そして。 「吾郎くん。続き、してもいい?」 そう言われて我に返り、ついまたしても驚いてしまった吾郎。 「え・・・まだ、何かするのか!?」 「うん。むしろ、これからが本番かな。」 「はい?じゃ、今までのは一体・・・。」 「前戯。」 「ぜ、前戯〜!?」 寿也はニッコリと笑った。 「そう。本番はこれから。でも、もうちょっとやっておかないといけない事があるから・・・。だから本番はもう少し先の話。」 「な、なんなんだよ、一体・・・。あ、そういえばさっき、俺だけイって、お前は・・・。なんでお前、イってないんだ?」 「・・・。経験の差かな。」 経験、とは。他者とのそういう事ではなく、一人で・・・という事であったが。 「経験?」 「うん。それに・・・君には先に僕がしゃぶってたから・・・君は元々、爆発寸前だったでしょ?」 そう言われてしまうと吾郎はみるみる赤面していった。 「お、お前は・・・イかないのかよ・・・!?」 その赤面を誤魔化すように、わざと膨れ面で聞くと。 「僕は君の中でイきたいから。」 「俺の中?どういうことだ!?」 寿也はまたニッコリ笑った。 「すぐに分かるよ。」 そう言いながら、吾郎の足を持ち上げ、そして太ももの部分を押し上げた。 「な、何・・・・?」 寿也はそれには答えずに、その部分を少しの間、見つめると、後ろの蕾に唇を押し当てる。 「な・・・・ッ!!何してんだよ・・・ッ!!」 「大丈夫、じっとしてて。」 「大丈夫とは思えねー!!」 吾郎がジタバタし始めたので、寿也は吾郎の中心部にサワッ・・と触れた。 「・・・・っ!!」 「吾郎くん、しっかり慣らさないと君を傷つけてしまう。僕は君を傷つけたくない。お願いだから・・・じっとしてて。」 意味が、よく分からなかった。 吾郎に傷を付けてしまうことと、そこに唇を当てることと何の関係があるというのだろう!? 寿也は吾郎の中心を摩りながら、再びその蕾に唇を当てた。 と思ったら。 そこに寿也は唾液を送り始めた。 「・・・・!?」 「動かないで。」 唾液を送りながら、少しづつ、硬く閉ざした蕾を舌でこじ開け侵入して行った。 ぬるっ・・と濡れたものがそこに押し入る、その感覚に。 「・・・ひ・・っ!」 はねる腰を寿也は押さえつけながら、そこを握り摩りながら、舌で解していく。 丁寧に丁寧に入り口を舌で舐めながら、少しづつ出入りを繰り返して そうしながら唾液も送り込んで、そこを丹念に濡らしていった。 吾郎はただ、ひたすらに耐えた。 震える体で必死に秘所への侵食に耐えた。 「そろそろ・・・いいかな。」 なので寿也がこう言って舌が離された時には心の底からホッとした。 しかし、それは甘かったのだと、すぐに知る事となる。 今度は寿也はその入り口に指を当てたのだ。 「まさか」と吾郎は思ったが、その「まさか」だった。 寿也は蕾の壁を指で押して回ると。 「大丈夫・・・・かな。」 寿也は自分の中指を根元まで口に入れて、たっぷりの唾液で濡らすと、その後ろの蕾から、ゆっくりと中指を侵入させていった。 「は、・・・あ・・・・ッ!!」 吾郎は目を剥いて硬直してしまった。 「吾郎くん、力を抜くんだ!息をゆっくり吐いて・・・・・。」 吾郎のそこは寿也をきつく締め付けて少しも動かせない。 「そ、ん・・な・・・・!!」 「吾郎くん、大丈夫だから!落ち着いて!!」 寿也は挿入した指をそのままに、吾郎の中心に触れて刺激して、気持ちをそこから逸らそうとする。 寿也も必死なのだ。 「ゆっくり・・・長く呼吸して・・・・。君が落ち着くまで、何もしないから・・・・・。」 吾郎は言われるがまま、ゆっくりと長い呼吸を始めた。 「そう・・・吾郎くん・・・。」 優しく緩やかに・・・そそり立つ肉茎に触れていき・・・・。 「・・・っ・・。」 少しづつ、そこからの刺激を感じ始めたようだ。 もう少し・・・・と寿也は内心一息つきつつも、指はそのままに、中心への愛撫を続けた。 「吾郎くん・・・。」 少しづつ、吾郎の声に艶が戻ってきた。 少しづつ、寿也の指への締め付けが緩んできたような気がした。 「吾郎くん・・・・。」 もう少し・・・もう少しだ・・・・。 寿也は辛抱強く、待った。 「・・・ッ、・・あ、・・・・!」 吾郎の体が別の意味で震え始めた。 中心からは少しだけ蜜が溢れ始めた。 その蜜で、わざと音が響くように撫でまわすと、吾郎は先ほど共に弄りあったあの時のように悶え始めた。 いける。 寿也は思った。 僅かに・・秘所に入れた指を動かしてみた。 くにゅ・・と動いた。 途端、吾郎の腰もビク、と震えた。 今度は指先の腹で内壁を擦りながら指をゆっくりと回転させていった。 吾郎は足をピクピクさせ、指先まで硬直して引き攣り始めた。 中でも、感じ始めている。 寿也は嬉しくなった。 寿也の手の中にある、吾郎自身。 そして内には寿也の指が蠢いている。 内と外。 同時の刺激、快楽に必死に耐える吾郎の姿が・・・とても扇情的で・・・・。 もっと苛めてみたい、もっと乱れさせてみたい。 そんな君を・・・もっと見たい。 男の本能とでも言おうか、こんな姿を見せられては寿也の中の征服欲がムクムクと頭をもたげてきて。 しかしやっぱり丁寧に、内を解しつつ指を進めて行く。 少しづつ出入りさせながら、襞を解すように。 「・・・んッ、・・・あ、・・・・!!」 その時、吾郎の体が大きく波打った。 「吾郎くん、ここ、イイの?」 吾郎は朦朧とした状態でガクガク、と頷いた。 寿也はその場所を引っかくように擦ってみる。 すると 「あ、ああ・・・・・・!!」 吾郎の体中に熱い血がドクン、と一気に流れたような感覚が、肉茎に触れる寿也の手に、そして中を弄る指にしっかりと伝わってきた。 頭に直撃を食らったようだ・・・クラクラする・・・。 みんな、吾郎くん・・・君のせいだ・・・。 君が、こんなに可愛いから・・・君がこんなに・・・僕で感じてくれるから・・・・。 「吾郎くん・・・。」 寿也は恍惚気味に囁きながら、吾郎の感じるその場所ばかりを重点的に攻めた。 当然、肉茎への愛撫も緩めることなく。 「・・・っ、・・・・も、もう・・・、ダメ・・・・!!」 ただでさえ初めてなのに。 何もかもが初めてなのに。 吾郎の先端からは耐え切れない蜜が溢れていて、それを絡めるように寿也が摩り、内からはどうやら快楽のポイントを発見されてしまったようで、そこばかりを指の腹で押し付けるように摩っていたかと思うと今度は引っ掻くように触れられて。 内と外から、居ても立ってもいられないような快感による甘美な痺れが全身を駆け巡って。 何がなんだか分からなくて。 「ダメ」と口走りながらも、一体何が「ダメ」なのかさえ分からない。 とにかくこのままでは「ダメ」なのだ。 どうしたらいいのだろう。 どうしたらいいのか分からないなりに、自然の本能とでも言おうか、吾郎はひたすら寿也を求めた。 「とし・・・・とし・・・・・っ!!お願い・・・もう、ダメ・・・・とし・・ぃ・・・・っ!!」 快楽に溺れながら、全身に引き攣けを起こすほどに感じていながら、瞳を潤ませその瞳に寿也だけを映して必死に手を差し伸べる、愛しい人。 寿也だけを求めて・・・・。 何を求めているのかさえ、吾郎にはわかっていないながらも、とにかく寿也を求めている。 こんな姿を見せられて、奮い立たないようなら男をやめたほうがいい。 寿也は無造作に吾郎の中に埋めていた指を引き抜き、そして自らの怒張をそこへ押し当てた。 「今度はどうするのか」、などと吾郎はもう聞かなかった。 本能で全てを理解した。 そこへ寿也を受け入れるのだと。 初めてだったけど、なんの知識もなかったけど 今、無性に・・・・焦がれるほどに・・・・そこに寿也が欲しかった。 「吾郎くん、いくよ?」 そう、問いかけながらも寿也には、これ以上待つ気など全くなかった。 寿也ももう・・・・限界だった。 今、突き入れなければ、おかしくなってしまいそうな程に。 吾郎はコクン・・と頷く。 この吾郎の頷きが、どれだけ寿也にとって嬉しかった事か。 初めて湖に行ったあの日、吾郎への気持ちを自覚したあの日から。 この瞬間を渇望し続けてきた。 それが遂に実現する。 喜びと興奮とを抑える事が出来ないまま、寿也はゆっくりと怒張を押し進めていった。 吾郎の中は狭くて、ぎゅうぎゅう締め付けてくる。 しっとりと熱く寿也を包み込んで離さない。 先端を少し入れただけでも・・・・たまらなかった。 「っく・・!!」 息を詰めて押し進める。 押し進めるたびに吾郎に熱く飲み込まれるような感覚がたまらなくて・・・・ちょっとでも気を緩めると、すぐにも放ってしまいそうになるのを歯を食いしばり必死に堪えた。 「・・・っ!!」 その端整な容姿に汗が伝う。 そしてまたグッ・・・と押し進めていった。 ああ、寿也が入ってくる・・・・・・・!! とても痛かった。 こんな痛みが他にあるのか、と思うほど痛かった。 戦で傷を受けた時とはまた別の痛み。 それほどまでに痛かったのに・・・・そんな事、どうでもいいくらいに嬉しかった。 今、俺の中に寿也がいる。 寿也が俺の中で脈打っているのがわかる・・・躯でわかる。 さっきは寿也に中を触れられた。 はじめは戸惑ったけど、だんだん感じていった。 感じていくほどに・・・足りない、と・・・心のどこかで思い始めた。 何が足りなかったのか。 今、ハッキリとわかった。 これが欲しかったんだ。 この体積、この剛直さ、熱く脈打つ・・・寿也が・・・何よりもそこに欲しかったんだ。 寿也がその入り口を、内壁を通り過ぎていく感覚に全身がブルッ・・・と震える程にたまらない。 吾郎はその感覚に歯を食いしばりながら耐え、寿也を感じた。 「・・・・っく・・・・!は、入った・・・・・。」 ようやく根元まで納めた寿也が、その喰いちぎられそうな程の締め付けに、たまらず恍惚の溜息を漏らした。 中にいるだけでたまらない・・・気が狂ってしまいそうな程、たまらない・・・・。 今すぐ滅茶苦茶に突き上げ、グチャグチャにしてしまいたい。 しかし。 寿也は僅かに残った理性で、敢えてもう一度、大きく溜息を漏らした後、考えた。 吾郎はどうだろうか。 女でもはじめては痛いと聞く。 男で・・・その為の器官ではない場所に・・・・。 それはかなりの負担である筈だ。 「吾郎くん、大丈夫?痛いんじゃない?」 「ん・・・大丈夫。」 しかし吾郎は顔を顰めながらも笑ったのだ。 寿也は驚きつつ、もう一度問いかけた。 「痛くは・・・ないの?」 これには吾郎も素直に答えて・・・でも、もう一度微笑んだ。 「痛い。すっげー痛い。お前の、でか過ぎ!」 「ご、ごめん!」 「でも、いい。そんな事より・・・お前が俺の中にいることの方が、ずっと嬉しいから。」 「僕も・・・君の中に居られて、凄く嬉しい・・・。君の中は、温かくてしっとりと包み込んでくれて・・・それでいて、ぎゅうぎゅう締め付けて・・・たまらない・・・・。」 恍惚気味にこんな事を言う寿也の言葉が、恥ずかしかったけど、とても嬉しくて。 吾郎は寿也の首に腕を回して引き寄せて、寿也の唇に自らのそれを押し当てた。 しかしその事によって中の寿也が動く事となり、吾郎は甘い悲鳴を上げる事となったのだが。 「動かないで。・・・・ゆっくり動かすから。君がもうちょっと落ち着くまで・・・。」 そう言いながら、抽挿はせず、中だけでジワジワと擦りつけるように少しづつ動かしていった。 その擦り付ける場所というのが、先ほど吾郎が感じる中のポイントであったのは言うまでも無い。 寿也は意識的に、そこを自身で僅かに突き、擦った。 すると吾郎に変化が現れた。 じわじわと、粟立つような痺れが全身に広がっていく。 未だ痛くはあったが、痛さと、でももっと欲しいような・・・そんな相反する感覚。 僅かな動きも、甘い刺激となって。 「あ・・っ!」 吾郎の腰が跳ねた。 すると当然、中を大きく摩られて。 「・・・あ、ああ・・・・っ!!」 腰を快楽にくねらせると、また自然、別の場所を大きく摩り・・・・。 寿也は殆ど動いていないのだが、吾郎は寿也が中にいるだけで自然、腰が動き、跳ね・・・そして更なる快楽を引き起こしていき・・・。 寿也の腕の中で、寿也自身によって、吾郎がみるみる乱れていく。 その姿が・・・・たまらない。 吾郎が感じると寿也自身を締め付けて。 それがまた、たまらなくて。 寿也の感情や欲望を煽り立て掻きむしられるようで、どうしても無茶苦茶にしてしまいたい衝動を抑え切れなくて。 「慣れるまで待つ」と言っておきながら、やはり我慢できない。 このままでは動かさずして達してしまいそうだ。 もう、伺いを立てる余裕などなかった。 無言のまま、寿也は自身をギリギリまで引き抜くと、一気に吾郎の内なるポイントをめがけて突き上げた。 「ん、・・・・ああっ、ああ・・〜〜〜〜ッ・・・!!」 寿也と吾郎、同時に歓喜に震えた。 な、に・・・・この、感じ・・・・・・。 それはどちらの心の叫びだったのか。 その後は、ただ、本能の命ずるままに突き上げ続け、感じるままに締め上げた。 引き抜いては突き上げて、引き抜いてはまた突き上げる。 たった、それだけのことなのに、それがこんなに気持ちいいなんて。 こんなに、前後不覚になるほどに気持ちいいなんて。 そこが、熱く、甘く、痺れるように・・・熟した果実のように、甘くて・・・・・。 熟しきった場所を、寿也の剛直な肉棒が容赦なくグチャグチャにかき回して。 躯の芯から、暴れまわる肉棒と共に蕩けてしまいそう・・・・・。 溶ける・・・・寿也と一緒に、何もかも・・・溶ける・・・・!! 「とし、とし・・・・っ!!」 吾郎は力いっぱい、寿也に手を伸ばした。 寿也はその腕を受け入れて吾郎を抱きしめる。 そのまま、舌を激しく絡ませた。 どこもかしこも、グチャグチャに混ざり合ってしまいたくて、溶け合ってしまいたくて。 「吾郎くん・・・・愛して・・・る・・・・・。」 「俺も・・・俺も・・・・としぃ・・・・・!!」 一度激しく突き上げたら、もう止まらなかった。 欲望と本能の命ずるままに、寿也は一心不乱に突き上げ続けた。 すごい・・・たまらない・・・。 寿也が突き上げるたびに、涙が溢れそうなほどの快感を感じる。 寿也が抜いていく時は、その剛直な肉棒が通り過ぎていく摩擦がたまらなくて、すぐ次が欲しくなる。 すぐ次が・・・・寿也が欲しくなる。 ここに。 何もなかったところに、寿也で埋めて掻き乱して欲しい。 もっともっと・・・・寿也が欲しい! これが一つになるという事。 これが・・・・愛の行為。 吾郎は朧げな頭で考えた。 これが最高の愛の行為だという、その訳がわかるような気がした。 だって、こんなに寿也を感じてる。 こんなに・・・なにもかもを共有してる。 心も感情も・・・快楽も、胸の鼓動も・・・・感極まる、その瞬間さえ・・・・・。 「吾郎くん・・・・呑み込まれる・・・・君の中へ・・僕が・・・溶ける・・・・・!!」 「溶けて・・・俺の中に・・・寿也・・・・・!!」 甘く熟した果実は弾けた。 限界を超えた、灼熱の歓び。 共に抱きしめ合いながら、愛しい人の名を唇で何度も奏でながら、まるで張り詰めた糸がプツリ・・と切れたように崩れ落ちた。 そして浜辺に打ち寄せる波が引いていくように、事後の安らぎに身を任せ・・・。 今はただ、肌のぬくもりと鼓動を全身で感じ合いながら、その優しさに、心地よさに瞼が自然と重くなって、抱き合ったまま眠りについた。 朧げながらも先に意識を浮上させたのは寿也だった。 意識が戻り始めたその時、腕の中に吾郎がいる手応えに、まずホッ・・と安堵の溜息をついた。 このぬくもり、重み、この肌の手触り・・・・。 幸せと安らぎを感じつつ、重い瞼を開けた。 朝日の中、寿也の腕の中で眠る吾郎。 そのあどけない寝顔。 ───吾郎くん・・・・・!! この感動を、この喜びをどうやって伝えたら良いのだろう。 愛する者を腕に眠った、この何にも代えがたい喜びを。 寿也は吾郎を起こさないように気をつけて、そっとその頬に唇を落とした。 「ん・・・。」 すると吾郎が眠そうにムニャ・・・としながら薄く瞼を開けた。 「ごめん・・・起こしちゃったね・・・。」 その無防備な顔。 可愛い・・・・・ッ!! 寿也は感動のあまり、力の限り抱きしめたい衝動に駆られたが、まだ、眠りとの狭間にいる吾郎を気遣い、必死に耐えた。 「・・・・あ・・・・。」 朝が来た事を知り、寿也の腕の中にいた事を思い出した吾郎は、今度は完全にパッチリと瞳を開けた。 その時、だった。 吾郎がなにやら白く光りだしたのだ。 よく見ると、吾郎を無数の光の粒が包んでいた。 天から降り注ぐ光のヴェールを纏ったような吾郎、その光景に寿也は戦慄を覚えた。 「海の泡になって消えてしまう」という吾郎の話を信じなかった訳ではない。 事実、吾郎には不思議な事が、謎が多かった。 それにあの薬。 そして気持ちを通じ合えてからの吾郎の様子。 それらを考えたら、吾郎の話は真実だと思うしかなかった。 しかし。 寿也は真に吾郎を愛している。 昨夜、その想いを与え合いむさぼり合い、そして溶け合えたというのに、なのに何故、何が足りなかった? 吾郎自身も恐怖の表情でその光の粒を見つめていた。 やっぱり・・・ダメなのか? それは運命へ対する恐怖と畏れ・・・そして絶望。 こんな小さな、たった一人の人魚の愛なんて・・・こんな小さな愛なんて・・・神様は認めてなんて・・・はじめから認められる筈なんて・・・なかったのか!? でも俺にとっては最高の、この世の何よりも大切な大切なもの・・・愛なのに。 しかしどうやら時間はもう残されていない。 吾郎は最期の瞬間をせめて寿也の腕の中で過ごしたい、と切望した。 吾郎は寿也を抱きしめる。強く強く抱きしめる。 「逝かせない」とばかりに寿也も強く抱きしめた。 強く強く抱きしめあっていた二人だが、その時、吾郎は顔を上げた。 その顔は、ついさっきまでとは一変して、幸せに満ちた安らかなものだった。 「寿也、ありがとう・・・・。俺、幸せだっ・・・た・・・・・・・。」 そして涙がひと粒、ふた粒・・・真珠よりも美しい涙が零れ落ちた。 「吾郎くん、ダメだ、逝っちゃ・・ダメだ・・・!!」 寿也もその翠玉の瞳から涙を流して、吾郎を掻き抱いた。 しかし。 暫くすると、その光の粒は吾郎へと吸収されていったのだ。 「え・・・?」 天から降り注ぐ、光の粒。 その全てが吾郎に吸収されたように見えた時。 吾郎はいつもの吾郎だった。 「寿也・・・・俺・・・・・。」 吾郎は両の掌を見つめた。 そこには最後の僅かの光の粒が、掌に溶け込んでいくところだった。 砂浜の砂が吸い込まれていくように、吾郎の掌に消えた光。 寿也と吾郎は瞳を大きく開いて顔を見合わせた。 そして、確認、とばかりに再び抱きしめあう。 この確かな存在感、ぬくもり・・・胸の鼓動・・・・。 それから唇付けを交わした。 舌を交わし絡めて・・・・・・そして離れた。 大きく見開いた瞳はそのまま。 「認めて下さったんだ、神は・・・・僕達の想いを、「真実の愛」だと・・・・。」 「寿・・也・・・・俺・・・・・・。本当に、人間になれたんだ・・・本当の人間に・・・・。」 「え?」 今の言葉にはさすがの寿也も驚いた。 しかし吾郎は。 「あ、そう、そういえば・・・アレは・・・。」 と立ち上がったかと思うと自室に走っていってしまった。 寿也は吾郎の後を追った。 部屋に入ると吾郎は箪笥からなにやらアレコレ引っ張り出して、何かを探しているらしかった。 そしてようやく目当てのものを見つけたらしい。 「あった!」 布に丁寧に包まれていたそれ。 その布を広げていくと、そこには短剣が現れた。 色とりどりの宝石が散りばめられていて、とても見事な短剣だった。 しかし実用性のあるもののようには見えず、それは宝飾用であるように思われた。 その美しい短剣が、吾郎が包みを開いたその時、先ほどと同じように光に包まれたのだ。 「これは・・・。」 最大の危機はどうやら去ったので、今度は寿也も吾郎もある程度落ち着いてその不思議な光景を眺めた。 それは、みるみる光に包まれて眩いばかりの光を放った、と思ったら・・・・光は美しい短剣と共に霧散した。 「吾郎くん、これは一体・・・・。」 「・・・・俺はこんなもん、元々使う気はなかった。だから箪笥のこんな奥底にしまいこんだまま存在さえも忘れていた。今、完全に不要になったから・・・・・消えたんだ。」 光の粒が消えた吾郎の手には、それを包んでいた布だけが残っていた。 その布、見ていたらなにやら文字が浮かび上がってきて、またまた二人は驚いたのだが、さっきから、この世のものとは思えない不思議ばかりを見てきたので、幾分慣れてきた。 二人はその布に書かれた文字を読んでみた。 「おめでとう!吾郎ちゃん!! もー、この3年というもの、心配したわよ!お陰で皺が増えたわ!どうしてくれるのよ!! でも、アナタが幸せになれて、本当に良かった。 こっちの事は心配しないで。アナタは最高の幸せを手に入れたって言っておくから。 じゃあね。今度こそ、本当にさようなら。 貴方の幸せを、いつも心から祈ってるわ。 泰造。」 最後の署名の所には、あの泰造の分厚い唇のキスマークが・・・・・・・・・・。 「ゲ・・・・・・。」 「・・・・吾郎くん・・・・これ・・・・・・。」 その怪しげなメッセージは、暫くすると先ほどの短剣同様、すっかり消えてしまった。 今度こそ、正真正銘のただの布だけが吾郎の手に残された。 なんだか、不思議な感動も、あの泰造のキスマークが全てを台無しにしたような。 吾郎はただ、引き攣った笑みを虚ろに浮かべるばかり。 「吾郎くん。僕はもう、何を聞いても驚かない。どんな不思議な話でも信じる。君の話が、どんな神懸った話でも間違いなく真実だという事が、今朝起こった不思議の数々でよく分かった。だから・・・・真実を聞かせて欲しい。」 寿也の真摯な瞳が吾郎に向けられた。 初めて寿也に会ったその瞬間から、魅せられてやまないエメラルド・グリーン。 「話すよ。何もかも。最初から・・・・全部。でも今日は、まず海に行きたい!!お前と海で泳ぎたい!!その時・・・・必ず話す。約束する。」 海へ出るのは久し振りの事だった。 吾郎が海で泳ぐのは、寿也を助け上げて以来だった。 それは、海へ入る事で吾郎の本能が人魚に目覚めるのを、どうしても恐れてしまったからだった。 だから吾郎は海にだけは入らないようにしてきたのだが・・・・。 青い空に輝く太陽、そして紺碧の海。 この広大な海原を吹く風を、吾郎は甲板で気持ち良さそうに肌で感じていた。 その瞳は遠い所を・・・この水平線の果てをも超えた、更に遠い所を見つめているように見えた。 そしてこの海の底の世界をも見通しているようにも見えた。 口元には幸せに満ちた、かすかな笑みを浮かべて。 寿也は吾郎のその横顔に息を呑み、暫く時間を忘れて魅入ってしまった。 この世界と吾郎が、一つの素晴らしい芸術のようで。 「なあ、寿也!」 だから、大きな瞳を見開いてこちらに振り向かれた時には、本当に驚いてしまって。 絵画の中の海の精が話しかけてきたのかと、一瞬思ったほどに。 「あそこ!あの海の色!綺麗な緑色だろ?緑、というより翠。」 「あ、ああ・・・。本当に綺麗だ。」 「あの翠、寿也の瞳みたいだ・・・・初めて寿也の瞳を見た時も、そう思った。深い深い海の色。懐かしい・・・世界で一番・・・・好きな色。」 吾郎くん・・・・君が好きだ──────。 そんな事を、改めて思ってしまう瞬間だった。 吾郎に手を伸ばそうとしたその時。 「なあ、泳ごうぜ!」 「え・・・まさか、ここから飛び込むの?」 そこは沖合い、とまではいかなかったが、それなりに陸地から離れていた。 佐藤家の大きな豪華な船でここまでやってきたので、その船上から飛び込むのは、崖の上から飛び込むも同じようなものだ。 しかし吾郎は既に服を脱ぎ始めている。 「わ、ちょ、ちょっと吾郎くん、裸はダメだってば!!」 「なんでだよ!服なんか着て泳いだら体が重くて沈んじまう!!」 言ってる傍から全裸になった吾郎は、勢いよく飛び込んでしまった。 その、美しい翠をめがけて。 寿也はとっさに船べりから見下ろすと、吾郎が飛び込んだ地点にはただただ泡が広がるばかりで何も浮かんでこない。 まさか・・・・!? そう思った次の瞬間、勢いよく吾郎が飛び出した。 「お〜〜〜い!!気持ちいいぞ〜〜〜〜!!寿也も来いよ〜〜〜〜〜!!」 そんな事を言われても。 仕方ないので、救命用として設置されている小型ボートを下ろして吾郎の近くまで漕いで行くことにした。 一方、吾郎は嬉しくて嬉しくて、喜びを隠そうともしない。 あちらこちらを泳ぎ回り、潜り回っていた。 大丈夫だ。 俺の躯はちゃんとある。 海に入っても泡になったりしない。 足がなくなったりしない!! バンザ〜〜〜〜〜イ!! 久し振りの海。 やっぱりとても美しい海。 透き通った美しいエメラルド・グリーン。 寿也の瞳の中で泳いでいるみたいだ・・・・なんて美しい海!! 数年前までは、これが俺の世界の全てだった。 でも今は、海は俺の棲む場所ではない。 でも、こうやって時々泳ぎに来る事は出来るから・・・・・・。 海は素晴らしく美しい平和な世界だけど、俺はもっと素晴らしいものを手に入れた。 海の中の世界で戯れていたら、上の方で何かが飛び込んだ音がした。 寿也だ。 寿也が俺の方を目がけて潜ってくる。 ・・・・。紹介するよ。 吾郎は海の中で誰に言うともなく、心の中で呟いた。 俺の・・・一番大切な・・・・俺の命よりも大切な人だ。 俺の夢、俺の希望、俺の・・・・全て。 これからは・・・・寿也を愛して生きていく・・・・・・。 だから、さよなら───────。 吾郎は海に別れを告げると、潜ってくる寿也に向かって上昇していった。 脇目も振らずに一直線に。 寿也だけに向かって。 ほら、あともう少し。 あと10m・・・あと5m・・・あと・・・・30cmで手が届く! 寿也!! 吾郎は海中で寿也に飛びついた。 「ぶお〜ぢや〜〜!!(寿也〜〜!!)」 「ごど〜ぐっ、ぶっ、ば・・・・!!(吾郎くん、わ・・・あ・・・!!)」 しかしここは海の中。 抱きつかれて驚いて口など開いたら、当然呼吸が! 吾郎は大慌てで寿也の手を引っ張りながら海上に飛び出した。 「もー、吾郎くんは・・・!!海の中で抱きつくなんて・・・・死ぬかと思ったじゃないか!!」 寿也は息絶え絶えに苦情を言うが、吾郎は海よりも澄んだ瞳で寿也を見つめて微笑んでいた。 その姿に寿也は初めて吾郎に会ったあの時の、どこか神秘な輝きを吾郎の中に見てしまって、ハッ・・・と息を呑む。 「寿也・・・愛してる。」 それは心の底から、そして自然に出た言葉、真実。 エメラルドのように美しく澄んだ海で二人きり。 その海に浮かびながら、引き寄せあうように唇付けを交わした。 さあ・・・・。 船に上がったら、長い長い話をしよう。 とても不思議な話をしよう。 誰も知らない世界の話を。 御伽噺のようだけど本当の話。 真実の愛の物語を・・・・貴方に────────。 end 日記にちらっと書いたので覚えていて下さった方もいらっしゃるかもしれませんが、夢を見たんです。 トシゴロ人魚姫の夢を。吾郎の未来予知辺りまで。 その夢のイメージが強烈で、その後の妄想が止まらなくて。(リンク貼るほどのものではありませんが日記は一応こちら) 自己満足のつもりでチマチマ書いていたんですが、なんとか完成できたので上げる事にしました。 サンデーMAJORがあんな状態になってしまったので 現実逃避願望が強すぎて「トシゴロ真の愛!」だなんて恥ずかしい駄文を書いてしまいました・・・・。 ホント、こんな恥ずかしい、長い話を読んで下さり、ありがとうございます(感涙)!! それに都合良過ぎも気になります・・・まあ、所詮私の妄想なので・・・すいません!! さて、この話、多分舞台は中世ヨーロッパ。 水着とかどんなのだろうとか、手術って出来たんだろうか?等々 色々、検索したもののよく分からなくて。 まず、検索した限りでは・・・中世ヨーロッパには泳ぐ習慣は殆ど無くなっていたそうです。 古代ギリシア?ローマ?時代は泳いでいたらしいですが。 中世ヨーロッパの頃になると、なんでも水に浸かると肌が透けて見えるのが宗教上、良くないとかで。 でも、いくら泳がない時代といっても、船乗りまでそうだったとは思えませんし・・・。 また手術もよく分からなかった・・・(汗)。 麻酔なしで縫い合わせたとか、麻薬を麻酔にしたとか・・・古代エジプトでも手術していて意外に優れた技術だったとも色々言われてますし・・・ 調べれば調べるほど余計に分からなくなり・・・・開き直りました(笑)。 これは御伽噺です。それをベースとして腐った頭で考えた、単なる妄想です。どうか色々と、ご勘弁下さい(切実)! ああ、それにしても。この話は書いていて楽しかったですv。 少しでも楽しんで頂けるといいのですが・・・・。 本当に・・・こんな長くて恥ずかしい話を読んで下さり、心より・・ありがとうございました!! (2010.7.31) 加筆・修正 (2016.12.02) |