「欲しいか?」 紅い瞳には愉悦の色が浮かぶ。タカオのそれは先程からカイの舌で弄られ、後ろの蕾は入口ばかりを触れられて。熱は昂ぶるばかりだというのに、ギリギリの所でセーブされ続けて。もう、気が狂いそうだ。 ──欲しい。 今すぐ、カイの剛直なそれが欲しい。 ぶち込んでほしい。 あらん限りの力で突き上げ、かき混ぜてほしい・・・ けど! 「相変わらず強情だな。ふふ・・なかなか愉しませてくれる。」 カイは袋に軽く触れながらタカオのそれを口に含んで根元から吸い上げた。途端に全身を駆け抜ける甘い痺れ。 「あ、ああ・・・っ!!」 「これでも「欲しい」と言えんか?ここをこんなにして・・・躯は先程から痙攣を繰り返し・・・一目瞭然だというのに。」 「見て・・見て分かるんだったら言う必要なんてないだろ!?」 熱い吐息を漏らしながら、タカオが必死に叫ぶ。 「ああ、確かに見ればわかる。お前の躯は正直だからな。この口と違って。」 カイは笑みを浮かべながら、タカオの唇を指でなぞった。 ──俺はこんなに苦しいのに・・・気が狂いそうなのに!! 楽しそうなカイが憎らしくなる。 「お、お前はどうなんだよ!挿れずに耐えられるのか?」 躯を小刻みに震わせながらの必死の抵抗。蒼い瞳は、もうとっくに熱に濡れていた。 「それで俺が怯むとでも?抜く方法などいくらでもある。例えば・・・その素直じゃないお前の口。そこで、という方法もあるが?」 口内を指で犯しながら更に挑発を続け、そしてまた刺激を与え過ぎないようにタカオのそれをチロチロと舐めた。 「・・っ!・・ん・・あ、ああ・・・・っ!!」 イけそうでイけない、このもどかしさ。タカオは歯を食いしばる。 ──このサディスト!悪魔!大馬鹿野郎!! 「・・・は、ぁ・・・・っ!」 苦しくて、苦しくて。辛くて、辛くて。甘くて足りない痺れに、おかしくなりそうで。なのにそんなタカオを見下ろして楽しんでいるカイが憎らしくて。 ・・・・。でも。でも・・・大好きで・・・好き過ぎて・・・・・。こんな意地悪なカイも、どんなカイも、どうにも出来ないくらいに好き過ぎて・・・・。 「・・・カイ・・・・カイ・・・・ッ!!」 震える熱い躯、喘ぎ交じりの吐息。カイだけを求めて伸ばされる、タカオの腕。 「・・・・・。」 カイは伸ばされたタカオの手に、無意識のうちにそっと自らの手を重ねた。するとタカオはすぐさまカイの手に飛びつくように握りしめて。タカオの必死な求めが、震えが、強い想いがカイの手に直接伝わってくる。 「木ノ宮・・・・。」 カイは思わず呟いた。 カイだけによって最高潮にまで昂められたタカオの躯。カイだけを求めてカイだけに全てを許して。カイだけを・・・・。 ここまで求めさせて、ようやくカイはいつも安堵するのだった。 ──俺は、愛を確かめる術を知らない。 誰にも愛された事などなかった。親にさえ見捨てられた。 ──俺は、愛する術を知らない。 ロシアの寒い冬。身も心も、川も湖も大地も、空気中の水分までも凍りつかせる。息をするだけで喉まで凍りそうな、痛いほどの冷気。想像を絶する氷の世界。そしてロシアの永久凍土のように冷え切ったカイの心。どこまでも続く最果ての闇。 カイが誰かを愛する事などありえない。愛など、くだらない。何不自由なく育って来た、お気楽な奴らの妄想でしかない、と信じていた。 タカオに出会うまでは。 出会った時からカイは感じていた。カイとタカオは住む世界が違う。生きる世界が真逆程に違う。光と闇。まるで天使と悪魔。なのに何故? ──何故、タカオは俺を選んだ? それはタカオがカイに告白した、その時からの疑問。そもそもカイは、タカオとどうこうなれるとは思ってもいなかった。想いを告げた所で何になる?タカオの負担になるだけだ。健全に育ってきたタカオが同性愛など、あり得る筈もない。 だが、タカオはカイが好きだと言った。俄かには信じ難かったが、タカオは嘘をつくような人間ではない。しかも、こんな重要な事で、あのタカオが偽りを言うなどあり得ない。 タカオの気持ちが今の時点では真実だという事は瞳を見れば、そしてタカオの様子からも間違いないと思っていいだろう。 しかし。この幸福が永遠に続くとは、どうしてもカイには思えなかった。 純粋無垢、という言葉がタカオ以上にふさわしい人間がこの世にいるだろうか。そんな奴が何故、よりにもよって同性を、闇の中のカイを選んだ?同情か?とも思ったが、そうとも思えない。 タカオは誰にとっても光だ。闇の世界で生きてきたカイにとっては、それは眩し過ぎるくらいの手が届くとは到底思えない程の光。 だからこそ惹かれ、焦がれる。どうしようもない程に。 タカオの清廉な魂。何者にも屈せず己の道を切り開いていける強い心。天真爛漫な性格、太陽のように明るい笑顔。 タカオに心を惹かれる者は多い。そしてタカオに救われる者は多い。 タカオと共にいれば、不可能をも可能にできる、どんな世界へも行ける、そんな気さえ起こさせるのだ。 ──俺は闇の底から救われた。 魂が救われた。 初めて光の世界へ、お前は俺を・・・・・。 タカオのような穢れを知らない純粋な少年には、本当は同じように穢れを知らぬ可憐な少女こそが相応しい。そんな思いが冷たく込み上げる。だからカイを不安にさせる。あの火渡カイを、不安にさせる。 ──俺は愛を確かめる術を知らない。 愛する術を知らない。 だから・・・・・。 俺は今日もタカオを組み敷き、ねじ伏せる。 体中に唇を落とし舌を這わせ、でも肝心な場所へは刺激を与え過ぎず。焦らして焦らして更に言葉で弄り、ギリギリの状態に追い込んで尚、追い打ちをかける。まだ未熟なタカオの躯にはすぐに火が灯り、みるみる熱を増し、震え、痙攣を繰り返すが、決定的な刺激は決して与えてはやらない。甘美過ぎる痺れに、行き場のない精に苦しむタカオを見下ろすと、普段は奥底に眠っているサディスティックなカイの性癖が刺激されて、興奮に笑みが零れてくる。もっともっと苛めたくなる、焦らしたくなる。タカオが絶対に口にしない、したくない言葉を言わせてみたくなる。 そんな残虐な悦びと、タカオの真実を手に入れたい、心からの願い。その狭間で。 ──これでも、こんな俺でも タカオは俺を求めてくれるだろうか。 愛してくれるだろうか・・・・・・。 だから。今日もカイは苦悩を胸の奥にしまいこんで、タカオを組み敷き苦しめる。初めて知ったであろう性の快楽でタカオをねじ伏せる。タカオは逃げ出すだろうか。逃げ出しても構わない。むしろ、一刻も早く逃げ出せばいい、とさえ思う。永遠に続かぬものならば、終わりは早い方がいい。 こんな方法でしか、愛する方法をカイは知らない。 こんな方法でしか、愛を確かめる術をカイは知らない。 そして話は冒頭に戻る。 想いを通い合わせてから間もなく、毎日のようにカイはタカオを抱き続けた。タカオをねじ伏せ、愛欲に昂ぶらせ、艶めかしく悶える姿に言葉で追い打ちをかけ、酷く酷く抱き続けた。 止まらない・・・止められない・・・・・・。 本当はこんな事で愛しても、愛してると言わせても何にもならない事は、カイが一番承知していたというのに。 「・・・カイ・・・・カイ・・・・ッ!!」 カイを求めて真っ直ぐに伸ばされたタカオの手。無意識のうちにカイはタカオの手にそっと自らの手を重ねると、飛びつくように縋りつくようにカイの手を絡め取ったタカオ。 「木ノ宮・・・・。」 カイは思わず呟いた。 カイだけによって最高潮にまで昂められたタカオの躯。カイだけを求めてカイだけに全てを許して。カイだけを・・・。 ここまで求めさせて、その姿にようやくカイはいつも安堵を得る。しかしこれも、かりそめの安堵。明日になれば、きっとまた同じ事をしてしまうのだろう。 タカオはもう片方の手もカイへと差し伸べた。カイはそれに応えるように自らの体をずらして、タカオのすぐ上からタカオを見下ろす体勢をとると、タカオの震える指がカイの頬にそっと触れた。ギリギリまで昂められたタカオの手の震えに、ぬくもりに、つい、カイは込み上げる衝動を覚えた。 「カイ・・・・。」 どこまでも蒼く潤んだ瞳にはカイだけが映っている。 「どうした。ようやく「欲しい」と言う気になったか?」 安堵したからといって、我に返ったからといって、途端に優しくなれるほどカイは器用ではない。タカオの行動もカイの衝動も「性」という暴れ馬に突き上げられただけの事だ、と安堵を得たとはいえ、やはり心のどこかで考えてしまう。 「・・・・。」 今、タカオの両の掌がカイの頬を包み込んでいた。不規則に熱い吐息を漏らすタカオの唇は、何か言いたそうで、でも言えなくて。 「どうした。たった一言、「欲しい」とさえ言えば、今すぐくれてやろうというのに。」 そう言って、カイは口角を釣り上げる。 ──さっさと言ってしまえばいい。 今すぐ、くれてやる。 所詮セックスなど 互いの欲望が狂気の沙汰に達した時に その欲望を満足させ合うだけのお遊びだ。 愛など、あってもなくても関係ない。 ・・・・・・・・。 こんな事などしても、本当は何も始まらない。 愛しても・・・ 愛していると言わせても・・・何も・・・・・・・。 その残酷で楽しげな表情とは全く逆に、紅い瞳が哀しくタカオを見下ろしていた。 そんな瞳を見あげる度に、タカオはいつも遣る瀬無くなるのだった。カイの腕の中にいるのに、この手でカイに触れているのに、カイは遠かった。気が遠くなる程、遠かった。想いを通い合わせた筈なのに、何故・・・・。 その問の答えは、タカオの中で既に出ていた。 ──カイは俺を信じていない。 この世界の誰よりも誰よりもカイを愛している、何をされても、どんなカイでも、好きで好きでたまらない。その想いを、どうしたら真実カイに伝えられるだろうか。 初めて会ったあの瞬間からタカオにはカイしか見えていなかった。カイの圧倒的な強さに畏れを抱きながらも、息を飲むほどに美しいと思った。崇高の存在だと思った。初めての出会い以来、どうしても目が離せなくなった。そしてその想いはいつしか別のものに変わっていった。幼過ぎた故、カイへの想いに気づくのに随分時間がかかってしまったが、最初からずっと、カイだけだった・・・のに・・・・・。 どうしたら信じてもらえるのだろうか。 ──意志の力ではどうにもならない。 そんな想いがあるなんて、今まで知らなかった。 同じ男なのになんでって、何度も思った。 けど、どうにもできなかった! どうしても、どうしても惹かれずにはいられなかった。 俺は馬鹿だ、と何度も思った・・・・・。 タカオはカイの頬を包み込みながら思いを馳せ、切なさに表情を歪ませた。 ずっと前からいつもいつも気付けば見つめてきたカイの端正な顔、紅い瞳。それは今、タカオの手の中にあったが、カイは遠かった。 同性でありながら奇跡的に想いが通じ合い、何度もキスをして、何度も抱かれて。それでも・・・カイは遠かった。 ──俺はもう、カイのいない世界なんて考えられない。 ロシアで・・・俺は心の底からそう思った。 カイが俺の前からいなくなる。 あんな途方もない恐怖、初めてだった。 カイのいない世界では、俺が俺でいられない。 ・・・・・・・・。 あの時。 お前だって俺の事、好きだって言ってくれたのに。 こんなに・・・俺、お前だけなのに・・・・。 なんで・・・どうして・・・・・。 心も躯も限界で。ただただ哀しくて。どうしたら良いのか、わからなくて・・・。溢れる感情を抑え切れなくて、タカオは言葉をほとばしらせた。 「俺・・・カイが好きだ・・・。どんなカイも・・・今みたいにムカつくほど意地悪なカイも全部・・全部好きだ・・・。お前に焦がれ焦がれて・・・どうしたらいいのか分からないくらい、好きで好きで、たまらない・・・・・。」 想いを通い合わせた筈なのに、カイの腕の中にいるのにすれ違う。こんな哀しい事が何故、続いてしまうのだろうか。 ──お願い・・・信じて・・・。 俺を・・・信じて・・・・・。 その一念のみで、タカオはまるで祈りを捧げるように両手で包み込んでいたカイの顔を自らへと引き寄せた。 そしてそっと重ねられた唇。触れ合っただけの唇。震える唇の合間に漏れる微かな喘ぎ。タカオはこの唇付けに想いの丈を込めた。今この時は、唇こそがタカオの全て。 ──カイ・・・愛してる・・・。 カイだけを愛してる・・・。 ずっとずっと愛してる・・・・・。 たかがキス。たかが唇が接触しただけの事。今までも何度も何度もキスをしてきた。しかしカイは今、タカオの唇のぬくもりに、漏れる吐息に、いつもとは違う感覚を覚えていた。何か尊いものを唇に得たような、そんな気がした。 ──そうだ、そういえば・・・・。 カイは想いを巡らせる。 ──タカオからのキスは、これが初めて、だ。 そう思い至ると、不覚にも新鮮な感動が込み上げてきたが、カイはそれを敢えてグッ・・と抑え込んだ。 そして、改めて唇を離しただけの至近距離からタカオを見下ろした。タカオは、はにかみながら柔らかな微笑を浮かべていた。微笑みを浮かべながらも、蒼い瞳には強い祈りが宿っているように見えた。全てを語っているように見えた。そんなタカオを見ているうちに、次第に、えも言われぬ不思議な想いが静かに押し寄せてきて、カイはどんな顔をしたらよいのかさえ分からなくなってしまった。 酷く、戸惑いを覚えた。 ──たかがキスひとつ。 たったそれだけの事、なのに。 それだけ・・・じゃ、ない・・・・。 「・・・・・。木ノ・・宮・・・・。」 心の動揺を隠せないまま、カイが呟く。 「カイ・・・。」 タカオはニッコリと笑って、それに応えた。どこまでも澄んだ瞳、邪気のない、その笑顔に。 「・・・・!!」 喉元を鷲掴みにされたような衝撃。 ──ダメ、だ・・このままでは、流される・・・。 ・・・抑えきれ・・ない─────────!! 愛しくて。タカオが愛しくて。柔らかな唇も、漏れた吐息も、穢れのない笑顔も・・・・タカオの全てが、何もかもが狂おしいほどに、愛おしくて───────。 かりそめの幸福ならいっそ壊してしまえ、と散々抵抗してきたが、タカオの唇に触れたこの時、この、たった数秒の出来事に、全てが痺れるように全身でタカオを感じてしまって。まるで初めて唇付けを交わす少年のように、唇だけに、全ての意識が集中してしまって。離れたくない・・・そんな想いすら、込み上げてきて。止められなくて。 ──やはり無理なのか。 一体どうしたら、いいんだ。 俺から逃げ去らせたかった・・筈、なのに・・・。 ・・・・・・・。 いつも・・・いつも、こいつはこうだ。 いとも簡単に人の心を、頑なな想いを溶かしてしまう。 いつも・・・・今も・・・・・・。 どんなに心を偽っても、どんなに逆らってみても。 タカオを前にしては全てが無駄なのだと・・・ 思い知らされる。 これはカイにとっては一種の闘いだった。タカオを追い払う事ができるか、それとも己の気持ちに負けてタカオを受け入れてしまうのか。タカオを逃げ去らせる事ができたらカイの勝ち、己の想いに流されてしまえば負け。どちらにしても、カイに残るのは虚しさ、哀しさだけであったが。 ──貴様が俺について来られる筈がない。 それでも俺を好きだと言うのなら 俺の深淵を見せてやる。 所詮、貴様と俺は相容れぬ存在。 天と地ほどに違い過ぎる。 思い知ったら・・即座に立ち去れ!! 様々な想いが去来する中、心の片隅で、そう頑なに思い続けてタカオとの日々を過ごしてきた。日々、タカオを抱き続け、かりそめの安堵を得ながらも、その安堵すら、己の弱さ故の想いなのだと。そんな弱さなど、振り払わねばならないのだと。 だから。今この状態、つまり完敗ともいえる状態にあって、言葉にできない悔しいような、やりきれないような複雑な想いがカイの胸に込み上げた。しかしタカオの告白以来、初めて素直な気持ちでタカオに向き合っているような気がし始めていた。なんとか軌道修正を試みるも、自らの腕の中で微笑むタカオを改めて見下ろすと、先ほど受けた衝撃は若干和らぎ、その後は心の奥底から沸き起こる愛おしさが、ゆっくりと穏やかに胸に満ちていき、全身に広がっていくのを感じてしまった。 ──やはり・・・無理、だ・・・・。 カイは遣る瀬無い気持ちを抱きながらも、しかし今、どうしても逆らいきれない想いのまま、突き上げる衝動のままに、タカオを抱きしめた。強く───────。 ずっとずっと、「欲しい」と言わせたかった。何故ならカイはタカオが欲しかったから。セックスをしたいとか、己を突き入れたいとか、そういう意味ではなく。タカオの全てを真実、欲しかったから。だからタカオにも「欲しい」と言ってほしかった。だが、それは地の底に生きる者が天上を望むようなものだと、カイはその身を抉るほどの想いで解っていた。 今はカイを好きだと言ってはくれるが、それは俗世離れした世界大会という旅を続けてきた為に、感覚が麻痺した結果の錯覚であって。日常に戻れば夢は儚くも消え去り、そして日常にはカイよりもタカオに似合う存在がいるような気が、どうしてもしてしまって。自分はタカオにはふさわしい筈はないと、どうしても思えてしまって。タカオの錯覚ともいえる愛の言葉をカイが鵜呑みにしてしまったその後に、タカオが気づいた時───本当にタカオに相応しい穢れなき存在とタカオが出会った時、自分はどうしたら良いのだろうかと・・・それを思うと恐ろしくて。本当は不安で不安でたまらなくて。本当は、カイがタカオを想うように、タカオにもカイを想ってほしくて、止められなくて。しかしどう考えても、それは望む事すら、あまりにも愚かだとしか思えなくて。 それならばいっそ、傷が浅いうちに一刻も早くカイの元を立ち去らせてしまえばいい。己の想いなど、闇の底に封じ込めてしまえばいい。今までも、ずっとそうしてきたように・・・。 だから今日も・・・そしてきっと明日も、明後日も、こうやって組み敷いて、酷く抱いて抱いて抱き抜いて、タカオを絶望の底に叩き落とし続けて、早々に逃げ去らせるまでだと。 そんな底知れぬ闇を彷徨いながら己との闘いの中で、カイは苦しみ抜いていた。しかし。 抱きしめられながら、熱に浮かされたようにタカオは尚も繰り返した。どうしても想いの全てをカイに伝えたい、その一念で。 「カイ。俺はもう、ずっと前からカイのものだから。カイだけのものだから。あげる・・・俺を・・・全部、カイにあげる。だから俺にカイをくれ。俺は、カイが欲しい。他には何もいらない。カイだけが、欲しい。カイが好きだ。大好きだ。今も、これからも・・・どうしようもないほどに、好き・・・・。カイが、欲しい・・・欲しい・・・・。」 『欲しい』 それは、もう諦めていた言葉。その言葉のみが欲しかった訳ではない。愛欲に耐えかねて、つい出てしまった言葉が欲しかった訳でもない、が。 どうしても言わせたかった、言ってほしかった言葉を今、直接耳に吹き込まれて、火花のような電流がカイの脳を直撃した。タカオの熱い言葉の息吹が耳の奥に響き、言霊の震えがいつまでも耳に残り・・・カイは茫然と瞳を見開いた。 そこにはタカオの必死の眼差しがあった。その表情、その姿には、無条件にカイだけを求める強固な想いだけが表れていた。全身に沁み通る、切なる想いが。 その瞳に、その姿に。愕然とすると共に、カイの中の何かが剥がれ落ちていくような気がした。疑念、邪念、雑念。そういったもの、頑なな想いの全てが浄化され、光の粒となって昇華されていくような気がした。 それから。カイは無意識のうちにタカオの頬を、唇を指で触れた。触れてみて初めて、自分の指が震えている事に気づいた。それ程までに動揺している自分に気がついた。 ──信じてもいい・・・のか・・・・? お前は真に俺のものだと。 強い光を宿した紅い瞳でカイは無言でタカオに訴えかけると、タカオも無言のまま瞳で答えた。海のようにどこまでも蒼く、そしてどこまでも深い想いの漲る瞳で、カイに応えた。 カイが言って欲しかったのは、タカオの心からの言葉。喉から手が出るほどに欲しかったのは、タカオの真実。それは今、確かにカイの腕の中にあった。 ようやく、そう確信できるに至った。 ──なんてこった・・・馬鹿馬鹿しい。 俺は一体、今まで何を・・・・。 張りつめていた糸が切れたように、カイはフッ・・と自嘲気味の笑みを漏らした。タカオとの出会い、世界大会、タカオからの告白、それから今現在までの事。何もかもが一瞬で心にストンと収まった。悩み苦しむ時は長いが、気づいてしまえば一瞬だ。バイカル湖でもそうだった。毎日毎日、自分はなんと愚かだったのだろうと。そう思うと、カイは笑いが止まらなくなった。 「ふ、ふふふ・・・ははは・・・・・・。」 「カ、カイ?」 タカオはいきなりのカイの豹変ぶりに、何が起こったのか分からなかった。が、タカオの真意は伝わった・・・のだろうか?そんな事を考えていたら、カイは急に真顔になって。 「もう一度。もう一度言ってくれ。俺が欲しいと。」 「え?」 先程までは緊迫した雰囲気で、タカオはどうしてもカイに想いを伝えたくて。だから、あんな恥ずかしいセリフ、カイが執拗に望んできた言葉も口に出来たのだが。全てが伝わったような気がした次の瞬間、カイが珍しくも笑い出し、なんとなく気がそがれてしまった今、もう一度、それを言えと言われても。 「えっと・・・・。」 タカオは瞳を泳がせた。 「そうか、言う気はないか。ならば初めからやり直しだな。」 カイはニヤリと笑うと、タカオのそれを再び弄り始めた。 「う、うわ・・・ちょ、ちょっと・・待って・・あ・・・!!」 指でそれに触れながら、乳輪に唇付けを落とし。 「・・・ん、・・っ!!」 中心部を指先でなぞられるだけで鳥肌が立つ。乳輪や乳首の形を確かめるように、舌をねっとり丁寧に這わされるとジワジワと感じてしまう。あっという間に快楽の底へと堕ちていく。熱い血がドクン、とタカオの中心部へ一気に注ぎ込まれ、堅さを増す様子が、そこを弄り続けているカイには文字通り手に取るように気づかれているのかと思うと、もうタカオは羞恥でおかしくなってしまいそうで。 いっそ、このまま快楽に身を委ねてしまおうか・・・とタカオは思わないではなかったが、残った欠片ほどの理性でもって、歯を食いしばって必死の抵抗を続けた。 そんなギリギリの攻防が、見下ろす側からしたらたまらない。この手で、この舌で。たったこれだけの事でタカオがここまで乱れ、流されまいと喘ぎ苦しむ姿を見ると、たまらない。 しかし頑としてその言葉を言おうとしないタカオに。 「やはり・・・強情だな。」 カイは意地の悪い笑みを浮かべた。ならば、とそれに軽く触れながら後ろの蕾に指を少しだけ押し込んで様子を窺うと。 「ひ、あ・・・っ!」 全身に伝播する甘い痺れにタカオは悲鳴を上げる。カイはその反応にニヤリと笑むと、くちゅくちゅ・・と濡れた音をたてながら指先だけの抽挿を繰り返し始めた。 「・・・や、・・あ・・っ・・・ん・・・・っ!!」 足りない刺激。一番欲しい場所へ指先だけで弄り続けられて。これは一種の拷問だ。 「やめ・・・っ・・・!」 「やめて欲しいのか?」 そう言いながら、指を少しだけ奥に押し込んだ。 「あ、ああ・・・っ!!」 タカオの全身が大きく波打つ。 「・・ち、違う!!お、お願い・・だから・・・っ!!」 「お願い?フフ・・・女のようなことを言う。」 カイは揶揄して笑った。そして一瞬だけ指を根元まで挿入してカイの良く知る、ある場所をグイッ・・と強く触れると。 「やっ、・・あ、あ・・・・っ!!」 欲しかった場所に欲しかった強い刺激を一瞬だけもらって。大きく震えて、ひきつけを起こす程に感じてしまって。 「どうした。腰が動いているぞ?」 カイが笑う。 「・・・・っ!!」 タカオは恥ずかしさのあまり、顔を歪めた。しかし、このままでは・・・・。 「聞いてやろう。何を「お願い」するんだ?」 それは最後通告。 「だ、だから・・・っ!!」 「だから?言わなければ分からない。」 今さっき、カイから貰った中からの刺激。その後はまるでからかう様に、いたぶる様に入り口だけをくちゅくちゅ弄られ続けて。入り口への僅かな刺激は、奥の奥へジンワリ・・・と痺れるような甘い熱を誘発して。奥に何もないのがもどかし過ぎて、耐え切れなくて、でも必死に耐えて。タカオは手足をピクピクさせて、腰をうねらせ、全身を引き攣らせながら何とか熱を逃そうとするが、やっぱりどうにもできなくて。 ──足りない・・居ても立っても居られない・・・。 言えば・・・言えば、きっと楽になる。 恥ずかしい・・・・・。 こんな時にそんな言葉、絶対、言いたくない! でも、言えば・・そこをかき回してもらえる・・・。 早く・・・早く・・・・そこに・・・・・。 もう・・・このままじゃ、狂っちまう!! 「・・・ほ、欲しっ・・・・・!」 ようやく口にしたその言葉。だが、カイは。 「何が。」 楽しげに微笑む。 「カイが・・・カイが・・・欲しい・・・・・!!」 「俺の、何を?どこに欲しいと?」 タカオはただでさえ羞恥と熱に歪んだ顔を、更に歪ませて叫んだ。 「も、・・・っ!カイの・・・・馬鹿!!」 「なんだと?」 カイの言葉の不穏な響きに、タカオはさすがに「まずい!」と思った。しかし次の瞬間。 ──え・・・? 唇付けられていた。 触れ合う唇は、どこまでもあたたかく柔らかで。絡まる舌は、いつもよりずっと優しく、慈しみに満ちていた。何度も何度も擦りあい、絡ませ合って。体中が敏感な今、この唇付けにどこまでも酔いしれてしまいそうな・・・。唇を離しても尚、離れ難いように舌先だけを触れ合わせて。ようやく舌も離された、息がかかる程の至近距離でカイは微笑んだ。その微笑みは、今までタカオが見た事もないくらい、穏やかで綺麗な微笑みだった。 「やっと・・・言ってくれたな。」 「・・・・。」 タカオは恍惚状態のまま、ぼんやりとカイを見つめた。 「くれてやる。今すぐに。永遠に俺をお前にくれてやる。」 タカオはゆっくりと瞳を見開いた。その顔は輝きに満ちていた。今現在のタカオの欲望は勿論、タカオの切なる想いも何もかもがカイに伝えられた。そしてカイも同じ想いでいてくれる。タカオもようやく、そう確信できるに至った。 それが嬉しくて・・・・何にも代えがたい程に嬉しくて・・・・。 「カイ・・・・。」 タカオは瞳を潤ませて、幸せそうに微笑んだ。そんなタカオの姿に。 ──ああ、そうか・・・。 魂が触れ合う、とはこういう事をいうのか。 なかなか・・いいもの、だな・・・。 カイは深く心に沁み入るように思った。そしてもう一度触れるだけのキスを送ると、タカオの両足を胸につく程に押し上げて、後ろの蕾に自らを宛がった。今までも何度も何度もこんな事をしてきたが、お互いの気持ちが全く違った。今、初めて・・・心も体も一つになれる。 カイはゆっくりと怒張を圧し進めていった。すると待ち構えていたようにタカオが吸い付き締めつける。 「・・・・っ・・!」 あまりの締め付けに、カイはその端正な顔を顰め息を詰めた。圧し進める度に、タカオに熱く飲み込まれていくようでたまらない。じわじわと、泡立つような甘い痺れが全身に広がっていく。タカオも同じように感じている事が、密着部から直接伝わってきて。ただもう、愛おしくて、たまらなくて。 「・・・っ、タカ・・オ・・・。」 「カイ・・・っ!」 ──俺の腕の中で、タカオが快楽と歓喜に震え 無我夢中でしがみついてくる。 しがみつくお前の中に、俺がいる。 それが、こんなにも嬉しいなんて。 カイは驚くしかなかった。 カイだけを求めるこの姿、これが紛れもない真実のタカオの姿なのだと・・今、ようやくカイはそう思うことが出来た。 心の迷路からようやく抜け出して、やっと手に入れた、カイの真の光。 カイは本能の赴くままに、激しく突き上げた。時に抱きしめながら、時に唇付け舌を絡め合いながら。そしてカイは腰を動かしながら、ふと思った。 ──結局、俺はまた・・・ タカオに救われてしまった、という事か。 その時、短い悲鳴と共にカイの背に回されたタカオの腕に更に強い力が込められた。秘め続け、苦しみ抜いた想いがようやく通じ合えた喜びは、この交わりに大きな意味をもたらしたのだろか。カイへの想いが、求める気持ちが、そして歓びが大きくなる程に、タカオの中はじんわりと熟した果実のようにカイを飲み込んでいった。熟し切った甘い果実は身も心も、体の芯からドロドロに溶かしてしまいそうで。溶け合ってしまいそうで。堪え切れないくらいに、たまらなくて。愛おしさばかりが募っていく。 「カイ・・・好き・・・・大好き・・・・・。」 感極まったようにタカオは繰り返した。 カイはそれに応えるように、狂わんばかりに想いを打ち付け、タカオに己を刻み込み続けた。 愛おしさが止まらない。溢れても尚、止まらない。止まらない・・・・。 貴方を愛してる。 だから、貴方を私にくれ。 私は貴方だけのものだから。 貴方を愛してる。 永遠に、愛してる─────。 END カイタカアンソロに参加させて頂いたものです。 久しぶりに読み返しましたが・・・グダグダし過ぎなのが非常に気になり、大幅修正したくなりましたが、結局そのまま載せさせていただきました。 読み辛くて申し訳ないです・・。 確か指定は「できればR18のカイタカ」という事だったと思います。 最初は、もっとお祭りムードの楽しいものを書こうと思っていたのに 気づけば、どんどん話が重くなってしまって これでは駄目だ!なんとか明るくならないもんか!!と思ったものの、どうにもならず・・・。 申し訳ないやら心配やら不安やら・・ただ、ひたすら、すみません・・・!! という気持ちでいっぱいだった事を覚えています。 とはいえ、初めてのアンソロ、という事で私にとってはとても思い出深いものです。 少しでも楽しんで頂けますように。 以下は、原稿をお送りした直後、力尽きながら日記に書いたもの。 「カイ〜、ようやく終わったな〜。」 「ああ、長かった・・・・。」 「お前さー、なんでも深刻に考え過ぎ。 もっと、なんて言うのかな〜・・・素直に心の赴くままに、で良いんじゃねーの?」 「・・・・。俺はお前のように簡単に全てをさらけ出すことなどできん。」 「でもさー、それだと・・・辛くないか?」 タカオはカイを心配そうに見上げた。 カイはそんなタカオにフッ・・と微笑んで。 「馬鹿、何を心配している。」 そう言うと、カイはタカオをふんわりと抱きしめた。 「お前が俺の傍にいてくれる。 いつでもお前のぬくもりを感じる事が出来る。 それで全ては癒される。」 唇付けを交わしていた。 これから何があろうとも、お前と二人なら・・・・。 ここまで読んで下さり、ありがとうございました! (2016.10.17) |