◆Lunatic Device◆
「…………」
通された部屋にいる先客の顔を見ると、マ・クベが表情を変えた。
「そのように露骨な顔をされるとは、光栄だ」
ソファーに深く腰掛けて足を組み、唇に皮肉げな微笑を浮かべてそう言ったのは、赤い彗星ことシャア・アズナブル大佐だった。若くしてマ・クベと同じ地位にいるシャアとは、色々な意味で顔を合わせたくない相手だ。
「今日はお互い厄日のようだな」
マ・クベが冷たい瞳でシャアを見やり、そう言うと、赤い彗星が楽しげに笑った。
「大佐のように頭の良くて力のある男にそこまで意識してもらうとはな、ぞくぞくするよ」
「変わった趣味の持ち主だな。縁遠くありたいものだ」
「そうかい? 私はそうでもないが」
徹底的にシャアを嫌うマ・クベをからかうようにおどけてそう言い、嫌な顔をするマ・クベを更に楽しそうな表情で見つめる。
マ・クベにとって顔も見たくない奴だが、向かい合わせのソファーの反対側に腰掛けると、嫌でも視界に入るのが腹立たしかった。
「大佐もキシリア様に呼び出されたのか?」
「そうだ」
短く返事を返すと、話し掛けるなという雰囲気を全身から出して黙り込む。
「残念だな。キシリア殿を独り占めできるかと期待したのに。今宵のキシリア様のお相手はどちらなのかな?」
そんなマ・クベの気配を察し、殊更シャアがマ・クベを刺激した。
こうすれば無視もできぬだろう。
シャアの思惑にマ・クベは乗らされた。
「どういう意味だ?」
顔色を変え、シャアを睨みつける。マ・クベがキシリアに呼び出されたのは公務上の些細な事で、てっきりシャアもそういう理由だと思っていたのだ。
時折、部下としてではなく情人として呼び出されることはあったが、シャアは遠まわしに自分もそうであると仄めかした。
「ん?」
血相を変えたマ・クベの問いに対し、わざと落ち着き払ってシャアがはぐらかした。
「どういう意味だと聞いている!」
マ・クベが声を荒げた。額に青筋を立て、いつも冷静な彼らしくない苛烈な瞳で睨みつける。
「はっははは、顔色が変わったな。冗談だよと言いたい所だが、大佐、そのままの意味に取ってくれてかまわない。キシリア殿の体は柔らかいという事を知ってるのは貴公だけではないということだよ」
シャアがマ・クベを笑って高い声を出した。意地の悪さがにじみ出てくるその嘲笑にマ・クベが思わず顔を歪める。
「ぐっ……。キシリア様はなぜこんな男を側に置かれるのか、理解に苦しむ!」
マ・クベが顔を背け、吐き捨てるようにそう言うと、シャアがゆっくり立ち上がり、マ・クベに近づいた。
「理解に苦しむ……か。お互いに歩み寄ってみるのも面白いかもしれないな」
「何をする!」
マ・クベの驚愕の声が部屋に響いた。
素早くシャアがマ・クベの手を背中でねじり上げ、上半身をうつ伏せにソファーに押し付ける。不自然な四つん這いのような姿勢をとらされた。
「嫉妬に歪む大佐の顔は、そそる」
淡々とそうシャアがマ・クベに言った。
「どうせ嫉妬されるのなら、つまらない人間にでなく大佐のようないい男にされたいものだ」
言いながら、片手でマ・クベのねじり上げた手を恐るべき力で抑え、もう一方の手でしゅるっと音を立て、マ・クベのネッカチーフを抜き取る。
そのネッカチーフで後ろ手に縛られ、さらにベルトまでも抜き取られ、足を縛られた。マ・クベの自由は完全にシャアに奪われたのだ。
「私はお前が嫌いだ、シャア」
それでも敵意を失う事はせず、体を起し、首をねじって背後のシャアを睨みつける。屈辱に爆発しそうだったが、狼狽することを理性が押さえた。
「奇遇だな。私も大佐が嫌いだな」
「嫌がらせか?」
シャアの意図がわからずに、マ・クベが低く唸った。どのような目に合わされようとも、その意図がわかれば対処のしようがある。だが、シャアの思惑はマ・クベの想像の範囲外だった。
「まあ、そうとも言える」
内心で、このようにされても狼狽もせず、敵意を露にするマ・クベにぞくぞくと神経が高ぶるような気がした。この男ならば私を楽しませてくれる。そう思ったのは間違いではなかったのだ。
「大佐のような理性的で頭のいい男の顔が嫉妬にゆがみ、理性を無くす。エロティックではないかね? 今の大佐はキシリア殿の体と同じくらい魅力的だな」
「ふざけるな」
シャアの言葉に、馬鹿にされたと思ってマ・クベの低い声に怒気が高まった。まさか本心からシャアがそう思っているなどとは夢にも思っていない。
「滅茶苦茶にしたくなるよ、もっと。私の前に跪かせて、屈辱の泥の中にのたうち回らせたくなる」
マ・クベの言葉に、クククッと喉を鳴らしてシャアが笑った。私の事を男妾と言ったのは貴方のはずだが。とマ・クベの顔を見ながら思うが、マ・クベのほうは自分の言った事を忘れたのか、まさか自分がそいう目で見られることは無いと高をくくっていたのか。
「死んだ方がましだな」
心の底からそう思い、マ・クベが吐き捨てた。軽蔑しきった冷たい視線が、針のようにシャアを刺す。
「大佐はどうしてそう私を喜ばせるのか! 貴方のプライドが高ければ高いほど、私はそれを壊すのがぞくぞくするほど楽しいよ」
楽しそうにシャアがそう言い、着崩れたシャツの下に手を這わせた。
「貴様……っ」
ぞくぞくとした悪寒が体を走り、ようやく自分がどうされるのか気が付いたらしいマ・クベが目を見開いた。
「たまには大佐もキシリア殿を嫉妬させるといい」
整った顔が笑った。美しい残酷な笑みを浮かべながら、シャアの手がマ・クベの肌の上を這い回る。悪寒がやがて甘い快感に変わる事をマ・クベは知らなくてもシャアは知っている。
シャアの手がマ・クベの胸の小さな突起をつまんだ。むずがゆいような電気が走るような妙な刺激がシャアの手によって与えられる。
「馬鹿な! 何を考えている。私は男だぞ」
思わず身悶え、そう言ったマ・クベに、シャアの馬鹿にしたような笑いが背後から襲った。
「ははははは、以外に健全な事を言ってくれるものだな。可愛いよ」
く…とマ・クベの口から小さなうめきが聞こえた。シャアの指は突起を摘み上げたまま、意地悪い動きを繰り返す。赤く充血しているであろうそこを指の腹で優しく撫でる。シャアの愛撫で感じやすくなっていたそこが、触れられた情報を送り届けると、マ・クベの脳が快感に変えた。
「屈辱か? マ・クベ」
感じまいと身を硬くし、声を押し殺すマ・クベの背後から悪魔の声が聞こえた。シャアの指は絶え間なく動き、女のような喘ぎ声が堪えようとしても時折口から漏れる。
「嫌っていた私に押し倒されて、感じてしまうとはな。私の事を男妾だのなんだのと言えないのではないか?」
「戯言を言うな」
まだ反抗心を失ってはいないマ・クベの瞳に、シャアが唇に笑みを浮かべた。
「ずいぶんとキシリア殿に可愛がられているようだな、大佐。ここ、弱いのだろう? キシリア殿でなくて悪いが、私も楽しませてもらう」
意地悪くそう言うと、ぎゅっとマ・クベの乳首をねじり上げた。
キシリアもマ・クベのそこを嬲るのが好きだった。もしキシリアがシャアとも寝てるはずならば、マ・クベがそうされている事は容易に想像がつくだろう。
「う……」
屈辱と嫉妬にまみれ、嫌っている男から与えられる快感にマ・クベが身悶えた。
たとえようも無い屈辱なのに、自分の体はシャアの愛撫に応じて反応し始めている。下半身がきつくなってゆくのをマ・クベが自分を殺したいような気持ちで感じている。
「私をもっと恨むといい。殺したいほど憎んでくれ」
そう何かに酔ったようにシャアが言い、背後から手を伸ばし、手探りでマ・クベのスラックスのファスナーを下ろした。外気に晒され、自由になったとたん、弾けるように外に飛び出した己のものをマ・クベが呪った。
自分のではない男の手が、マ・クベをぐっと握り締めた。そのまま上下に手が動く。明らかに女とは異なるその手の感触にマ・クベが狼狽する。力強く、ざらざらとした男の手で与えられる快感は信じられぬほど大きかった。
握られて扱くだけではシャアの責めは終わらなかった。一番感じる先の部分に蜜を塗りつけては執拗にゆっくりと撫で、付け根に付いている柔らかい部分も揉みしだいた。信じたくない事に、シャアの手の中でもマ・クベは大きくなってゆき、張り詰めて反りあがっている。
不意にシャアの手が離れた。責め苦から解放され、マ・クベが息をつく。同時に恐ろしい事に気が付いた。
もっとシャアに触って欲しいのだ。扱いて擦り上げて欲しい。欲望を吐き出したいという生理的な欲求が強烈にマ・クベを突き上げた。あと少しでも焦らされれば、その願望を口に出してしまいそうだった。
「出したいんだろう? 大佐」
マ・クベの内心などお見通しのように、耳元でシャアが囁いた。優しく耳を噛み、舌を差し入れる。マ・クベがかすかに身じろぎし、下半身のそそり立った怒張がびくんと脈打った。
シャアの手が乱暴にマ・クベの上半身を持ち上げ、ソファーの上から床へ仰向けに放り出した。ソファーから落とされ、その衝撃と視界が回る不快さに少し呻く。すぐ上にあるシャンデリアの明かりがまぶしくて思わず目を細めた。
晒された自分のものをシャアがまじまじと見つめている事に気がつく。後ろ手に縛られた手が血の気がなくなるほど握られた。
シャアの唇がマ・クベのものに近づいてくる。
止めろ! と言ったつもりだった。だが、声が出ない。
何故だと自問自答すると、答えはすぐに見つかった。
私はシャアにそうされたがっている!
その証拠に、シャアの舌から与えられる快感を予測して、私のものはあんなにも先走りの汁を垂らし、充血しきっているではないか!
そう気がついたとき、マ・クベの中で何かが壊れたような気がした。
マ・クベの望みどおり、シャアの口の中に咥えられた肉は、快感に飲み込まれた。暖かくぬるつくシャアの口の中で、舌が蠢き、マ・クベを舐め上げる。口全体で吸い上げ、唾液とマ・クベの体液が混ざり合った汁を戸惑い無くじゅるりと飲み込む。
屈辱が快感を高め、シャアの舌が更にそれを煽った。限界まで高められたマ・クベが、予兆を感じ、シャアの口の中から己を引き抜こうと身をよじった。
「シャア、止めろ!」
今度こそ声が出たことに安堵する暇も無かった。マ・クベの限界が近いのを察したシャアが、更に深くマ・クベをくわえ込んだのだ。
「うう……、クッ!」
小さい、だが重いうめきを上げ、マ・クベの体が反射した。マ・クベの望みとは反対に、彼の体はシャアの口の中に己の精を吐き出す。マ・クベの体は、完全にシャアに屈服したのだ。ぜいぜいと息をつき、目を閉じてマ・クベが屈辱と絶望の底に沈んだ。
ご丁寧にも、シャアは綺麗にマ・クベの後始末をして、スラックスのファスナーを上げた。
「さて、大佐ばっかり楽しんでいないで、私も楽しませてもらおうか」
ぐったりとなすがままにされていたマ・クベの考えがまだ甘かったことをシャアの言葉が知らせた。
「かと言って、噛み千切られるのはご免だ。残念だがそうさせるまで大佐を調教する余裕は今は無いからな。ふむ、どうしようか?」
「貴様、殺してやる!」
シャアがマ・クベにさせたがっている事を知り、思わず罵りの言葉が口から出た。これ以上シャアはマ・クベを踏みつけ、屈服させるつもりなのだ。
「光栄だ。ぜひそうしてくれ」
本気か、嘲っているのか、マ・クベの言葉をさらりと受け流し、シャアが考え込むように顎に手を当てた。
「一つ約束しようではないか、大佐」
先ほどの行為など彼にとって些細な事だとでも言わんばかりに、シャアが淡々とそう言った。
「貴方が今ここで私を満足させてくれるのなら、私はキシリア殿には近づかない」
「何!?」
「これでも親切な申し出だと思っているのだがね。キシリア殿との夜を考えれば、私はずいぶん損をしている」
ベルトとネッカチーフを解き、マ・クベに自由を返しながらそう言う。驚愕するマ・クベの耳に、シャアの含み笑いが聞こえた。
「拒否するのなら、キシリア殿との寝物語に今日の貴方の事を話してみようか?」
シャアの脅迫に、マ・クベの心臓が止まる気がした。
キシリア様にこの事を知られる…?
私がシャアの手の中で女のように悶え、あまつさえ奴の口の中で果ててしまった事を。
尊敬し、敬愛するキシリアに知られるのは今以上の屈辱だった。いや、屈辱というほどの生易しいものではない。恐怖だった。
「判った…」
小さいが、はっきりとマ・クベがそう言った。その瞳の中に狂気が混じっている。
死ね、死んでしまえ。
マ・クベが誰にとも無く呪った。あるいは自分の自尊心へかもしれなかった。
プライドをずたずたにされ、これ以上なにを守るというのだ?
シャアに屈服した自分を許せずに、マ・クベは無意識のうちに激しく罰されたがった。
結果、自らを傷付けるようにシャアの申し出を受け入れる。
もっと苦しめ。
堕ちる所まで堕ちてしまえばいいのだ。
これで奴がキシリア様に近づかぬと言うのなら、それで良いではないか。
マ・クベが、既に興奮してそそり立ったシャアに近づく。
腹をくくった男の顔には、既に迷いなど無い。目の前にある課題を冷静に処理するだけだ。
キシリア殿の名を出せば従うのだな。
マ・クベにはおくびにも出さず、シャアが内心苦々しく思った。何故かキシリアに嫉妬している事にシャア自身も気が付いている。
「大佐が、私のものを咥えるとはな……。最高の眺めだ。ぞくぞく……する」
口を開けて、シャアのものを咥え込んだ。ぐいと奥まで突っ込まれ、吐き気がする。
舌を動かした。
シャアの言葉が本気だろうが戯言だろうが、マ・クベにはどうでもよかった。
「大佐、私以外のものも咥えた事があるのではないか? 凄くいい」
マ・クベの舌使いに、シャアが驚嘆して言った。マ・クベは確かに優秀だった。こんな事にさえも。
マ・クベはシャアに奉仕し続けた。持ち前の優秀さを持って、シャアを喜ばせるという与えられた仕事を完璧にこなす。
舐め上げ、啜り、甘噛みする。口だけでなく手も使ってシャアを愛撫した。マ・クベの冷めた瞳がいやに現実的で、非日常な行為と相まって倒錯性を高めた。
どれほどそうしていただろう、ようやくシャアが絶頂に達しようとし、マ・クベの口からずるりと己を引きずり出した。察したマ・クベが素早くシャアの先端に手をあてがう。
シャアの顔が歪み、マ・クベの手が、シャアから出された熱い迸りを受け止めた。
「これで共犯だ」
シャアが嬉しそうな声でそう言った。マ・クベがシャアの言葉など聞こえぬように、手に吐き出されたシャアの白濁液を見つめている。その表情は、何時もの彼と同じく何の表情も浮かんでいない。
シャアがマ・クベが自分の支配下から脱した事を悟った。
不意打ちでようやくマ・クベを揺るがす事が出来たのだ。だが、マ・クベは既にこの事を克服しかかっている。
「今日の所はこれ位にしておこう。追い詰めすぎて逃げられても困る。次を楽しみにしているよ、マ・クベ」
シャアがそう言い、綺麗に身支度を整え、何事も無かったかようにマ・クベに背を向け、ドアに向かって歩き出す。
マ・クベの関心を引くために、さて、次はどうしてやろうと思いながら。
「くたばれ!」
「大佐の口にそんな汚い言葉は似合わないな」
心底呪うように言ったマ・クベの言葉にも、振り返ってむしろ楽しげにそう言った。
「情事の後だぞ、愛しているとでも言って欲しいものだ」
指先だけで軽く敬礼し、おどけるようにそう言うと、笑いながらドアの外に消えていった。
あれだけの事をしたのだ。ただでは済まさないだろう。
マ・クベはそういう男だ。
そう思うと訳も無く楽しくなった。笑いがこみ上げるのを堪え、心なしか足取りも軽い。
悪魔のような男が去ると、マ・クベが拳を床に打ちつけた。毛足の長い絨毯がその手をうけとめなければ、マ・クベの拳からは血が噴出していたに違いない。
感情的になった自分を落ち着けるように、じっと目を閉じる。
シャア、覚えていろ……。
数秒で感情をコントロールし、やがて目を開けたマ・クベの顔は何時ものポーカーフェイスに戻っている。
ただ、瞳に、シャアへの複雑な感情が、先ほどよりもっと純化されて消える事無く焼きついていた。
その瞬間、キシリアさえも間に入れぬ、倒錯し、ねじれた感情と行動に基づいて動く男と男の奇妙な綾にマ・クベが取り込まれたのだった。
終