「よし」
鏡に映った姿を見て、頷く。
情報収集の過程で見かけた宗教じみた男たちの恰好、そして何より再会した鬼柳京介の恰好からして、これで間違いはないはずだ。
黒いローブに黄色の文様。少し大きいフードを深くかぶって、おれは鏡に背を向けた。
情報網を駆使して見つけ出した、BADエリア付近のビル。かつてビルだった、と言う方が相応しいだろうそこには、広い地下室がある。
その地下室に集まる、近頃流行りのカルト集団。絶望しかないサテライトに芽吹いた新たな世界への希望――と言えば聞こえはいいが、実際そんなものなどあるはずない。
サテライトの影におびえるしかできない一部の人間が、縋るための藁だ。そしてこの藁は、ダークシグナー、サテライトどころかこの地を崩壊に向かわせようとしている集団の用意した餌に違いない。
潜入は簡単だった。入口を守る人間は一人。同じローブを頭から被って、「お前も救われに来たのか」、そうとだけ聞いてきたから頷いた。暗号ですらない。
すんなりと薄暗い地下の階段に通されて、静かに、雰囲気に合わせて静かに歩いていく。
人はいない。おれより先にここに来たはずの、同じローブの無気力な奴らも、目的のダークシグナーも、いない。
もっと奥にいるんだろうかと思えば、足は止まらない。折り返す階段をどんどん下りて行く。どんどん暗くなる。明かりが減っている。さほど降りていないのに、随分降りてきた気さえする。振り返るが、誰もいない。伸びる廊下を覗き込むが、人の気配はない。
くるくると、目眩がするほど降りた。
ようやく見えた、暗闇と違う色。部屋に入っていく影。揺れた、黒いローブの端。
「あ、っ」
思わず声を上げると、足音は消えた。
立ち止まった?
――違う、部屋だ!
慌てて追いかけ飛び込んだ部屋には誰もいなかった。
何が起こったのか分からず、そっと一歩ずつ、部屋の奥へ進む。真っ暗だった。降りてきた階段よりも、真っ暗。
「まァた湧いたのか」
呆れたような声が背後から聞こえて、振り向いた。
黒いローブ。目元をしかと隠すフード。青い文様と、聞き覚えのある声。
――鬼柳京介!
声は出さなかった。正体をここで明らかにするわけにはいかない、自分の目的はあくまで探りを入れること。それを忘れてしまっては、こうまでした意味がない。
さりげなく、視線を外してフードを深くかぶった。頭を振るだけで十分だ、被ってみれば、予想より大きかったのがここで功を奏した。
近づいてくる、硬い靴底の足音。緊張で強張った身体が、拳が軋んだ。俯いたままのおれを、どう見るか。怯えて声も出ない、サテライトの屑だと嘲って興味を失ってくれれば、出来れば、ここに人を集めている理由までぺらぺらと話してくれればもっといい。
目の前に立った鬼柳の白い手が、おれのフードに触れる。
「ブカブカじゃねえか、サイズ足りなくなるほど集めたのかよ…」
びらびらと揺らされるたびに心臓が止まりそうになった。ここまでくると、バレたときの対処にも頭は巡りだす。デッキは持っている。デュエルディスクも背中に隠してる。いざとなったら戦えるし、蹴り倒して退く策もありか。
冷たい手は、唐突にフードにもぐり頬を撫でてきた。
「へえ」
フードを剥がさない理由が分からないが、好都合にも鬼柳はおれの顔をそれ以上見ようとはしなかった。安心はできないとさりげなくフードの端を押さえて顔を背けたら、思いきり肩を掴まれた。
「まあ、こんなとこにいるくらいならお前暇なんだろ?つきあえよ、1時間くらい」
1時間は長いだろ。
思うだけで言うわけにもいかず、何故かずいずいとせまってくる鬼柳から逃げて、結果壁際に追いやられる。壁に背をつけるのは流石にまずいと、途中で横に逃げることにした。鬼柳はほぼぴったりとくっついて離れない。やりにくい。
「ずっと暗い所にいるとよ、日差しが恋しくてなァ」
空気を読まないのは昔からだったが、度が過ぎやしないか。
「サテライトのでもいいやって外でたら夜でよー」
頷いてとりあえず聞いてやる。相槌を打っていれば何かまともな話になるだろうか。
そうしていたら、部屋の隅が近づいていた。随分歩いていたらしい。鬼柳の手は肩から腕に移っていたが、変な方向に捻りを入れられているせいかぎりぎりと痛い。押し返そうか、そう思って鬼柳の肩に手をかけ返した――途端、向けて突き飛ばされた。
「なぁ…、っ!」
「お前は逆か?明るい所に飽きたってとこか?」
肩を打った痛みに声を上げると、鬼柳は声を弾ませた。両手はおれの身体の横。抱きしめるのと変わらない距離で囲われて、逃げられない。
「なあ、だからこんなとこに来たんだろ」
「う……」
顔が。
近い。
「逃げねえの?」
思わず声を上げていたことなんてどうでも良くなった。鬼柳はおれから離れない。フード越しに額がぶつかる。
「なあ。逃げねえの、……クロウ」
「ッ!」
跳ねた身体は押さえつけられたままで、額がごつんと当たっただけ。にやにやと端のあがった鬼柳の唇から、舌がちろと出る。
「てめっ――」
「んん?」
頬を舐められて、今度こそ逃げようと両手で頭を押し返した。びくともしない、悔しくて、フードの布を引っ掴んだ、とき。
「『クロウ』。……そう呼ばせろよ」
何を言っているんだと、開きかけた唇が止まる。止めるしかない。しっかり背中に回った腕に抱きしめられて、熱いのに熱くない違和感に包まれて、甘える声音に擽られる。
「ママゴト付き合えよ、迷える子羊さんよォ」
言う鬼柳は、見えなくとも、笑ってなどいなかった。
からかって遊んでいるみたいな言葉の割に、どうして必死になるのか。声を出した時点でばれてる、いやそもそも、顔だって、見えているんじゃねえのか。気付いてないはずがないのになんで、そうやって、知らないふりをする?
「好きだ」
分からない。
ほとんど吐く息に混じって消えそうな言葉も『ママゴト』なのか。
「ゴメンな、クロウ」
クロウ。
クロウは、おれだ。
心臓からカッとなって、両手もどこにやったらいいか分からなくなって、結局、鬼柳のマントを適当に握った。
急に辺りがますます暗く感じた。たぶん、目眩の、せいだ。
何の遊びだよ、わけわかんねぇ、なのにおれはなんで、何も、言えないでいる?
「――京介、って、アイツは呼んでたぜ」
少しだけ鬼柳が笑った。嘘だからだ、それも大嘘。
おれは鬼柳を鬼柳と呼んでた、京介、なんて呼んだことない。鬼柳が言ったんだ。親にもらった名前が嫌いだって。だから鬼柳でいいんだって言ったのは鬼柳だ。それに言ってた。
可愛い彼女ができたら、呼ばせてもいいとは思ってるって。
「呼んでいいぜ」
「……は」
「声も似てるし。……呼んでくれよ」
何かを、企んでる。間違いなくこれは罠だ、逃げなきゃならねえ、こいつはおれにとっては敵、絶対に、このままじゃ。
部屋が暗いのと、背中が冷たいのが、おれの思考を鈍らせる。そうこうしているうちに、おれを抱きしめてた鬼柳の手はローブの中の衣服も捲りあげている。
ママゴトの意味は、察してた。
だから、鬼柳が何をしたくておれに語りかけているのか、考えるまでもない。予想通りで、急に、冷静になれた。
おれは、クロウだ。
だけど鬼柳は、「クロウ」と呼んでみるだけの他人だって言う。
正体を隠して潜り込んできたのはおれの方だ。だったら、どっちも、正解ではあるってことになって。
おれはどうしたらいいのか、知ってる。
でも、どうしたいのかは別の話。
フードを深く被る。引っ張って、目が絶対に合わないように、自分の目元を隠す。
目的は、ダークシグナー達に探りを入れること。
それから。
もっと単純に、おれは。
「……京介」
一度も呼んだことのない、この名前の持ち主に会いたかったはずだ。
ローブの下の服をたくし上げられ、ズボンは引きずり下ろされて、曝け出された体に鬼柳の手が、指が這う。頻繁に名前を呼ばれるたびに熱くなるのが悔しい。
京介、と呼び返すとまた、こっちばっかり熱くなる。呼吸が上手く出来なくて、視界には何も映らなくて、そのせいか、頭はもうぐちゃぐちゃだった。
「ぅあ、そ、れ、やめっ」
「ん?」
床に擦れる肌がビリビリと痛い。そのおかげで口をきいていられるわけだが、舌も絡まって酷い有様だ。冷たかったはずで、今はもう温度が分からなくなってしまった指が絡みついてくる。他人が触る場所ではないはずの場所を弄る指が、ときどき尻の方まで伸びてくるのが気になって、そわそわする。
何をされてるのか、頭では分かってるのに、バカみたいに頭がしびれて、体が跳ねる。
「…クロウ、感じすぎだろ…」
「ぃ、が、ちがっ」
おかしくなってるだけだ。
嘲笑う吐息が空気に混じる、聞こえないのに、薄ぼんやりした世界で鬼柳がフードの下でわらっている事実が、おれをおかしくするだけだ。
すき だ
言われた言葉がやっとおれのなかで意味を持つ。おれは、嬉しいんだ。おれが、鬼柳を好きだから。急に腕を引かれて、座らされる鬼柳の足の上。仰け反ってしまったおれは、落ちそうになったフードを掴んで顔を隠す。
息をのんだら、唇がべたべただった。
「あぇっ、あっ?!」
強く閉じすぎた瞼と握りすぎた指が痛い。ベタベタになった尻を撫でていた手が止まって、何かがはいってきてる。どこから何がって、考えようもないところから、指。が。
必死に首を振るおれのフードを、鬼柳が片手で押えた。
「は、はい、らねえ……って」
「んぁ?くく、大丈夫だって、任せろ」
「ぃ、ぅあ、うそ、ぃあ、ああああ!」
案の定、鬼柳は指をおれの尻の穴の奥まで入れてきた。
痛みから後ろにひっくり返りそうになったおれを抱きとめた鬼柳と頬同士が触れる。チカチカして、でも、鬼柳の赤いマーカーが見えた。
「ほらな?そういうことになってんだよ」
「ふっ、あ!ぁ、やっ、あ…!」
どういうことになってんだ。
指の腹が内側をぐるぐる撫でる。ぐりぐりねじ込まれていく、溝を刻むみたいに広げられて、たまったもんじゃない。曲げた指を、引き抜かれるのが、一番気持ち悪かった。
「イっ…」
二本目、違う、三本。
指の腹ががりがり内側を撫でていく。
「む…ぃ、裂け、破れ、あ、ぁあ、…」
両腕で鬼柳の身体を締めつけながら、おれは体ごと声をガタガタ震わせることしか出来なくなった。本気で逃げようとは思わない。その気になれば、ここから、内側から、きっとおれはころされる。
怯えるおれを宥めるように、背中に鬼柳の手が回る。支えて、くれる。
「あゥ、く」
悲鳴を呑みこんだら、変な声になった。中で動く指につられてまた変な声が出て、嫌になって、がちっと奥歯を噛んだ。噛みしめていたら、頭がしびれてきた。息も、出来ない。
鬼柳がずるずる腰を引く。腰のあたりではいてたズボンがもっと下がって、そっからでてきたものが、おれのに触れた。
おれの方が、熱い。
「クロウ……」
鬼柳が息を吐いたら、おれも息を吐いていた。
苦しげに呼ばれて、おれと鬼柳の間につっこまれた手で、握りこまれる。二本分。擦れて、擦られて、触れあってる場所が場所だし、状況を見ようにも見られなくてもどかしい。鬼柳の無駄にカッコつけた服をぐしゃぐしゃに握りこむ。
ぐちゃぐちゃにされて、先にまで指を捻じ込むみたいにされて、たまらなくなって飛び跳ねれば、尻に押し込まれた指がでかく感じられてひっくり返りそうにもなった。おれが、自分で鬼柳にしがみついてるから本気でひっくり返りゃしねえが、が。
でも、これ、は、もう。
「き、……っ、き、う、も、どっち、も、や」
痛い、だけだったはずの尻までおかしくなってきた。前で二本を絡めるように動く指が、なんでこんなに慣れてるんだ、おれが慣れてないだけか畜生、何か、言ってやりたいのに、言葉が出て、こない。
苦しい。痛い。熱い。
「き、ぅう、それ、ごりごり、すんの、も、や……ァ!」
鬼柳の背中に踵を打ちつけて、おれの限界がきた。
鬼柳の手で、鬼柳の手に、全部吐き出させられる。何がどうなったか分からないガキじゃない。強引に引き出されたとしても、これが快感であることは、十分承知だ。
鬼柳のは、まだ硬くて、熱い。
両腕を床に落として鬼柳に凭れかかっていると、フードの中でかいた汗がすっと冷えていく。気持ちいい。
「なあ」
薄目を開けたら、自分のフードの内側が見えた。少し、鬼柳を見ようと思って首を動かしたらギリギリで、見えなかった。
中の指を抜かれて、甘い声で名前を呼ばれる。
「入れるぜ?」
どこに何をって。
そういう、ことなんだろ。
――『クロウ』って呼ばれるフードの他人は、笑えるほどのお人好しだ。だから、こいつが好きだった、『クロウ』の振りをしてやる。
「……こいよ、京介」
こいつの好きな『クロウ』は、きっとそう言うだろう。演じる側のおれにとって何の苦もなく、想像できることだ。
鬼柳はおれの腰を持ち上げて、また座らせた。躊躇はゼロ。指三本で解されてた穴に、鬼柳のが代わりに入ってくる。
「ぐぁ、あああ……ッ」
痛いなんてもんじゃ、ねえ。
のに、あっという間におれはキッチリ鬼柳の上に座っていて、それは要するに全部入ったってことで。
余裕のなさを示すように、鬼柳を跨いだ足に力は入らず、鬼柳の肩に乗せた手でなんとか座り込んでる。腰が、抜けそうだ。抜けてるのかもしれねえ。
おれの腰を撫でてきてる鬼柳は間違いなくニヤついてるだろう。呼吸を整えようとしたところで、不意に鬼柳が両手でおれの腰を持ち上げて、そのまま、突き上げられた。
「あ、っ」
すとんと座りこむ瞬間に、指先までビリビリした。
指で弄られるのとはケタ違いの息苦しさと、頭のてっぺんまで震わせる、感じたこともないもの。
「あ、ぁ、何だ、こ、ぇっ、ぅっ」
?
鬼柳がおれの腰と尻を掴んで揺さぶってくる。決定的なものはない。それを探して、おれももぞもぞと身を捩った。先端が、側面が、内側を擦ってる。
ここじゃない。そこでもない。さっきの、さっきのがいい。
「ふぁ、きょ、う、っけぇ……」
かくんと仰け反ったら、さっと背中を支えられた。頭の後ろを抱え込まれて、鬼柳の肩に頭を乗せる。擦り寄って、黒いローブで、いつの間にか零れてた涙をぬぐった。
そうすると、鬼柳がまたおれの腰を持ち上げようとしてきたので、従ってどうにか体を起こしてみる。
「、あ!」
持ちこたえられず、また鬼柳を呑みこんだとき、欲しかったでかいのが、おれの中を走った。
「こ、れ…ッ!」
精一杯力を込めて腰を上げると、結果的に鬼柳のを絞りあげることになるらしい。く、と息を詰めるのが色っぽいと思った。
持ち上げて、突き上げられて、座り込んで、また。
「ふ、ぅく!…うッ」
頭がぶれてガンガンするくらいがちょうどいい。前後左右に、上下に自分から腰を揺すって、自分の身体がへし折れるんじゃないかと思うくらい、背を反らせて、呼吸と、言葉と、快楽を探す。
「あ!はァうっ、うあ」
「ほら…落ちるぞ」
おれの腰や尻を掴む手は、優しくおれの背中を支えるし、落ちかけるフードを引き戻してくれる。だから遠慮なく、鬼柳の上でおれは悶えた。
見下ろす、隙間から見える世界は狭くて、自分の姿も鬼柳の顔も、別の世界にあるみたいだ。
「あ、ぁ、あ、っんで、おれ、こ、…なっ」
「死ぬほどイイだろォ?…それでいいんだよ」
言われたら、結論に結びつく。考える余地はない。考えていられるだろう鬼柳が言うなら、いいことなんだろうと。仰け反るおれのフードの端をわらう鬼柳が捕まえて、おれはまた鬼柳にしがみつく。
「がっ……ぁ、はっ、う、くふッ」
休もうとしたら、鬼柳に揺らされる。さっきまで苦しいくらいだったのに、奥を抉られることも、おれを狂わせるだけの刺激になった。
呻きほど低くなくて、地声より高くて、裏声混じりの情けない声がひっきりなしに漏れる。体の中に溜ったものを逃がそうとしているのに追いつけなくて、腹の奥がどんどん熱くなる。
「きょ、すけ、京介、うあ、ぁ、あっ」
「どうしたァ?もっと欲しいのか?」
頷く、だけのことも出来なかった。頷いている場合じゃないと言った方が正しい、おれは首を横に振って、ひたすらに振って、鬼柳の上に自分から尻をぶつけながら、矛盾した体はそのまま、訴えるための言葉を吐いた。
「ぁう、あぁ……あ、頭っ、ぃ、かれ、」
泣きながら、鬼柳の肩に頬を擦りつける。恥とかそんな場合じゃない。もう限界寸前だと一番言ってる場所を、鬼柳の腹に擦りつけて、もう皺だらけだろうローブの背中に、爪を立てる。
「……ああ、限界だな」
「ひ、」
鬼柳が舌を打った。尻を鷲掴まれて、ぐちゃぐちゃと中を掻き混ぜられて、声も出せないでいたら、内側で一気に違和感が広がった。抉られる衝撃に溶け込むように、何かが、注ぎこまれる。
「ひ、ぁ、ああっ…?!」
さっきは手の平に出したものを、鬼柳の腹にむけてぶちまけた。やっちまったと思った時、おれの中で何があったのか理解する。
一番の質量が消えて、穴からどろどろと流れ落ちていくものの正体を知って、真後ろに倒れ込んでから、急に不安になった。
これ、ここに入れるようなもんじゃないだろ。
体が重い。唇も重い。瞼も。おれの上に、鬼柳の顔が見えた。そうか、鬼柳がフードを外したからだ。
黒と金の目。赤いマーカー。青白いのにきれいな顔。。さらさらした髪。全部が、すぐ近くだから、暗い中でもはっきり見えた。
手の平で覆われた、汗ばんだ額がひんやりして気持ちいい。慣れない演技して疲れたんだろう、おれの体と意識はあっけなく墜ちようとして、瞼を閉じた。
額の手が頬を撫でて、それがまた気持ちよくて、まどろむ。
遠くで別の男の声がした。おれのそばにいる男に――そうだ、鬼柳に、何か言ってる。怒ってる。呆れてる。どっちもだ、たぶん。
「――別にいいだろ?サテライトのガキ一人犯したって」
鬼柳が鼻で笑って、黒い布が、おれの鼻先近くまでを上から覆っていったのが。
「そーそ。顔もまともに見てねえけど、知らねーガキだ。ちっとやりすぎちまったから、後始末は紳士的にさせてもらうけどなァ」
焦ったような早口が聞こえて、それが、さいごだった。
「……何やってんだおれ」
誰もいない、何もない廃屋にサイズ違いのローブ着て座りこんでる。
そんな答えは自分がとっくに持ってるのに、問いかけていた。フードを取っ払ってあたりを見回すだけで、体が痛い。とんでもなく痛い。あちこち痛い。痛いだけで、頭の芯まで疼かせる熱は、とっくに冷めていた。
冷たいコンクリートの床を這うように壁際に向かって進んで、同じく冷たい壁に、頬を当てる。
「…………何やってんだ、……京介」
届かないと分かっているから、これは、お人好しの演技である意味はない。でも、遊びの続きってことにしておこうと思った。
その場にまた倒れ込んで、泣きそうになるのだって、鬼柳が好きだった相手とやらに、ちょっと感情移入し過ぎただけだってことにしておく。
遊んだだけ。遊ばれただけだ。
おれは、守られてなんかない。
鬼柳はおれに気付かなかった。だから、逃がされた。そうだろ。そういうことだろ。
「そうだろ、……鬼柳」
――でも、遊んだことは内緒にするんだろーな。
夢の中の、話だったってことにでも。
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