死するまえに、絶叫。






 聞き慣れた声が壊れるほどに上げていた悲鳴は、いつの間にか聞こえなくなっていた。狭く暗い空間は、いくつかの男の耳障りな息遣いと呻き声が支配する。その中心で僅かに発される弱い吐息と声だけに耳を済ませて、鬼柳は唇の端を持ち上げると、ローブのフードを被って立ち上がる。

「終わりだ、救われてぇなら戻ってな」

 笑みを描いていた唇が声を発すると、男たちは即座に動きを止めた。荒れた故郷に降り注ぐ恐怖に囚われ、救いを求めて集った愚者の群れ。その中には鬼柳が纏ったものと似たデザインのローブを羽織る男もいる。彼らの目に生気は無く、何かに操られるかのように、乱れた服を調えながらただ去っていく。最後に去った男は、下半身を露にしていたため時間がかかったのだろう。その男が外からドアを閉めようと伸ばした手に構わず、鬼柳の足がドアを蹴った。

「……なあ」

 静まった部屋に残ったのは、鬼柳ともう一人。部屋の中央で一糸も纏わず両手首を釣られて、不安定に爪先だけで立つ青年に歩み寄りながら、鬼柳は笑う。

「満足したか? この前より三人、増やしてやったんだぜ?」

 片手で青年の橙色の髪を掴んで顔を上げさせ、萎えた性器を指で撫でる。青年は身を震わせたが、それ以上の反応は示さなかった。ただ、先程まで複数人の男に蹂躙されていたことを示すかのように、内股を赤の混じった白濁が伝い落ちる。鬼柳はそれに視線を移し、眉根を寄せた。

「まだ残ってんのか……しかたねえなッ!」

 鬼柳の拳が青年の腹を打ち、青年は目を見開いて、咽る。青年は、そこでようやく掠れた声を上げた。痛みにか不快感にか、顔を歪めながら。

「なに、しやがる……」

 辛うじて聞こえるほどの吐息と変わらぬ声だったが、鬼柳はまた笑みを取り戻した。両手で青年のマーカーが刻まれた左右の頬を撫でて支え、吊り上げられたことでほぼ同じ高さにある目を覗き込む。若干虚ろだが、確かな生者の瞳を。

「ああ……俺で満たしてやりてえのになぁ」

 黒く染まった眼球の中で、濁った金色が光る。青年はそれを見つめて、彼を「京介」と呼んだ。拘束具が軋み、天井まで伸びた鎖が鳴る。
 鬼柳は目を細め、青年の額と、頬に異常なほどに優しく口付ける。先程までのことなどなかったかのように。
 幾度目かの接触でクロウの唇が塞がれた。冷たい唇に眉を潜めながらも、それに熱を与えるようにクロウ自ら唇を押し当ててくる。差し入れた舌も包み込むようにして絡められた。唇が離れると、鬼柳は優しげに言葉を紡ぐ。

「俺はよお、ぐちゃぐちゃになったお前が、好きだぜ……クロウ」
「ああ……知ってた」

 鬼柳の両手が、クロウの首にかけられる。緩やかに、確かに、力を込めて。

「だからこのまま、死んでくれよ、クロウ」

 反響した声。沈黙にそれが染みた後、くつりとクロウが笑う。

「……生きてるからこそ、こんなに乱れるんだって、言ったのは……お前だろ」
「そうだ、そうだったな…ッ」

 クロウの笑みが消える。唇が酸素を求めて開かれ、ほとんど余力のないはずの四肢に力が篭る。鬼柳はまだ手を離さない。クロウの足が浮いて、弱く鬼柳を蹴った。

「じゃあ、」

 鬼柳が両手を離すと、クロウの体はあっけなく弛緩し、鎖に揺らされながら深く酸素を吸い込んだ。急き過ぎて咽るも、少しずつ呼吸が整っていく。決して白いとはいえないクロウの首に残った自らの手の平の跡に重ねるように、鬼柳はそこに歯を立てた。ゆっくりと押し当てていく。血が滲む直前まで。

「こうやって、ぐっちゃぐちゃに、生きてろよ……ッ」

 耳元で囁いた言葉は、鬼柳にとっては呪詛だった。クロウは瞬きにしては遅く閉じた瞼を薄く開いてその言葉を聞いていた。囁きの後、クロウの拘束具を予告も無く外した鬼柳は崩れ落ちたクロウを見下ろすこともなく、背を向けた。

「……いーぜ」

ドアを閉める直前に聞こえた声は幻聴などではなく、鬼柳は流れもしない涙を堪えるように目を閉じた。拒否する権利を、今日もまたクロウは捨てたのだ。
分かっている、これは彼の利益を考えた結果だ。クロウがここに残るのなら、彼の周囲に無闇に手出しはしない。それが、彼をつなぎとめる一つ目の鎖だったのだから。しかしこの手を逃れて守る術も、彼は持っているはずなのだ。
 それでも彼がそうしない理由を、鬼柳は知っている。知っていても、手放せずにいる。唇だけを動かし紡ぐ答えは、たったの五文字。

「……くだら、ねえなぁ……ハハッ」

叫びだしたい気持ちは無意味な笑い声に変わって、闇に消えた。

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