そらおりみみかき


「キースさん、これってなんだと思います?」
 そう言ってイワンが取り出したのは、細長くて先にふわふわとした綿のようなものがついた棒だ。
 反対側の先は少し曲がって小さなスプーンのようにも見える。
 ナチュラルな色をしたそれは、おそらく木かそれに似た素材でできているのだろう。
 ニコニコと楽しげに微笑むイワンを見ていると、こちらもウキウキとした気分にさせるから不思議だ。
「なんだろうね、マドラーのようだけれど……違うかな?」
 綿の方は水に濡れたらしぼんでしまいそうではあったけれど、そちらはただの飾りだと思えば他に用途は思い浮かばない。
「ふふっ、残念ながら違います」
 イワンは得意そうにくいとあごを上げ、説明を始めた。
「日本には、耳かきといって、こういう道具で耳の中をそうじする文化があるそうです。気持ちいいので、キースさんもやってみませんか?僕がやってあげますので」
 座布団にきちんと座って、かくんと首をかしげるイワンの目はキラキラと輝いているように見える。
「ん、君がやってくれるのかい?じゃあ任せてみようかな」
 イワンは日本のことになるといつものネガティブはどこへやら、面白いおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぎだす。
 大抵は自分ひとりで楽しんでいるようだが、たまにこうやって私を巻き込むことがある。
 もちろん、それに関しては何の異論もないし、むしろもっと巻き込んで欲しいと思っているくらいだ。
「僕も気をつけますけど、暴れたりしたら危ないので動かないでくださいねっ!」
 妙に興奮したようにさあさあとイワンは足を組み、足の間に私の頭を寝かせるようにと催促する。
 胡坐をかいたせいで、部屋着であるユカタがはだけて白くすべすべしたあしがちらりと見えたことは頭の隅に追いやる。
 ついでに、頭を寝かせたときに後頭部付近にある、おそらくまだ柔らかなそれについてもまとめて追いやっておく。
「なんだか大変だね……わかった、なるべく動かないようにしよう!」
 そろりと、細長い棒が耳の中に侵入した。探るように耳の壁を撫でながら奥へと入り込む。
「……ふっ」
「キースさん?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
 ぞわっと、たまに鳥肌が全身を襲う。産毛に触れられるだけでも敏感にそれを感知する。
「ん、……ふ」
 感じたことのないなんとも言えない感覚に襲われて、もぞもぞと身体を揺らした。やめて欲しいのか、続けて欲しいのか、よくわからない。
 あらかた奥をかき回された後、ふわりとした物体が代わりに入り込み、ぐるぐると回転した。
 そろそろ限界だ。
 何とか堪えていたら、頭に敷かれたイワンの膝をぐっとつかんでしまっていた。
「キースさん、やめて欲しいなら言ってくれないと困ります。あと、膝ちょっと痛いです」
「えっ、あっすまない!あ、違う、違うんだ!気持ちはいいのだけど、しかし……なぜだか、こんなところが反応してしまって……」
 ちらりと首を下半身に向けた。さりげなく手で隠してはみたものの、あまり意味はなく、ジーンズの中でゆるりと起ち上がっていくそれは、まだ成長途中のようだ。
「キースさん、はしたないです」
「申し訳ない!!!イワン君にこんなに尽くしてもらっているのに私ときたら……」
 ふうとため息をついたイワンに、ひどく罪悪感が募り、寝転がったまま彼を見上げる。
 私を見下ろすイワンの薄白い頬に短い髪がかぶさった。
「すまない、イワン君……」
「……」
「……」
「プッ」
「ん?」
 むずむずとイワンの口元が動き、こらえられないというように少しの息が漏れた。
「ごめんなさい、キースさん。からかったりして」
「からかう?どういうことだい?君は私のために耳かきをしてくれていたんじゃ」
 眉尻を下げて、少しだけ申し訳なさそうにイワンが笑う。
 そんな顔をして、私のほうが申し訳なくなる。
「実は、僕も初めてこれ使ったとき、同じようになっちゃったんです」
「えっ」
 同じように、と言いながらイワンはキースの耳たぶを触る。いとおしげに、それこそ産毛を逆立てるように。
「びっくりして調べてみたら、日本人は慣れてるからならないけど、慣れてない人がやると、起っちゃうって人が多いみたいですよ。だから、キースさんに試してみたくて……気にしないでくださいね。僕がちょっと面白がってキースさんで遊んじゃっただけですから」
 すみません、と目を伏せる彼はあまり反省しているようには見えなかった。いたずらが成功して満足している子供のようだ。
 それから、彼に触れたくなった。
「ひどい!イワン君はひどいぞ!私は……」
「ごめんなさい。あ、キースさん、あんまりそこでもぞもぞしないで欲しいんですけど……僕、あの……ちょっと」
 頭を持ち上げられて、彼がそこから抜け出そうとしていることがわかった。
「イワン君」
 頭に触れる手を掴む。そのまま自分で起き上がり彼と向かい合った。
「えっと……生理現象だから仕方がないね、少し待っていてくれないかな。すぐ戻るから」
「あ、待って!」
 何故だか混乱している。
 疼く下肢から意識をそむけ、なるべく冷静に言って彼の手を離した。処理だけでもしてこようと思ったからだ。
 しかし、それは
 逆に掴まれたイワンの手にさえぎられてしまった。
「わかってくれないか、イワン君?限界が来てしまう」
「キースさんこそ、わかってください。僕、誘ってるんです……」
 だんだんと語尾が小さくなるに連れて目線もふらふらとさまよい、頬も薄く染まっていた。
 なんということだ。かわいらしい彼のアピールを無下にしてしまうところだった。
「イワン君……!すまなかった!私はずいぶんと鈍いようだ……黄身は本当に私を喜ばせるのが上手だね。イワン君、キスがしたいから顔を上げてくれないか?」
 ぴくり、彼の肩が震える。
 そっと覗けば恥ずかしそうに顔を背けた。
「君が誘ったのに、これはひどいな?」
「えっ、ごめんなさいごめんなさい!えった、うー、あの……あっ」
 からかわれた仕返しにと、少し拗ねてみたら彼には効果絶大だったようだ。
 慌てて顔をあげ、途切れ途切れに声を発するイワンは実にかわいらしい。
「えっと、キス、でしたよね……」
「うん」
「……足、組んでください」
 指定されたとおりに胡坐をかく。するとイワンはおもむろにキースにまたがり、組んだ足の上に腰を下ろした。
 局部を押し付けられているのは単なる気のせいだろうか。それならやめて欲しいのだけれど。
 長くは持たない。
「あの、イワン君……」
「黙って」
 強く言われて、なんだか叱られているようだ。
 またがった彼を見上げたら、突然両目を覆われた。
 あ、と思ったすぐあとに。乾いた唇が押し付けられた。ぺろりと、唇を舐めあげて、すぐにイワンは離れていった。
「おしまいです!」
 それだけで、彼はキースの上から退いた。
「えっ、イワン君」
「おしまい!」
 それ以上近づくなと言わんばかりに、ジョンにするような待てのポーズをとるイワン。
 先ほどまでのかぐわしいほどの色香はどこに消えてしまったのか、ずるずると後退している。
「お誘いは、もうないのかい?」
「ううっ、おしまいなんですー……」
 泣き出しそうに顔をゆがめたイワンは、今のキースにとって凄く扇情的に見える。
 すぐに冷静になったイワンとは違い、キースはそれほどすぐにスイッチを切り替えられるわけではない。
 下肢はまだずいぶんと熱を持っている。
「そうかい、では手を握ってもいいかな」
 警戒されないように、キースは恭しく手を差し出した。
「それくらいなら……」
「ほらっ!捕まえたぞ、イワン君!そして捕まえた!」
 おずおずと重ねられた白い手をぎゅっと握ってそのまま彼の身体を抱きしめた。
 案の定、暴れて逃げ出そうとするイワンを強く抱きこむ。
「待てをされておとなしく待っていられる男ではないんだよ、私は」
 そっと耳元で囁けば、イワンは盛大に身体を震わせた。
 今日は、きっと愛させてくれる。

 いとしい温もりを感じながら、キースは首筋に顔をうずめた。
 お誘いを無下にはできないからね。



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