「なんで結婚なんかしたの?」
「なんでって・・・。」
「こうやって君は僕に抱かれてばかりいるのに。」
「・・・・。」
「なんで?」
寿也は吾郎の脇腹の辺りから首筋までを指で辿りながら
その疑問を口にした。
「・・・・。夢だったんだ。」
「結婚するのが?」
「・・・っていうより・・・俺の子供を持つ事が。」
寿也は吾郎の不幸な境遇を思った。
「おとさんも・・おかさんも死んじまって・・・。
かーさんや親父のお陰で俺はすごく幸せだったけど
でも俺は血の繋がった俺の息子が欲しかった。」
「それだけのため?」
「それだけって・・・なんだよ、それじゃダメなのか?」
「吾郎くんのお父さんのあの事故は僕もよく覚えてる。
吾郎くんは本当にお父さんっ子だったものね。
僕は・・・そんな君達親子を見て・・・すごく羨ましかったんだ。」
「え・・・・?」
「僕の両親は多分今も健在さ。でも、今もあの頃もバラバラだった。」
「・・・・・。」
吾郎も寿也の不幸な過去を思った。
初めて寿也に声をかけたあの日も寿也は一人、ドリルをやっていた。
誰もいない、ガラン・・とした家に寿也は一人だった。
寿也にはケーキとテレビゲームが与えられ、そして気が遠くなるような量の問題集の山。
名門小学校へのお受験が義務付けられながらも
その寿也に課題だけ押し付け、母親は優雅にフィットネスクラブ通い。
なにもかも言われるがままだった寿也。
そこに愛情はあっただろうか。
多少なりとも・・愛情はあったと信じたいが・・。
一方。
吾郎もいつも一人だったが、父親と共にいる時の吾郎は愛情をいっぱい貰っていた。
大好きだった、おとさん。
誰よりも誰よりも本当に大好きだった、自慢の父。
だけど寿也の家庭は違っていたようだった。
父親がいて母親もいる。妹も。
しかし・・・・・・。
「あんな家庭なら・・・僕はいらない。冷たい家庭は子供を不幸にするだけだ。」
吾郎には何も言えなくなってしまった。
「・・・・俺は・・・・大人になったら・・・・・・家庭を持って幸せに暮らすもんだと・・・・・。」
「だから結婚したの?」
「・・・・・・。」
「吾郎くんらしいな。」
「なんだよ!」
「・・ごめん。吾郎くんは・・・幸せだったんだなって思っただけさ。
早くにご両親を亡くして。
だけどその両親には本当に愛されていた。そうだろ?」
「・・・・ああ・・・・。」
「そのご両親が亡くなってしまったのは、とてつもなく不幸な出来事だったけど
新しいお母さんやお父さんにも本当に愛されて・・・・・。」
「・・・・。」
「僕は・・・誰にも愛してもらえないんだって、思ってた。」
「なに言ってんだよ・・!」
「僻みに聞こえたらごめん。でも僕はそう思ってしまった。
妹は連れて行ってもらえたのに僕は置いていかれた。
僕はいらない子。必要ない子。そう・・・子供ながらに思って泣いた。
泣いて泣いて泣いて・・・・・そしてその気持ちを自ら封印して
僕を捨てた両親を見返すために
年金暮らしで決して楽じゃなかったのに
僕を引き取ってくれたおじいちゃんおばあちゃんの為に僕は・・・絶対にプロの野球選手になると決めた。」
「・・・・・・・。」
「親にも愛してもらえなかった僕だ。僕を愛してくれる相手なんて現れる訳は無いと思ってた。
たとえ結婚できても・・・あんな家庭を作るくらいなら・・・・。
だから・・・・かもね。僕は女の子には何故か興味を持てなかった。
かといって元々のホモだとは思ってないけど・・・どうなんだろう?」
「・・・知るかよ、んな事!」
寿也はフフ・・と笑った。
「でも男は・・いや、真の友達は僕を裏切らない。
それだけは僕も色々経験して分かった。
女なんて・・・自分のお腹を痛めて生んだ子供さえ平気で捨てる、女なんて・・・・。」
「寿・・・?」
「気持ち悪い・・・。
弱々しさを装いながら男に媚びて迫って・・・突かれて喘いでよがる・・・
腹に子を宿せば、勝ち誇ったように・・・・。
そしてお腹を痛めて産んだ、愛の証である筈の我が子を平気で捨てるのも・・・女。
純白のウエディングドレスに身を包んで清楚な姿を強調し
また美しく着飾り化粧をし・・・
でもその中身は・・・ただ・・気持ち・・悪い・・・自分だけが何よりも大事だと思っているエゴの塊。」
「寿・・何を・・言って・・・。」
「君はいい。裏切られた事はないから。
死別は裏切りじゃない。
悲しいけれど・・・・辛いけれど・・・・誰も君を裏切ったりなどしなかった。
君はどんな顔で彼女を抱くの?
そして彼女はどんなふうによがる?
気持ち悪くなかった?」
「・・・っ!」
「僕は・・・気持ち悪い・・・・女なんて、考えるだけで・・・・。」
「寿也・・・・。」
この虚ろな寿也の瞳。
この瞳には見覚えがある。
寿也はまだ・・・・あの傷が癒えた訳じゃなかったんだ。
そりゃあそうだろう。
吾郎の場合は死別だ。
とても悲しい出来事ではあったが、でも仕方がなかったこと。
誰にもどうにもできなかった別れだ。
今でも吾郎は父親を想う事があった。
母のことはあまりに幼かった為、殆ど覚えていなかったので
申し訳ないとは思いながらも、思い出すのは父の事ばかりだった。
そして今もあの時の事を思い出して悲しい、辛い気持ちを持て余してしまうこともあった。
それでも父との時間は吾郎にとって、あたたかく幸せな時間、大切な思い出だった。
だが寿也は違う。
寿也の両親は今もどこかで生きている。
生きていながら、多分もう二度と会う事はない。
両親も辛かった・・と信じたいが、その両親の都合で捨てられた寿也。
生きているからこそ、実の親だからこそ許せない。
血の繋がりがあるからこそ、募るばかりの憎悪。
そして癒えない傷。
母親、女、という生き物への・・・・吐き気がするほどの嫌悪。
しかし。
「お前・・・・。親に捨てられたから、俺の事・・好きになったのか?」
その言葉に寿也はハッ・・・とする。
「どうなんだ?」
吾郎は真っ直ぐに寿也を見つめた。
「違う・・・・。」
「ホントか?」
「違う・・・僕は・・・。」
寿也の瞳が揺れる。
「僕はリトルの頃から君への気持ちを自覚していた。」
瞳だけを見開いた、寿也のその無表情。
そんな様子を見て、吾郎は。
酷い事を言ってしまった、と少々後ろ暗いものを感じた。
「僕は・・・あの頃から君が好きだった。
きっと初めて会ったあの日から・・・僕はずっと君が・・君だけが好きだったんだ。
なのになんで・・・なんで結婚なんかしたの?なんで・・・・。」
「寿・・・。」
「やっぱり僕なんて本当に愛せない?
真の意味で愛してなんかくれない?
やっぱり僕は・・・・誰からも・・・愛してもらえない・・・・。」
その無表情の両の瞳から涙が零れ落ちてきて。
「寿、違う、寿っ!!」
吾郎はたまらず寿也を抱きしめた。
「俺も、いや・・・・俺は・・・お前が好きだ、寿也。俺はお前を愛している。」
強く、強く抱きしめて、そして強い確固たる口調でハッキリと吾郎はそう言った。
「結婚は・・・俺もよくわからない。
ただ、大人になったら家庭を持つものだと思っていた。
俺もおとさんみたいに父親になるんだと。
寿、お前も父親になるんだと・・俺は今も思ってる。」
「愛してもいないのに?」
「愛は・・・・俺は・・・多分・・・多分、愛はある。」
「・・・卑怯だ。僕を愛していると言いながら、彼女へも愛はあると言う。」
「なあ、寿。俺、思うんだけど・・・愛は一つじゃなくてもいいんじゃないか?」
「・・・・。」
「お前を好きだと思う気持ちとアイツを思う気持ちは違う。
子供を思う気持ちはもっと違うように思う。でも、それも一言で表せば「愛」だと思う。」
暫くの沈黙。
時間にしたら僅かだと思われるが、重い時間が流れた。
そしてその沈黙を破ったのは寿也。
「・・・・・。ゴメン、僕は・・・なんだか君を酷く困らせてしまったようだ。」
瞳を少しそらして自称気味に笑う寿也だったが、その表情。
寿也は正気を取り戻したように見えた。
「いいよ。僕は。さっきの君の言葉と・・・そして僕とこういう関係を続けてくれている事。
それが君の気持ちの全てだと・・思っていいんだね?」
「・・・・。結婚を意識した時、本当はお前とは終わりにしなくちゃ、と思った。
でも、お前に会って抱かれる度に・・・とても終わりになんてできないと思った。
お前と離れるくらいなら、俺は・・・・。」
「でも彼女を抱くんだね。」
「・・・・それを言われたら俺は・・・言い訳のし様がない。」
「・・・ありがとう。」
「え?」
「僕と離れるくらいなら、の後、なんて言葉が続くの?」
そう、真顔で聞かれて吾郎は頬を染めた。
「あ・・・えっと・・・・。」
しかし寿也はその瞳を覗き込んで答えを待っている。
「俺はお前を捨てるくらいなら・・他の全てを捨てた方がずっとマシだと気付いたんだ。」
「・・・・。」
「でもお前は結婚しても良いと言った。こうやってひっそり会う関係でも良いと言ってくれた。
アイツを好きな気持ちにも嘘は無い。
卑怯だとは思ったが・・これで俺は家庭が持てるしお前を失う事も無い。
愛するものを失う事も無く・・・・夢を手に入れる事ができる・・・・・。
お前がホーネッツに来てくれたから、尚更・・・俺達の関係は上手くいくようになった。」
「・・・・嬉しいけど、やっぱり卑怯だよ。」
「・・・わかってる。」
自分のやっている事が如何に酷い事か、人として道を踏み外しているのか
吾郎には良くわかっていたが・・・でもそれが吾郎なりの真実だった。
「吾郎くん・・・・愛してるよ。」
「俺も・・・寿・・・。」
アンバランス。
こんな関係がいつまでも続くのだろうか。
そんな不安がいつも心の片隅に置かれたまま。
いつか亀裂が生じるのも、また必然。
end
厩戸皇子、入ってますね・・
えっと古い漫画ですいませんが、「日出処の天子」です。
他にも毛人が刀自古が間人媛が出てきそう。
ドロドロの狂った寿也でした。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
(2009.10.20)