僕はいつものように壁に向かってボールを投げていた。
いつも僕は一人だった。
友達は誰も野球に興味を持ってくれなかった。
でも、最近・・・一人だけだけど一緒に野球をやってくれる友達が出来たんだ。
「寿くん」っていうんだけど
すごいんだよ、寿くんは!
初めてボールに触ったのに僕の球を捕れたんだ!
そしてすごくしっかりした球を放るんだ!
寿くんはバッティングもすごいんだよ!
でも今日は寿くんとはキャッチボールできない。
ドリルがたまっちゃったんだって。
だから今日は僕は一人。
以前のように壁を相手に・・・・一人。
コーン・・・・コーン・・・・・。
寂しく響く壁の音。
「あ、おとさん!」
見るとそこには大好きなおとさんがいた。
「迎えに来てくれたの?
あれ?今日は試合なかったっけ!?」
僕は嬉しくて駆け寄ろうとした、その時。
「吾郎くん!」
振り向くとそこには寿くんがいた。
「寿くん!あれ?今日はドリルをやるんじゃなかったの?」
「いいんだ。そんな事よりも大事な事があるから。」
「?大事な事って?あ、それより・・・寿くん、おとさんだよ!おとさんが来てくれたんだ!」
僕は寿くんの手を引いておとさんの所へ行こうとしたんだけど
寿くんは頑として動かなかった。
「寿くん?」
「吾郎くん、ダメだよ。」
「なんで?おとさんがせっかく来てくれたのに!
僕のおとさんはプロのすごい選手なんだよ?寿くんもいっしょに・・・・。」
「駄目だ、吾郎くん。」
そう言った寿くんの声は大人のそれに変わっていた。
「逝かせはしない。逝っちゃ駄目だ。」
大人の寿也が子供の俺を抱きしめた。
俺は無我夢中で叫ぶ。
「おとさん・・・おとさーん!!」
おとさんは俺を見て「駄目だ」という素振りをして
そのまま背を向けて去っていく。
「おとさん、行かないで、おとさん!!
僕を置いて行かないでよ、おとさん!!おとさーん!!」
ガッシリと俺を抱きしめるその腕が憎く思えた。
「放せ、おとさんが行っちゃう!!」
「駄目だ!!絶対に逝かせない!!」
俺は泣いた。
泣いて泣いて・・・おとさんが遠くへ歩いていき、そして消えていくのを
寿也の腕の中で泣き叫びながら追う事も出来ずに・・・・・・。
そして・・・・目が覚めた。
俺は夢の中同様に涙を流していて
そして夢の中同様に・・・・そこには寿也がいた。
「吾郎くん・・・・良かった・・・・良かった・・・・・・!!」
目が覚めた俺を見て、寿也の瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。
「夢を・・・見た。」
「・・・・夢?」
寿也が俺の涙を拭ってくれながら聞いた。
「ああ。おとさんが俺を迎えに来た。」
「・・・!」
「俺はそのまま、おとさんと行きたかった。行こうと思った。」
「・・・・・。」
「でも、お前が俺の手を引っ張って行かせてくれなかった。
最後には俺を抱きしめて、行かせてくれなかった。」
「・・・・・・。」
「俺はお前の腕の中でおとさんに手を伸ばしながら泣いた。
泣いて泣いて・・・・お前を怨みながら、行ってしまうおとさんに置いていかれたくなくて・・・泣いた。」
「・・・そう・・・・。」
「お前が・・・助けてくれたんだな。」
俺は寿也を見つめた。
「・・・・僕は必死に祈っていた。
君のお父さんに、君を連れて行かないでくれって。
君を助けてくれって。
ずっと・・・・祈っていた。」
「そうか・・・・。ありがとう・・・・・。」
そう言いながら、俺の瞳からまた涙が零れ落ちた。
寿也は幸せそうに微笑みながら
「戻って来てくれたのだから、それでいい」と言わんばかりに首を振った。
そして寿也の唇が降りてきて俺は瞳を閉じた。
おとさん・・・ごめん。
俺には大切な人がいるんだ。
そいつも俺を大切に思ってくれている。
おとさんも知ってる人だよ。
そいつの為に、俺・・・まだそっちには行けない。
でも、見ててくれ。
俺、こいつと二人でもっともっと頑張るから。
おとさんが出来なかった分も、こいつと二人で頑張るから。
唇のぬくもりと、体に障らないように気遣って肩を抱くこの優しさに触れて
俺は・・・・。
帰って来て・・・・本当によかった、と・・・・・思ったんだ。
end
頭にJr.の打球が直撃して、その後吾郎が病院で見た夢。
本誌では吾郎を止めるのは桃子でした。
でもここはやっぱり寿也に止めて欲しくて書いてしまったものです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
(2009.11.26)