Lovely Vamp

 


 大量の栄養ドリンク剤のビンが乱立するデスクの上で、マ子が細心の注意を払って箱を包んでいるセロファンをはがした。

 接着部分をカッターでそっと引き剥がし、破らないように慎重に広げる。箱を取り出せるくらいの隙間が出来たら、なんとか押し出して箱を取り出し、開き癖がつかないように箱を開け、中身を取り出す。

 マ子の手元で、針が鈍く光を放った。

 次の瞬間、きらりと針がきらめき、ぷすぷすと一包づつ穴をあけてゆく。

「あのぅ〜」

 上司のあまりの凶行を見咎め、恐る恐るウラガンが声をかけた。

「なんだ?」

 蛇のような恐ろしい目でじろりと睨まれ、ウラガンの折角起こった勇気は春の淡雪のように儚く融けさってゆく。

「そ、それって、犯罪だと思います」

「私はただキシリオ様の子供が欲しいだけだ。どこが犯罪なのかね?」

「いや、そういうのって双方の合意が必要なんじゃないかな…。な、なんて思ってみない事も無いです、ハイ」

「誰にも迷惑はかけんよ。妊娠は駆け引きなのだよ」

 マ子がそう言い、穴をあけた避妊具を箱の中に戻し、またそっとセロファンで包みなおした。慎重な作業のおかげでどこから見ても未開封の新品にしか見えない。

「先に出した穴を開けたやつがばれても、これを出せばキシリオ様も油断するに違いない。二段構えの作戦だ」

「さ、さすがです、大佐」

「まあな」

 マ子がそう言ってまだ何か言いたそうなウラガンをちらっと見た。

「子はかすがいと言うだろ? 結婚して頂くなどと図々しい事は考えておらぬよ。キシリオ様のお心を私に留めておいて、他の女を蹴落とせさえできれば」

「それって、実質的な正妻なような……。ですが、キシリオ様と大佐が正式にご結婚という事にでもなれば、大佐はいずれ公妃も夢ではないですよ」

 フフフ……とマ子が不敵に笑ってみせた。

「ジオンのファーストレディ? そんなものは望まぬ。私がなりたいのは、『キシリオ様の可愛い奥さん』だよ!」

 そっちの方がよっぽどずうずうしい!! と激しく思ったが、もちろんウラガンは口には出さなかった。

「女が絶頂に達する時、ほんの僅かだが子宮口が下がり、精子を受け入れやすくなるそうだ。他にも妊娠には体温などが密接に作用する。つまり、妊娠は偶然などでなく、必然……。私の全細胞が一致団結して協力しているのを感じる! これは作戦だ! 倫理的に反するのは判っているが、私も負けたくはないのでな」

 マ子の燃え上がるようなオーラを、確かにウラガンは、見た。

キシリオ少将にやや同情しつつ、マ子の望みの半分くらいは、神様、叶えてやってください。と祈ってあげる。

「大佐、キシリオ少将がご到着です」

「えっ!」

 到着の伝令にマ子が飛び上がった。一瞬にして燃え盛る炎はピンクのハートに変わり、先ほどの妖婦ぶりはどこへやら、おろおろと鏡で化粧を確かめている。

「大丈夫ですよ、大佐はお美しい。いってらっしゃい」

 ウラガンの言葉にしっかりと頷くと、右手と右足が同時に出て行くような舞い上がりっぷりで迎えに出て行った。

 マ子を見送り、一息つくと、デスクの上の「マ子オリジナル」が目に入った。

いじましいほどの努力と悪知恵に、何とも言えない気分になって、ウラガンがふうとため息をつくのだった。


ENDE






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