クラッシュタウンと呼ばれた町が、サティスファクションタウンと名を改めて、二年。
町もすっかり落ちつき、一周年に出来なかった記念パーティをするから来い――
と、鬼柳京介からかつてのチームメンバーにハガキが届いたのは、パーティに間にあうには随分ギリギリの日程だった。
チーム・サティスファクション。メンバーは四人。
プロデュエリスト、ジャック・アトラスとクロウ・ホーガン。ネオドミノシティの研究者である、不動遊星。そして、それらを束ねていた人物こそ、サティスファクションタウンの『町長』と呼ばれる男、鬼柳京介である。
パーティは改装を終えたレストラン・バーで行われる手はずだった。
主を変えた店内は、過去を知るものが見れば驚くほどに整えられていた。準備と言っても、邪魔な椅子やテーブルを避けてしまい、料理と酒を並べればいい。しかしその最中、かつてのように容赦ない勢いで入口のドアが開かれた。
背の高い金髪と、やや小さいオレンジ。
二人を見た瞬間、スーツを纏った同じ年ごろの男二人が表情を明るくした。
「連絡が遅い!この俺は忙しいのだと何度言わせる!」
「そうだぜ鬼柳!こっちがどこにいると思ってんだよ、こんな日程で戻ってこれるかって!」
久方ぶりに顔を合わせた途端、指を突きつけ拳を握り吠えたプロ二人に、指された二人は互いの顔を見合わせ、また正面に視線を戻した。
「でも来てくれてんじゃねえか」
「戻って来られたじゃないか」
言われた途端、ぐうの音も出なくなる。
チーム・サティスファクションの絆とはいかなるものか、その場にいた全員が一瞬で理解できるほどのやりとりの後、慌てて着替えに走った二人を待って、予定通りパーティは始まった。
昇った月も眠り始めるころになっても、宴はまだ終わらない。子供たちを含め、半数はすでに会場を後にしていたが、席を外れるのは主役に近いほど困難で、今、まさにその壁にぶち当たっていたクロウは壁際に座りこんで深く息を吐いた。
タキシードのタイを指で引き、喉元を寛げた。髪を押し上げるバンドなしでも乱れないようにとセットした髪を掻き乱したい衝動に耐え、額に手の平を押しつけて、眉間のしわを増やす。
アルコールで出来上がった独特の陽気さの中、明らかに異質の雰囲気を纏うクロウを見つけたのは、遊星だ。ほとんど酒には手をつけていない彼は、すいと鬼柳の隣を離れ、クロウの傍までやってきた。
グレーのベストに重ねた、紺に近い黒のスーツ。派手さはないが一目見て分かるほど仕立てのいいそれは、遊星には良く似合っている。差し出された手を押し返し、クロウは苦笑で彼を見上げた。
「んやー…おれ、朝イチで飛んで来てっからよ、ぉ…」
「そうか…おやすみ」
耐えきれずに欠伸を見せたクロウに、遊星も苦笑で返す。おぼつかない足取りで会場をそっと抜け出そうとするクロウは見逃されるはずもなく、進むたびに声がかかる。しかし、それを見越していた遊星が黙っているはずもない。ごく自然に始まりかけた会話を打ちけして、クロウを出口まで導いていく。
ジャックの回りには人だかりができていた。チームファイブディーズであったころの昔語りを始めたようだ。遊星がちらと彼に目をやる。唐突に始まった演説染みた昔語りが、意識を自分に向けるためだと気付いたからだ。
まさに適材適所。クロウはそんな二人の気遣い全てに感謝を述べる余裕もなく、そっと会場を抜けだした。
「遊星」
クロウが去った後、振り向いた遊星の目の前には鬼柳が立っていた。
仄かに赤くなった目尻を下げて、静かに笑みを浮かべている。相当酒が入っているだろうに、立ち姿は凛として、どこか威厳のようなものまで感じさせた。
「クロウ、どうした?」
「ああ…眠るそうだ。相当疲れているんだろうな」
「そうか…」
緩慢な動作で視線をドアに送る。若干乱れた髪が目元を擽るのが気になるのか、長い指でかきあげた。以前ほどではないが、白い手に淡く細い髪。スーツの黒も相まって普段以上に凛々しく立つ彼は、盛り上がる声にあっさりと背を向けた。
「おい、遊星、勝負だ」
逆に声の方へ向き直った遊星には、即座に声がかかる。白いタキシードを纏ったジャックに呼ばれるままに人だかりに向かう。開けられた道を抜けると、テーブルの上に数個のデッキが並べられていた。期待に満ちた視線を受けて、妙に得意げなジャックと目を合わせる。
「好きなデッキを使っていいそうだ」
「……どういうことだ?」
「デュエルが見たいそうだ。俺と、お前のな。だが、それにはまだ早いだろう?」
会場全てが、もはやジャックのペースに取り込まれてしまったようだ。
日もまたいだし、記念日は終わった。代わりに訪れたのは、プロデュエリスト、ジャック・アトラスと伝説の英雄、不動遊星のデュエルという貴重すぎる機会。
「それで皆からデッキを? …構わないのか?」
「出来ないとは言わせん。俺が勝つがな!」
ちらと遊星が見やった周囲には、鬼柳の姿もなかった。
パーティ会場よりは冷えた空気を肺いっぱいに吸いこんでも眠気は消えず、宿にと宛がわれた新築の家に辿りついたクロウは、ベッドを選ぶ余裕もなく倒れ伏してしまった。
いずれ訪れる遊星とジャックが、取りあえずは何とかしてくれるだろうという確信も、余計にクロウの気を緩ませる。
「ふぅ…」
息を吸うにも吐くにも、首元のかしこまった蝶ネクタイが苦しい。だが、半分眠った体は上手くタイを外させてくれなかった。どこかに留め具があったのを記憶していたが、指は全然それに触れない。
ベッドにうつぶせてもどかしさに呻いていると、急に目的は果たされた。ころりと仰向けに転がって、見上げると遊星でもジャックでもない、見知った顔。
「……んあ……きりゅ?」
ふ、と微笑みかけられたかと思いきや覆いかぶさってきた体に抱きしめられ、クロウは鬼柳の腕に手をかけ、限界まで首を伸ばした。鬼柳の肩の上に鼻先を押しつけて、うう、とまた呻く。仄かに残る香水の香りと、吐息に混じった独特の臭気がクロウの嗅覚を刺激する。
「さけ…くっせ」
「そうか?」
「どんだけ呑んだんだよ、顔、熱い…」
ぺち、と叩いた頬を押して、鬼柳の身体を押し返す。すんなりと離れた顔を突き合わせると、つい先ほど一瞬だけ見えた笑みがクロウの視界いっぱいに映った。
からかうつもりで両頬に押しつけた手を、思わず放してしまう。伏せがちの瞼が仄かに持ち上がって、長い睫毛が震える一瞬に、クロウの目は完全に奪われて。
「お……おいっ」
直後、首筋に埋められた唇への対処が遅れてしまった。躊躇なく吸われて、刻まれる痕。次を求めて離れた唇の間に、クロウの手が入りこむ。鬼柳は一瞬眉根を寄せたが、またふわりと微笑んで、その指に唇を押しつけた。
「ばか、…お前が抜けて、どうすんだよ」
「遊星とジャックがいる」
ちろりと出た舌の先がクロウの指を擽る。その跡に外気が触れる冷たさでクロウが身を震わすと、すかさず耳朶を唇で撫でていく。
「今日、あいつらの、記念じゃ、っ」
油断も隙もない、無駄もない。じゃれついてくる鬼柳に翻弄されながら、クロウは身を捩る。拒絶のために伸びた手が不意に取られて、指を絡めかたく握りしめられたのは、言葉を全て紡ぎきる前。
「俺と二人は、嫌か?」
鼻先が触れあう距離で、鬼柳は真剣だった。
切れ長の瞳が潤んでいるせいで視線こそ柔らかくはあったが、まるで甘えるような物言いは、クロウの感情と思考を直接くすぐるには十分すぎる。あ、だの、う、だの、意味もなく声を上げた結果、
「……そうは言ってねえ、だろ」
「良かった」
撃沈した。
クロウが顔を背けたせいで、正面にやってきた頬を、鬼柳は指先でふにふにとつついた。ついと指を滑らせて、その頬にキスをして、嬉しそうに目を細める。横目でしっかりと捉えていたクロウは何とも言えない顔と胸の奥の熱さに、鬼柳のスーツを握っていた手を、さらに強く握りしめた。
次はどう来るか、考えながら、クロウがぎゅっと目を瞑った直後、頬への二度目のキスの後、鬼柳は身を起こした。
「へ?」
雨のようなキスか、より濃厚なものへと続くと思っていたクロウは、拍子抜けして目を開く。背中に回りかけた手は中途半端に腕の上で留まった。頬を撫でた手が、額を撫でて、髪へ。
「なんか、お前に触ってたら元気出た。単純だな、俺も」
一段と口角を上げ目尻を下げた鬼柳は、呆気にとられるクロウの手を取り、自らの桃色の頬に寄せた。甘えるような頬ずりの後、ベッドを軋ませ、降りてしまう。
「じゃあ、おやすみ」
追い打ちをかけるように、優しい声が告げたのはつまり、今夜の別れを意味する言葉。クロウを独り、眠りの世界へ送り出すための。
普段なら、その声に酔って、クロウは眠りに就いていたのだろう。だが、今日は違う。穏やかに、柔らかく、ただその場にいるだけで誰をも魅了するだろう救世主の後ろ髪を逃すことは戸惑われたのだ。この時間がもったいないと思う、そう言えば可愛いものだが、要するにただの独占欲。
「あ、その、な」
気付かぬうちに、クロウは鬼柳の腕を掴んでいた。
どうした、と視線が問いかけてくる。夢の中に半分足を踏み入れたような、妙な感覚がクロウをひたすら戸惑わせる。
「ま、まだいいだろ」
「主役が抜けられないだろ?」
「それはさっきお前、遊星とジャックがいるからって!」
「あいつらの記念じゃないってお前が言ったろ…どうしたんだよ?」
涙膜の厚い眼をぱちりとさせて、食い下がるクロウを見下ろす鬼柳の目はただただ慈愛に満ちていた。会場よりも少し砕けた立ち姿。気だるげに傾げられる首を、流れる僅かに乱れた長髪。
「その…抜いてやるっ、よ!」
空いた手で指したのは、何の反応もない鬼柳の下半身。何を、など問わせるものかと言わんばかりに勢いよく指した手前、誤魔化すことなどもう出来ない。
鬼柳の金色の瞳は揺らめきながら、ぱちぱちと瞼に隠れた。沈黙が時を無駄に塗りつぶしていく。
「その、あああ、だってほら、飲んでるとそういうのあるだろ、何か変なことになったら困るだろ、でもおれはほら、アレだし、アレってなんだよ、でもほら、あああ、あの!」
言葉も出なければ舌も回らない。眠気こそどこかに吹き飛んだが、酔っ払った時より達が悪い、むしろ酔えていたなら良かったと思えるほどにクロウの思考は乱れていた。
頭をよぎる色とりどりのドレス。クロウには決してないものを取り揃えたまろやかなボディラインを武器に、鬼柳の視線を奪おうとするさほど歳の違わぬ女性たち。
その影にあった、クロウよりはるかに年上の男たちの視線も思い出されて、かっと頬に血がのぼるのを感じながら、クロウは両手で顔を覆ってベッドに倒れ込んだ。男であろうと抱かれる側に回ることもできると知っているからこそ、想像できてしまう、有り得ないはずの関係も含めて、『一夜の過ち』がいくつも浮かんでは消える。
払拭するには、こうするしかないと思ったのだ。半分眠っていた思考では、ベッドの傍らでできることなどひとつだと。
「……今日は、いい」
飛びついてくるだろうと思った体は、動かなかった。
えっ、と飛び起きて、見つめた鬼柳はけろりとしていた。嬉しそうに微笑んではいるから、嫌ではないのだろう。が、普段であれば何事もなくても触れてくる手は、ごく自然に髪をまとめ直している。
襟を整え、自らの姿を見下ろし、もういちど鬼柳はクロウだけに蕩けた眼を向けた。
「今日は、お前に無理させないって決めてる」
言葉の通り、欲など垣間見せずやわらかく頭を撫でるてのひら。歓喜と困惑と羞恥で真っ赤な顔を隠すこともせず、両手で鬼柳の腕を掴む。縋りつくように抱え込んで、引き込んで近づけて。
「っ別に無理してねえ!だから」
言いかけたクロウの言葉を、首を振ることで遮る。鬼柳はここで少しばかり表情を変えた。苦笑に。
「……酔ってる、からな。加減忘れちまう」
照れ臭そうに、唇を緩やかに結んで、身を屈めた鬼柳の左手がクロウの頬に添えられた。普段よりずっと熱いはずの手のひらは、それでもクロウより冷たい程度だ。
「こうやって、逢えただけで、俺は満足だぜ?」
こつんと、額をぶつける。絡みついて離さないほどの長く深いキスは訪れず、順序もなく下肢を狙ってくるはずの手は、頬から離れない。それでも鬼柳は幸せそうだ。言葉の通り。
「な…っんでだよ…」
クロウも幸福ではある。当然だ、さほど言葉にしないとはいえ、二人は恋人なのである。それでも、満足など出来そうにない。不安と、恐怖。醜い嫉妬心が呼び起こす怒りを、クロウは堪え切れなかった。
目の奥の沸騰せんばかりの熱さを誤魔化すこともせず、鬼柳の衣服をひっつかんで、ベッドに引き込み倒した。
「クロ――ッ!」
仰向けにベッドに倒れた鬼柳の腹の上に飛び乗ったクロウは、焦る声を唇で塞いだ。クロウを受け止めようとしたらしい手が、ぴくりと震えた後、その身を押し返そうと両肩に向かう。
鬼柳の動きを察して、クロウはすぐに唇を離して飛び退いた。両足の上、腿でしかと固定して、鬼柳が身を起こしたところで逃げ切れない体勢を作る。
「大人しくしてろよ、すぐ終わるからな!」
驚愕に開いた金と冷静さを失った銀がいちどぶつかって、クロウの視線が下がると同時にその両手も下がった。下半身をきっちりと覆う黒い布地の前を塞ぐ、ひやりとした金具に、戸惑いなく指はたどり着く。
クロウの指が、勢いの割に丁寧にれを取り出してしまうと、鬼柳は顔を顰めながらも拒絶の意思を破棄した。両手を体の横、ベッドの上に置いて、何の反応も示していないそこにかぶりついたクロウに何も言わず、見下ろす。
緊張で乾いた口内は受け入れたところで絶頂に導くだけの余裕はなく、クロウは咀嚼するように、舌の表面と頬の内側を咥えこんだ性器に擦りつけた。
繰り返していけば、唾液は徐々に絡みつき、口の端から零れて鬼柳のそれの根元に落ちた。すかさず、クロウは指の腹で袋に撫でつける。
「……お前、酒、飲んだな…?」
乱れる呼吸を噛み殺しながらの言葉に、クロウは答えるそぶりも見せず一心不乱にしゃぶり続けた。薄く開いた唇が鳴って、包まれながら形を変え始めた性器の肉は出入りとともにぬめった音を立てる。
「んっ、……は、ふっ」
喉を抉るほど育った吸い上げて、確かな質量に舌を這わせて確かめる。クロウの口内と同等か、それ以上に熱くなったものは、決して酒の勢いや会場に漂う空気に影響されたものではなく、クロウによって昂らされた結果だ。疑問だらけだったこの結果が、今はクロウを満足させる。
好きな子がしてくれるなら頑張っちまうのが男だろ、とは鬼柳の談だが、この立場で理解できるようになるとは。
急に可笑しくなって、クロウは唇の端を持ち上げた。
「い、ッ」
途端、詰めた声を鬼柳があげて、クロウは口を開いたまま顔を持ち上げる。気が緩んで、歯を立ててしまったことに気付いたのだ。一瞬とはいえ、敏感になっている箇所に、ダメージは相当だったろう。触れることもためらわれて、引きつった笑みに詰め寄った。
「うあ、悪い、鬼柳ッ」
「ああ、平、気だ…お前の方こそ」
呼吸を整え、今まで以上に潤みを帯びた目をそれでも細めて、鬼柳は親指の腹で目尻をなぞった。自身のではなく、クロウの。
「……ンな泣きそうな顔するなよ」
優しさは、今のクロウには凶器だった。
まだクロウを心配して自身をおろそかにするだけの余裕が鬼柳にはある。喜ばしいはずのことなのだが、クロウにとっては衝撃的でしかなかった。
こんな一面があることを、クロウは知らない。クロウにとって、鬼柳は、こんな『おいしい』状況を放り投げてまでクロウを慈しめる余裕のある大人ではない。
泣きはしない。泣けてきたのは、本当だ。
鬼柳の目の前で、一度嘆息したクロウは、先ほどまで愛撫に使っていた指先を自分の口内に閉じ込めた。鬼柳を見つめ、鬼柳にしていたのと同じように、自らの指を舌で擦る。
濡れた指を引き抜いて、鬼柳の視線を集めておきながら。
「…見てないで、…手、貸してくれよ」
くるしい、と片手で鬼柳の手首を掴む。腰のあたりまで導いて、濡れた指をぺろと舐めた。鬼柳はクロウを見つめたまま、クロウの腰に手を回した。ベルトをなぞり降りてきた指が、ゆっくりとバックルを外し、前を開く。布地は臀部をなぞり、やがて、重力に従って立てた膝の裏まで落ちた。
ぴんと硬度を示す自身を隠すように腰を引いて、クロウは鬼柳の肩口に額を埋めた。濡れた指は、後ろに回す。見ずとも分かる、自身の臀部の穴に埋め込んでいく。
「ん……っ、きっつ…ゥ」
加減が出来てしまうのも考え物だと、クロウは顔を顰めた。額を擦りつけながら、詰まる呼吸を深くして、指を増やして。
続けていれば、内側からも痛みを和らげるための活動が始まる。柔らかい肉に指の腹を押しつけて、片手はいつの間にか、鬼柳の首に回して、締め付けると言っても過言ではないほどに抱きしめていた。
沈黙への恐怖をひた隠し、震えながら、無言の鬼柳に囁いた。
「…さすがに、…興奮してきたろ?」
否と言われたら、立ち直れないかもしれない。
弱気を誤魔化そうと笑いかけて、臀部を鬼柳の性器に擦りつける位置に座り直した。腹の上、触れたばかりの尻を持ち上げて、濡れていた先端に擦りつける。不安定な姿勢に、足は震えた。
「鬼柳、中で出すの好きだろ?今日はいいぜ、好きなだけ」
口を開いていないと、鬼柳の手がまた優しく伸びてくる。これはあくまでクロウの予想であり、希望でもあった。自ら打ち砕くべく、口にしたこともない言葉で誘い、腰を少しばかり下ろす。
先端は、小さくとも開いた口を、ぴたりととらえた。
「だから、もうあっち戻るな――ッ!」
躊躇などせずに済むように、一気に腰を下ろす。
無茶な角度で一気に押し入った体積にもクロウの内部は耐えた。内側を一気にえぐり進んだものを受け止めて、ひくり、と体ごとふるえる。
呼吸もかなぐり捨てて、クロウはベッドの上で自身の身体を弾ませた。膝を受け止めたスプリングが軋む。あまり端にいては危ない、頭の隅に残っていた正論が両手を動かして、鬼柳の体を奥に押し倒す。
「…あっ、あ、ッ、ぃ、あぁあっ、きりゅ、きりゅうぅっ」
体を前に傾けて鬼柳の体ごとベッドを揺らす。快楽を求めて的確な位置を探ることなどもちろんしない。全体重をぶつける程度の勢いで、鬼柳から求められるのと同じか、あるいはそれ以上の勢いで、クロウは鬼柳を貪った。
繋がったまま、触れたり離れたりを繰り返す素肌。倒れ込みそうになるクロウの体は、気付けば鬼柳が支えていた。アルコールと、そうでないもの。バカになった嗅覚から伝わる臭気は、クロウに嫌悪を与えない。
「っはう、ぁう、っ」
落ちそうになった唾液を閉じ込めて、濡れた唇を腕で拭う。礼服に液体が染みて、黒を強くした。カッと羞恥が昇りつめたが、クロウは止まらなかった。止められなかった、というのが、正しい。
「……やっぱり、酔ったんだろ?」
「うぅう、ちがっ、あっ、あ」
事実、酔ってはいるのだろう。酒ではなく、行為自体に。
嫌がるそぶりすら見せないクロウの姿は、鬼柳にどう見えているのだろう。柔らかくもない、甘い声もない、余裕もない、子供のような純粋さもない。
だが、涙でかすむ視界に鬼柳の顔を捉えれば、彼は獣じみた興奮を瞳に宿して、クロウを見つめていた。あたりに振りまく愛想もなく、本能だけを宿して、クロウに微笑みかけていた。
「中、すげー…熱いぜ…?」
「っふ、ぁあああ!」
決して強くはない一突きが、クロウのリズムを乱した。下から、鬼柳が求めて抉った体奥。僅かな刺激で、張り詰めていたクロウは全てを開放し、促されるまま、鬼柳も内側に放つ。
「は……ぅ」
余韻に浸りながら、クロウは体を後ろに傾ける。倒れ込みそうになった体は、鬼柳が腕を掴んで引き留めた。
「う…ぁん…っ、きりゅ、……んん……」
「おい、クロウ、もう」
ゆるく腰を揺らせば、鬼柳はまだ反応した。クロウは眉根を寄せながらも、中の白濁をゆっくりと、鬼柳の性器でかき混ぜるように身をくねらせる。
「や…なんだよ…その顔、はんそ、ぅ、だろ…」
涙を落としながら、腕を掴む鬼柳の礼服の袖を掴む。行為を止める気はない。くるりと腰を回して、浮かせて、上下に揺さぶる。口内以上に性器をしっかり包み込める場所を活かして、徐々に鬼柳を昂らせていく。
「…せきにん…とれよぉ…」
照れているのか、驚いているのか、どちらともとれる鬼柳の表情は、思いのほか新鮮に映った。知らぬ間にぼろぼろと顎まで伝っていた涙は、鬼柳の手の平が隠して、そして、
「…んっ」
瞬きの合間、近づいていた顔は傾いて、唇の間をゼロにしていた。触れただけの唇がぱくりと開いて、深いものに変わる。背中に回った腕と、抱え込まれた胸の熱さに溶かされかけた意識は、下からの突き上げで見事に張り詰め身構えた。
「はっ……ぅ、む、っん」
発言は飲み込まれ、舌は絡め取られ、身を強張らせては噛みついてしまうと思えば、身を任せることしかできない。熱くなった時誌を鬼柳の衣服に擦りつけて慰めながら、クロウは上下を突く高い体温に快楽を見出していった。
くぐもった声が、内側から鼓膜にたどり着く。ゆらゆらと体を揺らせば、求めるものは与えられる。
「あっ、あ、きりゅ、奥、もっとぉっ!」
強引に唇を放して、思わず叫んだ。飲んでもいない酒の味を感じて、物足りなさは増していく。心臓を強く締め付けられる思いで、クロウは更に幾度も、「もっと」と鳴いた。
「おねだりって……マジかよ、明日何降る…?」
「あんっ、んっ、鬼柳が、おれのこと、見るからっ」
「俺が?」
鬼柳はクロウに応えながらひとりごちると、クロウももごもごと何かを告げ始めた。結合部を強く押しつけて、極力水音を抑え込む形で中を刺激しながら、鬼柳はクロウの声に耳を傾ける。
「見られてる……っだけなのにおれ……、お前、酒、飲むからッ」
「酒?俺が酒飲んだら嫌なのか?」
「っう……んンッ」
真っ赤になって、クロウは押し黙ってしまった。過ぎた快楽に震えている体を宥めるように背を叩き、鬼柳は苦笑する。
嫉妬も、羨望も、結局は自分の欲情から始まっていたのだと気がついて黙ってしまったことなど、クロウにとっては決して知られたくないことだった。どこまで察したのか、鬼柳の問いは、そこで終わってくれた。
「クロウ、匂いで酔ったんだろ?」
そして、酒のせいにしていいと遠まわしに言う。
他に意図はあったのかもしれない。が、クロウにとっては究極の助け船だった。壊れたように頷いて、再開された供給に酔いしれる。
「…とろっとろだぜ、中も外も」
「言う…なッ、ぁ!」
酒焼け、だろうか。低い声は掠れて、クロウの耳を擽った。また、これだけの刺激で熱を放ち、クロウは鬼柳を抱きしめる。余韻を消しきらぬ程度に中を擦ってくれる鬼柳の妙な優しさに今度は心底感謝しながら、クロウは深く息を吸った。
「あ……あっ、きりゅ、だ、め、だから、な」
「……こんなクロウ置いてったら、男として終わりだろ」
「そっ、だ、ろ…?」
何回までいけるか、ぼやいた鬼柳に頷いて、クロウは思いきり中を締め付けた。ぐちゃぐちゃの礼服のボタンを外しながら、クロウは何も考えず、思ったままに唇を開く。
「……だったら、もっとッ――
素肌に触れるシーツの感触を味わいながら、もそもそと寝返ったクロウが、仰向けの状態で目を開ける。一糸まとわぬ状態の鬼柳と目があって、何とも言えない気持ちを抱えながら、窓の外がうっすら明るいのを見て、取りあえず「はよ」と言ってみる。
「……ぁよ」
言ってみたつもり止まりで通じたのだろうか。鬼柳は呆れ顔で寝乱れたクロウの髪を整えた。
「うわ、声ひでえぞ…」
「…おまえも、ひでえぞ…」
「あー…はは…呑みすぎたよな……服も着てねえし」
へらへらと笑ういつもの顔だった。
服を着ていないのは当然だ、繋がったままだらだらと、ほとんど脱いでしまったから。バカなことをした、とクロウすらばつが悪くなるほどだったというのに、平然と言う。これが鬼柳の凄いところだ――思って、身を起こしたクロウに続けて聞こえたのは信じがたい言葉。
「お前が連れだしてくれたんだな」
「……?」
確かに一緒にはいた。が、連れだした覚えはない。むしろ鬼柳が勝手についてきて勝手にさわって、クロウが勝手にその気になってことに及んだ。どうあがいても、「連れだした」には繋がらない。
「飲んでも飲んでもグラスに酒がな…もうどうしたらいいかわっかんねえし…遊星はつらっとしてるしよぉ、ジャックはなんか気付いたら喋ってるし」
頭を抱えてげんなりと眉尻を下げる鬼柳を呆然と見つめ、クロウは瞬きすることしかできなかった。演技であるかどうかは、二日酔いだと言いながらも妙に爽やかに笑っている鬼柳を見れば一目瞭然だ。口にしかけた衝撃を、クロウはなんとか内側にとどめた。
――忘れて、やがる!
「やっぱり頼りになるな、うちの鉄砲玉はよ」
ぺたりと頬に触れて、鼻先にキス一つ。酒とたばこの臭気の残る髪を払い除けたクロウの手を取って、また、キスを一つ。
どうも納得はいかないが、覚えられていては困ることが大半だ。クロウは、頬にキスを返して仕切り直してもらうことに決めた。
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