それから。
「今すぐでなくても良い」と言いながらも、結局は同居へ向けて慌ただしく日は過ぎた。

土地を探し家を建て、そして引っ越し。
とても大変ではあったが、しかしそれらはごくごく事務的な事。

それに、幸せに浸ってばかりもいられない。
ゴウとマコトの心の問題、という最もデリケートで重要な問題が残っていた。

初めてカイがゴウにその話をした時、ゴウは顔色一つ変えず静かに承諾の言葉を述べただけだった。
タカオが初めてマコトにその話をした時も、マコトの反応にも大差はなかった。

カイもタカオも、それぞれに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
子供には罪はない。
悪いのは、愛のない結婚をして子供まで作ってしまった大人達なのだ。
ゴウは、マコトは、この「再婚」をどう思った事だろう。

とはいえ。
ゴウもマコトも幼いなりに自らの境遇を理解していたようだ。
母親とはもう、二度と会えないまでも殆ど会う事はないだろう。
父親同士の関係も知識として理解できないまでも
なんとなく、感覚として「そういうことなんだ」とわかったようだった。

子供だからこそ、ものの本質をすんなり見極めて受け入れてしまう事は多々ある。
男同士であった事を少し変には思ったが、ゴウもマコトも深くは考えなかった。
これからはカイとタカオがゴウとマコトの「両親」になるのだと。
わだかまりがなかった訳ではないが、感覚としてわかってくれたようだった。
二人の幼さが、ここは幸いしたといえようか。

だが、先にも言った通り、わだかまりがない訳ではない。
受け入れたからといって、心に傷がない筈はない。

自分達は何故生まれてしまったのだろう。
結局上手くいかなかった結婚。
そして元々想い合っていた二人がよりを戻した。
この新しい住まいに、子供は邪魔なだけの存在ではないのか。
そもそも・・・・愛のない間違った結婚からできてしまった子供である自分達を、カイは、タカオは、母親は愛しているのだろうか。
本当なら、視界にすら入れたくないのではないのか。
自分という存在は、誰にも望まれていないのではないか。

まだ幼かったこともあって具体的な言葉で思っていた訳ではないが
言葉に出来ない想いを内に抱えたまま、4人の同居が始まった。

カイとタカオの二人に限って言えば、幸せの絶頂期であったが
大人達と子供達、また子供同士ではどこかギクシャクした雰囲気がどうしても生まれてしまう。
子供は愛をいっぱい貰って、愛に包まれてこそ、健全に成長することが出来る。
しかし・・・タカオはともかく、特にカイは、正直、ゴウにどう接して良いのか分からなかった。


思えば火渡家では。
思い出したくもない望まぬ行為の末、出来た子供。
カイ自身は、自らの境遇を忘れるために仕事に没頭。
ゴウの母親も、カイの愛が得られない腹いせに華やかな日々を送る事によってなんとか自分を保っていた。
当然ゴウは一人、あの広い火渡邸に取り残されていた。
教育係と言われる者がゴウの勉強を見るなどしていたものの、その教育係も時間が来たらさっさと帰ってしまう。
食事は大抵一人で取っていた。
カイは仕事に忙しく、母親の帰りもいつも遅かった。
カイとゴウは、何日も会わない事が多かった。
ゴウが、カイや母親に何も期待しなくなってしまって久しいが、まだまだ子供だ。
寂しくない訳がない。
本当は、かつてのカイがそうだったように、愛に飢えていた。
愛して欲しかった。

対してタカオとマコトは、タカオのその天真爛漫な性格から、マコトとはあたたかな親子関係が築けていた。
マコトの母親とも、そういった関係は成立していた。
マコトの両親、タカオとその妻の関係だけが破綻していた。









夜。
二人でキングサイズのベッドに横たわりながら、どうしても話題は子供達との問題となってしまう。

「何とかなるって。ゴウって子供の頃のお前にそっくりだし。」
「・・・・。そうなのか?」
「ああ。出会ったばっかのお前。俺が一目で好きになった時のお前。」
そう言って、タカオはニカッと笑った。
「だから大丈夫だって。俺がなんとかするからさ、お前はリハビリみたいな気持ちでゆっくりとゴウに近づいて行けばいい。
そういえば進さんとは、どうやって仲直りしたんだ?」
「・・・・。父も爺の被害者だ。ロシアでの一件の後、父も火渡に戻って来て俺に謝った。
俺もその時はゴウほど子供じゃなかったから許した。それだけだ。」
「そっか・・・。まあ、あれこれ考えても仕方がない。行動あるのみだぜ。今度、みんなでベイバトルでもするか?」
「そういう・・・「いかにも」という感じはどうかと思う。俺もついて行けそうにない。」
「だよな〜。やっぱ、日常の会話からしかないか・・・。」
タカオは溜息をつきながら、枕に顔を埋めて突っ伏した。

カイはそんなタカオを一瞬、愛おしげに見つめたが、またすぐに厳しい表情に変わった。
「俺は・・・。」
カイが言い難そうに、しかし重い決意を込めて言葉をほとばしらせた。
滅多に本音を口にしないカイだ。
タカオは真剣な瞳で次の言葉を待った。
「今更・・・ゴウの事を完全に無視したような日々を送ってきてしまった俺が言うのもおかしな話だが・・・・。
お前が言うように、ゴウの絶望ぶりは昔の俺と似ているのかもしれない。」
ここで言葉が途切れた。
カイの表情を見れば、一目で思いつめているのが分かる。

「俺は・・・馬鹿だ・・・・。愚かにも同じ過ちを繰り返している。
自らの運命を呪い、全てを敵を見なし・・・大事な事から目を背けた。
結果、俺の子供に俺と同じ苦しみを背負わせてしまった。」

かつての自分と同じ苦しみ、絶望を、他の誰でもない、自分の息子に・・・・・。


タカオは、カイの悲痛の告白に胸が痛んだ。
その原因は自分にもある。
あの時カイを手放さなければ、こんな苦しみをカイに負わせる事はなかっただろう。
しかしあの時カイを手放さなければ、マコトとゴウはこの世に存在しなかった。
望まない結婚ではあったが、生まれた命は無条件に尊く、愛おしい。
これを一体どう捉えたら良いのだろう?
完全に神の領域だ。



タカオは込み上げる想いのまま、カイを胸に抱いた。
「カイ・・・。俺も、どうしたら良いのか、わからない。あの時、お前を手放さなければ、こんな思いをすることはなかった。
でも。俺はあいつらが可愛くてたまらない。
俺達にとって、マコトは、ゴウは・・・もう、絶対に手放すことなんてできない、大事な大事な息子なんだ。」
「わかっている・・・そんな事は・・・。
お前はマコトとうまくやっている。お前の事だ、ゴウともうまくやっていけるだろう。
しかし俺は・・・俺はどうしたらいいのか、わからない。
今まで親らしいことなど、何一つした事はなかった。」
「そんなに思いつめなくていい。お前の悪い癖だ。」
「・・・・。・・・ぬかせ・・。」
カイは自嘲気味に笑みを浮かべ、瞳を逸らした。
しかし、タカオは続けた。
「一番大事なのは、お前がゴウの事を大切に思ってるかってことだよ。」
「・・・。俺にそんな資格は・・・。」
「そんな事はどうだっていいんだよ!」
タカオは更に強くカイを抱きしめると、カイは溢れる想いを吐き出すように、言葉を次々吐露していった。

「どうしたら、いいんだ?俺が・・・今更・・・・。
あんな想いは俺一人で十分だ!
同じ想いを・・・別の誰かにさせたいとは思えない。
ましてや俺の子に・・・させたくない・・・・。」

絞り出すようなカイの告白。
幼い頃のカイの絶望は、今もカイをこんなにも苦しめている。

「カイ・・・・。やっぱり、ずっとそんなふうに思ってたんだな・・・。」
カイはタカオの胸に抱かれながら尚も続けた。
「子供の頃の俺にはお前がいた。BBAの仲間もいた。しかしゴウには・・・・。」
「マコトがいる。俺もいるし、そしてゴウの事を心配しているお前もいる。
これからはゴウにも、勿論マコトにも寂しい想いはさせないようにするしかない。
あんまり思い出したくないけど・・・母親にだって、あいつらが会いたい時に会えばいいと思うし・・・・。」
するとカイは嫌悪を露骨に露わにして、吐き捨てるように言った。
「お前の方はともかく、あの女はまず会おうとしないだろうな。」
「そっか・・・。俺の方も・・・どうだろうな〜・・マコトが俺に似過ぎてるから引き取りたくないって言ってたし。」
「・・・。」
「でも・・・大事な問題だよな。もしかしたら会わない方がいいのかもしれないけど・・・これもゆっくり考えていかなきゃ。」
カイは重い面持ちでタカオの言葉を聞いた。
「カイ・・・。俺もお前も・・・本当に・・・とんでもない事をしでかしちまった。その罪はずっと消えない。一生・・・。」
「・・・・。」
「償い、なんて言葉じゃ済まされない。
罪を背負いながら・・・心のままに愛して可愛がって育てていくしかないんだ。
俺は、あいつらが可愛くて可愛くて仕方がない。
お前も・・・可愛いんだろ?ゴウが。可愛いから、愛おしいから、そうやって苦しむんだろ?・・・幸せになって欲しいんだろ?」

そう、言われて──────。




望まない結婚から生まれた命。
あの、吐き気がするような行為の末の・・・。

認めたくなかった。絶対に。


ゴウが生まれた時ですら、カイはゴウを抱きもしなかった。
生まれたと聞いても、カイは病院に行く事すらなかった。
火渡へ帰ってきて、初めて無理やり、という形で対面した。

目の前の小さな命は完全に無垢の存在で、懸命に生きようとしていた。
ぬくもりを探していた。
・・・その小さな小さな姿に。
あの時、無条件に湧き上がる感情をどうしたらよいのか、分からなくなった。
酷く混乱している自分に気づき、恐ろしくなった。
だから必死に目を逸らし、そして触れもせず立ち去ってしまった。

時々ふとした時に思い出す、ゴウが生まれた時の記憶。

ゴウには何の罪もない。何も、ないんだ。
罪があるのはカイ自身。

親に完全に無視され続けながらも、必死にもがいて生きようとしてきた・・・・小さな命。

カイは、ゴウの事が胸をよぎる度に、罪の意識を何度も何度も振り切るように、抑え込んできた。
考えることを拒絶してきた。



今、タカオに事の本質を問い詰められて。
本当はゴウが可愛いのだろう、可愛いから苦しむのだろう、と言われて。

思いがけず目頭が熱くなり、紅い瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


──ああ、そうなのだ・・・・。俺は・・・・・。


カイは涙をぬぐいもせずに、綺麗な微笑みを浮かべて言った。

「・・・・ああ。俺は・・・ゴウが可愛い・・・愛おしい。だから、幸せになってほしい・・・・。」

「その気持ちさえあれば、大丈夫。きっとなんとかなる!」

タカオは、笑顔でそう言い切った。
それはカイが子供の頃から何度も見てきた笑顔だった。
その笑顔に・・・・タカオがカイを導くその手に、カイは何度救われてきたことだろう。
タカオと二人なら、きっと・・・・。
そんな、光を見るような想いが、カイの胸にこみ上げてきた。
子供達の事を想って、初めてあたたかな気持ちが広がってきた。
初めて希望が見えたような気がした。
やはり・・タカオだ、と体の芯から、そう思った。





「あいつら・・・・俺達に似て二人ともベイの素質は十分過ぎるようだし
これから色んなライバルに出会っていって、そうしてだんだん、本当の仲間ができていくと思うぜ?」
「・・・・。」
「俺達みたいに。レイやマックス、キョウジュのように。
俺達BBAチームが様々な困難にぶつかりながら、本当の仲間になっていったように、ゴウにもそんな仲間が出来ていくと思う。
俺としてはゴウの大切な仲間の中にマコトも居て欲しいけど、まあ、こればっかりは本人が色んな人と関わっていく上で出来ていくもんだからな〜。
ああ、でもマコトとゴウが恋に落ちるのは・・・さすがに・・・・う〜ん・・・・考えもんだな〜。
だけど俺達、人の事、言える立場じゃねーよな、どう考えたって。」
「・・・・貴様・・・一体どこまで妄想を繰り広げる気だ?」
タカオの腕の中で、カイは呆れてタカオを睨みつけていた。
「いや、だってさ。ゴウってお前そっくりだぞ?マコトは俺そっくりだって言われるし。
となると、考え方や好みも似てるんじゃないかって・・・・。」
するとカイは、フフッ・・・と笑った。
「お前と話をしていると、深刻に考えている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。」
「・・・・。」
「あの火渡とは・・・今までとは違うんだな。ここにはタカオがいる。お前にそっくりなマコトがいる。」
「そしてカイ。ゴウにとっては何よりの存在である・・・お前がいる。」
いつの間にか、カイは微笑みを浮かべていた。


「・・・。今、思いついたんだけど。お前、ゴウにお前のバトルを見せたこと、あるか?生バトル。」
「あるわけがないだろう。」
「だよな。俺もマコトの相手をしてやった事がある程度だし。」
「何を考えている?」
「だからさ、一度、俺達の真剣勝負、あいつらに見せてやんねーか?」
「なんだと・・・?」
「昔のバトルの映像くらいは見た事があると思うけど、その場にいなけりゃ、感じられないこともある。」






こんな会話をしてから数週間後の、ある日の午後。
BBAのベイスタジアムに青龍が、朱雀が舞った。

輝く蒼い光、紅い光。
ハリケーンと燃え盛る炎。
神々しいまでに輝き、生き生きと空高く舞い上がり、絡み合い・・・・。
その姿にゴウとマコトは息をのんだ。
ゴウもマコトも、これまで青龍や朱雀を見た事はあった。
他の聖獣も何度か目にしている。
しかし、これ程までに美しい、鮮烈な輝きを放つ姿は、未だかつて見た事がなかった。
それはまさに「聖」なるもの、聖獣。
それを操り、精神世界まで飛んでいき、心も体も溶け合うようなバトルをするこの二人。
こんなに激しい壮絶なバトルなのに、心から楽しそうに瞳を輝かせて微笑んでいる。
誰もがそう言うので知識としては分かっていたのだが、初めて自分自身の目でそれを確信した。
この二人は間違いなくベイブレード界の英雄、伝説の人、最強の二人。
木ノ宮タカオと火渡カイ。

ゴウとマコトは、震えるような感動と共に、間違いなく世界最高のバトルをこの目に焼き付けようと、いつしか食い入るように夢中になっていた。









それから。
ゴウとマコトの、タカオやカイを見る目に変化があらわれた。
尊敬、憧憬。そんな親を持つ、誇り。
ギクシャクした日常にはあまり変化がなかったが、子供達がカイやタカオを見る目が変わったことは大きかった。

タカオの持って生まれたその性格と
そしてカイの・・・一見、非常に分かりにくいが、カイなりの並々ならぬ努力の賜物か。
ともかくも、タカオとカイが、地道ながらも一歩一歩、子供達に近づいていった事によって
少しづつ会話が生まれ、少しづつ家族らしくなっていった。





















空と、この道 7→

裏ベイ部屋へ



やっと上げられた・・・。
前の話をあげてから一年とちょっと。
待ってて下さる方、いるのだろうか。

ちょっと理屈っぽくなってしまい、なんとかしようとしてみましたが
これ以上どうにもならず、力尽きました。
すみません。

ここまで読んで下り、ありがとうございました。
(2019.4.23)














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