永久の愛を花嫁に






 黄泉から舞い戻って来た当初は考えもしなかったが、結婚をすることにした。
 花嫁は昔からの知り合いで、小柄で照れ屋で勝ち気で面倒見のいい子だ。野郎の大半が憧れるらしい華奢で色白なコじゃない。オレはそれじゃ満足できない、優しげで儚いだけのモンなんて嫌いだ。
 オレの花嫁は黒が似合う。あとは黄色が似合う、赤も似合う。そうだ、きっぱりした色が似合う。花嫁衣装は白が定番だが、似合う色が一番に決まってる。だからオレは黒いドレスを用意した。裾が広がった、小さな人形を思わせるふっわふわのドレス。
 着てもらうまでは大変だったが、少し大きいドレスを着た姿は本当に可愛かった。嬉し泣きなんかして、恥ずかしさで散々オレを罵倒して、暴れた。オレは気にしなかったが、あんまり暴れるから余所から苦情がきて、今は仕方なく静かにさせている。そのおかげで、おとなしく座る姿も可愛いと気付いた。

 花嫁の名前はクロウ。性別は男。オレたちに常識なんてルールは無意味だし、何よりオレにはガキなんざ必要ねえし、満足できりゃいいんだから気にしない。
 今、部屋の隅からオレを見つめているのがそのクロウだ。いつもオレがやって来るとすぐ気付いてこうして熱視線を送ってくる可愛い可愛い花嫁。

「ッ、んぅ、むー!!」

 鎖で飾られ壁の前で広げた両腕はドレスが黒いせいもあって鴉の翼のように見える。裾が捲れるのも構わず、足をばたばたさせている。布でふさがれた口じゃどうしようもないから、代わりにそうやって音を立ててオレを呼ぶ、いじらしいよなぁ。
 オレはもちろん近付いて、早く触れたかったのかこっちに向かって突き出された足を掴んで、ぐっと左右に割り開いた。ドレスの裾は長くてふわふわした布を重ねた構造になっているから、こうしたところで中は見えない。見たっていいが、クロウが嫌がる。だから見ない。オレは優しい花婿だ。
 クロウの両足の間に膝立ちになって、両頬に手を添える。噛ませて後頭部に回した布の感触が邪魔だ。クロウも嫌がっているようだし、取り払うことにする。やっぱりこれはクロウには似合わない、どうするべきだろう。

「きっりゅ、う!テメェっ、いい加減にッ」
「しっ……騒ぐとまた邪魔されちまうだろ」
「知るかよ!これ外せ服返せおれをここから出せぇえっ!」

 ぎゅっと目を閉じて叫ぶ。うるさい。でも可愛い。オレ以外のやつにもこれを聴かれると思うと腹が立つ。じゃあやっぱりおとなしくしていてもらうしかねえよな。オレとクロウ以外をみんな消しちまうなんてさすがに不可能だから。

「なあクロウ、騒がないでくれよ」
「うるせえってんなら追い出せよ、ほら早くしねぇとまた叫ぶぜっ?」

 じたばたしながら、クロウは元気にオレにわがままを言う。昔はもっと聞き分けが良かった気がするんだけどな。誰の影響だか知らないが、あの単純明快な鉄砲玉のクロウを返せ。素直なクロウに会いたい、いや、今もこれはこれで可愛いけどな。

「クロウ、静かにしててくれねえと困るんだよ…」
「だーかーらーっ」
「俺たち以外皆殺しにするなんていくらなんでもできねえからよぉ、お前の喉潰すしかなくなっちまう、ンなことさせないでくれよ…な?」

 分かってほしくてストレートに告げれば、ピクンとクロウが揺れる。驚いてる。かと思ったら、またにらみ付けてきた。はんっ、と生意気にも鼻で笑う。

「やるならやれよ、ここから出られねえなら大差ねえからな!」
「クロウ……ッ!」

 オレはクロウの頬を平手で打った。オレに、そんなことさせようっていうのか!
 カッとなって一発、二発、三発、……クロウが静かになるまで。途中からどう殴ったかも覚えてない。
 ただ、ようやく口を閉じたクロウの両頬は真っ赤に腫れて、唇は切れ、鼻血まで出していた。口の中も切ったみたいだ。それでも気丈にオレを見つめるクロウの視線を受けて、後悔の念が沸き上がる。こんな真似がしたかったんじゃないのに!

「あぁあ……ッ!クロウ、クロぉお、やりすぎたよなぁ、ごめんっごめんなぁァ……!」

 血を拭ってやって、上向かせたまま唇を食む。すぐさま噛み付きにかかってきたのを回避して、抱き締める。クロウがやっぱり喚く。名前を呼びながら頭を撫でてやる。そうしていたら、やけに必死な声で名前を呼ばれた。

「許せなんて言わねえし、おれも許さねえよ……だからこんな馬鹿げた真似、もうやめてくれっ!」

 クロウ、クロウ、俺の花嫁。きつく、きつく、抱きしめて。呼んで、呼んで、すがりつく。プライドもなにもない、愛してる。
なあ、何を言ってんだ。許してやるよ、可愛いクロウ、お前は特別だ、だから殴ったことくらい許せよ、なあ。

「愛してんだよぉ、クロウぅ」

 涙は涸れてもう出ない。クロウは静かになってうなだれた。イエスもノーもない。
 なあ、俺もお前もよ、らしくねえじゃねえか、こんな弱気になるなんざ。恥ずかしいなら暴れていい、加減さえ覚えてくれたらそれでいいんだ。それだけで、俺は永久にお前を愛してやれる、絶対に裏切らずに、愛してやれるんだよ!

 ……あ?
 ああ……そうか?


「クロウ、不安なのか?」
「は……?」

 疲れた声がする。壁を見つめてオレは確信する。
 そうなんだな、と詰め寄った。

「オレはもうお前と違うから、オレが一度消えたから、これからどうなるかって不安なんだよな、そうか、そうだよなぁ!」
「き、りゅう?」
「ならよぉ、同じになろうぜ」

 体を離して、昔よりは太くなった首に手をかける。両手の平、伝わってくるのは熱と脈。ひくりと喉が動く。クロウ、期待に満ちた、そんな目で見るなよ。
 力を込めるとクロウは暴れ出した。大丈夫。声を掛けてやりながら力を込める。開かれた唇から覗く白い歯と赤い舌がたまらない。鎖が歌う。床と壁が囃す。クロウが踊る。オレが笑う。

「クロウ!恨んで、愛して、オレを宿命にして目覚めろよ、なあァ!」




 やがて笑い終えたら、静寂が迎えた。俯くクロウは静かなもので、また笑いが込み上げてくる。ほら。オレたちはもっと近くにいられる。

 さあ、証明しよう!
 オレはイイコのお前を、裏切りやしねえよ!


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