Steady KisStudy--京クロR-18






 サテライトをぼやけた輪郭の月が照らす。デュエルギャング達も大半が眠りに就く真夜中。
 チームサティスファクションは10代半ばのメンバーで構成されたチームだ。鬼柳京介とクロウ・ホーガン。彼らも本来であれば眠りについている時間。
 しかしこの夜、二人はまだ夢の外にいた。

「……クロウ」

 狭い部屋の中には立派な家具などひとつもない。二人が並んで座れる場所は古いベッドの端くらいだった。
 並んで座って、横から甘く名を呼んで、さりげなく肩に手をまわして引き寄せて、どうしたと持ち上がった顔と向き合って、くいと顎を持ち上げて。むっと尖った唇に、自分のそれを合わせる。鬼柳は心底幸せだった。
 クロウが少し身動ぐが、鬼柳は構わず荒れた唇を撫でるように舐めてから薄く開いた口内に舌をねじ込む。クロウは鬼柳の肩口を掴んで背を逸らせて一度は逃れるが、鬼柳は追いかけていって唇を食む。
 名を呼ぼうと開かれたらしい口を塞いで、もう一度舌を伸ばして中を刺激する。舌の表面と、子供たちの見本になるべく徹底して磨いている歯の感触を楽しむように舌を滑らせ、角度を変えて頬の内側を突く。
 クロウの手が、鬼柳の頭の後ろに回った。今日は積極的だな、そんなことを思いながら鬼柳が一度薄く開いた目を再度閉じた、その瞬間。

「いぃっで……!」

 後頭部に鋭い痛みが走る。一瞬の痛みはそこで終わるかと思いきや、断続的に続いて、鬼柳は天を仰ぎ間延びした声を上げた。クロウの手が、鬼柳の髪を掴んで思い切り引いているのだ、数本が抜けた感覚もある。慌てて両手でクロウの肩を押し返すと、手はすんなりと離れた。

「クロ……ッ、お前何すんだよ!?」

 情けなくも涙目でクロウを見れば、当人は腕で唇をぬぐいながら横を向いている。一度、反射的に握られた鬼柳の拳はクロウの眉根に刻まれた皺を見て、力なく足の上に落ちた。このくらいでここまで照れる、初々しいじゃないか。唇が笑みをつくろうと疼いたのを感じながら、もう一度肩に手をかけようとすると、クロウは勢いよく鬼柳に向き直った。

「きもい」

 鬼柳の手が空中で静止する。クロウは鬼柳の反対側に寄れるだけ寄って、窮屈そうな位置から更に続ける。

「無理。まじ、勘弁してくれ……」

 ふるふると弱弱しく首を振る様はいつもの強気なクロウらしくなく、瞳が潤んでいることも相まって鬼柳にとっては非常に新鮮で、内の感情を駆り立てるものでもあった。
 しかしそれ以上の衝撃が、鬼柳から行動する力を奪っている現在何の意味もない。
 喩えるなら、ピンチの場面で切り札をドローし、逆転の一歩を踏み出すべく攻撃宣言を出したところでミラフォが発動したときほどの衝撃。否、それに加えて次のターンで追い打ちとして罠カードを一掃された瞬間に手札がゼロだったときのような衝撃。

「そりゃ、お前、この……」

 無自覚に震える指で自分の唇を指すと、クロウはとどめと言わんばかりに頷いた。これで鬼柳のライフはゼロだ。最高潮の至福から一撃で、最下層の絶望に叩き落とされた鬼柳にはもう力強く反論することすらできない。

「……クロウ……それじゃ、満足、できねえ……」
「おれはンなことしなくても満足だ」

 気力を振り絞って訴えてみるが、クロウは真顔を崩さなかった。冗談だよ、なんて笑ってくれることを僅かばかり期待していた事実をこの瞬間に思い知って、鬼柳はがくりとうなだれる。 

「そう……か……」

 弱く呟いた声に対して、クロウがやはりあっさりと頷いているのが鬼柳の視界の端に映る。まだ唇に残る感触を確かめるように自分の唇を撫でて、鬼柳は深く息を吐いた。
 それきり動かなくなった鬼柳を窺うように、クロウはそろりと近づいてくる。ベッドがぎいと鳴いた。

「なあ、鬼柳」
「……ん」
「そんな好きなのか」
「当たり前だろ!」

 好きでもない同性にキスなんてするほど酔狂な人間じゃねえ!
 そこまで叫びたい気持ちを抑えて、鬼柳は一気に顔を上げる。それに驚いたのか、鬼柳の方に向けて片手を持ち上げた状態でクロウは動きを止めていた。猫が手を招いているようなポーズに一瞬気持ちは和んだが、鬼柳のライフポイントはまだ再戦には足りない。
 ひとまず衝動に任せて、ヘアバンドで立ちあがったクロウのオレンジの髪を撫でまわし、不満げだった顔が仄かに緩むのを眺めながら、鬼柳は黙々と考える。

 クロウは決して無知ではない。あらゆることを本能的に理解しているし、きっと鬼柳のキスの意味も知っている。少なくとも、無意味にしているわけではないということまでは。だからこそ今こうして上目遣いで鬼柳を見上げ、言ってはまずいことだったのかと、唇を尖らせて鬼柳の反応を待っている。眉尻を下げながらも眼差しの強さが変わらないのは、自分は間違っていないと主張する気持ちが消えないから。
 その通り、クロウは間違っているわけではない。人にも好みがあるし、それを互いに主張しあえることは鬼柳も望んでいること。
 ただ、鬼柳の思いが半分ほど、届ききっていないのが問題なのだ。

「クロウ。勉強すっか」

 ヘアバンドを取り払い、両頬を包み込んで顔を突き合わせながら鬼柳は決めた。ここで伝えずにいつ伝えるというのか、足りない残り半分を。

「はぁ?」

 クロウの顔には心底ごめんだと顔に書いてあるが、気にせず押し通すことにする。自分より柔らかな頬の感触を両手の平で感じながら、潜めた声で続ける。

「お前だってガキどもの先生なんだからさ。いずれ出来るだろう、特別な人間と幸せになるための勉強」
「いらねえ……特別ってなんだよ特別って」

 ぶつぶつと言いながら耳まで赤くなっているのは、それこそクロウにとって、鬼柳が特別だからだ。言えばもっと赤くなるのだろうが、鬼柳はくつりと笑って額に頬を寄せた。直接触れた素肌は、いつもより熱い。
 もがいたクロウの両手をさりげなく押さえつけて、唇が触れる寸前で先ほどよりも小声で囁きかける。

「いーや、お前の知らないこと、教えてやるよ」

 クロウの顔が勢いよく逸らされたが、鬼柳はそのまま目の前にある赤くなった耳に唇で触れた。体重をかけて抑え込んだクロウの身体が、びくりと大きく跳ねる。うひゃ、と色気のかけらもなくひっくり返った悲鳴が上がったが、鬼柳は微笑を崩さずに問いかけた。

「このキスは、嫌いか?」
「く、すぐってえ……」
「じゃあ、……これは?」

 鬼柳の下から逃れようと身を捩るクロウの片手を押さえていた手で肩を押さえ、鬼柳はクロウの頬に口付ける。今度は力の抜けた笑い声が上がった。

「なんか、笑える」

 くっくと笑いながら、クロウは鬼柳に向き直る。自由になった片手が弱く鬼柳の額から頭までを撫でた。押しのけるような動作ではあったが、本気で逃れようとはしていない。
 頬へのキスは、どうやら嫌いではないらしい。思いながら、隙をついて鬼柳はいつものように唇を奪い、クロウの体が強張ったのですぐに離れてまた問いかける。

「これは?」
「……意味わかんねえ」

 笑い声が消えて、不機嫌な顔。鬼柳の唇が触れた感触をかき消すように手の甲で唇をぬぐう。正直すぎるほど正直なクロウの反応に、鬼柳は苦笑するしかなかった。

「したいと思うか、誰かとこういうキス」

 わざと再度唇を近づけると、クロウは反射的に片手を鬼柳の肩に押しつけ首を振った。本気で嫌ならば先ほどのように髪を引いてでも殴ってでも逃れるクロウにしては、弱い抵抗。鬼柳は親指でクロウの唇をなぞる。いつも乾いているそこは、先ほどのキスで仄かに湿っていた。

「俺はお前にしたいと思ってるぜ。なんでか分かるか?」
「……好きだからだろ? きす、が」
「ああ、そうだな」

 居心地悪そうに首を傾げたクロウに一層優しく笑いかけて、鬼柳は軽く腰を浮かせて片手でクロウの腰を撫でた。ただならぬ気配を察したのか、クロウが鬼柳の肩を両手で突っ撥ねるが状況は変わらない。
 現状を変えようとクロウが選んだ次の手は、覆いかぶさる鬼柳の両足に挟まれた足をばたつかせることだった。上下から逃れられないことは分かっていたので、左右に開く力でどうにかしようと試みる。
 しかしその瞬間、僅かに開かれた両足の隙間に鬼柳の手が入り込んだ。深緑色の気に入りのパンツの上から、鬼柳は手の平全体でクロウの性器をぐいと押しつける。

「鬼柳、ちょっ……」
「気持ちいいぜ、お前とキスすんの。気持ち悪いわけねえ」
「おい、手、はなせ……っ」

 鬼柳は手のひらで包んだそこを緩く揉みこみながら語りかける。朗々と続く甘ったるい声と感じたこともない鈍い刺激に、抵抗はおろか、呼吸すらままならなくなっていくクロウとは裏腹に鬼柳の思考は冴えていた。
 嫌いではない頬のキスと、慣れていない耳へのキスを順に続けて、クロウに擦り寄るように身体を揺すってほとんど吐息で言葉を紡ぐ。

「お前の中に入っちまいてえよ、クロウ」

 びく、とクロウの腰が揺れる。反応を始めた性器を恥じて隠すように腿を擦り合わせるが、逆効果だということにはまだ気づいていないのかもしれない。更に押しつけられた鬼柳の手はより強くクロウを刺激し、それがクロウから抗う力を奪っていく。
 鬼柳もクロウも、触れることは嫌いではない。そして、未知へ踏み込むことに恐れを抱くことはない。
 クロウの唇から、ほう、と息が零れる。この感覚が快楽であることを体が先に理解したようだった。本能か幼さ故か、クロウの早い順応に鬼柳はただ歓喜した。

「ぁに……いって……」
「もっと、他の誰も知らない、お前ん中に」

 平静を装って紡ぎ続ける言葉を聴きながら、クロウの手はいつの間にかシーツの上に落ちていた。白いシーツの上を掻いた手は、ぐちゃぐちゃに波を立てただけ。
 鬼柳が身を起こしても、クロウは最早逃れようとはしなかった。両手がファスナーにかかっても、むしろ安堵から息を吐く。下着ごとパンツを腿まで引き下ろし、先ほどまでは窮屈な下着の中で主張していたそれに振れると、クロウは弱い声で「鬼柳」と呼んだ。

「……誰にも言えないことも全部言われてえよ」
「きりゅ……」
「見せないとこも、全部見てえ」

 言って、さらけ出された性器の先を指で突く。身を跳ねさせてクロウは目を閉じ、ぎゅうと首を縮めた。色気のない反応ではあったが与えられる感覚に敏感であることは確かで、見えていないことを確信した上で鬼柳は笑みを浮かべる。

「俺にとって、お前は特別だから」

 閉じた瞼に唇で触れるとクロウは目を開いた。薄目で鬼柳の様子を窺いながら、ゆっくり開く。目があった瞬間、緩く開いたままの唇を塞ぎながら、鬼柳は右手でクロウの性器を強く握った。

「んう、」

 シーツを握っていたクロウの手が、素早く鬼柳の肩に移る。押し返す力が働いたのは一瞬で、いつものように舌を滑り込ませるとその手はきゅうと鬼柳の肩を握った。抵抗らしい抵抗もないが、ただ無抵抗なだけでもない。鬼柳の舌が自身の舌と触れあうと、それに反応して肩を揺らして口内まで強張らせた。
 普段と違うのは一つ。下肢へ伸ばした手が、やわやわと熱くなったそこを刺激し続けていること。
 唇を離すと、ぷは、とクロウが口を開いた。荒い呼吸を繰り返しながら、潤んだ目は鬼柳を見ようとしない。濡れた唇を拭うこともせず、ぼんやりと壁を見つめて呼吸だけを繰り返す様は、今まで見せたこともない。

「気持ちいいか、クロウ?」
「うぅ……」

 クロウの蕩けた瞳は、鬼柳と一度かちあった直後また壁に向けられた。鬼柳がぴんと伸ばした指先でそそり立った性器の形をなぞってみると、眉を顰めて唇を噛み締める。表情は険しくなったが、抵抗はない。
 逆に刺激を止めてしまうと、明らかに忙しなく鬼柳を確認するように目配せをしてきた。素直なのかそうじゃないのか。鬼柳は耐えきれず唇の端を持ち上げて再度頬に触れるだけのキスを落とした。見ると、赤かった頬は更に赤みを増している。

「真ーっ赤」
「るせえ……」

 揶揄の口調で指摘して、鬼柳は手を止めた。熱を塞ぐように手の平で覆ったまま、空いた手でクロウの顎を掴みやや強引に自身と向き合わせる。なんだよ、とクロウは唇を尖らせた。それに触れたい衝動を堪えて、鬼柳は大きな灰色の眼を見つめる。

「……俺がキスするたびに満足だって言うのは、クロウに触れてるからだ。他の誰も知らないクロウにな」

 クロウの視線が振れる。真っ赤の頬が更に赤くなって見えたが、納得はしていないようだ。ちらと視線が戻った瞬間、狙って鬼柳は目を細める。  

「舌、噛み千切られて、食われても、満足するかも」

 言いながら舌を出して、尖ったままの唇を一舐め。そのまま唇を触れさせても、クロウは嫌がらなかった。

「んなことしねえよ……気持ちよくねえもん」

 キスの後の発言は、鬼柳の意見に随分と肯定的。うん、と頷いた鬼柳に頷き返し、クロウはずっとシーツを掴んでいた手を真上に伸ばした。

「鬼柳……」

 キスでとけた時よりもふわり、浮いた声。

「キス。しろよ……おれにも教えろよ、知らねえこと」

 自ら顎を持ち上げて、鬼柳の舌で湿らされたばかりの唇を舐める。無意識に誘いかけるこの仕草を、鬼柳はもちろん、教えたことはない。

「なあ、鬼柳せんせー様?」

 しかし今この時のように、教えて欲しいと言われたからには、教えてやるしかないだろう。唇の端を上げる前に、鬼柳は今日何度目かのキスをクロウに送った。
 差し入れた舌でゆるく口内を撫でて、クロウの肩が跳ねると、宥めるように頬を撫でた。出来うる限り優しく、ゆっくりと。
 そうしているうちに鬼柳の口内に、クロウの舌が入り込む。鬼柳の首に回ったクロウの腕が一度震えたが、鬼柳は気づかないふりをした。たどたどしすぎてくすぐったいだけの愛撫でも、鬼柳は目を閉じてこたえる。濡れた音を立てて繰り返して、クロウの唇の端から唾液が垂れて。そこでようやく唇が離れた。
 熱を持って乱れた呼吸が、間近で絡む。

「……よく、わかんね……」

 ぽつ、と零れた感想。鬼柳は苦笑し、肩をすくめる。クロウは慌てたように「ただ」と声をあげた。顔は赤い。先ほどと同じくらいに。

「ただな、ただ……鬼柳がすっげえ傍にいるなって、思っ、……た」
「気持ち悪かったか?」

 視線をあちこち彷徨わせながら、尖り気味の唇が紡いだ。鬼柳の首に回されていた腕は唇と一緒に離れて、今は頬を掻いている。即座に鬼柳が投げかけた問いに、クロウは今度は即答しなかった。悩んで、悩んで、明らかに悩んだ結果、呻くように絞り出した結論は。
 
「そうでも、ねえ……」

 消え入りそうではあったが、鬼柳は確かにそう聞いた。途端にわき上がってきた歓喜を、笑い声にする代わりに鬼柳は手を動かした。クロウの性器を握っていた、その右手を。

「ふぁっ!?」

 きん、と空気を裂くような高い声を上げて、クロウは身を捩る。中途半端に持ち上がった手は鬼柳の肩にかかったが、赤いシャツを掴むだけ。止まらない刺激に困惑したのか、最早普段のリズムを失った呼吸を整えようともせずに傾げかけた首を振る。それでも逃れきれずに、震える唇から意味のない声ばかりが漏れた。クロウの青灰色の瞳が揺れる。

「う、あ……きっりゅ、手ぇ……」

 鬼柳の指が容赦なく先端を刺激し、鬼柳の名をまともに呼ぶこともできないままクロウは体を震わせる。眉根を寄せて鬼柳を睨みあげるのは、驚くほどいつも通りの顔。紅潮した顔と快楽をねだる視線は、特別。他の誰にも見せたことのないだろう顔。

「そう、それだ」

 呟いてから、またクロウの唇を塞ぐ。吐きだされる寸前だったろう言葉を押し込めるように舌を差し入れた鬼柳は、反応したままのクロウの性器を一層強く右手で攻める。舌が絡んで唾液が混じる音と、先走って零れた体液がたてる音を掻き消そうとしているのか、クロウは塞がれた口からひたすらに声を発そうとする。しかし、クロウが右に顔を背けようとすれば鬼柳もそれを追いかけるため、キスは一向に終わらない。
 自身の耳を数秒間塞ぎにかかったクロウの両手が、忙しなく鬼柳の背にまわされる。力の入りきっていない拳がどんとその背中を叩いて、二度目の拳が落ちる前にクロウの体は大きく跳ねた。くぐもった声がだんだん弱まり、鬼柳の舌が口内をまさぐっても、舌の先端を合わせてくるだけになる。
 クロウの両手がそろりとシャツを握りしめてから、わざと一呼吸おいて、鬼柳は長いキスを終わらせた。

「は……ぁ」

 ひどく呆けた顔をして、クロウは乱れた呼吸の途中に小さく声を上げた。鬼柳のシャツを握っていた手も、するりと落ちる。鬼柳は笑みを隠さず、放心状態のクロウの濡れそぼった唇を一舐めして、目尻に溜った涙を親指の腹で拭いとる。汚れた右手はそのままにして。
 クロウの瞳はふわと動いて、細められた鬼柳の目を見つめる。

「気持ちよかったろ?」

 鬼柳の問いに、クロウはかくりと頷いた。考える間も作らず、一度のみならず二度、三度。180度変わった態度に笑みを深くしながら、頬を撫でてやって鬼柳は頷き返す。
 強制的に射精させられたせいもあって、クロウの瞼はもう閉じられかけていた。眠気に支配されたクロウの思考は瞳と同様に半分ほどしか働いていないようで、半開きの唇をむずと動かしながらも、身を横たえたまま動きだそうとしない。

「お前とキス出来たら俺、ほんっきで幸せになれんだぜ」

 鬼柳は言い聞かせるように告げ、クロウが放った精液が絡んだ手がどこにも触れないように庇いながら身を起こす。膝立ちになって、どこかにボックスティッシュがあったはずだと視線を彷徨わせると、クロウの手が持ち上がったのが見えた。鬼柳はクロウと目を合わせ、首を傾げる。

「わかった……鬼柳、おれが、好きだから、キス、すんだな」

 眠そうな目を左手で擦り、確かめるように途切れ途切れに発してクロウは唇の端を上げた。それは上機嫌で、かつ照れている時の笑い方だと鬼柳は知っている。見開いた目を瞬かせる鬼柳に向けて、クロウは手を伸ばした。閉じかけの目が、細められる。
 
「キス、していーぞ……特別に幸せになる、だったら、いい……」

 言って、クロウは目を閉じた。まどろんだのではなく、鬼柳のキスを受け入れるため。そうなればもう、ティッシュも手の平の白濁も、鬼柳の頭から吹っ飛んでしまった。クロウを見ていて自身にも芽生えた気がした眠気も、気のせいで流れていってしまう。ボックスティッシュを手の甲で弾き飛ばして、駆けた先は部屋の隅。傾いた棚に置いてあった箱から小さなボトルを取って、ベッドに戻る。放り投げた箱が床に当たって音を立てたが、クロウは目を閉じたままだった。鬼柳が遅いのを責めているのか、小さく唸って眉間に皺を寄せはしたが。
 ベッドに飛び乗った鬼柳は、求められるままにひとつキスをした。しかしクロウの腕が鬼柳の首に回る前に、また体を起こしてしまう。拍子抜けしたクロウが渋々目を開くと、また予想に反して、鬼柳と目は合わなかった。鬼柳の視線を追いかけたクロウは、眼前で膝下までパンツを下ろされて思わず横たわったままベッドの上で跳ねた。ベッドのスプリングが軋む音より鋭く鬼柳を呼ぶ。

「鬼柳、ばっ、お前何してっ!」
「駄目か?」

 鬼柳は苦笑し首をひねる。問いながらも、汚れた右手は股の間、萎えたクロウの性器よりさらに下に向かい、指の一本は穴を塞ぐように添えている。そしてもう片手に掲げられたボトルは、クロウの眼から見ても飲料水の類ではないとはっきりわかるもの。

「だ、駄目かって何が、ええ!?」
「お前の中、入りてえ」

 なあ、駄目か、と鬼柳が繰り返し問う。既にボトルは右手の平の上で傾けられており、落ちた液体が伝って指の先、シーツにまで垂れ落ちている。ここまで来て、何も察せないクロウではない。鬼柳もそれを分かっているからこそ、何がどうなのか、そこまでは問いに織り交ぜない。
 すっかり覚醒したクロウは、大げさなほど首を横に振った。臀部を濡らす液体の冷たい感触に身震いして、それでも鬼柳を見つめながら、首を振った。

「だってそれ、それは、キスの話、だろ」
「キスも、こっちも。いいよな?」

 濡れた指が穴を押し広げる。クロウの喉が引きつって、仄かに紅潮していた頬から赤みがすっかり引いていた。指はそれ以上入り込もうとはしなかったが、その時点で襲い来る違和感に、クロウはぶんぶんと首を振った。
 無理、無理だ、いくらなんでもそれは無理だ。視線と態度で訴えかけるクロウを見下ろし、鬼柳はまた小さく、駄目か、と問いかけた。クロウは眉根を寄せて唇を開閉するばかりで、答えない。しかしやがて唇は閉じたままになり、シーツを握る両手は白く染まった。

「っだぁああ、もう!」

 シーツを握ったままの手が、ベッドを叩く。固く閉じた目をもう一度開くと、またクロウの頬は赤く染まる。変化の多い表情が愛しくなって、鬼柳は状況も忘れて微笑みかけた。力いっぱい閉じられたクロウの腿に濡れた手を挟んだまま、鬼柳は静かに息を吐く。

「ちゃんと全部教えるから、な。クロウ」

 やや無理な体勢をそのままに、鬼柳がクロウの上に覆いかぶさる。固定されてしまった鬼柳の腕がそのまま性器に触れて、クロウは小さく悲鳴を上げた。
 幸福そうな笑顔を近づけて、鬼柳は呼びかける。顎に口付けられて反射的に仰け反ったクロウの首筋を左手で撫でて、顔を埋めてもう一度。くぐもった声で、小さく優しく「クロウ」と。
 むず痒い感触に、クロウは何度もベッドを叩いた。拳で踵で。しかし鬼柳は動かない。クロウが逃れようともがいてみても、柔らかい青灰の髪がクロウを宥めるように擽るだけ。

「……やっぱ、おれにはっ、わかんねえよ!」

 とうとう吐き捨て、クロウは両手を持ち上げ顔を覆った。力を入れすぎた足も、緊張のせいか強張った体も震えている。首筋を舌の先でなぞって、鬼柳は笑う。

「じゃあ、俺が教えていいってことだよな」

 そろ、とクロウの足から力が抜ける。それが答えだ十分だろう、その言葉の代わりに真っ赤になった顔を隠しながらクロウが唇を引き結ぶ。
 あやすように震えるクロウの腕を撫でると、鬼柳はクロウの肩口に唇を押し当て、紅く印を刻むキスを再開の合図に変えた。

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル