サテライトではあるんだかないんだか分からなかった行事も、今は当たり前に日常に存在する。2月13日、テレビの特集がほぼチョコレートに染まるのにまだ慣れていないにも関らず、俺はシティのデパートの一角で立ちつくしていた。
にこやかな店員いわく、逆チョコなるものも今や当たり前になりつつあるらしい。折角ですから彼女にどうですか、と渡された試食用のチョコレートの欠片を舌の上で溶かしながら、売り場の隅で、異世界ほど煌びやかな空間を眺める。
時間だけが過ぎていくにも関らず、どうも俺は、チョコを貰えないわびしい男か、チョコを渡すにも悩むほど甲斐性のない男に見えているらしく、不審者扱いだけはまだされていない。
「鬼柳京介!」
「……え?」
呼ばれた、と思ったら後ろから背中を叩かれた。振り返りかけたところで、黒髪の女と目があった。眼鏡越しに。
「スクープなんだからー!」
あっ、と声を出しそうになって、呑みこんだ。覚えている顔だ。が、覚えていてはいけない顔だった。元・ダークシグナー、カーリー渚。かつての記憶は彼女にはなく、今はただの平新聞記者で、彼女にとっての俺は、ジャック・アトラスの友人でしかない。
思い出してもいいことなんてない。覚えていなくていい。ジャックが驚くほど真面目な顔でそう言ったから、俺は、彼女を知らないことにしている。
「これ、人気なんだから!」
「あ、はあ」
「あー、でもイメージじゃないんだから、うーん…」
「あー……えーと……」
思わず頭を掻いた。あたりの視線がちょっと暖かいものになる、もしかしなくても、あれ、俺、実は女連れでしたってことになってる?
「あっ、選んであげるんだからあとで取材させてもらいますからねっ!」
「な、何の?」
「ジャックから聞いたんだから!伝説のチームサティスファクション、荒廃した街を救う!ドキュメンタリー出来ちゃうんだから!」
チョコを両手にカーリーがはしゃぐから、距離感を測りあぐねている俺はタジタジになるしかなくて、むしろそれっぽい雰囲気になっていく。マジかよ、ちょっとそれは困る。別に、嫌ってるわけじゃねえけどそれはちょっと。
「あーーーっ!」
と、また声が聞こえたかと思ったら、背中に衝撃。何だこれ厄日か。
「ちょっと、やだ!ジャックというものがありながらっ、見ちゃった!私見ましたからねー!」
キンキンとはしゃぐ声。肩に触れた部分で外側にくるりと跳ねあがった明るい茶髪、今日随分見かけるコートの下に短いスカート。足は細い、が、立ち方が男前で可憐さ減点。
カーリーの知り合いみたいだが、知らない女が、目をキラキラさせながら俺に詰め寄ってきた。
「ねーあなたカーリーのこと好き?スキでしょ?だったら早く告白して、見届けてあげるからっ」
「ちょっと!勝手に変な想像しないで欲しいんだから!」
はしゃぐ女の反応でカーリーがキレた。
おい、店で騒ぐな、と言いかけたところで、甲高い声には勝てない。
「変な想像?やーだー恋路を応援してあげてるだけでしょ!」
「こんな疫病神みたいな人好きにならないんだから!私はもーーっと強くて逞しくてかっこよくて優しくて金髪がきれいで意志の強いジャックが好きなんだからー!」
「なーによそれー!あんたなんてこのくらいがお似合いよっ、貧乏くさくてちょうどいいわっ」
いや、いやいやいや、酷すぎるだろ本人の目の前で!
否定すらさせてくれねえ!する部分が見つけられねえ!女怖ぇ!ジャック変なのに好かれすぎだろ!
「あなた達、往来で何やってるの!」
凛とした声が飛んでくる。背中の衝撃はなし。
振り向けば、蒼いショートカットの女がいた。見たことある。こいつもジャック狙いの女だ、セキュリティで働いてんだかで、偏見じゃねえけど、苦手なタイプだ。
「ゲー…」
「もう…計画台無しなんだからー…」
カーリーとその知り合いが二人で嫌そうな顔をする。ジャックをめぐるライバルの中でも特にやっかいなんだろう、そう言えば、この女――狭霧ナントカつったか、狭霧がジャックとの付き合いは一番長いはず。
「あ、あなた達、アトラス様へのチョコは私を通してくださいね」
ケロッと言う。
なるほど、権力ってやつか。
「えー、何それ!」
「あなたたちみたいなのが押しかけたら近隣住民に迷惑、何よりアトラス様の邪魔になるでしょ。安心して、ちゃーんとダンボールにきーっちり収めてわ・た・し・がお届けしますから」
はたから見れば俺をめぐって争う女三人なんだろうが、奪いあわれてるのは俺の友人でここからは随分遠くにいる男だ。いよいよもって情けなくなってきた。そろそろ、逃げたい。逃げられる時間のはずなんだ。
「ジャック・アトラスあてのチョコレート配送はブラックバードデリバリーが最速かつ確実にお届けイタシマース。送料一律、ご希望とあらばご自宅まで回収に窺いますので、日持ちするかつボリュームのある手作りお待ちしてまーす」
耳触りのいい男の声がして、俺は解放の時が来たことに内心諸手を上げた。
「クロウ!」
「よう、疫病神の貧乏面!」
「…おまえ…そのあたりからいたのかよ」
「いたぜ、メット被ってたけどな」
小脇に抱えた地味なメットを空いた手でこつこつ打って、何故かここで待ち合わせを希望してきた相手が笑う。チームメイトで実は恋人。オレンジ頭のデュエリスト。
きれいに決まった営業トークを聞いた女三人は、互いにけん制し合って、一斉に顔を逸らして各々走りだした。
確かにクロウの提案は同じチームで資金に頭を抱えるジャックにとっても役に立つし、女に預けるわけでもないから安心の一石二鳥だ。ポッポタイムの面々は、しばらく甘いものには困らないだろう。流石、賢い。
クロウは三人の背中を見送って、今度は俺にむけてにやりと笑った。
「で、カーリーのこと好きなのか?」
「お前までっ……」
「冗談だって!何だよ、ガキみてーな顔して!」
背中を二発叩かれる。別に嫌じゃないのはきっと俺の愛の証だな、なんて考えてたのがばれたのかもう一発おまけされた。
何も言わずに歩きだしたクロウの背中を追いかけて数歩、隣に並んだところでわざと顔はそむけたまま、口を開いた。
「…なあ、クロウ、チョコくれたり」
「ねーよ、無駄金」
「……だ、だよな……」
こんなところで待ち合わせなんだからもしかしたら、って期待がないはずがないだろ。一刀両断されすぎて、正直気は重くなった。一か八かで覗き見た横顔もいつも通り。なるほど、待ち合わせ場所は気分で決めたのか偶然かってことか。
「……金かからねえモンならやってもいいぜ」
俯いて、分かりやすく落ち込んでたんだろう。もう一度見たクロウはしかめっ面で、めんどくせえな、とでも言いたげだ。
怖くなって、何も言えなくて苦笑した。
久しぶりに会えたんだからそれだけでいい、ってなんで言ってやらないんだ、俺は。
クロウのブラックバードに配達用に荷台のパーツが取りつけられていたのは知っていたが、人を乗せられるようにも改造されたらしい。もちろん、ライディングデュエルの際には取り外せるようになっている。作ったのは遊星だろう。
「乗れよ、落としたりしねえから」
知ってるよ。
配達用のメットを渡されて、大人しく被って、言われるままに乗り込む。俺が声にしなかったからか、クロウはまた微妙な顔をした。それでも、すんなりと地面を蹴る。クロウは約束を守る男だ、俺を落とす――置き去りにしたりは、しない。
会話なしで走り続けてついたのは時計屋のガレージ、ポッポタイムの遊星たちの現在の借家だ。遊星はいない。D-ホイールもない。ジャックもいない。こっちも、D-ホイールごと。
「遊星は修理の仕事。ジャックはコーヒーでも飲んでんだろ」
「居候もいねえけど…」
「遊星のあすし…?ん……助手」
成程、と俺は頷く。俺が問う前にクロウが教えてくれたおかげで、俺の無言記録は続いてしまった。俺の仕草だけで判断してくれるクロウは実に聡いと思う。自慢できる仲間だ。で、恋人だ。
「コレでも食って上で待ってろ」
投げ渡されたビニール袋の中身はチョコ…かと思いきやそんなしゃれたものでなく、パンの耳をカリカリに揚げたものに砂糖をまぶしたものだった。
俺が何か言う前に、クロウはガレージを出て行ってしまう。いつもより早口だったし、やっぱり、怒ってるんだろうか。
チョコねだるのは流石に夢見過ぎたか。どっと襲ってきた疲れを癒そうとパン耳を齧り、俺は居間として使われている一室へすごすごと引っ込んだ。ポッポタイムのガレージは、一人でいるには広すぎる。
一人になるのは冷静になるには一番効果的で、ソファに座ってカリカリとパンに歯を立てていると、落ち込んでいた気分は逆に晴れてきた。冷静に考える。待ってろ、と言うからには、クロウは決して怒ってはいない。
怒っていないなら、自分が理解しきれていないか、クロウが何かを隠そうとしてわざと表情を消しているか、どちらかだ。
一本分のパンの耳を飲み込んで、立ちあがる。まだあるぞ、と主張してくるビニール袋をソファに置いて、最短距離で来た道を戻る。考え込むのも大事だが、もっと大事なのは自分に正直に満足することだ。その方が似合うと、笑っていたのは他の誰でもなくクロウなんだから。
今すぐ追いかければ間にあう、まだ後ろ姿くらい見つけられる、見つけられなくてもカンでなんとかする!
決意を込めてガレージに降りると、驚くほど簡単にクロウは見つかった。出ていったばかりのはずが、階段の二段目に座っている。忘れ物でもしたんだろうが、好都合だ。俺はクロウを呼びとめながら駆け寄った。
「クロウッ!」
「へっ…えっ、ば、待ってろって言っ!」
目が合ったクロウは心底驚いて、立ちあがったかと思いきや、足元の一段を踏み外して転んだ。硬い地面の上だったから「大丈夫か」、と投げかけはしたが、このくらいでどうにかなるクロウじゃない。それなのに、起き上がるどころか転がって、わざとらしくこっちに背を向けている。想定外の怪我でもしたのだろうか、不安になって、覗き込む、と。
「………………何してんだ」
クロウが隠そうとしていたのは両手首だったらしい。でも、ブルーのリボンで綺麗に結び束ねられているのが俺の位置からばっちり見えた。
クロウは真っ赤だ。照れている、間違いないが、どうしてこうなってるのか俺には全く見えない。
「……っバレンタインは彼女がリボン巻いて家で待ってる日なんだろ!?」
えっ。
声は出なかった。
動揺するほど、クロウが言ってることが分からない。
「レオに聞いたんだよ、シティは本命はチョコじゃなくて自分にリボン巻いて告白すんだって!」
えっ。
今度は声に出た。
クロウは真っ赤なまま肘をついて起き上がり、階段に座りなおして手首を抱え込むように俯いた。相当恥ずかしいらしい。そりゃそうだろう、相当恥ずかしいことを言ってるんだから。
「……に、似合わねえのは分かってっけどよう」
「いや…クロウ、お前それ、騙されてる…」
俺は呆然としていたが、唇はつらつらと紡ぎ出す。随分と冷静な声が出たもんだと自分に関心すらした。爆発しそうなくらい動揺しているのに、指先はクロウの手首のリボンをなぞってみたりしている。
「バレンタインの定義は色々あるのは本当だろうけど、それは嘘だろ、流石に」
「嘘だろ!?歌にもなってんだって…!」
「大方、お前がしおらしくバレンタインの話題なんて出すから女がいるんだとでも思われてからかわれたんだろ、そいつに」
バレンタインって、シティじゃ何か違うのか?
そんな感じだろうか。大きな目を泳がせながら、いかにも相手がいますって素振りで問いかけたら、騙せるもんなら騙したくなる。
悪気はなかったんだろう。いや、むしろ、喜ばしいことだと思っていたのかもしれない。もしもクロウが恋人にこの話の真偽を確かめて、愛すべきバカのためにと叶えてくれたら、男のロマンが一つ達成されることになる。
まあ、こんな状況になるとは誰も想像しちゃいなかったろうけど。
「綺麗にラッピング出来たじゃねえか」
手首に巻かれたリボンの端を引きながら、俺は真正面からバレンタインのプレゼントを味わうべく唇を重ねた。
「ッ、…」
びくりと体を揺らしながらも、嫌がってはいない。薄目をあけて見てみれば、くっ付いて取れないのかってくらいの瞼がみえた。結ばれた唇を舌でつついて、離れる。一緒に手首のリボンを引き解いた。
「いきなり解いてんじゃねーかっ」
爪先で突かれた。照れ隠しの蹴りだ、ここは大人しく受ける。解いたリボンは首に巻いてやりたかったが、それには長さが足りなくて、逆毛を一房とって結んでみた。
可愛い。いや、リボン結んだ外見じゃなくて、また俯いて黙ってる態度ってか、仕草が。恥ずかしがってるクロウは可愛い、前からずっと思ってたけど、自然と頬も緩むってもんだ。
「で、このプレゼントはどこまで食っちまっていいんだ?」
「……そりゃ、満足するまで、じゃねーの…」
「なるほど」
抱きかかえた直後は反射で暴れるから、油断大敵。笑いかけて、目と目があって、クロウの腕が肩を掴んできたらもう大丈夫。
悠々と抱えるには重いが、無理するほどでもない重さの身体を抱えて、また階段を昇る。
「おい、バカ、梯子!」
行き先が寝床だって、直感したらしい。ここの間取りを思い出して、俺はチッと盛大に舌を打ってしまった。このままベッドに二人で飛び込みたかったのに。
「っと……めんどくせえな、なあ、」
「ゼッテー嫌だかんなッ」
ソファを見たの、気付いたのか。あそこはジャックの気に入りの席だし、まあ、ここはチビッ子どもも遊びに来る場所だし、気にならないわけもねえよな。しぶしぶクロウを下ろすと、クロウは頭のリボンを揺らしながら随分と雄雄しく肩をいからせて梯子に向かっていった。
「鬼柳」
手をかけて、振り返る。
頬はまだ赤かったが、随分と真顔だ。
「余計なこと考えねーで、突っ込んでいいからな」
ふい、と目をそらしたクロウの頭で我ながら綺麗に結んだリボンが揺れて、台詞のストレート具合を緩和してくれた気がした。
何をどこにって、さっきまでのムード考慮して分からないはずもない。
「……っやべえだろ、何、どうしたお前」
「してぇのは、お前だけじゃねえってことだよっ」
クロウの後に続く。何となく上を見ちゃいけない気分で、足元をしっかり確認しながら登る。クロウが随分乱暴に梯子を蹴りあがるから、振動で手の平がピリピリした。まあ今更緊張なんてしてきちまって過敏になってるのも勿論、原因だけど。
寝床に着くなりさくさくと服を脱いでるクロウがいる。色気もなにもない姿を見てるのに、萎えない自分に感服した。これが遊星やジャックだったら爆笑できちまうだろうし、知らない男ならドン引きしただろうに。
――もし女が同じように脱ぎ出したらそりゃ興奮するだろうし抱きたいと思うだろうが、今の俺じゃ逐一クロウと重ねてしまうだろう。シた気にもなれないなら、最初からしない。だったらクロウとする。
「クロウ、」
コートを脱いで、シャツも脱いで。その頃には最後の一枚、パンツに手をかけてたクロウの両脇を後ろから掬いあげて、ベッドに放り込む。
「っぶね…」
硬いベッドが軋んで、尻を上げた状態でベッドに着地したクロウが息を吐いた。突然予想しない衝撃を受けて、高鳴っているだろう心臓に手を押し当てて深呼吸をしている後姿がたまらない。スイッチが入る、というか、そそられる。
「なにすぅうぁ?!」
ズボンを脱ぎきるのももうどうでもよくなっていた俺は、本当に何も考えずクロウのパンツを引き下ろして突っ込んでいた。勢いのまま埋め込まれ、飲み込まれて、独特の圧迫感に体が震える。
「ぐっ、…ん、くぅ、はっ」
シーツを握りしめながら、呼吸を整えるクロウを見下ろしてまた身震いした。体と頭が、喜んでる。ちなみに心は会った瞬間から大喜びだ。実にシンプルに、満足している。
「な、誰も、戻ってこねえの?」
「ん…んっ、ジャック、は、今日、タダ飯食いにいった…から……、ァ」
腰を揺らすと、クロウは力を抜こうとして不自然に息を吐いた。言葉はおかげで弱弱しく途切れがちになり、語尾が掠れて、高い声が上がる。俺はクロウの中を感じながら、黙って聞く。出来るだけ奥に先端を擦りつけながら。
「ゆ、せ、は…ブルーノと、一緒だったら、ジャンク屋いく、し」
クロウはとろとろと喋りながら目を閉じて、シーツに額、頬と擦りつける。
滲んだ汗が気になるのと、頬の熱を冷ましたいんだ。感じてきてる証拠。若干締めつけられて、クロウがこくんと唾を呑みこんだのが分かった。開いた唇から零れる吐息は、呼吸の自然さなんて持ち合わせてはいなかった。
「今日、ひさびさに休みに、したっ、から…甘やかされてん、っだ、おれ…」
中に押しつけていた先端をわずかに引き、また同じ場所に押しつける。緩やかすぎるピストンは、確実にクロウの内側を溶かしていく。
「ゆっくり休めってことだろ……今更、止めねえけど」
「んん…っ、知ってる…はやく…も、…っと…」
体どころか口までこうも素直なのは珍しい。
こっちまで熱くなって、唇も乾いてる。キスにはキツイ体勢だったから、クロウの背中を食んで、ついでに湿らせた。閉じ込めた体が強張る。この角度、悪くないと見た。
「ぁ、……あ!」
探りを入れて確かめて、ぐっと引いた腰で勢いよく穿つ。
「ァあっ、き、りゅ、っうあ!」
やみくもに突かれるのもクロウの体は嫌いじゃないみたいだが、今はただ気持ちよくなりたいみたいだから、望みどおりそうしてやる。
チョコみたいに溶けやすくなってる今日のクロウに、本能に飲まれて無茶をさせるわけにはいかない。溜まってるもんを全部ぶちまけたい気持ちは勿論あるし、ギリギリのラインで理性を保ってる正直情けないくらい脆い俺の決意だが、貴重なクロウの素直な声を聞くチャンスだと、欲望の秤を傾ける。
「…きりゅ、…あ、ぅ、うああ…!」
ペースを速めると、一層声が上がる。シーツを手繰り寄せる手に力が入り、もうぐちゃぐちゃだ。手を握る、目をつぶる、それ以外に、どうしようもない快感を逃がす方法としてクロウは俺の名前を呼ぶ。頻繁に呼び始めて、うまく呼べなくなってきたら相当だ。
「っきゅ、…き、う、ぅ、ゃう、あっ、きゆぅっ」
ぴんと足が張る。爪先まで。シーツを掴んだままの手をベッドにたたきつけるから、ベッドだって壊れんばかりに軋む。また少し角度を変えて、やや下から突き上げるようにしてやると、クロウはぎゅっと俺を捕まえてきた。
「ぅ、うううっ…!!」
手繰り寄せたシーツに噛みついて、絶頂。
締め付けに耐えて、ひくつく内側の感触のじれったい快感にも耐えていると、クロウはくったりとベッドに頬を押しつけ、片方の目で俺を見上げてきた。
もう、眠そうだ。
「…サービスしすぎだろ…もうぐったりしてんじゃねえか」
「つかれて、っから…な」
変な時間でも配達できるのが個人配達の強みだとかで、夜通し街をかけ回ることもあるらしいとは聞いていた。個人への届け物が多いだろう明日は、そんな感じだろう。
名残惜しかったが、まだ硬いままのそれを引き抜いて、解けかけていたクロウの髪のリボンに手を伸ばした。
「…無理されても嬉しくねーよ」
「知って、る。同じ言葉返してやるし…」
すんなりリボンを解き、自分の指に絡めてみた。クロウはもうリボンには触れるつもりがないのか、仰向けに転がる。くたりとした性器を隠すこともせず、日に焼けた肌の赤みもそのままに、ぼんやりと笑って。
「でも、『本命』分からせとかねーと、嫉妬しちまうだろ?」
大好きだから目移りなんてしないし、するな。
――と、言うようなニュアンスだった。勘違いだろうか。いいや、間違いない。こりゃ盛大な愛の告白だ、ハッピーバレンタイン、前日だけどンなのは細かい話ってやつだな、クロウ?
「ぁ、にゅっ!?」
正面から突き上げると、とんでもない声があがった。
入れた瞬間どうにかなるかと思うくらい、まさかの嬌声。
「おい…可愛すぎだろー…」
「いいぃ、まのは不可こうりょっ!」
ガンと突けば、クロウの瞳が蕩ける。ぼろっと涙が落ちた。本人も耐えてたんだろう、悔しそうに唇を噛んでいる。
「切れる、駄目だ」
唇を塞いで軽く吸う。ぷは、と開いたクロウの唇が艶かしくて、ついもう一度キスをした。何かモゴモゴと言っているが、舌を入れたら黙ったので大したことじゃなかったんだろう。
舌の表面の感触を楽しんでいたら、急かすように歯を立てられた。俺は唇を開いて、互いに酸素を取り込んだところで、別の角度から仕切り直す。
「……ん………ふ…ぅ」
甘ったるい声がしたので、わざと音が立つよう隙間をつくってやった。中がぎゅっと締め付けられる。舌も絡め返してくれる。この小さな水音を「なんかエロい」と評してはしゃいでいたのをふと思い出した。
もういいか、と聞いてみる代わりに奥をつついて、唇を離す。名残惜しそうに舌が俺の唇を掠めたが、それ以上はねだってこなかった。
「――あ……っ!」
クロウが跳ねる。さっきとほぼ同じ位置を突いたのに、一度いったからか、ますますいい反応をする。喉を反らせ、首を振り、ベッドを叩いて喘ぐクロウを瞬きも惜しんで眺めつつ、クロウの弱点ばかりを狙う。そうしたって、俺が満足できることにかわりはない。
「きっりゅ…ぅんんッ、ちょ、やすっ、ぁア、ひゃ、あっ!」
感じてます、とぎゅうぎゅう締められたら絞り取られてるのと同じだ。頭の奥で弾けた快感が、クロウの中での射精を許した。無意識に逃げようとした腰を捕まえて、絞りつくされるのを待つ。
どのタイミングか分からないが、クロウもまた達していて、言葉もなく震えているのを見ると罪悪感めいたものが俺の胸を打った。
かといって、自分を責めるつもりはない。クロウにだって俺を責めるつもりはないだろう。目が合った瞬間、苦笑いなんて浮かべてきたんだから。
「っれが、そうろ、みたいじゃねーの」
「それはそれで可愛いな」
「よろこばねーからな…」
繋がったまま、のろのろとクロウが腕を伸ばしてくる。背中に腕を回して、身を乗り出して顔を近づければ一瞬唇が触れた。
「なー、きりゅ、風呂上がりのアイス食いたいよな?」
「…うん?」
実に可愛らしい発言だが、意図が読めなくて首を傾げる。
クロウは目を細め、唇を緩く結んで、照れ笑いの表情だ。
「チョコ味の…じつは、とってある」
「…………ああ、おう……」
その言葉だけで晩飯食えそうだけど、分かった、二回目は風呂にしよう。
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