Precious parfait



「クロウ兄ちゃん、ありがとー!」
「かわいいー!」

 きゃあきゃあとはしゃぐ声を聞いて、頬が緩む。ホワイトデーやバレンタイン、サテライトにいたころは過ぎるだけだった一日を行事として過ごせることの幸福を噛みしめて、クロウは飛びついてきた少女、ココロの頭を撫でた。
 机の上に置かれた白いクマのぬいぐるみ付きの桃色のギフトボックス。中は、煌びやかな包み紙で覆われた飴やチョコの詰め合わせだ。ホワイトデーのギフト向け製品を集めた百貨店の一角は華やかで、サテライトで生まれ育ったクロウにとって居心地の悪い空間だったが、バレンタインにチョコを買うよりはずっとましだった。
 おれ達にはないの、と冗談交じりに投げかけてくる弟分達に小さなチョコ菓子を放り渡して、クロウはあっさりと彼らに別れを告げた。
 子どもたちと同様に驚いたのが、育ての親であるマーサだ。

「忙しいのかい?」
「そういうわけじゃねえけど……」

 頭を掻いて、言葉を濁しながら目をそらす。普段の彼が滅多に見せない、曖昧な反応。何かを閃いたらしい、癖の強い髪をぴょんと揺らしてタイガがクロウを指差した。

「クロウ兄ちゃん、本命もらったんだ!」
「なっ」
「ええー!クロウ兄ちゃんお嫁さんもらうの?!」
「ばっ、違っ」
「えー!やだやだ、クロウ兄ちゃんのお嫁さんにはわたしがなってあげるの!」
「だあーからー!!」

 どこまで本気なのか分からない子どもたちに取り囲まれて、クロウは橙の髪を鳥の巣になるまで掻き毟った。







「クロウ!」

 ぼさぼさの頭をヘルメットに隠した帰路の最後の最後、ブラックバードを停めた瞬間に呼ばれて肩を揺らした。振り向いたクロウが見たのは、青銀髪の長い髪をなびかせて、バイクを降りた男。夕焼けに照らされて仄かに紅潮した頬に、縦に走るマーカー。
 慌ててメットをブラックバードの突起部分に引っ掛けて肉眼で見てみても、広がる光景は変わらない。
 セキュリティのデュエルチェイス部隊のD-ホイールを一台譲り受けた遊星が、鬼柳用にとカスタマイズしかけているものだ。カラーリングは青。鬼柳自身の希望で、彼がかつて乗っていたダークシグナーのD-ホイールに極力形状も近づけることになったのだとクロウは聞いている。彼の言う理由はいつだって曖昧だった。けれど、鬼柳の決意は、曖昧ながらも強固であることを、チームサティスファクションの4人はとうに知っている。

「な、なんでここにいんだよお前が」
「なんでって…こいつの改造の続き頼みに来たんだよ」

 そう、鬼柳のD-ホイールは改造の途中だ。走ることに全く問題はないが、まだライディングデュエルを満足に行うには足りない。そのため、ある程度定期的に鬼柳はシティに通っているのだ。
 クロウは思わず目線を逸らした。今日を意識しすぎた自身を恥じて。
 しかしその瞬間、逆立った髪の上にぽんと置かれた薄い箱。

「あと、バレンタインには貰いっぱなしだったからな」

 両腕を上げて受け取った箱は、水色のストライプの包装紙で包まれていた。中身が何であるかは分からないが、クロウにはすぐこれの持つ意味に気がついた。鬼柳が気まずそうに目を背けて腕を組む。照れ隠しだった。間違いようもなく。
 途端にまた別方向に恥ずかしくなって、クロウは箱を無理矢理ポケットに押し込もうとしながら唇をとがらせる。

「…別に、ついでだったんだからよ」
「一番欲しかったもんなんだから返させろよ」
「……よく言うぜ」

 受け取った小箱は、ポケットには入らない。
 そんなことは、受け取った瞬間から分かりきっていたことだ。諦めて箱を摘んだ腕をぶらぶらと揺らし、ちらと鬼柳を見上げた。何を訴えている瞳に見えたのだろう。鬼柳はきょとと見開いた目をゆるりと苦笑に変えて身を屈めた。合図も何もなく、ただ思い至ったタイミングで、クロウは顔を上げる。
 先に唇が触れて、次に頬を撫でる指。触れる一瞬だけ閉じられた鬼柳の目を、クロウはじっと見ていた。薄く開かれて目が合うと、彼はまた苦笑する。照れ隠しだ。お互いに。

「…随分大人しいな、いつもならここで蹴られてんのに」
「…たまにはいいだろ。何だよ、蹴られてえのかよ」
「そういうわけじゃねえって」

 肩を竦める鬼柳に一度送った目線を逸らし、クロウは落ちつきなく渡された箱を軽く放り投げては受け取り、揺らしてみたりと、意味なく手と視線を動かし続ける。流石に鬼柳も、首を傾げた。

「どうした?」

 問われクロウは目線を上げる。やや不満気に。

「……ガキどもんとこに、ホワイトデーの菓子持っていったんだよ、さっき」

 数歩分うろうろと足を動かした後、ブラックバードに備え付けた荷台に鬼柳からの小箱を放り置いてから紡ぎだされた言葉。
 うん?
 鬼柳は疑問系で声を発することで、先を促す。

「…それで、本命がって話になって、……別に何でもねえや」
「おい」

 待ったをかける腕。伸ばされた鬼柳の腕に引き寄せられて、抱き止められたクロウが俯く。小さく唸る声と耳まで赤くなった顔を隠しきれずにいる彼の思考は、笑えるほどに正直だ。 
 赤くなった耳に唇を寄せると、顕著に跳ねる肩。くすくすと笑って、鬼柳は首を僅かに傾け囁いた。

「何? 俺が本命って?」
「言、ってねえだろンなことっ」
「違うのかよ」
「ッ、耳かじんな!」

 耳の端に触れた犬歯を拒否するのは言葉だけ。
 払いのける力を持つ手は、鬼柳の腕を強く掴んで、むしろ引き留めるために力がこもる。
 合図。

「否定」

 弧を描いた鬼柳の薄い唇が、ゆるりと。

「しねえ、な」

 クロウ・ホーガンは正直者のデュエリスト。
 ブラフはともかく、――嘘はつかない。
 








 ポッポタイムのガレージの個室は、揃って使われることはもうほとんどない。鬼柳の言葉を信じれば遊星は帰ってくるはずだが、まだその気配はない。
 当然と言えば当然だ。鬼柳曰く、約束の時間は夜。
 遊星は今、KCの研究室に招かれて遊星粒子の研究をしている。時間が許す限り、彼はそこを離れないだろう。不動遊星は、約束は守り、決めたことはやり通す男だ。知っているからこそクロウと鬼柳はばたばたと、荷物も抱えたままクロウの寝室として使っている小部屋に飛び込んだ。
 後ろめたい気持ちも、荷物ごと床に放り出して。

「あ、やっ…べ」

 片手から一緒に零れた小箱、水色のストライプ柄のそれを拾おうと伸ばしたクロウの腕を、鬼柳が掴んで一緒にベッドに倒れ込む。はなせともがくクロウを体格差を生かして押さえつけ、ぎゅっと閉じられた瞼の上にひとつ、キスをした。

「別にいい」
「よくねえ」
「良いんだ、こっちにもある」

 鬼柳を押し除けることは諦めたのか、横から転がり出ようとするクロウを、鬼柳は至極にこやかに制して、黒いロングコートのポケットからプラスチック製であろうボトルを取り出した。
 ボトルと言うと語弊があるかもしれない。それは紛れもなく、シティに来てから子どもたちのためにクロウも手にしたことがある、業務用のチョコレートシロップ。

「チョコ…」

 さっさとコートを脱ぎ捨てて、鬼柳はくるくるとキャップを外す。中には銀紙の蓋が一枚。ぺりぺりと剥がして、またキャップを捻じ込む。ごく普通の使い方。あまりに普通で、クロウも一瞬反応が遅れた。シャツをまくりあげられても動けなかった。
 チューブの先端から、ほどよく溶けたチョコレートシロップがクロウの腹にぼたぼたと落とされるまで。

「ッあぁああ!? 何してんだよっ」

 悲鳴を上げて飛び上がりかけたクロウだったが、咄嗟に理性が働いた。暴れたところで広がるだけだ。

「どうせ汚れるし」

 言いながら、鬼柳はさっさとシャツを脱ぐ。クロウはギリギリと奥歯を噛んで、愛用のグローブをまずベッドから出来るだけ遠くに投げ捨てた。ヘアバンドもだ。放っておけばどこまでぶちまけられるか分かったものじゃない。くっくと笑う鬼柳は、両手の平でクロウの腹の上のチョコを救い取って、両頬に走ったマーカーを撫でた。

「賢いな、クロウは」
「るせー黙れクリーニング代出せよ」
「新しいの買ってやるよ」
「…いちいちムカつくな」

 たくし上げたシャツをチョコで濡らさないよう、首元ギリギリまで持っていく。首筋に溜まる熱と、チョコレートの甘い香りにめまいがした。クロウは視線を顔ごとそらし、頬に触れるほのかな熱を享受すると、鬼柳がふっと息を吐く。微笑った。

「チョコレートのマーカーとか、可愛いのにな」
「かわいくねーよ…」

 可愛い。
 鬼柳はわざとらしくゆっくりと繰り返して、クロウの頬を、マーカーをなぞったチョコレートを舐め取った。軽く食んで、目尻までもう一度舌で伝う。
 数度繰り返す、戯れと愛撫の狭間。ひくんと喉を震わせるクロウのパンツの前を、鬼柳はそっと寛げる。汚れた右手。腹部を撫でていくそれを視線で咎めようとしたクロウだったが、唇を塞がれ阻止された。反射的に閉じた眼。
 歯の裏側、舌先から喉奥までなぞられれば、求められているのだと嫌でも伝わる。絡め返すつもりの舌はいきなりの甘味に驚いてしまったのか躊躇したので、先に腕を首の後ろに回す。

「ん」

 小さく呻いたのは鬼柳。触れていれば分かる程度に唇の端が上がった。角度を変えて再度差し入れられる舌。おいでと、無言で言う。
 重なった胸。心臓があちこちで鳴るような違和感。
 舌を絡めて、唾液で緩和された甘味を呑みこむ。お世辞にも美味とは言えないにもかかわらず、顔を背ける選択肢はない。不快感はゼロではないが、それを上回る何かが蓋をする。
 無意識に喉を震わせ、薄く開いた唇の間から、呻く声と水音。

 何日、何週間、何カ月ぶりだろうか。
 欲しがっているのは、一方じゃない。

「っぁう」

 唇の端から引いた糸を、普段より高い悲鳴が裂く。真っ赤になった頬を、首元のタンクトップシャツを引きあげて隠す。頬と唇に残ったチョコレートが繊維に染みついただろうが、気にかけている余裕は気付けば無くなっていた。

「ひぅ、っぐ、…く」

 笑みを浮かべ、鬼柳は己の唇を舐めた。チョコで汚れた右手は、クロウの下着の中。唇から零れていた水音の代わりに、そこから聞こえ始める濡れた音。形を作った雄は解放を求めて主張を続けるが、鬼柳はすんなりと触れていた手を離してしまった。
 
「…おぃ」
「大丈夫だって、ちゃんといかせてやっから」

 限界まで伸ばされて引き下ろされた下肢の衣服は、太股の中間で止まる。え、とクロウが声を上げた。「それじゃ入らない」と言いかけて、慌てて口を閉じる。
 絶頂の快感を思い浮かべると、即座に挿入に繋がる思考には呆れるしかない。羞恥に目を閉じたのは、クロウの判断ミスだった。

「…ぃ!?」

 くちゃ、とわざとらしい音。
 慌てて身を起こして手を伸ばせば、薄青の髪を掴むことができた。

「う、ぁ…あ、っ」

 クロウの性器を咥えこんだ鬼柳は、先ほどまでクロウの口内を慈しんでいた舌でそれをじっくりと舐る。ひとりでは味わうことのない刺激を受けて、クロウの身体は抗うことを許さなかった。確かめるようにもう一度指に細い髪を絡めてから、そろりと引き離す。二、三本は抜けてしまっただろうか。

「っわり、……ぃ、うっ」

 離した手を叩きつけるようにベッドに落とすと、深く吐息が漏れた。カタカタと震える体を縫いとめるようにシーツを掴んで、両足に力を込める。ぱくりと口を開いた鬼柳が、もう一度根元まで咥えこんで、吸い上げる。

「っひあぁ……ァ!」

 クロウの背筋を駆け抜けていったものが、クロウの言葉を悲鳴に変えさせた。同時に吐きだされた精子を、鬼柳はどうやら呑みくだしてしまったようだ。顔を上げて、親指の腹で唇の端を拭う。
 久方ぶりの重なった絶頂は、クロウに多大な疲労を与えて容易く彼をベッドに沈めた浅い呼吸を意識して深く、深く繰り返して、溜まっていた唾液を呑みこんでから、眉根を寄せて鬼柳を見やる。指の腹を舌先で舐め取った鬼柳は、苦笑を浮かべて視線を返した。

「っに、して、っ…だよ」
「甘いかなと思って」
「なわけあるかよ」
「ん。想像してたより甘くなかったな…」

 言って、懲りずに身を屈め唇を押し当てたのは、チョコレートの残る腹部。こっちは甘い、と、舌を這わせる。垂れ落ちかけたチョコレートも逃すまいと唇を動かす彼は、単純に食事を味わうのと同じ顔をして、極めつけに、はた、と思い出したように目を見開く。

「チョコパフェ食いてえな」
「……可愛いリクエストだな」
「まあ今もチョコパフェみたいなモンだけど」

 臍の真横を軽く吸い上げて膝立ちでクロウを見下ろす、機嫌は最高に良さそうだ。いそいそと自分のベルトを外す姿はどこか間が抜けていて、思わずクロウも苦笑した。未だ、頭の芯は弱く痺れていたけれど。

「なんにしろ、残さず食うぜ、俺は」
「いい…心がけ、だ」

 曝け出された鬼柳の下肢でも、性は主張していた。見慣れているはずのそれが、いつもよりも大きく見えるのはなぜだろうか。生唾を呑み、クロウは自ら枕側に体をずらした。そうして中途半端に降りたパンツをずり下げる。
 さりげなくしたつもりだが、ばれただろうか。
 視線をやって窺うが、鬼柳はさっさとクロウの太股に引っかかった衣服を全て足首まで引き下ろした。
 来るのか。身構える。目を閉じると感触がリアルで苦しいことは知っていながら、そうせずにはいられない。薄い皮膚の下の筋肉を精一杯強張らせ、瞼同士を押しつけて訪れる瞬間を、待つ。するりと性器を撫でられて身を震わせた後。 

「ぅえっ、…?」

 迎え入れた刺激は、想像よりずっと弱かった。

「…ちょ、あっ、ぉ、まっ」

 それでいて、確実な刺激。入ってきたものは、クロウより長い鬼柳の指。内側を押し広げる動きは、随分と荒い。ぐちゃぐちゃと掻き回してから、顔を顰めて舌まで打った。

「キツ…」
「ったりめ、だ、…っから、もっ、ゆっくり!」

 文句を言って蹴りあげると、鬼柳は納得のいかない顔で唇を少し突き出した。指は中でゆるくうごめかせたまま。 

「なあクロウ、チョコは溶ける前に食べるもんだぜ」
「はっ?」

 ギリギリまで引き抜いて、入口の周辺を別の指でなぞる。ぐいと内側の指を横に倒して無理矢理作った隙間に、もう一本滑り込ませる間に、クロウの制止の隙などなく。
 
「もう溶けすぎてるくらいだし」
「何言って!ぃんっ!?ゃ、あ、あっ!?」

 二本の指で可能な限り奥までを抉られ、たまらず跳ねたクロウをさらに鬼柳は追い立てる。今までにないほど根元まで埋めて、容赦なくガツガツと抽挿を繰り返す。慣らすための行為では既になかった。知りつくされたクロウの内側は得た快楽と苦痛を残さずクロウの芯に伝えた。消えかけた痺れが徐々に戻っていく。動けなくなる。心も。

「要するに」

 鬼柳は笑みを浮かべてはいなかった。真剣に、笑えるものならば笑ってやりたいと思うほど生真面目な顔で、クロウの足を腹部へ向けて押しつける。持ち上がった臀部、塞ぐ指が離れ、隠そうとひくついた口に押し当てられる熱の塊。

「待てない」

 湿り気を帯びた内壁が、一気に飲み込んだ。クロウの動きを制限していた痺れが火花に変わって飛び散り、やや遅れて、クロウの喉が震える。 

「っ、いあぁァっ!!」

 単純な悲鳴だった。この場に第三者がいるならば、確実に二人の間に割って入っただろう、それほど悲痛な声。元凶である鬼柳ですら顔を歪めた。締め付けの強さだけでは、決してしない顔。
 根元近くまで埋め込んでおいて、あとはゆっくりと、クロウの身体を揺さぶりながら馴染ませていく。

「ひ、ひァっ…は、ぅ、」

 痛みよりも、苦しみが勝った。呼吸を阻止する質量を腹に抱えて、クロウは肩で息をする。深呼吸すらままならない彼をあやすように、鬼柳は何度か名を呼んだ。
 酸素を欲しがって開く口がふらふらと惑って、やがて、一度結ばれた。

「だっ…、ぁいしょからっ、いぇ、よっ!」

 涙目の悪態と共にばたついた足。荒い呼吸の最中、唸る声。怒ってはいない。本気になれば、鬼柳を蹴り剥がして背を向けて逃げるくらい、クロウはやってのける。
 詰めていた息を、鬼柳が吐いた。

「っ、言うのもカッコ悪いだろ!」
「余計、だっせぇえよっ、うぅ、ぁ、あっ」

 言葉の後は、倍以上の質量をランダムに打ちつけるだけの行為が続く。どこに触れているかはもう問題ではない。苦痛でしかないはずの感触まで、クロウは全身で受け入れた。
 とうに、慣れている。こうしてわざと焦らして、最後に一気に快楽に沈めてくるのが鬼柳の手だと、知っている。

「んっ、…ぐ…っ、くぅう」
「口開けて」
「ぁう、あ、はっ、ぁ」

 クロウを貫きながら、余裕ぶって笑った鬼柳が、舐め取り損ねたのだろうチョコレートを掬い取ってクロウの口に押し込んだ。強い甘さを訴える舌の上、転がり出るのはそれ以上に甘い声。
 ふると首を振るクロウを、鬼柳はより一層強く攻め立てた。予想通り、クロウに快楽を与えるためだけに。
 
「うあ、あ、あ、っい、う、ゅう」
「ど、した…?」
「いっ……」

 クロウの声が霧散する。ぱちぱちと瞬き、弾け飛んだ快楽に、指先までを震わせる。クロウの雄が弾けたとき、少しばかりクロウが満たされた顔をしたのは、言いかけた望みを鬼柳がちゃんと拾ったからだ。
 腹部と衣服を汚した白濁を指で掬って、鬼柳はぐいと身を屈める。キスは正しく、唇に。

 ―― 一緒に。
 
 願い通りほぼ同時に吐きだした熱の処理をどうしたものかと閉じた瞼の奥で考えながら、二人はそっと唇を離す。呆れるほど強い、チョコの味が残った。

「…な、クロウ」
「んん…?」
「チョコ余ったから、後でパフェ」

 鬼柳の手が、クロウの左胸をまさぐる。その手をクロウは容赦なく叩いた。どうやら、思考は同じ場所に行きつかなかったようだと、互いに苦笑を浮かべる。

「……コーンフレークでいいか?」
「ブラウニーくらい焼いてくれよ」

 肩を竦めた鬼柳が身を起こす。即ち、折れたのは鬼柳。狭いシャワールームに身を押し込める覚悟はできたということだ。
 クロウから伸ばされた腕に応えて、鬼柳は彼を抱き上げた。
 ベッドサイドに転がったチョコレートシロップのキャップが閉じてあることと、水色の小箱がひしゃげていないことを確認して、クロウは鬼柳を見上げた。優しげに細められる目を、じいっと見つめる。その目に欲はない。今は。


 ブラウニーが焼けるかどうかは、鬼柳次第だ。

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