イエス、マイリード!--京クロR-18












 発端は、和やかな会話だった。

「犬飼いてえなって最近話してんだよ」

 焼きたてのスコーンを残して出掛けたニコは買い物の最中だろう。荷物くらい持ってやろうと、鬼柳とクロウも腰を上げかけたのだが、それよりもウェストが早かった。
 姉弟特有の仲睦まじさを見、何よりさりげない二人の気遣いを察してしまえば無理に後に続くこともない。結果、鬼柳達はダイニングテーブルで三角形の手作りスコーンをかじりながら午後のティータイムを過ごしていた。
 犬の話は、本当に。流れも何もなく唐突に、鬼柳の口から零れた話題。チョコチップ入りのスコーンをかじりかけたクロウが、口を開けたまま目線を上げた。
 彼の前の紅茶は、むしろミルク状態だったがまだ一口分も減っていない。

「……お前が?」
「いや、ニコとウェスト」

 ふうん。言うと同時に、スコーンをかじる。ようやく目の前のティーカップから白褐色の液体を喉に流し、もう一度、クロウはふうん、ともう一度視線を鬼柳に戻した。

「いーんじゃねえの?あいつらなら」
「んん…」
「おれンとこにもいたぜ、犬。今はマーサんとこだけど」

 やや乱雑に置かれたカップが高い音で抗議するのを無視して、クロウは少しばかり身を乗り出した。きらと光る眼は、彼にとって心休まる話題を振る前の証だ。
 テーブルに腕を乗せてまで顔を近づけて来る彼に応えて、鬼柳もまた、僅かに顔を近づけた。そうせずとも聞こえるのは、お互いに理解している。

「ガキどもさ、交替で世話して可愛がってたぜ。ニコとウェストならしっかりしてっし、大事にすんだろ」

 かじりかけのスコーンを鬼柳の側に向けて、クロウは「なっ」と念を押す。満面の笑みを浮かべるクロウとは異なり、鬼柳の表情は晴れない。眉間にくっきりと皺を刻み、差し出されたスコーンを一口分かじり取った。
 ちょうど、チョコチップの密集した部分。意図したのか偶然なのか、にこにこと機嫌のいいクロウを見る限りでは、前者だろう。一瞬で広がる甘味を噛みしめながら、鬼柳はそれでも眉間のしわを消さずに。

「……だから嫌なんだよ」

 だから、がどこに繋がるのか。クロウには一瞬だけ、分からなかったらしい。

「もう、別れさせたくないんだ」

 鬼柳の言葉が続くころには、クロウもとうに言葉の意味を察していた。遠慮がちに歯を立てたスコーンが欠けて、テーブルを汚す。

「……墓増やさせんのは、な」

 黙ってしまったクロウの分も、鬼柳が口にしてしまった。お互いに理解している事実。彼女らの父の不在。生物が、命を失った後の行き場。
 二人にとっては、愛すべき家族が増えることは喜ばしいことだ。しかし、鬼柳は未来を先に見てしまった。
 いずれは死んでしまうのだからと告げて諦めさせるのは、彼女たちには酷ではないか。

「どう言ったら諦めつくもんかって……クロウ?」

 クロウが不意に席を立つ。スコーンがバスケットの上に放り込まれ、鬼柳は戸惑いがちに顔を上げた。テーブルを迂回して、クロウがやってきたのは鬼柳の真横。 
 普段と逆転した視界は、鬼柳の方だけ一方的に塞がれた。クロウが両腕で鬼柳の頭を引き寄せ、自分の胸に抱きこんだから。

「…おいクロウ、何だよ?」
「頭柔らかくしてやろうと思って」

 クロウの指が、鬼柳の長髪に絡む。持ち上げて流して、かき混ぜる。遊んでいるだけのようで、宥めているかのようでもある。
 でも、どちらも中途半端ではない。手の平の熱は優しい。それに加えて――

「俺はいつだって柔軟に物事考えてるぜ?真面目にな」
「へー、じゃあこの手も真面目な手か?」

 ぺち、と叩かれた手の甲を、鬼柳は引かなかった。クロウの腰の線をなぞり上げていた手を、クロウも引きはがそうとはしなかった。
 親愛と慈愛の他に秘めた愛情の色。鬼柳が感じ取っているそれは、勘違いじゃない。
 クロウも態度で告げているのだ。鬼柳も笑いを顰めて、もう片手でクロウの頭を撫でた。指先から伝えようとしたのは、クロウが垣間見せたものと同じもの。

「悪い、嘘。正直者だろ」
「最初にホラ吹いてんじゃねえか」

 鬼柳の腕を逃れたクロウは唇の端を上げ、椅子に掛けたままの鬼柳の足をまたぎ越す。そのまま腿の上を陣取って、未だににやついている鬼柳の両頬を手の平で押しつける。
 揺れたクロウの踵が、椅子の足を蹴った。椅子からすればとんだとばっちりだ。 

「あ。おれが犬だったら良かったかもなあ」
「はあ?」
「だっておれなら、お前やニコやウェスト残して死んだりしねえよ。お前らの墓作ってから、隣で安らかに寝てやるくらいは逞しい番犬になってやれると思うぜ」

 言って、クロウは首筋に鼻先を擦りつける。犬が甘える仕草。そのまま首筋を食んで、わん、とわざとらしく一言。そしてぺろりと舐め上げたのは、鬼柳の頬。

「そりゃ…逆に怖ぇよ」
「そうだな」
「悪くはない、けどな」
「だろ?」

 向き合った状態から唇を近づけたのは、少しだけクロウが先。

 発端は、実に和やかな会話だったのだ。
 しかし、思いついてしまったのだから仕方ない。





 深夜。静まり返った一室で、しゃら、と細い鎖が鳴る。
 鳴き声が聞こえなくなって、どれくらい経ったろうか。鬼柳は、部屋の端に備え付けた事務作業用の古びた机から身を離し、椅子の上からベッドを見る。
 何も纏わず体を横に丸めて震える様は、環境に慣れきれない子犬のようだ。けれど鬼柳は知っている。そこで丸くなる彼が身を震わす理由を。


「…クロウ、耳取れそう」

 ベッドの傍まで歩み寄った鬼柳が、クロウの逆立った髪の間に見えていたふわふわの茶色の三角を両手で整えた。尖った犬の耳。クロウの耳の後ろ辺りまで伸びる布で覆ったプレートで固定しているだけの、安っぽいカチューシャ。
 クロウは緩慢な動作で顔を上げる。強い光をたたえた瞳が、鬼柳を映して細められた。眉間に皺が寄る。両手は体の後ろで括られており、口は布で作った猿轡が塞いでいるので罵声や暴力の類はないが、鬼柳にははっきりと分かった。
 機嫌は、相当に悪い。

「……っくゥ」

 汗の滲んだ額をシーツに押しつけて、クロウは身を捩る。向けられた後頭部の結び目に、鬼柳は両手をかけて引き解いた。唾液を吸って濡れた布は、シーツの上に落ちる。
 濡れそぼった唇を一舐めし、クロウは改めて鬼柳を睨みあげ、牙をむく。

「…変ッ態!」
「いきなりどぎついな」

 ベッドの端に腰を下ろし、鬼柳は苦笑し肩を竦めた。剥き出しの肩をぽんと叩き、すいと背中の方へ撫でていく。

「ノリノリだったじゃねえか、お前も」
「ちげえよ、付き合ってやるって言っただけで…ッ!?」

 鬼柳の手がクロウの臀部へと写った途端、クロウは荒げていた声ごと息を呑む。
 鬼柳の手が掴んでいたのは、クロウの臀部から生えたふわふわの飾りのついた棒。犬の尾に良く似た飾りを揺らしながら小刻みに振動するそれは、唯一の用途を果たしているところだ。
 内壁を抉るように傾けられた刺激を受け、クロウはくう、と子犬が甘えるように鳴いてまたベッドに顔をうずめた。

「待て、が長すぎたよな」

 曲線を描く尾が、大きく震える。ぐるりと中を混ぜられて、クロウの身体が跳ねたことで。

 インターネットの通信販売業者からひっそりと鬼柳が手に入れた、犬耳と尻尾。夜の恋人たち向けの、そのためだけのパーティーグッズ。
 茶色を選んだのは、流石に恋人ほどのオレンジがなかった故の代用色だ。従って、写真より赤みの強かった耳に、クレームどころか鬼柳は心底満足している。
 いつも付けているヘアバンドを失ってあちこちを向いた逆毛の中にちょんと生えた耳は、ほとんど違和感なくそこに埋もれている。体ごと震えれば、本物にすら錯覚する。
 耳と髪と尾をひくりと動かして、何か言いかけたつやつやの唇が閉じられる。言葉なく唸って、威嚇。

「っ、……分かってんなら、はや、く!」

 餌をねだるにしては随分な態度だ。
 鬼柳はクロウの下肢から生えた玩具から手を離し、ベッドを下りた。少しばかり前にずれた犬耳と潤んだ瞳だけが、鬼柳を追いかける。
 普段とうって変わって頼りなさげな彼を見下ろし、鬼柳が浮かべたのは底意地の悪い笑み。

「じゃああれやってくれよ、アレ」
「あ…?」

 ぽかんと開いた唇も、彼らの関係性では無言の誘惑。鬼柳は更に笑みを深めて、立てた人差し指をくるりと回した。

「三回まわって、ワン」

 クロウの眼はまだ丸い。まだ、言葉の意味に気付いていないようだ。念を押すように「三回な」と微笑みかければ、クロウは目を白黒させて、意味のない声を唇からぼろぼろと零した。
 かあっと瞬時に耳まで赤くなるものだから、ますます鬼柳は耐えきれずに笑う。

「っお、うお、あ、おまっ……」
「この前はやってただろ、ワンって」

 屈んで伸ばした手が、横たわったままのクロウの頬を撫でる。指先から伝わるのは隠しようもない熱さ。戦慄く唇も、ふと掠めれば熱い気がした。

「ッド変態! 変態鬼柳!アホ!バカ!」

 キャンキャンと吠え続けるクロウに、鬼柳はただ頷いて返す。ベッドの下に膝をついて、腰に手を伸ばしてやれば、慌てて局部を隠そうと身を捩る仕草は人間らしい羞恥の表れだ。
 それより早く、逃がすものかと鬼柳の手はクロウの性器を掴んだ。呑みこんだ悲鳴、手の平に感じるのは頬も唇も比ではない熱さ。くつ、と鬼柳が笑う理由は、クロウ本人にも分かっている。

「とか言って、ビンビン来てるクロウが好きだぜ」
「ううう…っ」

 クロウは両目を固く閉じて、必死に顔を背けていた。両手が自由なら顔を隠していたのだろうが、今は不可能。ふるふると瞼を震わせながら開いて、鬼柳と目が合った時には観念したようで、食い縛っていた歯をカチリと鳴らした。

「…そん、なん…おれが変態みたいじゃねえか…」
「考え方を変えてみろよ。俺にしか見せない一面。で、これは俺がお前にしか見せない一面」

 この状況でなければ、甘ったるい口説き文句。しかし張り詰めた性を握り止められながら言われて、素直に受け止められるはずもない。
 唯一解かれた声だけが、クロウの矜持を後押しする。儚い防波堤であることは、芯からの疼きが伝えていたが。

「テメーは素でド変態だろ」
「うんうんはいはい」
「っこの…!」

 クロウの背に回った鬼柳の左手は、難無くクロウの手首の戒めを解いてしまった。あまりにあっけなく自由になった両手に、戸惑いを覚えて罵声も忘れてしまった。
 自由になった両手を眺めている間に、鬼柳はさっさと椅子まで戻ってしまう。
 
「やるか?やらねえか?俺は早く満足してえけど」

 鬼柳を蹴り飛ばして処理することは可能。全てを委ねる必要性はない。全て理解したうえで、彼はあえて問いかけた。
 賭けるまでもなく、選択される自信があったからだ。まだそこまで、二人の関係は乾いていない。
 
 奥歯を噛みしめ、クロウは両手をベッドについた。そっと体を持ち上げ、支える手足は頼りなく不規則に震えている。四つん這いになった彼は、それでも一歩、ベッドの上を進んだ。
 踏み出すたびに体が強張り、挿入されたままの玩具が彼の中を刺激する。たっぷりと絡ませたローションのせいで滑るそれが抜け落ちぬようにと力を込めてしまうので、休む暇もない。
 別に、落としちゃだめだなんて言ってないんだけどな。
 く、と笑ったあと、鬼柳は黙る。きしきしと鳴るベッドと途切れない振動音、どこにも繋がっていない首輪の鎖が引きずられ擦れる音を聞きながら、尾を振りゆっくりと進むクロウだけを見つめる。

 一周。崩れ落ちそうな腕を伸ばし、クロウはペースを上げた。
 二周。一度二人の目があったが、すぐに顔を俯けて動かした四肢は、リズムなどばらばらでとにかく危なっかしかった。進んでいるのか下がっているのか、本人には区別もついていないのかもしれない。熱に浮かされたような表情はぼんやりとベッドを見つめ、止まることなく次の周へと移る。
 三周。少し過ぎたところで、思い出したようにクロウは顔を上げた。

「……わん」
 
 普段の声量からすれば、随分と小さな声で零れたのは、確かに成約した言葉。立ち上がった鬼柳は両手を数度打ち合わせ、再度ベッドに歩み寄った。

「良くできました」

 ベッドの端に膝を乗せて、拍手は終了。シーツを見つめるクロウの顔は、鬼柳の位置からはまだ見えない。

「犬を褒めるときは、ちゃんとご褒美、な」

 仄かに笑み、鬼柳の手は自身の腰のベルトにかかる。バックルを外し、前を開く手が惑うことはない。厚手のパンツの下で布地を押し上げる性はいたって冷静に、先を見越して待っている。

「…ふ」

 邪魔な布地から解放され、外気に触れた熱。撫でるように走った感覚に震え、鬼柳は一度目を閉じ息を吐いた。そのときだ。

「っと、おい、クロウ?」

 のそりと、クロウが動いた。ベッドの上にぺたんと座りこみ、両手を足の間について、命じられてもいない、お座り。

「……ワン」
「いや、ワンって、お…っ!?」

 ぐいと身を乗り出したクロウは艶やかに目を細め、唾液をのせた舌全体で、そそり立った鬼柳の性器を舐め上げた。
 技巧も何もなく、ただ舐めただけ。そのままぺろぺろと先端まで細かく舐めていき、先走りの滲んだ先端もちろりと浚う。
 もどかしい刺激に脈打つそれの根元を両手で押さえつけ、クロウの舌は執拗に乱雑な刺激を与え続ける。嫌がるそぶりも見せず茂みに鼻を埋め、足の付け根から袋までをはくはくと唇で掠め、鬼柳の両手が頭にかかっても緩く首を振って払いながら、また舌は熱棒に戻る。

「おい、クロウ…クロウ、ま、待て…っ」

 持ちあがった顔に、イエスの文字など微塵もない。見せつけるように先端をねぶり、掴まれた髪の痛みに顔を顰めると、焦れたように先端に吸いついた。

「う、っわ……」

 引きつった足と声、脳髄からつま先までを駆け抜ける衝撃と、比較的温度の高いやわらかな口内に放たれる白濁。衝動のままに零しきられたものを、クロウはとろとろと嚥下していく。
 鬼柳から吐き出されたものを飲み下したクロウは、かぱと口を開く。飲み切らなかった唾液が、するりと唇を伝って落ちていく。
 開いたままの鬼柳の唇からは、嘆息。

「…っくそ…やってくれんな……」
「ん?」

 濡れた唇を舐め、くりんと首を傾げる仕草は、鬼柳の中に芽生えたやるせなさを削ぐには十分。このやろう、と言葉を添えて、掴んだクロウの頭を両手でぐしゃぐしゃと撫でると、犬耳のカチューシャが外れ落ちる。
 鬼柳はそれを拾うことはせず、クロウを再度ベッドの上に転がした。抗うことなくベッドに頬を押しつけたクロウは、ほうっと熱く息を吐く。
 強気な瞳が溶けかけているのは、彼にも限界が近い証。一度とはいえ主導権を奪ってみせたのは、やられっぱなしだけは嫌だと、クロウが示した矜持。
 もうクロウには同じことを繰り返す力はないだろう、鬼柳にも分かっている。けれど鬼柳の手は、クロウの首を囲う皮の輪から伸びる鎖を強く引いていた。

「っぐ、きりゅ…?」

 甘い愛撫を予測していた体は痛みを鋭く察知し、ただ甘受するものへと堕ちかけていた心は疑問に埋め尽くされる。首輪が食い込み、締め付けられた喉が軋み鳴いた。
 片手で鎖を引いたまま、鬼柳は空いた手で、無造作にクロウの内側に打ち込まれていた玩具を引き抜く。

「――ッ、!」

 普段であれば空気の侵入すらも拒む孔は、長い間押し広げられ続けたせいだろう、頑なではいられなかった。無意識に逃げを打った腰を掴まれ、尾のかわりに突き立ったのは形を取り戻しかけた鬼柳の性器。
 無機物にはない熱さと覚えこまされた形に、正体を知ったと言わんばかりに、クロウの内壁はほぼ抗うことなくそれを呑みこんでいく。
 鎖を手放されベッドに頬が触れたのはほんの僅か、根元まで埋め込んでしまうと、鬼柳の両手はクロウの腰を離れ、クロウの背に落ちた鎖を引っ掴んだ。

「ッぅあ! っィ、……っ」

 首から持ちあげられた上体を支えようと肘をついたが、ガツガツと内側を抉られ続けていては力も入りきらない。クロウは必死に首を反らせ、困難になる呼吸を手助けするのが精いっぱいだった。
 必死に喘ぐクロウを見下ろし、鬼柳は彼を攻めたてながら「そう言えば」と話を切り出した。ほんの僅か、鎖を引く手から力が抜ける。

「躾られた犬って、散歩のとき先走ったり、しないんだ、ってな」
「あぁ、ぅあっあ、ァっ、まっ、ひゥ、きりゅ、」

 奥まで入りこむたび、抜ける直前まで引かれるたび、クロウはひっきりなく高く吠える。不規則に続く刺激が生み出すものは決して苦痛だけではなく、目の奥の熱さとともにクロウから力を奪っていく快楽は鬼柳のやけに穏やかな声に助長され、着実にクロウの何かを削り取っていく。
 頭を落とせば喉が締められ、頭を上げれば誰もいない視界が追い詰める。鬼柳は淡々と、逃げ場を失うクロウを先へ先へ、促していく。突き入れた熱を今度は引き抜くことなく、玩具と同じように内側だけを執拗に掻き回した。開いたままの唇から、吐息だけで留めることなどできなくなったクロウは、見開いた瞳から涙を零して声帯を震わせた。

「ィあぁぁやぁあっ!」
「クロウは、我慢、できそうか?」
「あ、ウ、ぅンッ、ん、ぁんあっ」
「そっか、だよな」

 体格差から、やや強引に腰を落としているにもかかわらず、鬼柳は休む素振りすら見せない。濡れた内部が湿った音を立てて広げられ、わけもなく首を振るクロウには鬼柳の問いの意味は半分も浸透していないのだろう。鬼柳はくつりと笑ってやった。
 硬質な音を立てて、クロウの背中に落ちた鎖がベッドまで流れ落ちていく。支点を一つ失ったクロウの体は、腰だけを高く上げたままベッドの上に放り出された。
 横顔が訴えてくるのは不満。この扱いに対してなのか、はたまた、自身の感覚に対してなのか。

「満足できねえよな」
「う、ァ、……ッヒ…!!」

 鬼柳の手が、クロウの腰を掴んだ。解れきった中に、今まで以上に強く穿たれる凶器。クロウの身体ごと揺さぶって、二度、三度と繰り返される抽挿。肉がぶつかる音、そのたびに強張る体。
 ゆっくりと獲物を追い詰めたのは、果たしてどちらだったのか。

「我慢なんっ、してたら、さ…ッ」
「ァ、あああっ…!」

 荒くなる呼吸に混ぜる語りかけは早口に、止まらない喘ぎに混ぜる呼吸はリズムを忘れきって、互いに一方的に絡めていく。

「ゥ、っくうう…!!」

 シーツを握りしめ、クロウは瞼で視界を閉ざす。下肢で受け入れた鬼柳を強く締めあげて、長い間蓄積していた熱を放つ。
 「鬼柳でなければ」、など言うつもりは彼には毛頭なくとも、勢い良く放たれる精と仄かに紅潮した頬が体現してしまっている。
 クロウの解放に促され、鬼柳も再度クロウの中へと放ったが、案の定クロウは拒絶も諦めすらもなく、内側へと注がれる粘質の体液を受け入れていた。

「ク……ロウ」

 鬼柳の額に滲んだ汗が、揺れた髪を貼り付ける。それを指でおざなりに払って、鬼柳は萎えた性器をクロウから引き抜いた。ひくつく穴から白濁が零れるのを左の親指で拭い取り、思いついたようにそのまま横に倒す。
 ころり、素直に転がった体と向き合って自らも横たわり、鬼柳は照れ臭そうに笑む。クロウ。繰り返し名を呼ぶと、右手でクロウの頬を撫でた。

「俺、クロウなら三食昼寝つきで飼うぜ、おやつの時間もな」

 頬を撫でる手を顎、首まで滑らせ、首輪に指をかける。クロウは潤んだ目でじっと鬼柳を見ている。反論はない。
 気を良くした鬼柳は、クロウを仰向けにベッドに倒した。いつもならここでかかる制止もない。

 これは、チャンスというやつか。

 両手で頬を支え、唇を近づけながら目を閉じていく。ゆるやかなバードキスを、唇に落とした。
 つもり、だったのだが。


「ぉむ?」


 触れたのは、唇ではない。感触で分かる。両目を開いて確かめると、しかと開いたクロウの眼が見えた。そして、手の平。
 ぐいと顔を押し戻され、クロウはいつもの、そう、普段通りの朗らかな笑顔で口を開いた。

「今度は、お前の番な」
「むう?」

 キスを諦めない唇はクロウの手のひらからまだ離れない。鬼柳が首を傾げると、クロウは更に笑みを深めた。


「おあずけ」


 笑顔は一転して消え、無表情に低い声。クロウが相当怒っていると気付いたのは、その時だ。
 鬼柳は口を塞がれたまま、小さく呻くことしかできなかった。



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