RIDE-09の影でこんなことが起きていればいいと思ったので書いた話
「不動遊星……度胸はピカイチ、そしてここにいるんならそれなりの実力はあるんだろう、が」
橙色の髪を逆立てた青年が、唇の端をゆるく持ち上げたまま腕を組み、走り抜ける巨大なD-ホイールと赤いD-ホイールを見やった。
ボマーと遊星、二人のD-ホイーラーのデュエル。それを興味深く見つめていた瞳が、不意に横に逸れる。
「俺はお前にも興味があるぜ、鬼柳京介」
銀色の瞳を向けられた青年の切れ長の目が持ち上がる。鬼柳京介、それは間違いなく彼の名だった。会場を訪れてから一度も笑みを浮かべなかったその顔には、案の定笑みはない。
「俺を知っているのか?」
「いずれはデュエルしてえって思ってたしな」
「ふっ……貴様に俺を満足させるだけの実力があるのかどうか、だな」
それだけ云い残し、京介は眼を閉じた。行われているデュエルへの興味も周囲ほどではないようだ。あまりにも無礼な態度に、声をかけた青年は唇をとがらせ、眉間にしわを寄せる。しかし数歩進んだ彼の視線はもう、白熱するデュエルに向かっていた。
「クロウ・ホーガンだ」
立ったのは京介の隣。京介は眼を開けたが、向けられたのは正面の決闘疾走の光景だ。自ら名乗ったクロウは京介に構わず続ける。
「喜べよ、テメーを満足させる自信ならあるぜ」
京介の唇が、ゆるく弧を描いた。
クロウさんの台詞にカタカナが多くてまじかわいい。しかし漫画版鬼柳さんはクールイケメンポジションなのどうなの……と思ってたら普通の京クロになった話
「イ、ッ」
左耳から下がった六角ナットのピアスに噛みつかれ、そのまま引かれた。クロウの耳から、強烈ではないが確かな痛みが走る。なにしやがる、と低くした声で悪態をついたクロウを壁に押し付けたまま、黒いコートの青年はくく、と笑った。
「デュエリストなら、このくらい何でもないだろ?」
「どういう、基準だよ……っさわんな」
「しっ」
人差し指をクロウの目の前に立てて、また耳朶に下がるピアスをかじる。かたい金属にわざと勢いよく前歯を立てるものだから、そのたびカチ、と音が鳴る。終いには舌の上に乗せて耳朶ごと食むものだから、たまらなくなってクロウはギャアと悲鳴を
上げた。
「おい、コラ……!やめろって、なんだよ!」
クロウの言葉に耳を貸さず、耳朶を舌でつついて、そのまま耳を舐め上げる。全身に走った悪寒に後退れば、壁に背がついて逃げられなくなった。すぐにピアスに噛みつくため、勢いで逃げることもできない。そうこうしているうちに、ベタベタになった左耳に飽きたのか、彼はクロウの右耳にも舌を差し入れてきた。濡れたピアスを指ではじき、笑んでいるだろう唇を耳の上部に押し当てる。
「ぅ、ンンッ」
クロウは黒いコートの袖部分を掴み、目も口も固く閉ざした。そうしなければ声が零れてしまうことを理解してしまったから。
「っぅ、テメ、この、クソ鬼柳、ヘンタイ……」
「酷いな」
鬼柳は苦笑を浮かべるだけで、クロウから離れようとはしない。真っ赤になった耳とその耳朶から下がったピアスを舌と唇でひたすら弄び、その反応を全身で感じようとしているのか、自身より小柄な体を抱きしめる。クロウの手が伸びて長い髪を仕返しと言わんばかりに引いても、怒る素振りすら見せない。
「マジで、放せよ、チクショウ……」
弱弱しく呟くクロウの瞳には、普段よりも厚い水膜がはっていた。一見すれば屈辱からの涙だが、クロウ自身がそうではないことを知っている。感情と感覚が示す事実は、体の奥で生まれた熱が逃げ場を求めているということ。
「クロウ」
さあどうする。
鬼柳は呼びかけただけだ。しかしクロウにはちゃんとそこにこめられた問いが届いていた。するりと気紛れにむき出しの腕を撫でて過ぎた手が、答えを急かす。
クロウは両腕から力を抜いて、結んでいた唇を開いた。熱を帯びた吐息が零れ、そのまま、鬼柳の名を紡ぐ。
「……もう、いい。シようぜ」
吐いた答えは諦めであり切望だった。
京クロが既に顔見知りであればあの登場シーンの前に二人の世界作っちゃってるよね間違いないよね大会の後に結婚式だよ(略)な話
「オイ!鬼柳!鬼柳京介!」
明るい声が呼びとめたのは、長い廊下を歩く青年だった。黒いコートに淡いアクア
ブルーの長髪。鬼柳が振り返り、表情のなかった横顔が後ろを向く時にはその唇には
仄かに笑みらしきものが浮かんでいた。
「久しぶりじゃねーか!」
言って駆けてくる、強いオレンジの逆毛。いかにも好戦的な釣りがちの目をした少年が僅かに持ち上げられた鬼柳の手を無理矢理上げさせ、勝手に手の平を打ちつける。パチンと響いた小気味いい音に、鬼柳はぽつと彼の名を呼んだ。クロウ、と。
「……久しぶりと言うほどでもないだろ?」
「そうだな、ヘヘッ」
鬼柳とは逆に、クロウはころころと笑みの種類を変えていく。一見すると全く共通点のない二人は、事実はじめは疾走決闘(ライディング・デュエル)でのみ繋がっていた。D-ホイールを駆り、互いの全てを込めたデッキからカードをドローし、フィールドを制圧することに全ての闘志を賭ける。フィールを高めてぶつけ合う戦略とパワーは、まさにデュエルの中のデュエル。
互いにあらゆる大会や野試合で試合を重ね、互いの姿を目にするうちに彼らが互いを好敵手として認識するのは必然だったとも言える。彼らの実力は拮抗しており、幾度ぶつかっても勝負の終わりは見えない。心の底からデュエルを求め続ける彼らが、対峙することに楽しみを見出だすようになることも必然だったともいえる。
「機嫌、いいな?」
「待ちに待った絶対王者との決闘だからな。血も騒ぐってモンよ!」
クロウはやや大げさに、振り上げた拳を胸の前で強く握って見せた。期待できらきらと輝く瞳を見て、鬼柳が顔を顰める。ほのかに浮かんでいた笑みが消えたことに気づいて、クロウはのろのろと首を傾けた。
「……機嫌悪ィな?」
「そりゃあな」
鬼柳が視線をクロウの背後と、自身の背後に順に向けた。妙にこそこそとした動きを訝しがってクロウが口を開こうとすると、鬼柳の右手はその顎をすいと持ち上げた。
「なっ……ぐ、ム」
言葉は簡単にクロウの奥に沈んで消えた。薄く開いた唇を食んで、鬼柳は眼前で苦笑を浮かべて見せる。寂しげに細めた目がクロウの見開かれた目を覗き込み、クロウは解放された唇をぱくぱくさせて、その顔を一気に赤く染めた。
「俺はお前とのデュエルを心待ちにしてたんだぜ?……それ以外もだけどな」
ふうわりと空気に溶け込ませるように放たれた言葉に、クロウはこれ以上ないほど真っ赤になった顔を俯けた。
デュエルを求め続ける彼らが、ただ純粋に互いを求めるようになったのもまた、必然だったのかもしれない。
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