが面白い。人間案外、どうにでもなるもんだよな。

「勝手に、行くなよ」

 突然明るかったクロウの声が低くなる。
 顔を上げると、さっきより近くで大きな目がオレを見ていた。きゅっと結ばれた唇が開かれるとそこから驚くほどしっかりした口調で言葉が零れてくるのがわけもなく不思議で、オレはその唇を凝視してしまった。
 それだけじゃなく、何というか、柔らかそうだなーなんて思ってしまった。

「オレは、オレたちはここにいるって伝えたからな。忘れるなよ。お前はお前の勝手にしていい、いいんだけどよ、ちゃんと言ってから行けよ」

 言ってから考えるのはクロウの悪い癖だ。
 それがオレにとってはクロウの好きなところの一部だ。
 何事にもストレートで、義理堅くて、面倒見がよくて、後腐れがない。
 今ならちょっとだけ分かる。オレに別れを告げるのが、どれほどクロウにとって痛かったか。オレと道を違えたことが、どれほどクロウにとって辛かったか。 
 今だからはっきり分かる。オレに今告げてくれる言葉が、どれほどクロウにとって大事な言葉か。今一生懸命紡いでくれる言葉を、どれほど本気でオレに伝えようとしてくれているか。

「今度は、見送る。オレが一番に行って来いって言ってやるからな」

 ブルーグレーの瞳に、射抜かれそうだ。
 オレの心がぎゅっと握られた気がした。
 強い眼差しは過去に向けられたこともあったが、それと今は全然違う。凶悪さはなく、それにも関らず強烈な視線。

「……ずっと、気にしてたのか?」
「いや全然」

 聞きたかったわけでもないけれど問いかけてみた。そうしないと、締め付けられた鼓動が苦しくて仕方なくて。案の定クロウには迷うそぶりも見せず首を振られてしまって、ほんの少しだけへこむ。

「ただ今、オレがそうされたら嬉しいから。最近、お前に見送られるの、嬉しいからよ」

 やっぱりまっすぐに言われた。
 別に顔は赤くない。クロウ、オレが一番分からないのはお前の照れどころだ。そこは恥じらいながら言ってくれたらオレも素直に可愛いな、なんて言ってやれたし、笑って誤魔化してやることだってできたのに……満足できねえぜ。
 しかし黙って次の言葉を待っていられるオレも、大物だよな。

「オレ、遊星やジャックや、お前と出会ったことは運命だって思ってんだぜ。運命ってのがあるとしたら…あるとしたらだけどな」

 言い訳がましく強調されても何にも変わってないぞ、クロウ。

 言ってやろうかと思った言葉を呑みこんで次の言葉を、じっと待つ。待つことが嫌いなオレが待ってやれているのは、相手がクロウだからに他ならない。鉄砲玉のクロウはチームの特攻隊長。飛び込んでいくときに一番力を発揮する。
 だからオレは飛び込んでくるクロウを受け止めることに徹して、言いたいことを全部言わせてやるんだ。それが、オレとクロウのバランス。

「だって楽しかったもんな、サテライト制覇!」

 そこでようやく少し照れくさそうに笑って、それなのに晴れやかに言われると情けなくなる。
 クロウのこの笑顔を、あの時の苦しそうな顔に変えてしまったのは他でもないオレなんだ。オレが引き返していたら、もしかしたら何倍もクロウの笑顔を見られたかもしれない。クロウだけじゃなく、遊星、ジャックの笑顔もだ。
 あの頃のオレは、チームでデュエルし続けることこそが4人で笑える道だと思ってた。それは間違いじゃなかったと思ってる、そこまでは。

「……サテライトに生まれたことが、運命の始まり、だったな」

 サテライトで満足するためには、それしかないと思って。でかい目的を立てて、そこに向かうことが大事だと思って。
 壁を全部たたき壊した先に、未来があると信じていた。

 でも違った。オレは見落としていたんだ。
 壁の端にあった、重い扉の存在を。
 開くだけでよかった。見つけて、開くだけでよかったんだ。

 遠回りしたな。

 橋が繋がる瞬間、オレたちの誰かが呟いた。

 壁ごと壊してしまおうとしたオレ。下ろされた梯子を一人で登ったジャック。ジャックが残した梯子を辿った遊星。内側から騒ぎ立てていたクロウ。
 遠回りしたよな、ここに来るまで。 

「かもなあ。言っちまえば終わったことは全部運命ってやつになっちまうのか」
「身も蓋もねえな」

 クロウは上目で天井を見上げながらぼんやりと零す。あまりにももっともで単純な意見に苦笑したオレに、クロウが向けたのは笑顔、でもなく。
 何でもないことを口にする、当たり前の顔だった。

「まあ何にしろ、これからはちゃんとお前も一緒だからな」

 また、オレの中のどっかが締め付けられた。
 笑顔より泣き顔より照れた顔より怒った顔を見たときより、心臓がうるさい。
 叫びたい衝動を堪えて、目の前にいるクロウの背中に手をまわして抱き込む。オレの代わりにクロウが悲鳴を上げた。

「く……る、しいぃ……」
「だろうなっ」

 オレが締め付けられた分だけ、両腕に力を込める。こんなんじゃたりねえ、満足できねえ、言いながらぎゅうぎゅうに抱きしめてやれば、クロウの両手がオレの背中を叩いた。あまり痛くない。

「きりゅ……きもい」
「はは、ひでえな」

 でもそんなとこも好きだぜ、なんて囁いてやれば背中を叩いていた手が止まる。オレの腕の中でクロウが動きを止めたのは、これまたストレートな答えなんだと受け止めた。

「……苦しいっつーの」

 背中を叩いていた手が、オレの背中で服ごと握られた。
 つまり、だ。

 とりあえず、もうちょっとはこのままでいてもいいってことだろ?


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