赤い髪のワルキューレ 




 一人で店番をしながら、ぼーっと考えていた。

隠しているが、最近体調が優れない様子の、同居しているおじさまの事がぐるぐると頭を回る。

貴女の事はお願いしているから心配ありません。なんて、最近急に言い出した。

今日だって、知人の家に行くと言っていたが、本当は病院へ行っているはずだ。

どうしよう。おじさまがいなくなっちゃったら、どうしよう。

不安で悲しくて唇を噛んだ。

その時、ドアベルが軽やかな音を立てて、骨董品屋の古めかしいドアが開かれた。ドアの形に切り取ったかのように、午後の弱い光が半地下の店内に差し込んでくる。春先の陽光は優しく暖めてくれるはずなのに、店内には冷たい風が舞い込んだ。空気のあまりの冷たさに、一瞬首を竦める。

 入ってきたのは、白いスーツにつばの広い帽子を被った女だった。ゆっくりとした足取りで、カウンターのミネバへと近づいてくる。

「いらっしゃいませ」

 ミネバが慌ててそう言うと、女は帽子を取った。燃えるような赤い髪と、やや冷たく見えるきつい表情にミネバが少し萎縮する。

「マ・クベはいますか?」

 低い艶やかな声が女の唇から発せられた。「マ・クベ」という名は、ミネバとマ・クベ本人以外にはずいぶんと前に使われなくなった名前だ。「ミネバ」という自分の本当の名と共に、絶対に他人に知られてはいけないと言われている名を女が口にするのに戸惑った。

「あの、あの、あのう……」

 何と言っていいのか判らずに口篭もった。マ・クベが居てくれればよかったのだが、あいにく出かけている。軽々しく返事も出来ず、かと言ってちがうと言い切る事も出来ない。

「今、いません」

 なんとか知恵をしぼって、そう言うことで妥協した。身の安全を考えるならば、ここできっぱりと否定するべきだと思ったが、違うと言い切って、この女を帰してはいけないという気が強くしたのだ。なぜか、そう思った。

「そう……」

 女が残念そうな顔をした。女の表情の変化をミネバは見逃さない。

 この人、帰っちゃうつもりだ。

 そう思って慌ててカウンターから飛び出す。小走りに走って、店の入り口にクローズと書かれた札を下げた。

「でも、すぐ帰ってくると思いますからっ、どうぞ上で待っていてください」

 くるりと振り返って、必死でそう言うと、女がミネバのあまりの勢いに驚いた顔をしている。やがてくすくすと笑いながらありがとうと言われ、ちょっと恥ずかしかったが、引き止めることに成功してほっと一安心した。




「私、お茶入れますね」

 小さくて清潔なキッチンの側のダイニングテーブルに女を座らせ、ミネバはそう言って棚の中を捜し始めた。客間に通した方が良いかと思ったが、女がここでいいと言ったのだ。

 普通のお客様用の奴じゃなくて、一番いいお茶。おじさまが大切にしているやつ。

 お目当てのお茶の缶を見つけて、ミネバがやかんを火にかけた。一息つくとぶるっと大きく身震いをする。キッチンがずいぶんと寒い。ここの所暖かかったので、薄着をしすぎたかと思った。

 もしお客様が寒いようだったら、暖房を付けなきゃ。

 そうミネバが思っていると、ミネバがいろいろ考えすぎていっぱいいっぱいなのを察したのか、女が口を開く。

「そんなに緊張しなくても構いませんよ、ミネバ」

 手際のよさはともかく、一生懸命なミネバを見て、女が優しく笑った。笑われたのはちょっと恥ずかしかったが、ずいぶんと気が楽になる。

初めて会ってからほんの少ししかたっていないのに、最初の頃よりはだいぶ親しみやすくなっていた。笑われても不快な気はしない。一緒に居れば居るほど、言葉をかわせば交わすほど、この女の人が近くなっていくような気がする。

 何故だろう?

「あの、その名前、どうして知ってるんですか?」

 おずおずとミネバがそう言った。初対面のはずのこの女性は、「マ・クベ」「ミネバ」と確かに口にした。

マ・クベからあなたの本当の名前ですと教えられて以来、マ・クベ以外の人にその名で呼ばれる事は一度も無かったのに、この女はミネバの事をそう呼んだのだ。

「私は、ずっと以前からお前を知っています。まだ赤ん坊の頃のお前を抱っこした事もある」

 女の言葉から出る優しさを感じ取って、あ、そっか。とミネバが思った。

この人は、ミネバを愛しいと思ってくれているのが判るから、自分の方も抵抗無く受け入れる事が出来たのだ。

 ずっと昔からミネバのことを知っている人……。

 そう思うと胸がドキドキした。赤ちゃんの頃に抱っこしてくれていたと聞いて、一気に親近感が沸いた。もしかして、話にしか聞いた事の無いミネバの父や母を知っているかもしれない。

 という事はジオンの人? なぜおじさまを訪ねてきたのだろう?

 色々な想像がぐるぐる回るけれど、物心ついたときにはすでにマ・クベしか居なかったミネバの記憶には何も残っていない。

「ごめんなさい、覚えてません」

 済まなそうな顔をしていると、女が声を上げて笑った。燃えるような赤い髪の毛に整ったきつい顔立ちで、初めミネバはずいぶん緊張したのだが、笑うと大輪の花が綻ぶような美しさがあった。

「当たり前です。あの頃のミネバは本当に可愛かった。勿論今も」

 ミネバがその笑顔に見惚れていると、女がそっと手を伸ばした。綺麗にマニキュアを塗った指が、ミネバの頬に触れる。

「大きくなりましたね。抱きしめさせて」

 その声はとても優しくて、こくんと頷いた。

女が椅子から立ち上がり、ミネバと目線を合わせた。両の腕がミネバをそっと抱きしめる。抱きしめられた瞬間、ふわっといい匂いがミネバを包んだ。艶やかで美しい髪の毛がスーツの背に広がっている。

 夢心地で、ミネバは女の長い髪の毛をうっとりと見つめた。お姫様みたいに長い髪の毛、綺麗でいい匂い。大きくなったらこんな女の人になりたいという理想のようだった。

 お姫様……?

 ミネバの中で何かが引っかかった。

「マ・クベは良くしてくれますか?」

 しばらくミネバを抱きしめていた女が、やがて名残惜しそうにミネバを離し、目線はそのままでそう問い掛けた。その問いに、ミネバの中で引っかかりかけたなにかが吹き飛ぶ。

「はい、とても」

 意志の強そうな女の目を見ながら、ミネバが深く頷いた。

 ミネバにとって唯一の家族であるマ・クベは、ザビ家の忘れ形見だからという理由以上にミネバを大切にしてくれた。それこそ実の娘のようにミネバを可愛がった。

かつて愛した人を守れなかった償いを、同じ血を引くミネバを守る事で果たそうとしていたのかもしれない。

マ・クベはミネバをジオンとは全く関係の無いように育てたいと考えていたため、連邦だけではなく同じジオンの残党にも追われた。

ザビ家のこともあまり多くは語ろうとはせず、ミネバが請えば思い出話はしたが、ザビ家の血を引いている事を殊更強調するような事はしなかった。だから、ミネバのザビ家に対する知識は教科書以上のものではない。

自らは結婚もせず、ミネバのためだけと言ってもいいほど、マ・クベは終戦からここまでを生きてきたのだ。

ミネバが知らないマ・クベの苦労はきっと相当なもので、ミネバにはなぜマ・クベがミネバにここまでよくしてくれるのか判らない。恩返しをしたいと思っても、無力な子供ゆえになにもできない。

せめてこの気持ちを伝えたいと思って、ミネバがありがとうと言うと、マ・クベはいつも決まってこう言った。「私もミネバ様に救っていただいたのです」と。

 色々な思いにしんみりしていると、急にピーっとやかんが音を立て、飛び上がるほどビックリさせられた。ミネバが慌ててキッチンに戻る。

「そう。マ・クベとミネバが幸せそうで良かった。少し心残りだったから」

 女の声がミネバの後ろでまるで独り言のように呟くのが聞こえた。

やかんが急かすようにピーピーけたたましい音を立てるものだから、慌てて返事も出来ず、ティーカップも暖めすぎてしまった。あちっ、あちっと顔を顰めながら、ミネバがようやくいい香りのする紅茶のカップを女の前に置いた。

「あの、熱いので気をつけてください」

 ミネバがそう言うのを聞いていなかったのか、女は躊躇もせずティーカップを手にすると、香りを楽しんだ。

「いい匂い」

そう言ってミネバを安心させるように微笑み、香りを楽しむだけで口にしようとはせず、テーブルの上に戻す。

「………………」

 ミネバが目を見開いた。つい先ほどまで、触れることができないほどあのカップは熱かったはずなのだ。現に自分の前のティーカップには湯気が立っている。

 だが、女がソーサーに戻したカップの中の紅茶からは、ゆらゆらと立ち上る湯気が無い。

 ぞくっと冷気がミネバの体を震わせた。

 思考の断片が、かちっと音を立ててはまり、その瞬間、ミネバが全てを解する。

 ようやく、目の前にいるのが誰なのか気がついた。あんなに何度も写真を見せられたではないか、懐かしそうなマ・クベの顔と共に。


この人は、おじさまを迎えにきたんだ。

ミネバがそう確信した。不思議と怖さは感じない。

この人は、いつかおじさまが話してくれた、戦死者の魂をヴァルハラへ連れて行く、ワルキューレに違いない。

だっておじさまは信じているもの。

「キシリア様が、きっと私を迎えに来る」って。


「おじさまは幸せではないかも」

 震える声でそう言った。最近少し痩せてしまったマ・クベの顔が思い浮かんだ。

唯一の家族であるマ・クベを失うのは辛かった。でも、泣きそうになりながら、勇気を振り絞ってミネバはそう言った。

「どうしてですか?」

 ミネバの変化に気が付いたのか、女が怪訝そうな顔をしてミネバに尋ねる。

「時々、とても寂しそうな顔をしているから。それに、ミネバ迷惑ばっかりかけているし」

 おじさまにはいっぱいいろんな事してもらっているのに、ミネバは何もしてあげる事が出来ない。だから、おじさまが行ってしまうのを止めるのも出来ない。

 おじさまはずっとずっと待ってたんだもの。もうミネバはいろんな事いっぱいしてもらったもの。だから大丈夫。

 一生懸命そう思おうとしたが、涙が浮かんできた。

 ……でも、やっぱり嫌。おじさまが居なくなってしまうのは嫌。

 連れて行かないで!! と大声で叫びたかった。

 そんなふうに思う自分は悪い子だと思った。笑顔でさようならと言えなくて自分が嫌になった。こんな子だからおじさまに迷惑ばっかりかけるんだろうと思った。

「そんな事はない。ミネバを見ていれば判ります。マ・クベがどれほどミネバを大事に思っているか」

 女がミネバの頭を撫でながらそう言った。

これぐらいの年頃の子供なら、親から与えられる愛情と当然のものとして傍若無人に振舞うのに、愛情を与えられることにたいそう引け目を感じているらしいミネバが哀れだった。

「本当ですか?」

 すがるような目でミネバがそう言った。

「私は嘘つきだけど、これは本当です。貴女が居たから、マ・クベも生きてこられたのですよ」

 信じなさいと女が言った。不思議と、女の言葉はすとんとミネバの心に落ちた。他の誰かが、もしマ・クベ本人が言ったとしても、すぐに信じる事は出来なかったかもしれない。だが、この女の言葉には、信じさせる力があった。

「ありがとう、ございます。……おじさまを迎えに来たんですよね」

 目に涙を一杯浮かべて、ミネバがそう言った。我慢できなくて、う……と少し声を漏らした。ぱらぱらと涙が落ちる。

「……本当は」

 ミネバの頭を優しく撫でながら、女が口を開いた。

「本当は、貴女が言うように私はマ・クベを迎えに来たのです」

 女の言葉に、ミネバの小柄な体がびくっと動く。判っていたのに、はっきりとそう言われると、泣いちゃ駄目だと思っているのに涙がぽろぽろこぼれた。自分がこんなわがままな女の子だとは思わなかった。

「でも、ミネバを見ていて、そうするべきではないと思いなおしました。今の貴女からマ・クベを取り上げる事は出来ません。また、マ・クベもそれを望まないでしょう」

 はっとミネバが女を見上げた。

「でも、でも……」

 何かを必死に言おうとしているミネバの唇に女の人差し指がそっと触れて、ミネバの言葉を止めた。

「ミネバ、貴女はもっと我侭を言っていい。言わなければいけないことを言わないのは決して美徳ではないのです。欲しいものを欲しいと言えない人間になってはいけません」

 ミネバの目を見ながら、言い聞かせるように女が言う。まぁ私は言いすぎだったけれど。と冗談めかして付け足した。

「マ・クベが行ってしまうと寂しいでしょう?」

女の言葉に、ミネバがこくんと頷いた。

「マ・クベが必要ですか?」

少し躊躇しながら、またミネバが頷いた。

「お、おじさまを連れて行かないで下さい!!」

 精一杯勇気を振り絞って、ミネバがそう言った。いつも引け目を感じていたミネバが、初めて自分の本心をはっきりと叫んだ。

「じゃあ、後もう少しだけ貸しておいてあげましょう」

 ミネバが好きな、大輪の花が綻ぶような、華やかで豪華な、飛び切りの笑顔を見せて女がそう言った。

「ありがとうございます……」

 後から後から、我慢していた今までの分まで涙が流れてくるようだった。女がバッグから綺麗なハンカチを取り出し、ミネバの涙を優しく拭う。

「だからこのまま帰るとしよう」

 ようやく涙の止まったミネバの額に、自分の額をこつんとくっつけて、女がそう言った。

「ミネバ、私の名は……」

 女がそう言いかけたとき、カランカランとドアベルの音が階下から聞こえてきた。ミネバが居ない事を不審に思ったらしい声が名を呼んでいる。

「待ってください。今おじさまが帰ってきましたから、少しだけ待っててください、少しだけ」

 女の手をぎゅっと握り締め、ミネバがそう言った。心配げに後ろを振り向きながら、急いで階段を下りていく。

 自分の大事な人を奪ってしまうかもしれない自分に、それでもマ・クベを会わせようと必死な兄の忘れ形見に心を打たれた。

「お前は本当にいい子」

 一人残された女が、そう呟いた。





「何事ですか?」

 眉をひそめてそう言うマ・クベに、急いで降りて来たミネバが、コートを脱ぐ暇も与えず、手を引っ張った。

「おじさま急いで!! 行っちゃう!」

 ミネバの必死な様子を訝しがりながら、手を引っ張られて急いで階段を上る。

 はぁはぁと息を切らせながら、ミネバがキッチンをぐるりと見回した。

テーブルの上に客用のティーカップが二つ。

 それ以外には誰も見当たらない。

 開け放たれた窓から暖かな初春の風が吹き、静かにカーテンを揺らした。

「どうしたのかね? お客様なんて、誰も……」

「いないの、いなくなっちゃった。ミネバ、行かないでって頼んだのに。おじさまごめんなさい!」

 わっとミネバが泣き出した。ごめんなさいごめんなさいと繰り返し、泣きじゃくる。

「誰が来たのですか?」

 ミネバの涙の理由の方が知りたくて、落ち着かせようとマ・クベがそう声をかけた。

「おじさまの写真のお姫様!!」

 ミネバが悲鳴のように叫ぶ。マ・クベの眉が潜められた。

 その人は、もう十年以上も前に失ってしまったはずなのだ。

「キシリア様は、もういないのですよ」

「だって、さっき会ったもの! おじさまが見せてくれた写真から出てきたみたいに、綺麗で、かっこよかったもん」

 マ・クベがミネバを落ち着かせるように肩を叩いた。万が一キシリアが生きていたとしても、あれからかなりの年月が経った。ミネバに見せた写真からはだいぶ変わっているはずだ。

マ・クベの疑いを敏感に察したのか、ミネバが手にしたハンカチを勢いよくマ・クベへ差し出した。その瞬間、ふわっと、懐かしい女の匂いがマ・クベを包んだ。

マ・クベの口から、守りきれなかった愛する人の名が叫ばれる。

「キシリア様……」

 どれだけ月日が経とうと、その香りはマ・クベの記憶を揺り起こした。

 もう一度会えるのなら、夢でもいい、この世のものでなくともいいと、長い間思い続けてきた人。

不意に、あの頃の熱い肉体と精神が戻ったかのような錯覚に襲われた。飛んでいきそうな心を、ミネバの言葉が現実に引き戻す。

「おじさま、『キシリア様が迎えにきてくださる』って言ってたでしょう? ワルキューレのお話、してくれたでしょう?」

「ミネバ、それは……」

「ううん、本当に来たの!! おじさまを迎えに。でも、今は連れて行かないって。ミネバがおじさまを連れて行かないで言ったから、だから……」

 またミネバの大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「信じますよ」

 マ・クベがそう言った。

ずっと以前に一度だけ言った言葉を、ミネバは覚えていたのだ。

愛おしさが溢れた。今は、自分を必要としてくれるこの子の側にいたいと思った。そのミネバが言うのだ、普段そんなものを信じない主義だったが、他でもないミネバが言うのなら信じる。

「相変わらずだ。また、私に何も言わずに行ってしまったのか」

 マ・クベの落ち着いた声に、ほんの少し苦味が混じった。心から愛した女性の、つれない仕打ちに苦笑する。

「ごめ、ごめんなさい。おじさま、ずっとあの人の所に行きたかったんでしょう? ミネバのせいで、ごめんなさい」

「キシリア様は、今は連れて行かないと仰ったのですか?」

 ミネバの目を見ながら、落ち着かせるようにゆっくりと語りかけた。暖かい手でミネバの涙を拭う。

「うん……」

 マ・クベの手で涙を拭われ、心地よい手の感触に少し心が落ち着いた。

「では、待ちましょう」

 落ち着いた声で、はっきりとマ・クベがそう言った。

「えっ!」

「キシリア様がそう仰るのなら、私も異存はありません。キシリア様のご判断は正しいですよ。ミネバ様を置いて私は行けません」

 ミネバが驚いて目を見開いた。あまり多くは語らなかったが、キシリアの事を語るマ・クベの言葉に、その眼差しに、溢れるほどの想いを感じていたのに、それほど大事な人だったのに、マ・クベが待つと言ったのが信じられなかった。

「でも、ずっとずっと待っていたのでしょう?」

 また溢れてくる涙を堪えてミネバが涙声で言った。マ・クベは、自分の為に待つと言ってくれたのだ。それが嬉しくて、でも、マ・クベの心情を思うと身を切られるように切なかった。

「キシリア様は年を取ってしまった私を見たらがっくりなさるかも。だからいいんです」

「そんな事無いもん!」

 わざと、冗談めかしてそう言ったマ・クベの言葉に、ミネバが頬を膨らませて本気で食って掛かった。優しくてかっこいい自慢のおじさまにがっかりする事なんて、絶対にない。

「これまでずいぶんと長い間待ったのです。いつかはキシリア様が迎えに来てくださると判っただけでも、嬉しいですよ」

 優しく微笑み、ミネバの頭を撫でる。その手から、ぬくもりが伝わり、ミネバの心をじんわりと暖かくした。

「ありがとう、おじさま……」

 そう言って、泣いているのを見られないように、マ・クベに抱きつく。マ・クベもミネバを抱きしめた。

「ミネバ、初めは判らなかったの。でも、すぐに、すぐにおじさまのいつも話してくれたお姫様だって、キシリア叔母様だって、判ったの。とっても、綺麗で、優しくて、おじさまのお話の通りに素敵な人だったから!!」

 マ・クベの耳元で、大切な内緒話をするように、ミネバが囁いた。

 ミネバの手にしたキシリアのハンカチから、マ・クベにとっては懐かしく、ミネバにとっては新しい女性の香りが、守るようにふわりと二人を包み込んだ。

 


ENDE








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