部屋の窓から優しいオレンジ色の夕日が差し込んできた頃、淳の規則的な寝息だけがすべての音だったこの部屋に別の音が加わった。

 かちゃ……。とドアの開く金属的な音のあとに、のっそりと大きな影が入ってきて室内をうかがう。

「淳……?」

 一週間ぶりに自分の部屋に帰ってきた達哉がいぶかしげな声を上げた。部屋の鍵が開いていたから多分淳が来ていたのだろうと予測はついたが、冷蔵庫の前には乱暴にほうり出されたせいだろう、スーパーの袋からしまわれなかった食料品の類がいくつか出ている。

自分ならともかく、いつもきちんとしている淳らしくないのを疑問に思う。

 ふとベッドに視線を向けると、そこにはこちらに背を向けて寝ている誰かの様子が見える。多分淳だろうと思い、近づこうとする達哉の視界に白いものが目に入った。

「?」

 綺麗に掃除された部屋に使ったティッシュを散らかすのも淳らしくない。いつもの自分ならほったらかしにするところだが、さっきから妙に淳らしくない行動をおかしいと思い、摘み上げて捨てようとした達哉の動きが一瞬止まった。

 慌てて淳の方を見ると、ぐっすり眠り込んでいる淳の頬にはいく筋もの涙の後が残されている。

「おい、淳! 起きろ!」

 ぐっすり眠っているところを起こすのは気が引けたが、先ほどからの淳らしくない行為や、涙の訳に居ても立ってもいられなくなった達哉が淳を揺り起こした。

「ん……何……?」

 眠っていたところを乱暴に揺さぶられて淳がまぶたを開く。やや寝ぼけてるのか焦点の定まらない目で自分を揺り起こした人物をぼんやりと見ている。

「た、達哉!」

 会いたくて仕方が無かった愛しい男の顔がそこにあるのを見て、信じられないというように大きく目を見開く。達哉を一目見るなり眠気など吹き飛んだ淳が、はじかれたように達哉の存在を確かめようときつくきつく抱きついた。離れていた分の距離を縮めようとするかのようにぴったりと達哉のたくましい胸に自分をくっつけて離れようとしない。

「ずっと連絡もくれないなんて酷いよ !僕、すごく心配したんだからね! すごく……不安だったんだから……」

 まるで子供のように自分がいかに寂しかったかを、どんなに達哉に会いたかったかを伝えたいのに、言葉を尽くしても伝え切れないもどかしさが淳を襲う。どうやったら達哉にこの気持ちを伝えられるのかが判らなくて、ただ達哉にしがみつく手に力を入れる。

「すまん……。すぐ終わるすぐ終わるって言いながらいつまでたっても終わらないもんだから。終わったら連絡いれようって思って先延ばしにしたのがまずかった」

 しがみついてくる淳を愛おしそうに抱きしめながら達哉が済まなそうに囁く。達哉の方も、ずっとこの一週間何をしても満たされない思いでずっとイライラしていた。その理由が腕の中に淳がいないことであり、これほどまでに淳が自分に必要である事を、久しぶりに淳を抱きしめる事で再確認する。
 全身で淳を感じながら、淳を悲しませた自分に激しい後悔を覚える。バカな事をしたと思うが、同時に淳にはすまないけれどもこれほどまでに愛されている事を知って少し嬉しくもあった。                                                                                                                                      

「この罪は重いからね! クレール・ド・リュンヌぐらいじゃおさまらないから覚悟しておいてよね!」

「……判ってる」

 本当は達哉に会えて嬉しくて仕方が無いくせに、わざと怒った顔をしてそう言う淳に苦笑しながら達哉が答えた。今の達哉にとっては淳の怒りの声もわがままも何もかもが可愛くて仕方が無い。淳がいなかった一週間の辛さに比べれば、怒られても、殴られても淳と一緒のほうがずっと良い。幸い、泊り込みまでしたバイトのおかげで懐は豊かだ、今度は思いっきり淳の機嫌をとって甘やかせてやりたい。

「それより淳」

 達哉にはせひとも淳に突っ込まなければならない事があった。

「なんだい?」

 わざとまじめくさった達哉の声に淳が達哉の顔を見た。達哉は厳粛な面持ちで淳の前に無言で先ほどのティッシュを指差してみせる。

「これは……、なんだ?」

「……!」

 先ほどの行為の証を目の前につきつけられて淳の顔が羞恥で見る見るうちに真っ赤になった。達哉と視線が会わせられなくてそっぽを向いてしまう。

「なんでもないよ!」

「誰を想像してイッたんだ?」

 意地悪い笑いを浮かべて達哉が追及してきた。答えを知っているのにそれを淳の口から聞きたいのだ。我ながらかなりオヤジ入った悪趣味だとは思うが、やめるつもりは無い。

ベッドの中で自分が壊してやらないと、今時珍しく潔癖でかたくななまでにこういった快楽を拒む天使のように清らかな淳。その淳が自らの手で自分を慰めるなどとはよっぽど辛かったのであろう。と予測したが、同時にそれは達哉的に絶対にはずせない絶好のポイントとなる……。

「やめてよ!」

 淳が羞恥に全身真っ赤になりながら近づいてきた達哉を押しのける。あんな危険物をほったらかしにしておいたなんてやっぱり僕はどうにかしていたんだ! と後悔するも、もはやすでに遅い。恥ずかしくて頭が真っ白になってしまいそうだ。

「言えよ」

 達哉の言いなりになるのは癪だったが、言わないと追求をやめようとしないだろう。達哉の悪趣味を呪いながらそう思って半ばやけくそになって叫んだ。

「君だよ! 当然だろ! もういいだろう、悪趣味な事はやめてくれない!」

「俺のいない所で俺でイッたのか?」

 恥ずかしくて達哉の顔が見られない、きゅっと目を閉じて叫ぶと、達哉はなんでもないというような涼しい顔をして更に聞いて来た。達哉の悪趣味に頭が痛くなりそうだ。

「あーもー、そうだよっ!」

 これ以上追求するのなら次はペルソナを出す、攻撃する。とそう決心すると、達哉が笑いながら淳の顔をのぞきこんでからかって言った。

「悪い奴だな……。お仕置きか使用料五億円払うかどっちか選べよ」

「む、ムカツク〜」

 セクハラ質問で散々からかった挙句にアホな事を抜かす達哉に淳が殺意を覚えたが、にやりと笑うと、つんと済ました顔で高飛車に達哉に言って見せた。

「五億ぐらいのはした金、払って見せるよ」

 その言葉を聞いて、達哉がおや? というように片方の眉を上げる。いくら大女優の息子だからってそんなばかげた大金を払うとは一体どういうつもりなのか? そんな顔をした達哉を馬鹿にしたように見て、次の瞬間いたずらっぽく笑って言った。

「僕の体で、ウフフ」

 達哉が馬鹿な事言うんなら、僕も馬鹿な返事を返してやろう。とそう思った淳の言葉だったが、淳が言うやいなや理性のタガがはずれたようにがばっと達哉が襲いかかり、何が起こったのか理解できない淳を強引に押し倒した。

「あ、た、達哉!?」

 急な事で戸惑い、言いかけた淳の唇を達哉が有無を言わさずふさぐ。

「んっ、ん〜〜」

 抗議できないように淳の舌をむさぼりながら器用に片手で淳の服のボタンをはずし、やや乱暴に剥ぎ取る。剥き出しになった淳のなまめかしい白い肌にキスを落し、軽く歯型をつける。

「あっ、達哉、いきなり、なにす……」

 ようやく唇を開放されて言った淳の抗議を無視して大きな手が淳の肌の敏感な部分を滑る。触れるか触れないかの距離で知り尽くされた性感帯をなでられた淳が押さえ切れずに声を出した。

「あん、ヒッ……。んっ」

 いきなり酷いと責める目で達哉を見た淳に、達哉が冷酷な響きを込めた声で言った。

「俺を挑発するから悪い」

「そんな……何が……あぁんッ」

 白い首筋に噛みつき、敏感な耳に熱い息とともに舌を入れながら、手は淳の胸の桜色の突起をまさぐる。

「おまえ一人だけが辛かったとでも思ったのか? 俺は平気だったとでも?」

 淳がさっき想像したように固くなってクリッとした塊を摘み上げ、罰を与えるように強くひねった。

「ヒアッ!! ば、馬鹿っ! 自分が悪いんじゃないか!」

 あんまりにも勝手な達哉の言い分に、気持ち良くて鳴かされながらも淳が反抗的な瞳で応戦した。

「ウルサイ唇だ……」

 達哉が立ちあがり、淳の後頭部に手を当ててぐいと自分に近づけた。淳の目の前には狂暴に膨れ上がった達哉の雄が突きつけられる。

 達哉の意図するところを察して、淳が手を伸ばして達哉のズボンのファスナーを下ろし、根元を握ってつかみ出した。すでに立ちあがったそれが狭いところから開放されて勢い良く出てくる。右手で達哉の根元を握り、先の方をそのままぺろぺろと可愛く顔を動かして舐め上げる。

 すでにかすかに濡れて勃ちあがっていたのが、淳の舌の動きを受けて更に膨れ上がり、固さを増した。それを見た淳が嬉しそうにさらに舌と唇で奉仕する。

「ん……」

 淳のちいさな口にぬめぬめした赤い肉がすっぽりおさめられた、大きすぎて口の中に収め切れないのか苦しそうに眉根をひそめる。それでも一生懸命達哉を喜ばせようとくねくね舌を動かし、達哉に教えてもらった性技で歓ばせる。

「淳……」

 満足そうに呟いた達哉を、淳が口にくわえながら下から上目使いでちらりと見る。かすかに目を潤ませて眉根を寄せる達哉がいとおしい。達哉を見ながらそれに音を立ててキスをしてみたり、痛くない程度に先端に歯を立て、強弱をつけて吸ってみる。達哉が獣のような低い喘ぎ声を出した。

「済まん、今日は余裕が無い……」

「ん……」

「どい……てろ」

 達哉の言葉に無言で首を振ると、反対に更に口をあけて達哉を喉の奥までくわえこんだ。

「ッツ……」

 達哉がきつく眉根を寄せて唸った。淳の口の中に白い欲望を吐き出す。淳がゆっくり達哉を口から放した。淳の口から達哉のに唾液の透明な糸が引く。そのまま首を傾げて達哉の方を見ると、達哉が手を伸ばしてそばにあったティッシュをとり、自分出した体液でべたべたになった淳の口の周りを拭った。

「出せ」

 口もとにティッシュを持っていってそう達哉が言うと、淳がふたたび無言で首を振る。

「もっと」

 そう言って淳が再び達哉の股間に手を伸ばそうとすると、達哉の手が淳の細い腕をつかみ、それを留めた。

「駄目だ」

「やだ」

 だだっ子のように頬を膨らませて言う淳の唇に軽くキスをして、達哉が反撃を返そうと淳をベッドに寝かせる。

「駄目、次は俺の番」

 そう言って達哉は笑った。達哉の言葉に淳の目が淫乱な熱を帯びて潤む……。

「達哉、早く、お願いッ」

 顔も全身も涙や、涎、御互いが放った体液まみれになりながら、淳が気が狂ったような目で達哉を見た。普段の凛とした天使のような潔癖さはかけらも無い。

淳の声に、ぎりぎりまで張詰めた達哉が獣のように淳に覆い被さった。歓びのあまり淫乱な魔女のような嬌声を上げて達哉の引き締まった腰に淳が形のよい足を絡める。

達哉がやや強引に淳の中を押し広げて入ってきた。きつかったが、その痛みも快感に変わり、久しぶりに貫かれる喜びに、達哉が腰を動かすたびにあたりをはばかるのも忘れて嬌声を上げる。

深く挿入したと思えば浅くつつかれる、いきなり引きぬかれるかと思えば、もっと奥まで挿れられた。達哉の腰の動きに合わせて淳も身をよじり、無意識の内に腰を振ってお互いの快楽を高め合った。達哉の一挙一動が淳の快楽を呼ぶ、熱い淳の中が達哉を締め付けて放さない。繋がった部分だけでなく、触れ合った個所のすべて何処から何処までが自分なのか相手なのかもう分からない。

「っつ、は……」

「あ……ん。達哉!ああんっ、あッ、ひ……」

 獣じみた喘ぎ声と、達哉が出入りするたびにおこるぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅといった粘着性の音、女になった男の声、ベッドのきしむ規則的な音がが狭い部屋で混ざり合い、支配した。

「……すき」

 馬鹿みたいに御互いの体をむさぼり合い、どろどろに汚れて疲れ果て、ようやく御互いを放した二人がベッドでまどろむ。淳が思い出したように、独り言なのか達哉に言っているのか判らない言葉を呟いた。

「……?」

達哉が眉をひそめて淳を見た。腕の中の淳は達哉ではなく何処か遠くを見ているようだ。

「ねぇ……」

 まだ欲望の余韻の残る目で達哉の顔を見上げ、淳が甘えた声で囁く。

「反省してる?」

「……してる」

 ずっと連絡しなかった弱みを蒸し返されて、達哉が神妙に答える。ここはおとなしく謝っていたほうが身のためだろう。

「本当にかい? 何でもする?」

「ああ、させて頂くよ……」

 愛しい姫の御言葉に、カリスマがいまにも平伏しそうなへりくだった態度で言った。淳が望むなら足でもお嘗めするし、1日中イヌみたいに体中を嘗めて欲しい……というのなら喜んでそうする。

「じゃぁ、もう一回……して」

 淳がうっすら目元を赤くしながら恥らってちいさな声で言った。めったに無い淳からの申し出に達哉が目を丸くする。

「判った」

 恥らった淳の態度がたまらなく可愛くていとおしい。皆には心配をかけるだろうが、電話線も携帯も切っておいてよかった。少なくとも明日の昼まではずっとこのまま誰にも邪魔されたくない。淳がいつもの常識と潔癖さを取り戻して、不健全だからやめようとか言い出すまでずっと二人でやらしい事をしていたい。

 栄吉や舞耶やリサと一緒にいるのも楽しいが、今は二人でいたい。淳は達哉にとって皆とは違うそんな特別な存在。

 身を起すと待ちかねたように淳が腕を回して達哉を抱き寄せた、淳のしなやかな腕が自分の肩にしがみつくのを感じながらそんなことを思い、達哉が淳の体にもう何百回目かのキスを落した。

ENDE







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