おいしいチャーハン
「おーい、バニー!できたかー?」
「まだに決まってるじゃないですか!虎徹さん、気が短すぎですよ!」
フライパンにはみじん切りにしたタマネギとピーマン。まだ炒めはじめたばかりだった。
もう何度も作ったこの料理は、バーナビーが得意料理と言えるほど上達したと思う。
初めて作ったときは、全然おいしくなくて、見た目も最悪だった。
ただ、あのひとに食べて欲しい、それだけの純粋な気持ちでバーナビーはこの料理を練習した。
「おなかへったー!チャーハンー」
今日は久々の二人そろってのオフで、久々のお泊りで。
朝起きたときに一番初めに目に入るのが愛しい恋人の顔だなんて、なんて幸せなんだろうか。
とはいえ、二人そろって二度寝をしてしまい、バーナビーがちゃんと起きたのは10時をとうに過ぎた頃だった。
「だから、今作ってますから!静かに待っていてください!」
大きな声を出さないと聴こえない、というわけではないが、火を使っているし、野菜を炒める音は意外と大きく、自然と強めに声を出してしまい、それにつられたのか虎徹の声も大きめだ。
別にけんか腰で会話をしているわけではない。
もう返事が聞こえてこないので、やっと料理に集中できる。
せわしなく手を動かしながらも、考えるのは虎徹のことだ。
あの忌まわしい事件から無事生還した虎徹は、以前にも増してバーナビーを構うようになった。
しかしそれはバーナビーのほうも同じで、お互いにお互いがなくてはならない存在だと実感したからだ。
あのとき、虎徹は、なんと言ったんだっけ……
「バニーちゃん?なんか遅いから手伝いに来たけど…ってそれ焦げてない?」
「えっ、わ、え?あああ……」
急いでかき回したけれど、手遅れだった。フライパンに張り付いて固まってしまっていた。
せっかく彼に食べさせるために作っていたというのに、僕はぼんやりして……
「そんなしょんぼりすんなって!この焦げたとこもおいしいんだぜ、おこげってゆうの。そこ、俺の皿に入れといてな」
ニッと笑う虎徹に、救われる。
バーナビーはなんでもないことを深く考えてしまって失敗することがある。
そのときに助けてくれるのがいつも虎徹なのだ。
「で、チャーハンはできたんだろ?」
「あ、はい。盛り付けたら持って行きますから、もう少し待っていてください」
「はいよ」
完成したチャーハンを皿に盛り付け、『おこげ』の部分も半分に分けた。虎徹はおいしいなんていってたけど、あんまり信じられなくて、でもこういうのは分け合うのがいいのだ。失敗とか、成功とか、幸せとか。そう、教えられた。
「お待たせしました」
「まってたぞー!んんー、マヨネーズは?」
「そう来ると思って、今回はもうマヨネーズ込みで作ってみたんですけど…」
「えっ!そうなの!うれしいなーバニーちゃんはおじさんの好みまで考えてくれて…涙出ちゃう!」
がっしりと抱き込まれ、すりすりと頬ずりされる。髭があたってくすぐったい。
「ちょっと、虎徹さんっ、冷めちゃいますから、先に食べてくださいっ」
「うんうん、先に、チャーハンな」
先に、の部分を強調され、後になにかあるのかと邪推する。それを誘ったのは自分なのだが、きっちり言葉尻を拾う虎徹もさすがなのか。
「いただきます……うまいなー!ほんと、バニー上手くなったよ」
「毎週のように作っていればそれは上手くなりますよ」
この自分の部屋で作ることもあれば、虎徹の部屋に行き、作ることもある。
休みのたびに作るランチは、ほとんどがバーナビーのチャーハンだった。
「だって、うれしくて。俺のために練習して、俺のために作ってくれる、その気持ちがさ。甘えたくなるんだよ」
「そう、ですか……虎徹さんに喜んでもらえて、僕も嬉しいです」
思わず笑みがこぼれる。
こんな風に、褒めてもらって、喜んでもらって。
他人のためにする何かがこんなにも心がほんわりするなんて、知らなかった。
全部、虎徹が教えてくれた。
「あ、おこげ!おいしいだろ?」
バーナビーの食べた部分にそれを見つけてはしゃぐ虎徹。
口に入れれば、ぱりぱりとした食感がした。
思っていたような苦味はなくて、素直においしいと思った。
「はい、なんだか、虎徹さんに教えてもらったおせんべいのようですね」
「おおー、そうだよ、バニーちゃんもわかってきたんだなー!」
「うわっ、ちょっとまだ食べてるんですから」
がしがしと頭をなでられた。なでられた、というよりは揺すられたという方が表現は正しいかもしれない。
なんだか子ども扱いされている気もしたが、それはそれでも構わないと思えた。
温かな手のひらが、バーナビーの気持ちをどんどん溶かしていく。
気持ちも、身体も、彼の温もりを感じて、二人の境目があいまいになる。
いっそこのまま、溶けてしまえばいいのに。
***
目が覚めた、そこに広がるのは真っ白なシーツだった。
僕は、眠ってしまっていたのか。
夢を見ていた、幸せな、夢を。
気付けば、離さまいとぎゅっと握った手のひらにじわりと汗をかいていた。
「虎徹さん、早く目を覚ましてください。チャーハン、おいしく作れるようなったんですから」
さっきみた夢の続きを、見させてください。
今度は、現実で。
「マヨネーズだって、うち、常備してあるんですよ。虎徹さんがいつも欲しいってうるさいから、買ってきたんです」
まだ、目を覚まさない。
両手で彼の手を握りなおす。
バーナビーの体温と、虎徹の体温が混ざって、この手のひらはきっとその間の温度になっているんだ。
「もどって、虎徹さん……」
バーナビーの流す涙は、温かかった。
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